チュルリョーニス展 内なる星図 チラシ 図録 クッキー缶

『チュルリョーニス展 内なる星図』で出会ったリトアニア

〜 遠い国の静かな宇宙 〜


国立西洋美術館で開催されている『チュルリョーニス展 内なる星図』へ行ってきました。
(会期:2026年3月28日(土)〜6月14日(日))

正直なところ、私はこれまでチュルリョーニスという芸術家を知りませんでした。
けれど数ヶ月前、私と同じく仙台に住む友人が上野動物園を訪れ、「アート好きなあなたへ」と私のために、この展覧会のチラシを持ち帰ってきてくれたのです。

チュルリョーニス展 内なる星図 チラシ(外面)
国立西洋美術館展覧会『チュルリョーニス展 内なる星図』 チラシ(外面)

そして私は、そのチラシに載っている絵を見た瞬間、「これは好きかもしれない」と直感しました。

チュルリョーニスという芸術家

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニスMikalojus Konstantinas Čiurlionis、1875年9月22日-1911年4月10日)は、バルト三国の一つであるリトアニアを代表する芸術家です。

彼は画家であると同時に作曲家でもあり、音楽絵画という二つの芸術分野で優れた才能を発揮しました。
ワルシャワ音楽院やライプツィヒ音楽院で音楽を学び、多くの楽曲を残す一方、30歳頃から本格的に絵画制作へ取り組み、わずか数年の間に300点以上の作品を生み出しました。

その作品には、星空神話宇宙といったモチーフが繰り返し登場します。
しかし彼が描こうとしたのは単なる風景ではなく、その奥にある精神世界自然の神秘でした。
音楽用語である「ソナタ」や「フーガ」を題名にした連作も多く、絵画と音楽を一つの世界として表現しようとした独創的な芸術家なのです。

生前は必ずしも高い評価を得られませんでしたが、35歳という若さで亡くなった後、その才能は再評価され、現在ではリトアニアの国民的芸術家として広く敬愛されています。
彼の名を冠した美術館や音楽学校も存在し、リトアニア文化を象徴する存在の一人となっています。

チュルリョーニス展 内なる星図 チラシ(中面)
国立西洋美術館展覧会『チュルリョーニス展 内なる星図』 チラシ(中面)

まず、私が初めてチュルリョーニスの作品を観て感じたのは、そこには、静けさと激しさが同時に存在しているということでした。
星や森や海が描かれているのに、それは単なる風景ではなく、どこか心の奥にある宇宙のようにも感じられる。
また、絵を見ているのに音楽を聴いているようで、音楽を聴いているのに風景を眺めているようでした。

チュルリョーニス 《第6ソナタ(星のソナタ):アレグロ》&《第6ソナタ(星のソナタ):アンダンテ》
チュルリョーニス 《第6ソナタ(星のソナタ):アレグロ》&《第6ソナタ(星のソナタ):アンダンテ》

そして驚いたのが、チュルリョーニスが美術史の上でも「抽象絵画の先駆者の一人」として認められるということです。

彼の作品には、山や森、海や星といったモチーフが描かれている一方で、現実の風景をそのまま再現することにはあまり関心がありませんでした。
むしろ彼が描こうとしたのは、音楽の響きや自然の神秘、そして人の内面に広がる精神世界であり、作品は次第に抽象性を帯びていきます。

チュルリョーニスがこうした表現に取り組んでいたのは1900年代初頭。
それは、私たちが美術の教科書で抽象絵画の先駆者であり巨匠として知るカンディンスキーWassily Kandinsky、1866年12月16日-1944年12月13日)やモンドリアンPiet Mondrian、1872年3月7日-1944年2月1日)が本格的な抽象表現へ向かうよりも早い時期だったのです。

Kandinsky《Yellow-Red-Blue》
Wassily Kandinsky《Yellow-Red-Blue》Public domain, via Wikimedia Commons
Mondrian《CompositionⅡ》
Piet Mondrian《CompositionⅡ》Public domain, via Wikimedia Commons

また、チュルリョーニスは油絵のような重厚な絵画だけでなく、本の装丁、絵はがき、楽譜の表紙、リトアニアの伝統的な十字架のデザインなど、現代でいうグラフィックデザインエディトリアル(出版)デザインの仕事も数多く手がけていました。

いわば、彼は、現代の「グラフィックデザイン」や「視覚伝達(ビジュアル・コミュニケーション)」の視点から見ても、驚くほど先進的なアプローチを行っていたクリエイターだったわけです。
このことは、生前は十分に理解されなかった彼の作品が、時代を超えて新たな価値を見出されている理由の一つなのかもしれません。

リトアニアという国とチュルリョーニス

チュルリョーニスが生きた時代にはロシア帝国の支配下にあったリトアニアは、現在、エストニアラトビアと並ぶ「バルト三国」の最南端に位置する国です。

実は私自身、数年前にエストニアを一人旅で訪れており、たいてい旅行本も「バルト三国」でまとめられているので、その時点でリトアニアにはとても興味を持っていました。
その時にはリトアニアまでは行けませんでしたが、私の中ではいつか行きたい国の一つとなっていたので、今回の展覧会が、リトアニア出身の芸術家の作品によるものであると知った時、なおさら惹かれたわけなのです。


さて、リトアニアとはどんな国なのか。

正式名称はリトアニア共和国(英語:Republic of Lithuania、リトアニア語:Lietuvos Respublika)。
面積は約6.5万平方キロメートルと北海道の約8割ほどの大きさです。
人口は約280万人で、日本でいえば大都市レベルの人口規模ですが、ヨーロッパの歴史と文化の中で独自の存在感を持っています。
首都はヴィリニュス(Vilnius)
中世には巨大なリトアニア大公国として栄え、一時はヨーロッパ有数の大国でした。
しかしその後は周辺諸国の支配を受け、19世紀にはロシア帝国、20世紀にはソ連の支配下に置かれるなど、決して平坦ではない歴史を歩んできました。
そして1990年、ソ連からの独立回復を宣言した最初の共和国となり、現在のリトアニアへとつながっています。

リトアニアを語るうえで欠かせないのが自然です。
国土の約3分の1が森林に覆われ、

  • 深い森
  • 湿地
  • 穏やかな丘陵

が広がっています。
北欧の雄大なフィヨルドとは違い、どちらかといえば静かでやわらかな風景です。
リトアニア人文化精神性には、こうした自然との深い結びつきが今も色濃く残っています。

実はリトアニアには、ヨーロッパの中でも少し特別な歴史があります。
キリスト教化されたのが14世紀末と比較的遅く、それまで長く自然信仰や多神教的な世界観が残っていました。
そのため、

  • 太陽
  • 樹木

などを神聖なものとして敬う感覚が、今でも文化や芸術の中に息づいています。

チュルリョーニスの作品に、

  • 宇宙
  • 星々
  • 神秘的な自然
  • 夢のような風景

が多く登場するのも、こうした土壌と無関係ではないでしょう。

また、リトアニアはしばしば「歌う国」とも呼ばれます。
民謡や合唱文化が非常に盛んで、人々は古くから歌によって歴史や文化を受け継いできました。
バルト三国では1980年代後半、ソ連支配からの独立を求める人々が大規模な合唱集会を開きました。
この平和的な独立運動は「歌う革命」と呼ばれています。

音楽が人々の精神的な支えとなってきた国だからこそ、チュルリョーニスのような「画家であり作曲家でもある芸術家」が国民的存在になったのかもしれません。

チュルリョーニス 《ピアノのための交響詩「海」の楽譜 草稿》
チュルリョーニス 《ピアノのための交響詩「海」の楽譜 草稿》
「リトアニア的ではない」と言われた芸術

しかしながら、生前のチュルリョーニスに対しては、「リトアニアらしくない」という批判もあったそうです。
彼の作品は民族衣装や歴史的英雄を描くわけではなく、あまりにも幻想的で象徴的だったからでしょう。

ですが後年、

ここにはどれほどのリトアニア性が込められているだろう!

と評価する声が現れたとのこと。

それはおそらく、チュルリョーニスリトアニアの風景そのものではなく、「リトアニア人が自然や世界と向き合う感覚そのもの」を描いていたからだと思います。

森に漂う霧。
静かな湖面。
果てしない星空。
自然への畏敬と、どこか物悲しい美しさ。

彼の作品には、そうしたリトアニアの精神風土が静かに息づいているように感じられます。

早すぎる死と、妻ソフィヤの存在

チュルリョーニスの人生を知るほどに、私は妻ソフィヤの存在が気になりました。
今回の展示内ではソフィヤのことについて事細かには説明されていませんが、図録やネットなどから私なりに紐解いてみました。

妻のソフィヤ・チュルリョーニエネ=キマンタイテSofija Čiurlionienė-Kymantaitė、1886年3月13日–1958年12月1日)は、単に「天才を支えた献身的な妻」という枠には収まらない、当時のリトアニアの文化・社会をリードした非常に聡明で自立した女性だったということです。

彼女は、美術や演劇を愛し、記者や文芸評論家として働きながら、自らも詩や小説を執筆していた創作者でした。
二人は互いの芸術を理解し合い、共に創作の道を歩もうとしていたといいます。

しかし、その時間はあまりにも短く終わってしまいました。
二人の結婚生活は、チュルリョーニスが精神を病んで入院するまでのわずか1年ほどでした。

チュルリョーニス 《レックス(王)》
チュルリョーニス 《レックス(王)》

オルガン奏者であった父を持つチュルリョーニスが、音楽の才能を開花させるのは幼少の頃ですが、画家としての彼の活動期間は、1903年から1909年までの実質わずか6年ほどでした。
この短い間に、彼は300点以上の絵画作品や無数の楽曲を残しています。
寝る間も惜しんで創作に没頭する一方で、経済的な困窮も重なり、心身は限界を迎えていました。

代表作である大作『レックス(王)』を完成させた1909年の年末には、深刻な燃え尽き症候群(バーンアウト)と深い鬱状態に陥ってしまいます。
精神科医から「極度の精神的・身体的消耗」と診断された彼は、1910年の初めから、ワルシャワ近郊にある「ツェルヴォニ・ドゥヴル(赤い館)」という静かなサナトリウム(療養所)に入院することになりました。

悲劇が起きたのは、翌年1911年の3月末。
体調が良くなってきたため散歩に出かけたところ、運悪く風邪をひいてしまい、それが重い肺炎を併発してしまって、帰らぬ人となってしまったのです。
35歳という若さでした。

けれど彼の芸術はそこで終わりませんでした。
作品を守り、その価値を信じ続けた人がいたからです。

チュルリョーニスが35歳で亡くなったとき、ソフィヤはまだ25歳で、生後数ヶ月の幼い娘ダヌテを抱えていました。
チュルリョーニスと娘が会うことも叶わぬまま、ソフィヤはシングルマザーとなってしまうのです。
過酷な運命に直面した彼女でしたが、そこからの人生でリトアニアの文化に計り知れない貢献を残しました。

このソフィヤの存在を知ったとき、私はチュルリョーニスの物語は一人の天才の物語ではなく、二人で紡がれた物語でもあったのだと感じました。

チュルリョーニス展 内なる星図 チラシ 図録 クッキー缶
国立西洋美術館展覧会『チュルリョーニス展 内なる星図』 図録 チラシ クッキー缶
日本との不思議な縁そして私が感じた縁

生前のチュルリョーニスの評価は、決して高いものばかりではなく、戸惑いや批判の声も少なくなかったというのは、彼の作品は時代を少し先取りしすぎていたからなのかもしれません。

それでも彼は、音楽を奏で、絵を描き、自らの国の文化に貢献しようと創り続けました。
そして彼の死後、妻ソフィヤやその価値を信じた人々が作品を守り続け、やがて時代は彼に追いつきます。
チュルリョーニスリトアニアを代表する芸術家として再評価され、その作品は国の大切な文化遺産となりました。

国立西洋美術館研究員による解説『チュルリョーニス展 内なる星図』(本展覧会場入口でも放映されている動画ですが、展示を観る前と実際に観た後ではまた印象が変わるかもしれません)

さらに興味深いことに、リトアニア独立回復後に企画された大規模回顧展の海外での最初の開催地は、なんと日本だったのです。

今回の展覧会『チュルリョーニス展 内なる星図』のチラシには”祖国リトアニアにおける生誕150周年の祝賀ムードを引き継いで開催される本展は、日本では34年ぶりの回顧展。”と明記されていたので、展覧会に行く前には、「私は10代の時だし知らなかったど、日本でも過去にこの人の展覧会されたことあったのか」程度にしか思っていませんでした。
が、意外にもそれが世界に先駆けてだったとは ──

1992年セゾン美術館で開催された『チュルリョーニス展 ─ リトアニア世紀末の幻想と神秘』
天皇陛下(現:明仁上皇陛下)も鑑賞されたとのこと。
当時、日本で世界初の回顧展が開催された背景には、ソ連から独立したばかりのリトアニアが自国の偉大な文化を世界にアピールしたかったタイミングと、当時の日本の圧倒的なカルチャー発信力、そしてソ連時代からチュルリョーニスを熱心に研究し信頼関係を築いていた日本の専門家たちの情熱が、奇跡的に合致したというドラマがあったのだそうです。

100年以上前に生きた一人の芸術家と、遠く離れた日本。
その不思議な縁に、私は少し心を動かされました。

チュルリョーニス自身は日本を訪れたことがありません。
しかし19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを席巻したジャポニスムの影響は、彼の時代にも及んでいました。

作品の中には、日本美術を思わせる平面的な構成や、余白を活かした空間表現、自然へのまなざしを感じることもあります。
どこか日本人の感性と響き合うものがあるのです。
だからこそ私は、日本で最初の大回顧展が開催されたことを知ったとき、不思議な偶然というより、どこか必然のようにも感じました。

チュルリョーニス 《第5ソナタ(海のソナタ):フィナーレ》
チュルリョーニス 《第5ソナタ(海のソナタ):フィナーレ》(葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》を参照したと思われる作品)

そして、私にとっては、友人が何気なく持ち帰ってくれた一枚のチラシから始まった今回の出会い・・・
その先には、一人の芸術家だけでなく、リトアニアという国の歴史や文化、そして日本との意外なつながりが広がっていました。

遠い国の静かな宇宙は、思いがけず私の心の近くまで届いていたのです。

リトアニアを旅するイメージもますます広がり、この展覧会に足を運んだ後も至福に包まれています。
心から、感謝。。。

国立西洋美術館
国立西洋美術館

国立西洋美術館
住所:東京都台東区上野公園7−7
Webサイト:https://www.nmwa.go.jp/jp/



あなたにも
遠い国から届いた
宝物はありますか?

遠い国から届いた宝物
「トワイライト 新版画 小林清親から川瀬巴水まで」 図録 葉書 クリアフォルダー

古典版画と新版画そして写真『トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで』

〜 色褪せない光、そして芸術 〜


東京丸の内の三菱一号館美術館にて開催されていた展覧会『トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで 』(会期:2026年2月19日〜5月24日)に、終了間際、滑り込みで訪れることができたのですが、結論から言えば、絵画も写真もどちらも好きな私には「行って本当に良かった」と心から思える素晴らしい展示でした。

三菱一号館美術館 entrance
三菱一号館美術館 入り口

三菱一号館美術館
住所:東京都千代田区丸の内2丁目6−2
Webサイト:https://mimt.jp/


この展覧会は、単なる「美しい版画展」ではありませんでした。
伝統的な浮世絵から新版画へと移り変わる流れと、日本に入ってきたばかりの写真文化が対比されるように展示されていて、

「人はどう光を見つめ、どう風景を表現してきたのか」

そんな視覚表現の変化そのものを体験できる内容だったように思います。

さて、今回の展示タイトルにもなっている小林 清親(こばやし きよちか、1847年9月10日-1915年11月28日)は、明治時代に活躍した浮世絵師です。
江戸から明治へと時代が大きく移り変わるなか、西洋文化写真技術が日本へ流入し、人々の「ものの見方」も大きく変化していきました。
そんな時代に清親は、従来の浮世絵にはあまり見られなかった光と影の表現を積極的に取り入れ、ガス灯に照らされた街並みや夜景、雨景などを描きました。

小林清親 日本橋夜
小林清親《日本橋夜》(一部が撮影可能だった本展覧会で撮った写真)

その作風は「光線画」とも呼ばれ、単に風景を描くだけではなく、光が生み出す空気や時間を表現しようとした点に大きな特徴があります。
そして、その視点は後の新版画へと受け継がれていったということです。

既に清親が活躍していた頃に生まれた、川瀬 巴水(かわせ はすい、1883年5月18日-1957年11月27日)が描いた夕暮れや雨、雪、夜の風景にもまた、単なる景色の再現ではない、光と空気へのまなざしを見ることができます。
そう考えると、小林清親から川瀬巴水へという流れは、技法の継承というよりも、

「移ろう光をどう表現するか」

という探求の系譜だったのかもしれません。

小林清親川瀬巴水は世代の異なる作家であり、直接的なつながりがあったわけではないようですが、明治という新しい時代の光を描こうとした清親の試みは、確かに、その後の新版画にも通じるものを感じます。

flyer トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで チラシ(表)
三菱一号館美術館展覧会『トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで』 チラシ(表)

私が今回観ることが出来た川瀬巴水の作品の中で特に印象的だったのは、《東京十二題 木場の夕暮れ》です。
それはまさに”トワイライト(twilight)”。
日の出前や日没後の空が薄明るい時間帯で、空が美しいグラデーションを見せる幻想的な時。
写真の世界では「マジックアワー」とも呼び、その瞬間を撮影するのが至福の時でもあります。

空から川面へと溶けるように続くグラデーション。
夕暮れ特有の静かな青。
水面に映る柔らかな光。

見ているだけで、ふっと呼吸が深くなるような感覚がありました。

ミュージアムショップでは、ちょうどこの作品がポストカードのみならず、クリアホルダーにもデザインされ販売されていたので、思わず購入してしまったのですが、やはり私にとっては、単なる「グッズ」ではなく、その「感覚を持ち帰りたかった」のだと思います。

「トワイライト 新版画 小林清親から川瀬巴水まで」 図録 葉書 クリアフォルダー
展覧会『トワイライト 新版画 小林清親から川瀬巴水まで』の図録、川瀬巴水東京十二題 木場の夕暮れ》のハガキとクリアフォルダー

また今回、ほんの数点ではありましたが、吉田 博(よしだ ひろし、1876年9月19日-1950年4月5日)の作品を再び見ることができたのも、私にとってはとても嬉しい出来事でした。
以前、川越市立美術館で開催されていた『没後70年 吉田博展』を訪れ、その美しさに深く感動していたからです。

『没後70年 吉田博展』図録 葉書 チケット
過去記事「芸術を満喫する旅で出会えたすごい画家 吉田博」より『没後70年 吉田博展』川越市立美術館)図録、葉書、チケット

山や水辺に差し込む透明な光。
時間によって変化する空気の色。

同じ新版画でも、静かな余韻を描く川瀬巴水と、光そのものを追いかけるような吉田博
その違いもまた、とても興味深く感じました。

版画というと、以前の私はどこか「古典」の世界として見ていた部分がありました。
けれど今回改めて感じたのは、新版画の代表作家である川瀬巴水吉田博たちは、写真を知っている時代の作家だったということ。
カメラという新しい視覚装置が登場した時代に、それでも彼らは版画でしかできない表現へ向かっていったのです。

だからこそ彼らの作品には、

・空気
・湿度
・時間帯
・静けさ
・光の余韻

といった、写真だけではすくいきれない感覚が宿っているのかもしれません。

そして今回、私が特に驚いたのは、幕末から明治期の手彩色写真でした。
まだカラー写真など存在しない時代。
白黒写真の上に、人の手で一枚一枚、繊細に色が重ねられていたのです。
しかも単なる着色ではなく、「どこに色を入れるか」「どこはあえて色を抑えるか」という美意識まで感じられました。

現代ではカラー写真は当たり前です。
でも当時は、光や色をどう感じたかを、人の手で表現していた。
それは記録というより、もはや写真と絵画のあわいに存在する芸術作品でした。

次の画像は、イタリア系イギリス人写真家、フェリーチェ・ベアトFelice Beato、1832年-1909年1月29日)の作品です。

フェリーチェ・ベアト 店先の眺め
フェリーチェ・ベアト《店先の眺め》

ベアトは19世紀を代表する写真家の一人で、世界各地を旅しながら記録写真を撮影し、1863年に来日します。
当時の日本は、長く続いた鎖国を終え、ようやく海外へと門戸を開き始めたばかりの時代でした。

彼は横浜を拠点に、日本の風景や街並み、人々の暮らしを数多く撮影し、その写真を海外へ紹介しました。
現代の私たちにとっても貴重な歴史資料ですが、当時の欧米の人々にとっては、日本という未知の国を知るための「窓」のような存在だったことでしょう。

また、彼が制作した写真アルバムには、職人による繊細な手彩色が施されていました。
その美しい色彩表現は、単なる記録写真を超え、芸術作品としても高く評価されています。

ベアトは異国の風景として日本を見つめていましたが、その眼差しによって残された写真は、結果として近代化以前の日本の姿を今に伝える貴重な記録となりました。

今回の展示を見ていると、当時の写真家たちが光や色彩を追い求めていたこと、また版画家たちも同じように新しい視覚表現を模索していたことが伝わってきます。

本展覧会のチラシの裏面には、

その光だけは、色褪せなかった。

という言葉が書かれていましたが、本当に、その通りだと思います。

時代が変わっても、技術が変わっても、人はずっと、“心に残る光”を表現し続けてきた。
そして、その光は100年以上経った今でも、確かに私たちの心を動かしている。
だからやっぱり、そんな”色褪せない“芸術って、すごい・・・

flyer トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで チラシ(裏)
三菱一号館美術館展覧会『トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで』 チラシ(裏)

今回の展示では、三菱一号館美術館所蔵の版画25点に加え、アメリカ・ワシントンD.C.にあるスミソニアン国立アジア美術館が所蔵する版画作品91点、さらに当時の日本の風景や人々の暮らしを記録した同時代の写真34点を合わせた、計150点もの作品が展示されていました。

スミソニアン国立アジア美術館は、アメリカを代表する博物館群であるスミソニアン協会に属する美術館で、日本をはじめとするアジア美術の世界有数のコレクションを所蔵しています。

実は、古典的な浮世絵だけでなく、新版画は、日本国内だけでなく海外でも高く評価され、多くの作品が欧米の収集家や美術館によって大切に保存されてきました。
今回展示されていた川瀬巴水吉田博の作品も、そうした国際的な評価のなかで受け継がれてきたものです。

それは、日本の版画芸術が江戸時代にとどまるものではなく、近代に入っても新たな表現として発展し続けたことを、世界が高く評価してきた証でもあるのでしょう。

日本で生まれた芸術が海を渡り、世界の美術館で守られ、そして再び日本で紹介される。

そんな背景を知ると、今回の展示は単なる版画展ではなく、日本の近代美術が世界の中でどのように愛されてきたのかを知る機会でもあったように思います。

スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art)
Webサイト:https://asia.si.edu/

※本展で紹介された作品の多くは、米国ワシントンD.C.のスミソニアン国立アジア美術館(National Museum of Asian Art)所蔵。Googleマップ上では東館「Arthur M. Sackler Gallery(アーサー・M・サックラー・ギャラリー)」の名称で表示される場合があります。なお、西館は「Freer Gallery of Art(フリーア・ギャラリー・オブ・アート)」です。


ちなみに、先に写真を載せましたが、『トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで』の図録は、展覧会図録としては珍しいサイズの冊子でした。
初め目にした時は、こんな小さいの?と思いましたが、180°きれいに開くコデックス装で綴じられており、そのサイズ感は意外と見やすくて、装丁も素敵で気に入りました。

この出版社である青幻舎より紹介動画がアップされていましたので、埋め込みさせていただきます。
興味のある方は参考になさってください。

トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで』図録

あなたは
どんな光を
心の中に残していますか?

トワイライトのイメージイラスト
映画 1975年のケルン・コンサート (Köln 75) パンフレット キース・ジャレット(Keith Jarrett) コンサートCD

壊れたピアノから生まれた奇跡の実話 映画『1975年のケルン・コンサート』

〜 人生も完璧じゃつまらない 〜


1975年、それは私が生まれる前のことですし、キース・ジャレット(Keith Jarrett)マイルス・デイヴィス(Miles Davis)といった偉大なミュージシャンの名と一部の音楽は知っていても、ジャズに特別詳しいわけでもない私は、この1975年1月24日のライブが歴史的名盤として語り継がれていることは知りませんでした。

なので、今回も予告動画とチラシ以外の事前情報は得ないまま観に行った映画『1975年のケルン・コンサート(原題:Köln 75)』については、最初は、「実話ベースらしいけれど、これって一体どこまでが事実なの?かなり大袈裟にしてる?」と思いながら観ていました。

flyer Köln 75 1975年のケルン・コンサート チラシ
映画『1975年のケルン・コンサート』チラシ

ところが、パンフレットを読むと、驚くほど多くが実際の背景や起きたことだったとのことでした。

当然ながら映画として脚色された部分はあるにせよ、チラシにある

これは、嘘のような実話に基づく物語。

というキャッチコピーは決して大袈裟というわけではないのです。

若き女性プロモーター、ヴェラ・ブランデス(Vera_Brandes)
反対されながらもコンサートを企画し、疲弊しきったキース・ジャレットを迎え、当日現れたのは、まともとは言い難い”壊れたピアノ”。
普通なら「失敗」で終わってもおかしくない状況です。
けれど、その夜の演奏は後に伝説となりました。

まさに嘘みたいな実話に、私はすっかり引き込まれてしまいました。
ただ、映画を観ている最中、一つだけ少し戸惑ったことがあります。

肝心のクライマックス“ケルン・コンサート”の演奏シーンで、キース・ジャレット本人の音が流れなかったのです。
「え、どうして?」と最初は正直少し拍子抜けしました。
「これって単なるそういう演出?それともこのコンサートCDもパンフと一緒に売店に並んでたけど、それ売るための戦略?」そんなことさえも思いました。

でもこの点についても、後からパンフレットを読んで知りました。
キース本人にとって、このコンサートは必ずしも幸福な思い出ではなく、音源使用の許可も下りなかったのだそうです。

*ヴェラがキースの演奏に惚れ込んだきっかけとなったベルリンでの演奏シーンもあるが、その場面でのピアノ音楽はキース・ジャレット本人のものではなく、いわゆるキースらしい即興演奏を模して再構築されたもの

映画を観たことでキース・ジャレットというアーティストの人柄に触れることもできたせいでしょうか、そんな事情を知った時、妙に納得できました。
そして逆に、「それでも映画化を許したのだ」と思い、ホッとしました。

また、その場面でキースの演奏の代わりに流れていた音楽はジャズシンガーのニーナ・シモン(Nina Simone、1933年2月21日-2003年4月21日)による『To Love Somebody』という誰かを愛することの大切さを歌った曲。
しっかりとした意味合いと配慮があったのだなと理解しました。

結局、私は映画を観た後に、歴史的名盤と言われているキース・ジャレットケルン・コンサートのCDまで買ってしまいました。

つまりこの映画は、キース本人の音を使わなくても、観客を本物へ向かわせる力を持っていたのだと思います。

映画 1975年のケルン・コンサート (Köln 75) パンフレット キース・ジャレット(Keith Jarrett) コンサートCD
映画 『1975年のケルン・コンサート』パンフレット 、 キース・ジャレットザ・ケルン・コンサート』CD

そして心に響いたのは、監督イド・フルーク(Ido Fluk)のパンフレットに記載されたインタビューでした。
彼は、

完璧なものってつまらないと思っていて、良い芸術はその中からは生まれない

と語っていました。

撮影現場でも毎日のように“壊れたピアノ”のような問題が起きる。
でも、その不完全さこそが、作品をより良くすると。

この言葉に、とても共感しました。

創作というのは、本当に思い通りにいかないものです。
時間も、環境も、技術も、感情も、いつだって不完全です。

けれど、だからこそ生まれるものがある。
むしろ、傷や制約や偶然があるからこそ、作品に人間らしさや熱が宿るのかもしれません。

そしてこの映画自体も、まさにそんな“不完全さ”の中から生まれた作品だったように思います。

本人の音源は使えない。
歴史的ライブを扱う。
比較もされる。

それでも、この映画は成立していました。
いや、むしろ“不完全”だったからこそ、単なる再現映画ではなく、「情熱の物語」になったのではないでしょうか。

映画『1975年のケルン・コンサート』予告編

また、この映画が素晴らしかったのは、天才だけを描かなかったことです。

歴史に名を残すのはキース・ジャレットかもしれません。
けれど、その夜を成立させたのは、無茶を通した若きプロモーター、ヴェラ・ブランデスでした。

監督は、

バックステージで働く人にも光を当てる、そういう人たちにを認めるということが私たちの文化にとってもとても大事なこと

とも語っていました。

表舞台の裏には、名前の残らない情熱があります。
そして時に、その情熱こそが歴史を動かしているのだと思います。

映画を観終わった後、私はなんだか、「人生って、こうでなくちゃな」と思いました。

完璧じゃない。
無茶で、危うくて、失敗寸前。
でも、それでも誰かが諦めなかったから、後世に残るものが生まれる。

ちょっとネタバレですが、エンディングでは、現在のヴェラ・ブランデス本人(2026年の誕生日で70歳)と、50歳のヴェラ・ブランデス(役:スザンネ・ウォルフ/Susanne Wolff)、18歳のヴェラ・ブランデス(役:マラ・エムデ/Mala Emde)の3人が並んで登場します。
また、劇中、映画の中の登場人物が映画鑑賞者に向けて直接語りかけるような演出があったりと、それを軽妙だなど批判する声も一部あるようですが、私には内容を理解する助けになったし、ここ最近、実話に基づく映画というと心にズシーンとくるようなものが続いていた私にとって、笑えて明るく朗らかな気持ちになれてよかったです。

最後に、このCDについても触れておきますね。

キース・ジャレット(Keith Jarrett) ケルン・コンサート(The Köln Concert) CD
キース・ジャレット『ケルン・コンサート』CD

キース・ジャレット(Keith Jarrett)は1945年5月8日(2026年現在81歳)、アメリカ・ペンシルベニア州生まれのジャズ・ピアニスト/作曲家です。
20代半ばという若さで当時すでにジャズ界の帝王と言われていたマイルス・デイヴィスMiles Davis、1926年5月26日-1991年9月28日)のバンドでも活躍し、現代ジャズ界の頂点に立つピアニストの一人として知られていますが、特に評価されているのが、その場で音楽を生み出していく即興演奏です。

そして1975年1月24日ドイツ・ケルン歌劇場で行われたソロコンサートを収録したアルバム『ケルン・コンサート(The Köln Concert)』は、ジャズ史上屈指の名盤として語り継がれているのです。

今回私が購入したCDは、映画『1975年のケルン・コンサート』公開と、録音50周年のタイミングに合わせて発売されたもののようで、ブックレット内には、18歳のヴェラ・ブランデスの奮闘ぶりが映画化されたことについても触れられていました。

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もちろん、この演奏は映画を観なくても十分に素晴らしいものだと思います。
けれど私は、映画を観た後だったからこそ、より深く心を揺さぶられました。
その感動は、静けさの中で聴いていると瞳が潤んでくるほどです。

手違いで手配された、老朽化したベビー・グランド・ピアノ。
長距離移動による疲労、腰痛、睡眠不足で満身創痍のキース・ジャレット
しかも本人は当初、「こんなピアノでは弾けない」と演奏を断ろうとしていた。

そんな極限状態の中で生まれた演奏だったのだと知って聴くと、その音は単なる美しいピアノ演奏ではなく、人間の創造力そのもののように感じられます。

壊れたピアノ。
不完全な状況。
それでも、その夜にしか生まれなかった音楽。

映画館では「本物の音」を聴けなかったことに少し残念さも感じてしまった私でしたが、結果的にはその不足があったからこそ、私は実際にこのCDを手に取り、そして深く感動することができました。

完璧ではないからこそ、人の心を動かすものが生まれる。

映画『1975年のケルン・コンサート』、そしてキース・ジャレットのアルバム『ケルン・コンサート』は、そんなことを教えてくれる作品のように感じました。

なお、私がこの映画を観たフォーラム仙台での上映は5月14日(木)には終了予定ですが、他劇場予定は公式ホームページにてご確認くださいませ。


あなたにとって
「不完全だからこそ」
心に残ったものはありますか?

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葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》Public domain, via Wikimedia Commons

TBS世界遺産復習と記録:富士山「北斎・広重を魅了した四季折々の絶景」

〜 世界の芸術家たちの心を奪う美しく偉大な日本の誇り 〜


『富士山「北斎・広重を魅了した四季折々の絶景」』とのタイトルで2026年5月3日に放映されたTBS世界遺産
カメラはCanonを愛用し、するときには、その愛機を手に、アートをテーマに美術館世界遺産巡りをする私には外せないトピックでした。

わずか30分の番組ですが、今回も見応えあり。
TBS世界遺産の公式サイトにはアーカイブが残されていますが、私なりに復習をしてみました。

✔️TBS世界遺産公式サイトアーカイブ(放送内容)はこちら
https://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20260503

富士山は「自然遺産」ではなく「文化遺産」

まず改めて驚かされるのが、富士山ユネスコ世界遺産に登録された際、「自然遺産」ではなく「文化遺産」として登録されたことです。

その正式名称は、

富士山-信仰の対象と芸術の源泉
(Fujisan, sacred place and source of artistic inspiration)

標高3776m日本最高峰

日本列島のほぼ中央に位置し、どこから見ても美しいその姿は、古来より人々の信仰対象であり、同時に数多くの芸術家たちを魅了してきました。

番組では、いつもながら、撮影クルー陣による映像美も印象的でした。
富士山の上空に現れる「かさ雲」や「つるし雲」。

✔️TBS世界遺産公式サイトアーカイブ(ギャラリー)はこちら
https://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20260503/gallery.html

刻々と表情を変える自然現象は、まるで富士山そのものが生きているかのようで、芸術家たちがこの山に心を奪われた理由がよく分かります。

広重と北斎が描いた富士山

番組では、浮世絵の巨匠たちによる富士山作品も数多く紹介されました。

<歌川広重が描いた富士山>

  • 《東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺》
  • 《東都名所 日本橋之白雨》
  • 《名所江戸百景 浅草田甫 酉の町詣》
歌川広重《東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《東都名所 日本橋之白雨》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《東都名所 日本橋之白雨》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《名所江戸百景 浅草田甫 酉の町詣》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《名所江戸百景 浅草田甫 酉の町詣》Public domain, via Wikimedia Commons

広重の作品は、人々の暮らしや旅の風景の中に富士山を溶け込ませるような魅力があります。
遠景として描かれていても、確かにそこに存在感を放つ富士山
“人々と共にある山”として描かれているように感じました。

<北斎が描いた富士山>

一方で、広重のライバルと言われる葛飾北斎
《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》はあまりにも有名ですが、番組では特に「赤富士」として知られる、《冨嶽三十六景 凱風快晴》が印象的でした。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》Public domain, via Wikimedia Commons

大胆な色彩表現にも思えますが、実際に条件が揃うと、富士山は本当に赤く染まるのだそうです。

  • 雪のない季節
  • 雨上がり
  • 空気の澄んだ快晴の早朝

その極めて限られた条件下で現れる奇跡の瞬間。

番組では撮影隊が山中湖からその赤富士を捉える撮影に挑戦していました。
午前5時。朝日を浴びて赤く染まる富士山
しかし、その光景はわずか2分ほどで終わってしまったとのこと。

まさに、一瞬の自然現象を永遠の芸術へと変えた北斎の眼差しに驚かされます。

富士山と「水」が生み出す絶景

富士山は、水との組み合わせによっても数々の芸術を生み出してきました。

<白糸の滝>

世界遺産の構成資産の一つである「白糸の滝」。
その幻想的な景観は、平井顕斎《白糸瀑布真景図》にも描かれています。

真景図”とは、実景をもとにしながら、作者の心象風景も重ね合わせて描く山水画
単なる写生ではなく、「心に映った風景」なのだと思うと、とても日本的な美意識を感じます。

なお、平井顕斎《白糸瀑布真景図》の画像は著作権上の都合により掲載を控えますが、参考として白糸の滝の風景写真を掲載します。

《白糸の滝》Photo by 静岡市在住の方, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
《富士宮市白糸の滝》Photo by 静岡市在住の方, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

<逆さ富士>

豊かな水景が生み出す「逆さ富士」。
北斎《冨嶽三十六景 甲州三坂水面》では、水面に映る富士山を大胆な構図で描いていました。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 甲州三坂水面》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《冨嶽三十六景 甲州三坂水面》Public domain, via Wikimedia Commons

また、番組では、

  • 田貫湖で年2回だけ見られる「ダブルダイヤモンド富士
  • 水田に映り込む鏡のような逆さ富士

なども紹介されており、自然そのものが一枚の絵画のようでした。

富士山は古来より「言葉」でも描かれてきた

富士山は、絵画だけではなく、古くから和歌の世界でも人々を魅了してきました。
番組では、奈良時代の歌人 山部赤人による『万葉集』の歌も紹介されていました。

田子の浦ゆ うち出でて見れば
真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける

(たごのうらゆ うちいでてみれば
ましろにそ ふじのたかねに ゆきはふりける)

これを現代語訳すると、
「田子の浦を通って外へ出てみると、富士山の高い峰には真っ白な雪が降り積もっていたことだ」
という意味になります。

およそ1300年前の人もまた、雪をまとった富士山の神々しい姿に心を震わせていたのです。
写真も映像もない時代。
だからこそ、人々はその感動を「言葉」で残そうとしたのでしょう。
その想いはやがて浮世絵へと繋がり、さらに海を越えて世界の芸術家たちへと受け継がれていったのかもしれません。

三保松原と芸術

富士山を語る上で欠かせないのが、三保松原です。
世界遺産の構成資産の一つでもあるこの場所は、実は富士山から約45km離れているにも関わらず、「芸術の源泉」として登録されました。

番組では、

  • 《東海道五拾三次之内 江尻 三保遠望》
  • 《冨士三十六景 駿河三保之松原》
  • 《六十余州名所図会 駿河 三保のまつ原》

など、歌川広重による作品が紹介されていました。

歌川広重《名東海道五拾三次之内 江尻 三保遠望》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《名東海道五拾三次之内 江尻 三保遠望》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《冨士三十六景 駿河三保之松原》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《冨士三十六景 駿河三保之松原》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《六十余州名所図会 駿河 三保のまつ原》Public domain, via Wikimedia
歌川広重《六十余州名所図会 駿河 三保のまつ原》Public domain, via Wikimedia Commons

は古来、神が宿る木とされ、松原そのものが神聖な場所。
三保松原は、の名作『羽衣』の舞台としても知られています。
『羽衣』の伝説とは、天女が松の枝に衣をかけ、漁師とのやり取りの末に舞を舞いながら富士山の方へと空へ帰っていく物語で、三保松原という場所を単なる風景から「物語のある聖地」へと昇華させました。

月岡耕漁《能楽図絵 羽衣》Public domain, via Wikimedia Commons
月岡耕漁《能楽図絵 羽衣》Public domain, via Wikimedia Commons

三保松原は、天界(富士山)と人間界が交わる聖地であり、その絶景は富士山を神聖な「信仰の対象」、かつ比類なき「芸術の源泉」として象徴する場所です。

富士山は世界の芸術家たちを魅了した

19世紀後半、パリ万博をきっかけに起きた「ジャポニスム」。
日本の浮世絵は、西洋の芸術家たちに衝撃を与えました。

北斎の、

  • 《東海道品川御殿山ノ不二》
  • 《尾州不二見原
  • 《甲州三島越》
  • 《甲州石班沢》

などの作品は、西洋の画家たちにも大きな影響を与えます。

葛飾北斎《東海道品川御殿山ノ不二》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《東海道品川御殿山ノ不二》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《尾州不二見原》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《尾州不二見原》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《甲州三島越》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《甲州三島越》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《甲州石班沢》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《甲州石班沢》Public domain, via Wikimedia Commons

フィンセント・ファン・ゴッホもその一人。
ゴッホは日本の浮世絵に強く魅了され、その影響は作品にも表れています。
例えば、《タンギー爺さん》の背景には、富士山を含む浮世絵が描かれています。

Vincent van Gogh《Self-Portrait(自画像)》Public domain, via Wikimedia Commons
Vincent van Gogh《Self-Portrait(自画像)》Public domain, via Wikimedia Commons
Vincent van Gogh《Portrait of Père Tanguy(タンギー爺さん)》Public domain, via Wikimedia Commons
Vincent van Gogh《Portrait of Père Tanguy(タンギー爺さん)》Public domain, via Wikimedia Commons
エッフェル塔と「もう一つの富嶽三十六景」

今回特に興味深かったのが、アンリ・リヴィエールによる《エッフェル塔三十六景》

Henri Rivière《Les Trente-Six Vues de la Tour Eiffel》_couverture(エッフェル塔三十六景_カバー)》Public domain, via Wikimedia Commons
Henri Rivière《Les Trente-Six Vues de la Tour Eiffel_couverture(エッフェル塔三十六景_カバー)》Public domain, via Wikimedia Commons

パリの浮世絵師とも呼ばれた彼は、北斎《冨嶽三十六景》へのオマージュとして、エッフェル塔(世界遺産)をテーマに36枚の連作を制作しました。
作品の構図や視線誘導には、明確に北斎からの影響が見られます。

リヴィエール《パッシー河岸より 雨》
北斎《遠江山中》

Henri Rivière《De la Quai de Passy, sous la pluie》(パッシー河岸より 雨)》Public domain, via Wikimedia Commons
Henri Rivière《De la Quai de Passy, sous la pluie(パッシー河岸より 雨)》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《遠江山中》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《遠江山中》Public domain, via Wikimedia Commons

リヴィエール《コンコルド広場より》
北斎《駿州江尻》

Henri Rivière《De la place de la Concorde》(コンコルド広場より)》Public domain, via Wikimedia Commons
Henri Rivière《De la place de la Concorde(コンコルド広場より)》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《駿州江尻》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《駿州江尻》Public domain, via Wikimedia Commons

リヴィエール《バ・ムードンの駅より》
北斎《御厩川岸より両国橋夕陽見》

Henri Rivière《La gare de Bas-Meudon》(バ・ムードンの駅より)》Public domain, via Wikimedia Commons
Henri Rivière《La gare de Bas-Meudon(バ・ムードンの駅より)》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《御厩川岸より両国橋夕陽見》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《御厩川岸より両国橋夕陽見》Public domain, via Wikimedia Commons

富士山が、海を越えてエッフェル塔へと受け継がれていく。
その芸術の連鎖に、とても胸を打たれました。

おわりに

雄大で、神秘的で、時に儚い。
北斎広重が見つめたそんな富士山は、現代に生きる私たちにとっても、まだ尽きることのない芸術の源泉なのかもしれません。

富士山は単なる「美しい山」ではなく、人々の祈りや感性、そして創作意欲を何百年にもわたって刺激し続けてきた存在なのだと、改めて感じた30分でした。

いつも過酷な撮影現場から、美しく感動の映像とストーリーを届けてくださるスタッフ皆さん、そしてCanonのカメラにも感謝です。

ちなみに…

次回(2026年5月10日(日) 18:00〜)のTBS世界遺産は、『名作映画で巡る世界遺産』という特別編とのこと。
これもまた、映画好きの私には外せないテーマなので、楽しみです。

TBS世界遺産 名作映画で巡る世界遺産(2026年5月10日放送)予告動画

あなたの心に残る
富士山の風景は
ありますか?

世界遺産 富士山 Mount Fuji, a World Heritage Site

ハムレット舞台で世界遺産クロンボー城への一人旅

〜 今でも心に残る旅の回顧録 〜


先日、映画『ハムネット』について記事を書きながら、私はある場所のことを思い出していました。
ウィリアム・シェイクスピアが描いた「ハムレット」の舞台として知られるデンマーク・エルシノア(Elsinore, Denmark)。

シェイクスピアの時代には「エルシノア」と呼ばれていたこの町、現在のヘルシンオアまたはヘルシンゲルに、実在するお城で、世界遺産として登録されているクロンボー城(Kronborg Castle)があります。
この地を私は数年前に一人旅にて訪れました。

*デンマークの都市、ヘルシンゲル(Helsingør)について
Wikipediaによる説明「ヘルシンゲル」

当時はただ「いつか行ってみたかった場所」として足を運んだその城が、今になって、まったく違う輪郭を帯びて思い出されてきました。


その地を訪れたのはこのブログサイトを開設する前のことでもあったので、今回は、そんなクロンボー城での記憶を、撮りためた写真とともに思い出巡りしてみたいと思います。



その日、私は滞在していたコペンハーゲン中央駅そばのホテルを朝早く出発し、電車にてヘルシンゲルへと向かいました。

コペンハーゲン中央駅(正面入口)
コペンハーゲン中央駅(プラットホーム)

この地図ではスウェーデンのヘルシングボリの文字と重なってしまっている黒いピンの場所がヘルシンゲルです。

コペンハーゲン中央駅から電車に揺られ、およそ50分ほどでヘルシンゲルへ到着。

ヘルシンゲル駅(駅舎内)
ヘルシンゲル駅(正面入口)

ここは、デンマークの首都コペンハーゲンの北に約44km先のところにある港町。
ヘルシンゲル駅を出ると静かで美しい景色が広がります。

ヘルシンゲル駅前のフェリー乗り場スンドブスン・ターミナル(Sundbusserne Terminal)
町の中心にそびえる大聖堂聖オーライ教会(St. Olaf’s Church)
中世の修道院に付属していた、落ち着いた佇まいの聖マリア教会(St. Mary’s Church)
閑静な住宅街の間から見えるのがクロンボー城

クロンボー城手前の波止場には、一際目を引く海のゴミで作られた魚のオブジェが設置されていました。

公共アート作品:Garbage Fish(ガーベッジ・フィッシュ)

海洋プラスチックごみ問題への関心を喚起するために制作された巨大な魚型の彫刻作品で、訪れた時はただ印象的な作品だと感じただけでしたが、帰国してから調べて、日本のアーティスト「淀川テクニック」によるものだと知り驚きました。

遠く離れたデンマークの港で、思いがけず日本とつながった瞬間があったのだなと、不思議な感覚を得たのを今でも覚えています。

そんな印象深いオブジェの前にどっしりと佇む建物もまた奇抜でした。

Kulturværftet(カルチャーヴァーフテ/文化施設)

旧造船所(værftet:ヴァーフト)をリノベーションして建てられた、図書館+文化施設+展示スペースが一体化した施設です。

さらに進むと、旧造船所のドックをそのまま活かし、地中に潜るようにして造られたデンマーク海事博物館(M/S Maritime Museum of Denmark)があります。

海事博物館は地下なのでその建物は地上にありませんが、その先に、クロンボー城が姿を現します。

デンマーク海事博物館(手前に見える階段を下って入館)とクロンボー城

さて、いよいよクロンボー城の敷地内へ。
(工事中でしたが)まるでおとぎ話の世界にでも入り込むような入り口でした。

クロンボー城敷地内への入り口
クロンボー城は海に囲まれているため橋を渡らなければならない
さらに堀に囲まれた城壁
敷地内にはゲートがいくつもある

ここまでは無料ですが、お城の内部に入るためには入場料を払う必要があります。

城内部へと繋がる重厚な門(ここで入場料を支払う)

なお、デンマーク観光者には便利なコペンハーゲンカード(Copenhagen Card)というものがあります。
コペンハーゲンカードは、コペンハーゲン市内および周辺の80以上の観光名所への無料入場と、公共交通機関の乗り放題がセットになったもので、24時間〜120時間の有効期間から選べ、観光スポットを効率よく巡る際に便利なパスです。

私が行った年は2019年だったので、現地の旅行会社等でコペンハーゲンカードを購入する必要がありましたが、今はスマホのアプリになっているので、現地行かずとも準備可能です。
本当に海外旅行するにも便利な時代になりました…


クロンボー城への入場料金については、2026年4月現在で、大人150DKK*ほどで、季節によって変動があったり、オンライン購入の場合の割引があったりもするようです。
コペンハーゲンカード利用可能状態であれば、無料になります。

*DKK:デンマーク通貨クローネ。2026年4月18日現在で1クローネ24.97 円です。私が行った時より1.5倍くらいになっちゃってます…

さあ、それでは城内へと向かいましょう。

中庭へと繋がるアーチから見上げた景色
中庭

建物の中の部屋はたくさんあって、限られた時間内ではとても見切れませんが、どこを巡っても「宮廷と言えば豪華絢爛」というイメージが覆されるものでした。

居住部屋
大広間(ボールルーム)

屋上に登ることもできました。

屋上に出るための螺旋状の階段

屋上に登ると、360度パノラマの素晴らしい景色が一望できます。

エーレスンド海峡(Oresund)の向こうは、もうスウェーデンです。
この城がただの宮殿ではなく、“境界を見張る場所”だったことを実感します。

屋上からの眺め(向こう岸に見えるのがスウェーデン

一方で、視線をずらすと、城の向こうに広がるのは、小さな港町の穏やかな日常。
尖塔を伸ばす聖オーライ教会が、この街の時間を静かに見守っています。

屋上からの眺め(ヘルシンゲルの街並み、フェリースウェーデン行き)

クロンボー城は宮殿であると同時に要塞でもあり、華やかさよりも防御や機能が重視された場所でした。

対岸に向かって設置されている大砲

そして、その大砲が向けられていた先に目を向けると──

クロンボー城前に広がる海(エーレスンド海峡

そこには静かな海が広がっていました。
けれどこの場所は、かつて“境界”だったのです。

見張るために築かれた城と、その向こうにある、もうひとつの国。
その距離の近さが、この場所に独特の緊張と静けさを与えているのかもしれません。

そしてこの風景は、やはりハムレットの世界とも重なって見えるのです。

境界に立つということ、その内側と外側で揺れる心。
けれど今、この海は人を隔てるものではなく、行き来するための穏やかな道になっている。

かつての緊張を知っているからこそ、この静けさを、尊く感じられるのでしょうか・・・

デンマークスウェーデンを繋ぐ、国境の船が絶え間なく行き交う海の玄関口

ところで、イギリス人であるシェイクスピア自身が、デンマークの「エルシノア(現在のヘルシンオアまたはヘルシンゲル)」を訪れたという確かな記録はないということです。

当時、イングランドとデンマークは交流があり、宮廷や商人を通じて情報が入っていた可能性が高く、シェイクスピアにとってエルシノアは、単なる観光地ではなく「王権」「監視」「閉ざされた空間」「疑念と孤独」といったテーマを象徴する場所だったと考えられます。

シェイクスピアは、この地を訪れてはいない。
しかし、なぜ彼がこの地を自分の大切な作品の舞台に選んだか。

ここに立つと、少しわかる気がすると思います。

デンマークの世界遺産クロンボー城

この度、映画『ハムネット』を観たことをきっかけに、尊い記憶を呼び起こすことができ、豊かな気持ちに浸っています。
デンマークで訪れた他の場所についても、いずれまた記録として残せればいいなと考えています。



ちなみに、アート好きな私は旅をするときは、美術館や世界遺産など芸術を巡ることをテーマとしておりまして、世界遺産検定公式HPをよく参考にさせていただいております。

世界遺産であるクロンボー城については、世界遺産検定公式YouTnbeチャンネルのこちらの動画が参考になるかと思いますので、ご興味のある方はご覧になってみてください。



海の向こうに
あなたは
何を思い浮かべますか

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映画 ダウントン・アビー 劇場版1と2のDVDと3作目グランドフィナーレのパンフレット 映画レビュー

映画館でこそ味わいたい美しさ『ダウントン・アビー/グランドフィナーレ』

〜映像美、時代描写の細やかさに感動〜


映画『ダウントン・アビー/グランドフィナーレ(原題:DOWNTON ABBEY: THE GRAND FINALE)』を映画館(TOHOシネマズ仙台)で観てきました。

ダウントン・アビー』は、2010年イギリスでのTV放送開始以来、世界200カ国以上で放送され、エミー賞やゴールデングローブ賞を受賞しており、英国ドラマの金字塔とも言われる名作です。

映画ダウントン・アビー/グランドフィナーレ公式ホームページ:https://gaga.ne.jp/downton_abbey_the_grand_finale/

が、実のところ私はこのシリーズのテレビドラマ版は観ていません…
連載ドラマはどうしても量が多く、物語が壮大になりすぎると途中で疲れてしまうタイプです。

ただ、映画版の1作目・2作目はDVDを購入しており、その完成度の高さと世界観の魅力には強く惹かれていました。
なので、本当ならTV版も観たい。
ただ、限られた時間や金銭において、私の中での優先順位では観るに至っていないというだけのことなのです。

映画 ダウントン・アビー 劇場版1と2のDVDと3作目グランドフィナーレのパンフレット
ダウントン・アビー/グランドフィナーレ(映画版3作目)』のパンフレットと映画版1・2作目DVD

というわけで、今回のグランドフィナーレは、迷わず映画館を選びました。
その理由はとてもシンプルで、この作品は「画」で観る映画だと感じていたからです。

貴族社会の華やかな生活様式、広大な敷地に建つ屋敷、細部まで作り込まれた衣装や調度品。
それらがスクリーンいっぱいに映し出されると、物語を追うというより、ひとつの時代に身を置いているような感覚になります。

DVDや配信でも楽しめますが、画面が大きくなるだけで、受け取る情報量と没入感はまったく別物。
「これは映画館で観る価値がある」
そう実感する場面が何度もありました。

特に印象に残っているのは、当時のダービーを再現したシーンです。
馬の躍動感、人々の視線、祝祭の空気。
単なる物語の一場面ではなく、時代の熱量そのものが立ち上がってくるような映像でした。

映画ダウントン・アビー/グランドフィナーレ予告編

正直なところ、ドラマ未視聴のため、登場人物の関係性が完全に理解できているわけではありません。
誰が誰とどういう背景を持っているのか、分かりきっていない部分もあります。
それでも、不思議と置いていかれる感覚はありませんでした。

この映画は、細かな人間関係を把握すること以上に、世界観の美しさや空気感を味わうことに重きが置かれているようにも感じます。

だからこそ、過去作を観ていない人であっても、
貴族社会
時代もの
美しい建築や衣装
そうしたものに惹かれる人であれば、十分に楽しめる作品だと思います。

もし物語の背景が気になったら、あとから配信やDVD、ブルーレイで補完すればいい。
すべてを最初から理解しなくても、まずはいちばん贅沢な形で触れてみる
それも、この作品にふさわしい楽しみ方ではないでしょうか。

映画『ダウントン・アビー/グランドフィナーレ』のチラシ
映画『ダウントン・アビー/グランドフィナーレ』チラシ(画像クリックでPDF画面が開きます)

そして、この作品を語るうえで触れずにはいられないのが、伯爵夫人ヴァイオレットを演じた名優、
マギー・スミス((Maggie Smith)、本名マーガレット・ナタリー・スミスDame Margaret Natalie Smith、1934年12月28日-2024年9月27日))
の存在です。

マギー・スミスは、イギリスを代表する名優のひとりです。
舞台・映画・テレビと幅広く活躍し、鋭い皮肉と知性、そして人間味を感じさせる演技で、長年多くの作品を支えてきました。
日本では『ハリー・ポッター』シリーズのマクゴナガル先生役として記憶している人も多いかもしれません。

マギー・スミスは2024年に89歳でその生涯を閉じました。
そのこともあり、本作では彼女に捧げる想いが、エンドクレジットではなく、物語の中に組み込まれる形で描かれていたのが、とても印象的でした。

説明的なメッセージを出すのではなく、ひとりの人物の人生と、その終わりを通して、静かに、そして気品をもって別れを告げる。

それはまるで、このシリーズが一貫して描いてきた価値観そのもののようにも感じられます。

ダウントン・アビーで演じたヴァイオレット伯爵夫人は、マギー・スミスにとっても、長い俳優人生の集大成とも言える存在だったのではないでしょうか。
その言葉や佇まいは、画面に映っていなくても、作品全体の空気を引き締めていました。

だからこそ、この映画は単なるシリーズの完結編ではなく、ひとりの偉大な俳優への、美しい送別でもあったように思います。

ダウントン・アビー/グランドフィナーレ』は、シリーズの終着点であると同時に、ひとつの時代を美しく見送るための映画でした。

もし少しでも、
「美しいものを、ただ静かに味わいたい」
そんな気分のときがあれば、映画館でこの作品に触れてみるのも、悪くない選択だと思います。

映画ダウントン・アビー/グランドフィナーレ公式ホームページ:https://gaga.ne.jp/downton_abbey_the_grand_finale/


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IMAX体感が衝撃的だった映画『トロン:アレス』いよいよ配信&媒体リリース

〜唯一無二の世界観『トロン』シリーズの進化〜


本日(2025年12月2日)ついに映画『トロン:アレス(原題:Tron: Ares)』のデジタル配信がスタートされます!
と言っても、日本国外でのことなのですが・・・
(12/10追記:12月9日から日本でも配信が始まりました!→https://calm-smile-chain.com/tron-ares-streaming/

また、これも現時点では海外のみでの発表ですが、DVD/Blu-rayの販売は来年の1月6日からとのこと。
ここ日本では、本日時点ではまだ配信も媒体のリリースもいつになるのか公式発表されていないのですが、きっと間も無くでしょう♪
日本での配信や媒体販売の日程が分かったら追記しますね。
(12月10日に追記記事をアップしました↓)


さて『トロン:アレス』の劇場での公開は、およそ2ヶ月前の10月10日より日米同時に始まりました。

映画トロン:アレス公式ホームページ:https://www.disney.co.jp/movie/tron-ares

『トロン』シリーズファンとして、また主演を演じたジャレッド・レト(Jared Leto)を彼のバンド「サーティー・セカンズ・トゥ・マーズ(30 Seconds to Mars)」活動時代から応援しているファンとしても、IMAXで観られることを心待ちにしていた私は、もちろんその公開直後に観に行きましたよ。

ですが、その感動をすぐにブログに残せないでしまったので、本日の海外での配信スタートを機に、遅ればせながらも熱く語らせていただきたいと思います。

映画『トロン:アレス』予告編

もう、この予告編を観るだけで興奮しませんか?
これをIMAXという巨大なスクリーンと音響で体感した衝撃と言ったら・・・!!

もう素晴らしくて。
「すごい、すごい、面白すぎる」「さすがディズニー、まさに映像改革」などと一人で呟きながら観ていました。

映画『トロン:アレス』チラシ(表)(画像クリックでPDF画面が開きます)
トロンの世界観 〜シリーズの歴史〜

トロン』の魅力は、何と言ってもその唯一無二の世界観にあります。
さて、『トロン』オリジナル作品である第1作目は1982年公開。
なんと40年以上前の作品です。
当時は幼少であった私自身も、第2作目の『トロン:レガシー』から知った世代。
全てをご存じない方もいらっしゃるかと思うので、これまでの流れを簡単にご紹介しますね。

1982年公開『トロン(原題:Tron)』
全ての始まりー

「もし、コンピューターの中に自分自身が吸い込まれたら?」
プログラマーであるケヴィン・フリンジェフ・ブリッジス:3部シリーズ全てに登場)が、自らが作り上げたデジタル世界(2作目からグリッドと表現)に送り込まれるという、当時としては革命的なSF作品でした。
シンプルな光のラインと、レトロフューチャーなデザインは、今見ても色褪せないサイバーパンクの原点です。

映画『トロン(オリジナル)』予告編(字幕なしです)

2010年公開『トロン:レガシー(原題:Tron: Legacy)』
映像美の覚醒

前作から28年後、フリンの息子サムがグリッドに迷い込みます。
フリンがデジタル世界で生き続けていたという設定と共に、映像技術の進化によって、グリッドの美しさはネオン輝く別次元へと昇華しました。
父と子の再会と、デジタル生命体の哲学的なテーマが深まった作品です。

映画『トロン:レガシー』予告編

なおこの他に、アニメシリーズで『トロン:ライジング(原題:Tron: Uprising)』というスピンオフ作品があります。
1982年の映画『トロン』と、2010年の続編映画『トロン: レガシー』の間の物語を描いたもので、2012年にアメリカのディズニーXDで放送開始し、日本では2013年に放送されました。
こちらについては私は観ていないので割愛しますが、ディズニープラスで日本語吹き替え版などでも配信されているようです。
むしろこちらの方がお好みという方もいらっしゃると思いますので、興味あればご覧になってみてはいかがでしょう。

それではいよいよ、これらの続編となる『トロン:アレス』について。

映画『トロン:アレス』チラシ(裏)(画像クリックでPDF画面が開きます)
圧倒的な光と音の饗宴 〜IMAX体験の衝撃〜

『トロン:アレス』が描くグリッドの世界は、ただのサイバー空間ではありません。
それは、光とネオンが秩序をもってデザインされた、神聖な美の世界とでも言えるでしょうか。

IMAXの大画面、特に床から天井までを覆う映像は、まるで自分がプログラムになったかのように、その世界に文字通り「没入」させてくれました。
(私はIMAXでは必ず席を横並び中心に予約して、迫力の映像と音響を堪能します)

映像美の進化
過去作のクラシックな光のラインは継承しつつも、アレスの鎧や環境はより複雑で有機的、そして生命感を感じさせるデザインへと進化していました。
光と影のコントラストが際立ち、デジタルアートとしての完成度は群を抜いています。

音響の迫力
ライトサイクルが走り出すときの重低音、そしてディスクバトルで光の円盤が交差するたびに響く高周波の電子音・・・
IMAXの緻密な音響設計によって、全身でデジタル世界の振動を感じる体験は、自宅での視聴では決して得られないであろう体感でした。

この圧倒的な映像と音響こそが、『トロン:アレス』を単なるSFアクション映画で終わらせない、唯一無二の芸術作品に押し上げています。

Wミュージシャン俳優の存在感 〜創造主とAIの対話〜

トロン』シリーズの魅力の一つは、創造主である人間側も、被創造物であるプログラム側も、演じる俳優が深い芸術的才能を持っている点です。

シリーズの核となるケヴィン・フリンを演じ続けたジェフ・ブリッジスJeff Bridgesは、彼もミュージシャンとして活躍した俳優であり、このデジタル世界を創り出した「ユーザー」の象徴でした。
彼の持つ独特の温かみと哲学的な存在感が、デジタル世界の深みにリアリティを与えてきました。

そして本作のジャレッド・レトが演じるアレスは、フリンが創った世界、そして人間が持つ創造性を模倣し、時に超越しようとするAIです。

創造主(ユーザーフリン)を演じたブリッジス氏と、究極の被創造物(AIアレス)を演じたレト氏。
二人のミュージシャン俳優が、シリーズの根幹である「創造と進化」というテーマを、それぞれの表現力で支えている構造こそ、『トロン』シリーズの芸術性の高さを物語っていると感じます。

映画『トロン:アレス』のパンフレットとチラシ、そして30 Seconds to Marsの初期のアルバム
ジャレッド・レトの才能とアレスや創造主への深い思い

彼のバンド活動(30 Seconds to Mars)時代から才能を追ってきたファンとして、ジャレッド・レトが持つアーティストとしての深い感性が、主人公アレスにどう投影されたのかは、私にとって本作最大の注目点でした。

単なる俳優に留まらず、自身のバンドで楽曲制作、ビジュアルアート、そしてコンサートでの壮大な演出を手掛けてきた彼は、まさに「創造主(ユーザー)」の才能を持ったアーティストです。

芸術的深み
AIであるアレスの「人間性への探求」や「存在意義」といった複雑なテーマは、レト氏の持つ繊細かつ壮大なアーティストとしての感受性によって、深遠なキャラクターとして成立しています。

デザインとパフォーマンス
アレスの持つ革新的なコスチュームや、グリッド内で見せる一挙手一投足の様式美には、レト氏がビジュアル表現者として培ってきた美学が息づいているように感じました。

彼のアーティスト魂が、最新作の持つ哲学的な問いを、視覚的・感情的に深く掘り下げてくれたのです。

次の動画は、「主演ジャレッド・レトが語る制作の裏話」です。
自身も『トロン』が大好きだというレト氏が語る映画『トロン:アレス』の魅力を知ることができます。

映画『トロン:アレス』特別映像「主演ジャレッド・レトが語る制作の裏話」

ああ、それにしてもジャレッド・レト素敵すぎる!
きっと、彼が語った「夢は叶う(Dream It Possible)」って言葉が印象に残ったのは私だけではないはず・・・

映画トロン:アレス公式ホームページ:https://www.disney.co.jp/movie/tron-ares

劇場でご覧にならなかった方々には、本来であれば、この壮大な映像美と音響はIMAXという巨大なスクリーンで体験していただきたかったのが本音です。
私自身も、何度でもあの空間で観たい!!!と思っていて、既にIMAXでのリバイバル上映を望んでいます。
そしてできることなら3Dか4DXで観たい!(しかし吹き替え版となると観ない人です)

ですが、配信や媒体による鑑賞という形でも、人間(ユーザー)と、人間によって生み出されたプログラムやAIアレス)との間の創造と進化、そして感情をめぐる物語は、今まさに話題となっているAIについて考えさせられるホットなテーマですし、より多くの人がこの「グリッド(デジタル世界)」の世界観に触れられ、少しでも感動を共有できたら嬉しいです。


あなたは
自分の「存在意義」を
考えたことがありますか?

チュニジア旅の予習 その1<9つの世界遺産>

〜歴史と芸術のタイムトラベルの旅〜


前回のブログに記述した通り、今秋、北アフリカの国、チュニジアへ旅します。


というわけで、先日(2025年8月17日)チュニジアについて放映されたTBS『世界遺産』もしっかりチェック!
TBS『世界遺産』によるアーカイブはこちら→https://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20250817/


今回この番組で取り上げられたチュニジアの世界遺産は「カルタゴの考古遺跡」と「エルジェムの円形闘技場」の二つでしたが、2025年8月現在、チュニジアが有する世界遺産は、文化遺産が8つ、自然遺産が1つで、合計9つとなっています。
(世界遺産委員会は年に一回開催されます。本2025年は7月6日から16日、第47回世界遺産委員会がパリのユネスコ本部で開催されました)

チュニジア世界遺産について基本を押さえて、そしてこれから旅の予定も具体的に立てたいので、まずは、Google My Mapsでチュニジア世界遺産マップを作るべく各プロパティの個所にピン立てし、情報をまとめてみました。

*プロパティ:登録されている遺産の範囲のこと。文化遺産であれば記念物、建造物群、遺跡などで、自然遺産であれば地形、地質、生態系など。


ちなみに、このGoogle My Maps内にもそれぞれのプロパティについて簡単な説明を記述しているのですが、日本語での書き込みがイマイチなので英語で入力しています。
(日本語での入力自体はできるのですが、Google My Mapsでは日本語サポートが完全ではないので、日本語入力後、改めてGoogle My Mapsで日本語訳設定で表記すると意図しない文章となって変換されてしまったり少々問題ありなのです)
日本語でご覧になりたい皆さまには、Google My Mapsのブラウザを日本語に翻訳設定していただければと思うのですが、それでも若干おかしな日本語表記になる場合ありなので、Google My Mapsに付記した番号と連携させた上、以下にも、2025年8月現在の、チュニジアの9つの世界遺産について、文化遺産と自然遺産に分けた上、登録順で説明を記述しておきます。
(なおここから以降の地図は通常のGoogleマップです)

チュニジアの世界遺産(2025年8月現在、全部で9つのプロパティ)

<文化遺産 8件>

1)チュニス旧市街(Medina of Tunis)
1979年登録
登録基準 (ii)(iii)(v)
イスラム建築の宝庫で、モスク、宮殿、市場が密集。都市構造も高い保存性を持つ。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/36

2)カルタゴ遺跡(Archaeological Site of Carthage)
1979年登録
登録基準 (ii)(iii)(vi)
フェニキア、ローマ、ビザンツなど複数の文明が重なる歴史的都市跡。円形劇場や浴場跡が見られる。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/37/

(先日のTBS『世界遺産』で取り上げられた所)

3)エル・ジェムの円形闘技場(Amphitheatre of El Jem)
1979年登録
登録基準 (iv)(vi)
ローマ時代の巨大円形闘技場。35,000人を収容でき、北アフリカでも屈指の保存状態を誇る。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/38

(先日のTBS『世界遺産』で取り上げられた所)

4)ケルクアンの古代カルタゴの町とその墓地遺跡(Punic Town of Kerkuane and its Necropolis)
1985年登録
登録基準 (iii)
ローマ化の影響を受けずに残ったフェニキア人の都市遺跡。街並みと墓地の保存状態が稀有である。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/332

5)スース旧市街(Medina of Sousse)
1988年登録
登録基準 (iii)(iv)(v)
防衛都市としての特徴を持ち、要塞だったリバト(Ribat)やカスバ(kasbah)、イスラム教礼拝堂のグレートモスクなどを含む商業・宗教の中心地。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/498

6)カイルアンケルアン Kairouan)
1988年登録
登録基準 (i)(ii)(iii)(v)(vi)
北アフリカにおける初期イスラム都市。ウクバ・モスク(Mosque of Uqba)の名称で知られる北アフリカ最古のグランド・モスクなど、宗教・建築両面で重要な役割を担ってきた。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/499

7)ドゥッガ/トゥッガ(Dougga / Thugga)
1997年登録
登録基準 (ii)(iii)
北アフリカで最も保存状態の良いローマ都市。神殿、劇場、浴場、公衆施設が高い完全性を誇る。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/794

8)ジェルバ:島嶼域の入植様式を伝える遺産(Djerba: Testimony to a settlement pattern in an island territory)
2023年登録(最新)
登録基準 (v)
教会、シナゴーグ(ユダヤ教の会堂)、イバード派(イスラム教の一宗派)の要塞化されたモスクなど、多宗教・多文化が共存する島の歴史的パターンを保存。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/1640

<自然遺産 1件>

9)イシュケル国立公園(Ichkeul National Park)
1980年登録
登録基準 (x)
湿地と湖の自然景観が育む豊かな生態系。渡り鳥の重要な休息地としても知られている。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/8

チュニジア世界遺産は、古代文明からイスラム文化、そして自然遺産まで、幅広い魅力にあふれていそうです!
これら9つすべてを巡る旅はまさに「歴史と芸術のタイムトラベル」と言えるのではないでしょうか?

と言いつつ、私自身は今回のチュニジア訪問では1週間程度の滞在期間で、せっかくチュニジアに行くからには砂漠体験もしてみたいので、残念ながら、9つすべての世界遺産を巡ることは難しいのですが、美術世界遺産といった芸術好きの私にとっては、きっと素晴らしい旅となるはず。

特に私、アート好きとしては、先日のTBS『世界遺産』でも言及されていた、チュニジアモザイクアートがとても楽しみです♪
(前出のYouTube映像ではその部分はありませんが、TBS『世界遺産』HPにアーカイブとして画像があります→https://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20250817/gallery.html


そしてチュニジア砂漠だったり、古代の遺跡が良い状態で保存されていることもあって、多くの映画ロケ地となっています。
スターウォーズはその代表としてよく知られていますが、それ以外にもありますので、次はチュニジアで撮影された映画をテーマに予習してみようと思います♪



〜 参考書籍(Amazonにリンク)〜


あなたは
巨大な古代遺跡を
実見したことがありますか?

今年の海外旅先チュニジア

〜北アフリカで世界遺産を多数保有する国へ!〜


今年、友人が北アフリカのチュニジアへ赴任しました。
実は、その友人からチュニジアで働くかも、という話を聞いたのは昨年のこと・・・

これまでのブログでも綴っていますが、私、昨年は仕事による心労からプライベートで人に会うのもしんどく、唯一会った友達はというと、フランスで生活する友人が一時帰国した時と、宮城県内に住む一組の友人夫婦のみでして。


そう、私は、フランスで生活していた友人が昨年の9月に一時帰国した時点で、「翌年はこれまでとは違う生活になるかもしれない、チュニジアに行くかも」という話を聞いて、「親友の新しい人生は応援したいし、彼女がチュニジアにいるうちに私も絶対に行く!」と心に決めたのでした。

ただ、その時点ではまだ2024年の9月。
私自身は仕事に苦しんでいたさなかです。
でも、親友との再会で励まされたし、今思えば、彼女からの話を聞いたから故の「私もチュニジアに行ってみたい!」という思いも、「いくら仕事のストレスによる適応障害との診断を受けたところで、辞めるわけにはいかないのでは」という気持ちを抱えていた私だったのに、「自分が望んでやりたいことや幸せだと思えることをできない人生なんて、生きている意味ある?!」と改めて思い出すことができ、仕事を辞める決断をする原動力となった理由の一つだったのかもしれません。

だって、彼女からの話を受けるまで、チュニジアへの旅を思いつくこともなかったですし、あのまま仕事を続けていたら、今年中に海外旅行するための長期休暇なんて確保できなかったでしょうから。
(同じ職場でも一昨年にフランスに行けたのは、コロナ明けは絶対にフランス行きは実行すると決めていたことと当時の職場の体制が異なっていたこともあり、半ば強引に休暇を取ったためで、退職時の体制ではそれは無理であったろうと思われます)


というわけで、東京からドバイ経由でのチュニス行き航空チケットを購入いたしました!!
今年(2025年)の秋にチュニジア旅を決行します!!


ところで、北アフリカの国、チュニジア🇹🇳
この国について詳しい方はいらっしゃいますでしょうか?


私はといいますと、ごめんなさい・・・
白状しますが、友人から聞くまでは意識することなどなかった国です。

しかし、これを機に行くとなれば、当然、よく知りたいわけで。
インターネット上にいくらか情報はあるとはいえど(それら全てが正しくは無いのがネット社会)、まずは信頼する「地球の歩き方」で情報を得たいところでしたが、チュニジアについては2020-21年版が最新、その後の刊行予定は現在なしとのこと。涙
私自身は流行とか人気の場所などには興味ない人間なので、むしろ、チュニジアはそれだけレアな国なのだろうと、それはそれで訪問する意欲は増すので良いのですけどね。苦笑


なので、チュニジアへの旅経験のある方、知っておくべき知識などありましたら是非ともお教えいただきたいです。

そうそう、ちょうど次の日曜(2025年8月17日)に放映されるTBSの『世界遺産では、チュニジアの「カルタゴの考古遺跡」と「エルジェムの円形闘技場」が取り上げられるとのことです!
ナイスタイミング!絶対見なきゃ。





さて、本日は8月15日。明日までがお盆です。
あなたはご先祖様へのお参り済ませましたか?

私の亡くなった家族たちには、芸術に縁のある人たちが多いです。
故に私も、その影響を受けているのかなと感じ、それを嬉しく想っています。
そして私は、彼らから受け継いだ命を大切に、生きているうちに美術や世界遺産という芸術に少しでも多く触れたい。
自分の命に感謝すると共に、そんなことを、ご先祖へお伝えしてきたところです。

今年決行するチュニジアへの旅。
北アフリカでも世界遺産を多数保有する国ということなので、これから予習します。


あなたは
どんな旅の予習が
楽しいですか?

映画館で感動体験♪映画音楽の巨匠ハンス・ジマーのライブ ×ドキュメンタリー

〜特別料金にも納得!映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』〜


TOHOシネマズ仙台にて、映画館ではたったの1週間のみの(2025年7月11日(金)〜17日(木))限定公開である映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』(原題『Hans Zimmer & Friends: Diamond in the Desert』)を観てきました。

映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』公式ホームページ:https://www.culture-ville.jp/hanszimmer

それはまさに、期待をはるかに超える感動体験でした。
決して大袈裟に言っているわけではなく、映画、音楽、アート全般を愛する私にとっては、本当に価値ある映画だと心底感じ、ぜひ記録しておきたいと思ったので、今こうして綴っています。

なおこの映画は、残念ながらパンフレットが制作されていません。
そんなこともあり、私なりにしっかり記録しておきたく、以下から少々詳しめの内容(ネタバレ)になるかと思います。
私自身は初見の映画は、事前にはあまり余計な情報を入れないで観て楽しみたいタイプなので、申し添えておきますが、映画をまだご覧になっていない方は、その点ご留意くださいね。

映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』のチラシ
(画像をクリックするとPDF画面が開き、拡大できます)

さて、この映画、一般 2,700円という特別料金。
TOHOシネマズでIMAXでもDOLBY ATMOSでもないのにこの料金で、いかなる割引も適用不可とのこと。

それで、私としては、過日のハンス・ジマー 初来日公演「Hans Zimmer Live in Japan(2025年5月、横浜および名古屋にて開催)に行けなかったけれども、これで大好きな映画音楽をライブ映像として映画館の大画面と大音量で楽しめるのであれば良いだろう、特別料金なのもそれなりの理由があるのだろうし…くらいの気持ちで映画館へ足を運んだのでした。

が、しかし、これは単なるコンサートフィルムではありませんでした。

ハンス・ジマー(Hans Zimmer)という稀代の作曲家が、いかにしてあの壮大な音楽を生み出しているのかに迫る、深遠なドキュメンタリー映画と言えます。
彼の音楽に対する情熱、創作のプロセス、そして彼を支える素晴らしいアーティストたちとの揺るぎない絆が、スクリーンからひしひしと伝わってくるのです。

まさしく、『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』というタイトル通り。
ハンス・ジマーと彼の素晴らしいフレンズたちが織りなすサウンドとストーリーは、まるで砂漠の中に突如現れきらめくダイヤモンドのように、私の心に深く響き渡りました。
(ちなみに、デザートは食べるデザート(dessert)ではなく、砂漠のデザート(desert)ですよ。笑)

次の動画はこの映画の予告編です。

映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』予告編

先ほど、単なるコンサートフィルムではないと述べましたが、ライブ会場ではなくとも、スクリーンによって観客が十分に楽しめるような映画として、構成をとても考えられた作品だと感じました。

映画は、タイトルを象徴した砂漠の砂丘で歌うロワール・コトラー(Loire Cotler)によって幕が切られます。
そう、砂漠といえば、ハンス・ジマーが生んだ名曲を代表する『DUNE/デューン 砂の惑星』(原題『Dune』)を想像するのに難くないでしょう。

映画『DUNE/デューン 砂の惑星(Part 1)』予告編


また、演奏される音楽の間には、ハンス・ジマーと彼に関わる映画監督、俳優、ミュージシャンといったアーティスト達との対談が組み込まれていて、ハンス・ジマーが創り出してきた楽曲のバックグラウンドを知ることができます。

例えば、『DUNE/デューン 砂の惑星』の監督であるドゥニ・ヴィルヌーヴ(Denis Villeneuve)、主演のティモシー・シャラメ(Timothée Hal Chalamet)ゼンデイヤ(Zendaya Maree Stoermer Coleman)との対談もあり、それぞれ全てが非常に興味深かったです。
個人的には、今年観た映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』で、ティモシー・シャラメが伝説のシンガーであるボブ・ディランとして素晴らしい演技を披露したのも、この対談を観て妙に頷けました。

そして、コンサートツアーの会場からこの映画用に使われたのは、アラブ首長国連邦ドバイコカ・コーラ・アリーナでのライブ風景。
アラビアの豪華なスポットの一つだからということもあるでしょうけれど、やはり砂漠に面することも理由にあるのではと。

オープニングに続いての音楽と映像は、ドバイコカ・コーラ・アリーナで演奏された『インセプション』(原題『Inception』)の曲でした。

映画『インセプション』予告編


今や鬼才として映画界に君臨する方をこんな風に言うのも恐れ多いことですが、私はこの作品で、監督を務めたクリストファー・ノーラン(Sir Christopher Nolan)の名をしっかりと覚え意識するようになったと記憶してます。
もちろんクリストファー・ノーランの作品はそれ以前のものも観たし、どれも面白いのですが、私には『インセプション』がとりわけ衝撃的だったのです。
その世界観が大好きで、DVDでも繰り返し観ているので、この音楽が映画館の大音量で楽しめて大興奮しました。

さてその次は、『ワンダーウーマン 1984』(原題『Wonder Woman 1984』)です。
強く美しくかっこいい女性に憧れる私は、当然この『ワンダーウーマン』シリーズも大好きなので、興奮冷めやらず。

映画『ワンダーウーマン 1984』予告編


ちなみに、『ワンダーウーマン』は2017年に1作目が公開されていて、『ワンダーウーマン 1984』はシリーズの2作目です。
いずれも監督はパティ・ジェンキンスですが、ハンス・ジマーが音楽を担当したのは『ワンダーウーマン 1984』の方。
シリーズものの映画は、監督や俳優が変われば、作風にも違いが現れますが、音楽も然りで。
観る人の好みによっても変わってくるわけですが、その辺の違いも比べてみるのも、映画の面白さですよね。

次は『マン・オブ・スティール』(原題『Man of Steel』)の曲でした。
スーパーマン』シリーズの一つですが、私は今のところ、これが一番好き♡
音楽がハンス・ジマーであるところに、前述したクリストファー・ノーランが製作・原案を担当し、好きな俳優の一人であるヘンリー・カヴィルが主人公のクラーク/スーパーマンを演じたこと、そして実話をもとにした名作で私も感銘を受けた『アンタッチャブル』(原題:The Untouchables)で主演を務めたケビン・コスナーがクラークの父親を演じた点で私には特に響いているのだろうと思います。

映画『マン・オブ・スティール』予告編


ところで、このブログにはハンス・ジマーが請け負った映画がどんなものだったかを把握していただけるように、その映画予告をYouTubeより転載させていただいてますが、映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』では単純にそれらの映像が映し出されるというものではありません。

先に述べたように、ドバイコカ・コーラ・アリーナでのライブ風景が軸とはなっていますが、曲間には別撮りした対談の様子があったり、ロケ撮影による演奏風景などと共に構成されています。
しかし、ここに挙げている動画のような、それぞれの映画のシーンと感動が、ハンス・ジマーとその素晴らしい仲間たちによる壮大なパフォーマンス興味深いトークよって新たな感動として呼び起こされるのです。

マン・オブ・スティール』演奏直前にも対談が組み込まれていたのですが、そこでハンス・ジマーが「スーパーマンに相応しいのは見栄えのいいグランドピアノなんかじゃない。ヒーローである一方で、孤独を感じ、農場での生活を大切にする彼のイメージには素朴なアップライトピアノがいい。」といったことを話し、その後場面が切り替わり、コンサート会場のステージ上で中央に置かれたアンティークなアップライトピアノによる演奏が始まったシーンは印象的でした。

この次は、『グラディエーター』(原題『Gladiator』)より。
古代ローマを舞台にした歴史アクション映画で、アカデミー賞では作品賞など5部門を受賞し、ゴールデングローブ賞では最優秀作品賞を受賞した名作で、ハンス・ジマーが担当した音楽も、ゴールデングローブ賞では最優秀作曲賞を受賞し、アカデミー賞ではノミネートを果たしています。

映画『グラディエーター』予告編


これも砂漠(モロッコ)でロケが行われている作品でしたが、『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』でも、『グラディエーター』のパートは砂漠(アラビア)でのロケ撮影によるものでした。

今までハンス・ジマーの音楽は幾度と耳にしても、彼自身が演奏したり語る姿はほとんど目にしたことがなかったので知りませんでしたが、この映画を観て、ハンス・ジマーは瞳がとってもキレイな人なんだと気がつきまして。
特に、この『グラディエーター』の演奏風景では、目の輝き度合いが半端なくて、本当に音楽を愛してる人なんだろうな、こんな少年みたいで情熱的な人だから、こんな素晴らしい音楽を生み出すのだろうな、と感じました。

そして次の、『パイレーツ・オブ・カリビアン』(原題『Pirates of the Caribbean』)では、あの誰もが聞き覚えある曲の部分で、コンサート会場の盛り上がりも最高潮に。
こちらは、映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』の公式ホームページにもアップされている動画をシェアさせていただきますね。

映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』より「パイレーツ・オブ・カリビアン」演奏シーン

映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』公式ホームページ:https://www.culture-ville.jp/hanszimmer


で、この高揚感ある盛り上がりの後は『ダークナイト』(原題『The Dark Knight』)ときまして。
これは、光と闇の音のコントラストとでも言えるでしょうか…

映画『ダークナイト』予告編


パイレーツ・オブ・カリビアン』に打って変わって漂う、深く暗い緊張感。
あの重厚な低音と、心臓を叩かれるかのような不穏なリズムは、聴く者の心をざわつかせ、まるでゴッサムシティの暗闇に迷い込んだかのような感覚に陥れられます。
ライブで迫ってくるその鋭利で研ぎ澄まされた音の塊が、単純な盛り上がりとは違う、ゾクゾクするような興奮と、静かに心を揺さぶられる美しさを伴うものでした。

そんなダークな楽曲に続くのは『X-MEN:ダーク・フェニックス』(原題『Dark Phoenix』)。

映画『X-MEN:ダーク・フェニックス』予告編

マーベル・コミックスの『X-MEN』もシリーズ化されている映画ですが、実は私、『X-MEN』といえばウルヴァリン、そしてそれを演じるヒュー・ジャックマンと思っていたため、彼がが出ていないこの『X-MEN:ダーク・フェニックス』は未見でして。

でもこの『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』でのハンス・ジマーらのパフォーマンスを観たことをきっかけにこの予告編を観たら、もう気になってしょうがない。
こんな理由からでも、この映画も絶対観たい!って気持ちにさせるミュージシャンの存在って、本当にすごい。

そしてこの後も、『ダンケルク』(原題『Dunkirk』)とダークな感じが続きます。

映画『ダンケルク』予告編


ダンケルク』は、第二次世界大戦のダンケルク大撤退を描いた映画で、これまでハンス・ジマーとタッグを組んで数々の名作を産んできたクリストファー・ノーランにとっては初の実話に基づいた映画。
第90回アカデミー賞では作品賞、監督賞、美術賞、撮影賞、編集賞、音響編集賞、録音賞、作曲賞の8部門にノミネートされ、編集賞、録音賞、音響編集賞を受賞した名作です。

映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』では、クリストファー・ノーランの姿がなかなか出てこなかったのでいつ出てくるんだろうと思っていましたが、クライマックスに差し掛かる後半で、彼らの含蓄ある対談シーンがありました。
名監督クリストファー・ノーランと名音楽家のハンス・ジマーがタッグを組んだ映画から、彼らはまさに、単なる仕事上のパートナーシップを超えて深い信頼と友情で結ばれている、そんなことを感じつつありましたが、この『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』を鑑賞して、それを確信。

そして次も、彼らがタッグして創られた素晴らしい作品の代表作の一つ『インターステラー』(原題『Interstellar』)の楽曲。

映画『インターステラー』予告編


神秘に満ちた宇宙を描いた『インターステラー』の曲を、世界最大の360度プロジェクションドームとしての機能を持つアル・ワスル・プラザ・ドームエキスポ・シティ・ドバイ内)にて演奏収録された映像は、私たちが未知の、美しく壮大な世界観が表現されていて、もううっとり。

こちらも、映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』の公式ホームページにライブ風景がアップされていますので、シェアさせていただきます。

映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』より「インターステラー」演奏シーン

映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』公式ホームページ:https://www.culture-ville.jp/hanszimmer

そんな神秘に包まれた後に続いたのは『ライオン・キング』(原題『The Lion King』)。
終盤にこれを持ってきたのは、1994年に、音楽部門でアカデミー賞、ゴールデングローブ賞、グラミー賞受賞を受賞した、ハンス・ジマーにとっても非常に輝かしい作品の一つだからゆえでしょう。

映画『ライオン・キング(1994)』予告編


なんと、この作品が公開されたのは、30年以上も前になるんですね。
実は、私の手元には、このサウンドトラックCDがあるのですが、今は亡き父が購入していたものを、勝手に奪った代物でして。
女優ゼンデイヤとの対談で、ハンス・ジマーが「6才の頃に父を亡くした自分が、娘のためにこの映画への参画を決めた」ということを語っていたシーンでは、私の映画や音楽好きは父の影響もあるので、思いもがけず、涙してしまいました。

このCDもずっと聴いていませんでしたが、思い出して、いそいそとiTunesにアップロードしています。


こんな私の個人的な思い出はどうでもいいでしょうが(私のブログなのでお許しくださいませ)、映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』での『ライオン・キング』ライブ風景は、また凄かったです。
会場中に太鼓隊が現れて、ハンス・ジマーら演奏者とともにパフォーマンスを繰り広げるのです。
あの場に自分もいることができたら、どんなに楽しかったか…
コンサートに行った方を羨む気持ちもありますが、大画面と大音量の映画館でこの映画を観たことで、その臨場感を味わうことができたので、本当に良かったです。

さてここまで、相当長くなってしまいましたので、この他にも演奏、対談があるのですが、自分の想いも含めて記述しているとキリがないので、この辺で。
いずれにせよ、映画『ハンス・ジマー&フレンズ:ダイアモンド・イン・ザ・デザート』は歴史に残る作品となるだろうなと感じています。

TOHOシネマズ仙台では、通常会場で特別料金2,700円での上映でしたが、そこに追加料金払ってでもいいからDOLBY ATMOS(+200円)で観たかった!と思える素晴らしい映画でした。

ハンス・ジマーファンはもちろんのこと、映画音楽に興味がある方、ライブパフォーマンスの素晴らしさを体験したい方、そしてアートが持つ力に触れたいすべての人におすすめしたい作品です。


あなたが得た
感動体験って
どんなものですか?