映画『オデュッセイア』のIMAX限定来場者特典ポスター、パンフレット、チラシ

『オデュッセイア』― 3000年前の神話と、映画が歩んできた長い旅

〜 そして、帰る(還る)ことの意味〜


今年(2026年)、最も楽しみにしていた映画のひとつ、クリストファー・ノーラン(Sir Christopher Nolan)監督の『オデュッセイア(原題: The Odyssey)』を観てきました。

さすがノーラン監督。そして、そうそうたる俳優陣。
壮大な映像と音、次々と現れる神話の世界に圧倒されながら、約3時間という上映時間を駆け抜けたような感覚でした。

けれど、映画館を出てから残ったのは、単に「すごい映画を観た」という興奮だけではありませんでした。

人はなぜ戦うのだろう。
なぜ他者から奪うのだろう。
そして、戦った人間にとって「故郷へ帰る」とは、どういうことなのだろう。

そんなことを、ずっと考えています。

映画『オデュッセイア』予告編

私とギリシャ神話の最初の出会い

私がギリシャ神話に惹かれるようになったきっかけは、小学生時代に父が見せてくれた映画『タイタンの戦い(原題: Clash of the Titans)』(1981年版)でした。
1981年に公開された、レイ・ハリーハウゼン(Ray Harryhausen、1920年6月29日 – 2013年5月7日)製作によるストップモーション・アニメーションが印象的な作品です。

中でも忘れられないのが、髪の毛が無数の蛇で、見た者を石に変える力を持つ怪物メデューサ。
怖かった。
とにかく怖かった。

でも、暗闇の中、いつ現れるのかわからないメデューサにハラハラしながら、それでも目を逸らしたくなるような「ホラー」とは少し違いました。
怖いのに、この先どうなるのか知りたい。
英雄ペルセウスの行方は?
囚われた王女アンドロメダはどうなるの?
そんな気持ちのほうが勝っていたのだと思います。

家にはVHSビデオ(当時の主流媒体)があったので、その後も繰り返し観ました。
そうしていつの間にか、神々と人間が同じ世界に存在し、怪物が現れ、運命と人間の意志が交錯するギリシャ神話の世界そのものに惹かれていったように思います。

ハリーハウゼンからノーランへ

そして今回、映画を観た後に『オデュッセイア』のパンフレットを読んでいて、思わず唸りたくなった部分があります。

ノーラン監督自身も、SFX(特殊効果・特殊撮影)のパイオニアであるレイ・ハリーハウゼンの技術を取り入れた『アルゴ探検隊の大冒険』や『タイタンの戦い』といった作品に敬意を抱いているというのです。
これを知ったとき、妙に納得してしまいました。

子どもの頃、『タイタンの戦い』に夢中になった私。
そして、そのような映画に敬意を抱いてきたクリストファー・ノーランが、2026年に『オデュッセイア』を映画にする。

もちろん私とノーラン監督を同列に並べるつもりはありません(苦笑)。
でも、遠く離れたところで同じ映画から伸びていた線が、何十年も経って『オデュッセイア』という一本の映画で交差したようで、なんだか不思議な気持ちになりました。

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そして、映画史上初の「全編IMAX撮影」

もちろんIMAXで鑑賞しました。
映画『オデュッセイア』について触れておきたいのが、この作品が長編劇映画として史上初めて、全編をIMAXフィルムカメラで撮影された作品だということです。

「でも、IMAX上映の映画ならこれまでにもたくさんあったのでは?」
私自身、最初はそんなふうにも思いました。

ところが、「IMAXで上映される映画」と「IMAXカメラで撮影された映画」は同じではありません。
通常の映画用カメラで撮影された作品でも、IMAX向けに調整してIMAXシアターで上映することはできます。
また、IMAXカメラを使用した作品でも、これまでは映画全編ではなく、特に迫力を見せたい場面など一部のシーンで使用されることが少なくありませんでした。

ノーラン監督自身、これまでも『ダークナイト』『インターステラー』『ダンケルク』『オッペンハイマー』などでIMAXフィルム撮影を積極的に取り入れてきました。
それでも、全編をIMAXフィルムカメラで撮影することには大きな壁がありました。
IMAXフィルムカメラは大きく、重く、そして撮影時の作動音も大きい。
壮大な風景や激しいアクションを撮るには適していても、俳優同士が静かに言葉を交わす場面で同時に音声を収録するとなると、その作動音が問題になります。

そこで今回、ノーラン監督と撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマ(Hoyte van Hoytema)、そしてIMAX側が協力し、新しいカメラや防音技術を開発。
それによって初めて、
 壮大な海も
 戦闘も
 神話の怪物たちも
 そして、人間の顔や静かな会話も
すべてをIMAXフィルムで撮影することが可能になったのだそうです。

興味深いのは、ノーラン監督がIMAXを単に「巨大なものを巨大に見せるため」の技術として考えていないことです。
『オッペンハイマー』でIMAXカメラが捉えた主演キリアン・マーフィーの顔に強い可能性を感じ、今回の『オデュッセイア』では、壮大な風景だけではなく、俳優たちの演技や親密な場面にもIMAXを使いたいと考えたといいます。

これは映画を観終えた後に知ると、とても興味深い話でした。

『オデュッセイア』といえば、海、船、戦争、怪物、神々……
確かにIMAXとの相性が良さそうなものばかりです。

けれど、その巨大な世界の中心にいるのは、あくまでひとりの人間。
戦い、迷い、失い、それでも故郷へ帰ろうとするオデュッセウスです。

その人間の「顔」まで巨大なIMAXの世界で捉える。
だからこそ、この作品の圧倒的なスケールと、ひとりの人間の物語が両立していたのかもしれません。

そして考えてみると、これも私には不思議なつながりに思えます。

子どもの頃、私をギリシャ神話の世界へ連れていってくれたのは、レイ・ハリーハウゼンのストップモーションでした。
人形をほんの少しずつ動かし、一コマずつ撮影することで、存在しないはずの怪物に命を吹き込んだ時代。

そして何十年も経った2026年。
同じようにギリシャ神話を愛した映画監督が、今度は映画史上初となる全編IMAXフィルム撮影という方法で、およそ3000年前の物語をスクリーンに蘇らせる。

映画をつくる技術は、驚くほど変わりました。
それでも映画がやろうとしていることは、案外変わっていないのかもしれません。

そこには存在しない世界を目の前に出現させ、観客を物語の中へ連れていくこと──

子どもの頃、『タイタンの戦い』のメデューサを息を詰めて見ていた私が、今度はIMAXの巨大なスクリーンの前で『オデュッセイア』に圧倒されている。

そう考えると、映画というもの自体が、「長い旅」を続けているようにも思えてきます。

映画『オデュッセイア』のチラシ両面
映画『オデュッセイア』チラシ

実は私も『オデュッセイア』をちゃんと知らなかった

さて、ギリシャ神話が好きだと言いながら、少し恥ずかしい話ですが、私はホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』をきちんと読んできたわけではありません。

もちろん、トロイア戦争やオデュッセウス、アキレウス、ポセイドン、アテナ、キュクロプス、セイレーンなど、断片的には知っています。
でも、それらを古代ギリシャの叙事詩として体系的に理解しているかと言われれば、そうではありません。

だから今回の映画も、「原典を知り尽くした人間」として観たわけではありません。
むしろ映画を観たことで、改めて『イリアス』『オデュッセイア』とは何だったのだろう、と掘り下げてみたくなりました。

『イリアス』と『オデュッセイア』は、ともに古代ギリシャの詩人ホメロスの作と伝えられる叙事詩。
成立したのは紀元前8世紀〜前7世紀頃と考えられており、約3000年ものあいだ語り継がれてきた、西洋文学の源流ともいえる物語です。

この二つの作品名そのものにも意味があります。
『イリアス』は、トロイアの別名「イリオン」に由来し、いわば「イリオン(トロイア)の物語」。
一方の『オデュッセイア』は、主人公オデュッセウスの名前に由来する「オデュッセウスの物語」です。
つまり、一方は「場所」の名から、もう一方は「人」の名から生まれたタイトルなのです。

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また、これらの作品の背景にあるのが、ギリシャ軍とトロイアの間で10年間続いたとされる「トロイア戦争」です。

『イリアス』は、その10年間すべてを描いているわけではありません。
戦争終盤のごく限られた期間を舞台に、ギリシャ軍最強の戦士アキレウスの「怒り」を中心として、戦う者たちの名誉、友情、喪失、復讐、そして死を描いています。

一方の『オデュッセイア』は、その戦争が終わった後の物語。
トロイア戦争を戦ったギリシャ側の英雄オデュッセウスが、故郷イタケ島へ帰ろうとするところから始まります。
ところが、その帰路はとてつもなく長いものになります。

一つ目巨人キュクロプス、人を豚に変えてしまう魔女キルケー、美しい歌声で船乗りを破滅へ誘うセイレーン、海の怪物スキュラ……
どこかで聞いたことのある怪物や物語が、実は『オデュッセイア』に由来していることも少なくありません。

さらに、オデュッセウスの旅には神々も深く関わります。
彼に怒り、帰還を妨げる海神ポセイドン。
一方で彼を助ける女神アテナ。

そして、この物語を理解するうえで興味深いのが、最高神ゼウスが守護する「客人をもてなす」という掟です。
古代ギリシャでは、見知らぬ旅人や客人を迎え入れ、食事や寝床を与え、もてなすことが神聖な務めとされていました。
これは「ゼウスの掟(クセニア/xenia)」と呼ばれ、客人の守護者でもあるゼウスのもと、人と人との間で守るべき重要な秩序と考えられていました。
『オデュッセイア』では、この「客をどう迎えるか」、そして反対に「客としてどう振る舞うか」が、物語の随所で繰り返し問われます。
長い旅の途中でオデュッセウスが受ける歓待もあれば、その掟が破られる場面もある。

人間だけで物事が進むのではなく、神々の意志と人間の意志が交錯しながら運命が動いていくところも、ギリシャ神話らしい世界です。

それから、今回改めて面白いと思ったことがあります。

英語の「odyssey(オデッセイ)」という言葉。
英語に疎い人でも、本国日本を代表する自動車メーカーの一つである本田技研工業(ホンダ)の車名として採用されているので、その言葉の響き自体はよく知っている人が多いことでしょう。
この言葉は、この物語のタイトル『オデュッセイア(The Odyssey)』に由来しているのです。

主人公はOdysseus(オデュッセウス)。
その長く困難な帰還の物語『The Odyssey(オデュッセイア)』から、現在では「長い冒険の旅」「波乱に満ちた遍歴」といった意味で、odysseyという言葉そのものが使われるようになりました。

そう考えると、スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』の原題が『2001: A Space Odyssey』であることにも、なるほどと思います。
単なる「宇宙旅行」ではなく、「人間が未知の世界へ向かう壮大な旅」、あるいは「長い探求の物語」。

約3000年前に語られたオデュッセウスの旅が、ひとつの言葉となって、今もさまざまな物語の中に生き続けているのです。

そして、この物語で語られる時間もまた長い。
オデュッセウスはトロイア戦争で10年間を過ごし、さらに故郷へ帰るまでに10年を費やします。
妻ペネロペと息子テレマコスのもとを離れて、約20年。

『イリアス』が「戦う人間」の物語だとすれば、『オデュッセイア』は「戦いを終えた人間が帰ろうとする物語」と言えるのかもしれません。
そう考えると、「故郷へ帰る」という一見単純な目的が、まったく違う重みを持って見えてきます。

映画『オデュッセイア』のIMAX限定来場者特典ポスター、パンフレット、チラシ
映画『オデュッセイア』IMAX限定来場者特典ポスター、パンフレット、チラシ

人はなぜ戦い、なぜ奪うのか

映画を観ている最中、強く感じていたことがあります。
それは「略奪」という行為でした。

現代の私たちから見れば、他者の土地へ行き、戦い、食料や財産を奪うという行為には当然大きな抵抗があります。
けれど歴史を遡れば、略奪は戦争と密接に結びついていました。

国家による安定した流通も、現代のような社会制度もない時代。
土地、食料、家畜、金属などを手に入れることは、そのまま共同体の生存や富につながります。

一方で、それは単純に「生きるため」だけだったのだろうか、とも思います。

富を得たい。
土地が欲しい。
力を示したい。
名誉を得たい。
相手を支配したい。

そこには、生存だけでは説明できない人間の欲望もあったはずです。

では、それは現代とまったく違うのでしょうか。
武器も、国家も、法律も、戦争の規模も、古代とは比較にならないほど変わりました。
それでも世界から戦争はなくなっていません。

領土、資源、安全保障、民族、宗教、政治、権力、恐怖、報復。

「自分たちが生きるため」という言葉と、「他者から奪う」という行為の境界は、ときに驚くほど曖昧になります。
約3000年前の物語を観ながら、私はいつの間にか現代のことを考えていました。

戦争が終われば、本当に帰れるのか

そして、もうひとつ。
戦争が終わったからといって、人はその瞬間に以前の自分へ戻れるのでしょうか。

10年間戦ったオデュッセウスが船に乗った瞬間、「戦士」から元の夫や父へ戻れるわけではありません。
戦争を経験した人間は、戦争以前と同じ人間ではない。
それでも、彼は帰ろうとする。

妻のもとへ。
息子のもとへ。
自分の国へ。

そう考えると、『オデュッセイア』は単なる「長い冒険の末に故郷へ帰る英雄の物語」ではなく、
「戦争を経験してしまった人間が、それでも帰ることはできるのか。」
そんな物語にも見えてきます。

「帰る(還る)」とは何なのだろう

ノーラン監督が、この映画にどこまで現代の戦争や人間社会への問いを込めたのか、私にはわかりません。
けれど、映画を観ながらこうしたことを考え、観終わった後にも問いが残り続けている。
それだけでも、この作品が単なる壮大なエンターテインメントではなかったことは、私にとって確かです。

怪物が現れ、神々が人間の運命に関わり、海を渡り、戦う。
映画として圧倒的に面白い。

でも、その壮大な物語の中心にあるものは、驚くほど素朴です。

「帰りたい ──。」

約3000年前につくられた物語のその願いが、2026年を生きる私にも理解できる。
社会が変わり、技術が変わり、人間の生き方がこれほど変わっても、私たちはいまだに戦い、失い、迷い、そして自分の帰る場所、本当の自分に還れるところ…を求めているのかもしれません。

子どもの頃、父と一緒に観た『タイタンの戦い』。
あのときは、メデューサが怖くて、それでも続きが知りたくて仕方がありませんでした。
そして何十年も経った今、同じギリシャ神話の世界を映画館で観ながら、今度は「人間とは何なのだろう」と考えている。

映画との出会いというのは、不思議なものです。
ひとつの物語が、何十年も経ってから別の物語につながり、こんなふうに自分の中に新しい問いを残していくことがあるのです。

約3000年前に生まれた『オデュッセイア』が、長い時を旅して、映画という形で私たちのもとへ届いた今。
映画をつくる技術がどれほど進化しても、その先にあるのは、物語を通して人間を見つめることなのかもしれません。
そして、長い旅の果てに故郷を目指したオデュッセウスのように、私たちもまた、それぞれの人生の中で何かを求めながら、自分の「帰る(還る)場所」を探し続けているのかもしれませんね。


あなたにとって
「帰る場所」とは
どこですか?

丘の上から海峡を眺める女性と犬の後ろ姿 故郷を思っている一人と一匹

Project Hail Mary _ Brochure & Book プロジェクト・ヘイル・メアリー パンフレット 本

まさに私も救われる、映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

〜「理解しようとすること」が世界を救う 〜


パンフレットも一時は売り切れるほど話題となっている映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー(原題: Project Hail Mary)』を観てきました。

SF大好きな私自身、もちろん公開される前からすごく楽しみにしていたのですが、正直なところ、観る前は、名作映画『アルマゲドン』のようなシリアスな宇宙ミッションものを勝手に想像していたのです。

映画『アルマゲドン』予告編(90年代の映画ゆえか画像が荒いです😭)

しかしそれは、いい意味で裏切られました。
確かに『アルマゲドン』同様、人類の存亡をかけた物語ではあるのですが、シリアスなテーマの一方でユーモアが散りばめられていて、笑える場面がたくさんあるのです。

優しさ、温かさがあり、とても深く心に残る作品でした。
そしてやはり、壮大なSF映画ですので、IMAXで体験できたのも大正解だったと思います。

映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』予告編

ちなみにタイトルにある
「ヘイル・メアリー(Hail Mary)」
とは、もともとは祈りの言葉であり、そこから転じて
「成功するかどうかわからないが、最後に賭ける一手」
といった意味で使われる表現だそうです。
まさにこの物語の設定そのものを表している言葉だと感じました。

観終わってまず感じたのは、
「これは科学で世界を救う物語ではあるけれども、それ以上に、”理解し合うこと”で世界を救う物語なのではないか」
ということでした。

作中では各国の科学者たちが集まり、国や立場を超えて一つの目的のために動きます。
そこにあるのは私利私欲ではなく、「どうすれば人類を救えるか」という一点だけ。

今(2026年4月)、私たちが置かれている現実世界では、戦争が絶えず、国同士の対立や利害が複雑に絡み合っています。
その中で、この描かれ方はどこか理想的でありながら、同時に「人間にはこういう側面もあるのではないか」と静かに問いかけてくるようにも感じられました。

flyer Project Hail Mary プロジェクト・ヘイル・メアリー チラシ
映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』チラシ(1)

そして何より胸を打たれたのが、主人公グレースとロッキーの関係です。
言葉も文化も違う存在同士が、「科学」を通じて少しずつ理解し合っていく。
その過程はとてもユーモラスでありながら、気づけば強い絆へと変わっていく。
この描き方が本当に見事でした。

特に心に残っているのは、「Brave(ブレイヴ)/勇敢」という言葉をめぐるシーンです。

自分のことを「Stupid/間抜け」だと思っているグレースが、ロッキーに対してそっと「Brave/勇敢」という言葉を示す場面。
あれは単なる単語のやりとりではなく、「人はどういうときに勇敢と言えるのか」という価値観そのものを共有する瞬間だったように思います。

自分ではそう思えなくても、他者の視点から見れば違う意味を持つ。
そのズレが優しさとして描かれているようで、観ていて胸に残りました。

flyer Project Hail Mary プロジェクト・ヘイル・メアリー チラシ
映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』チラシ(2)

また、パンフレットを読んで知ったのですが、作中の宇宙船の動きがやけに軽やかで、どこかコミカルに見えたのは、単なる演出ではなく科学的にも理にかなっているとのこと。
このあたりも含めて、「リアルを突き詰めた結果、逆にユーモラスに見える」というバランスが、この作品らしさなのだと感じました。

そう、今回とても印象的だったのは、この作品がどれだけ“誠実に”作られているかという点です。

原作である『プロジェクト・ヘイル・メアリー(Project Hail Mary)』の著者であるアンディ・ウィアー(Andy Weir)が制作にも深く関わり、科学的な正確さを徹底的に守ったこと。
さらに、監督フィル・ロード&クリストファー・ミラー(Phil Lord & Chris Miller)の「原作を近道せずに描く」という姿勢。
そして主演のライアン・ゴズリング(Ryan Thomas Gosling)が原作に惚れ込み、出演だけでなくプロデュースにも関わっていること。

そうした一つひとつの積み重ねがあるからこそ、この作品のリアリティや温かさ、そしてあの“優しさ”が生まれているのだと感じました。

SFというジャンルでありながら、この作品の本質は人間ドラマであり、友情の物語。
派手さだけではなく、
「誰かを理解しようとすること」
の尊さが丁寧に描かれていて、観終わったあとにもじわじわと効いてくる作品でした。

Project Hail Mary _ Brochure & Book プロジェクト・ヘイル・メアリー パンフレット 本
映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のパンフレットとダブルカバー仕様の原作文庫本上下巻

さて本日、私の手元にその原作本が届きました。
これから読むのがとても楽しみです。
映画で感じたこの余韻が、さらに深まるのではないかと期待しています。

既にこの続編制作については噂されているようで、私も続編が作られるならぜひ観たいし、こういう作品がもっと多くの人に届いてほしい。
そう思える一本でした。

✔️『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が上映されている劇場はこちら:https://projecthm.movie/theater.html


あなたは
誰かを“理解しよう”
としたことがありますか?

カフェの温かなひととき 友情 理解
MERCY movie goods: poster, flyer, brochure 映画 マーシー AI裁判 映画レビュー

映画『MERCY/マーシー AI裁判』から考えた、AIと人間のこれから

〜臨場感あふれるIMAXで体感した近未来〜


未来SFを描かれた映画が大好きな私にとって、『MERCY/マーシー AI裁判(原題:MERCY)』は公開前からとても楽しみにしていた作品でした。

実際に観てみて、IMAXで鑑賞する判断は本当に正解だったと思っています。

そして、映像の迫力や物語の緊張感はもちろんですが、それ以上に、観終わったあとに静かに考えさせられるものが残る映画でした。

映画『MERCY/マーシー AI裁判』公式ホームページ:https://ai-saiban.jp/

AIが身近になった今だからこそ感じたこと

私は普段からAIと対話することをはじめ、さまざまなAIツールを使っています。
だからこの映画で描かれる「AIが人間を分析し、判断し、支援する世界」が、どこか遠い未来の話には思えませんでした。

便利で合理的。
けれど、その一方で
人間はどこまで判断を委ねていいのだろう?
そんな不安も自然と湧いてきます。

AIをあまり意識して使っていない人には、この感覚は少し分かりにくいかもしれません。
けれど、私たちはすでに検索やレコメンド、自動化された判断に囲まれて生活しています。

気づかないうちに、AIはもう私たちの日常の一部になっているのだと感じます。

IMAXで「主人公を体感する」没入感

この映画で、特に印象に残っているのは、裁判所に囚われている主人公クリスが、没入映像によって事件現場を体験させられるシーンです。

巨大なスクリーンに映し出される映像は、ただ眺めているというよりも、自分自身がクリスになったような感覚に近いものでした。

IMAXの大画面だからこそ、映画の世界に引き込まれ、「見る側」と「体験する側」の境界が曖昧になる。

この感覚は、映画館でこそ味わえるものかもしれません。

映画『MERCY/マーシー AI裁判』予告編
スクリーンライフという表現方法

パンフレットに記載されたプロダクション・ノートには、”スクリーンライフ”という言葉が明言されていました。

海外ではすでに一つのジャンルとして確立されているスクリーンライフという手法。
本作『MERCY/マーシー AI裁判』での使い方は、ある意味、その進化系とも言えるかもしれません。
AIが裁く世界を、私たちもデバイス越しに「目撃」させられる感覚は、この手法ならではの没入感でした。

さて、スクリーンライフとは。
日本ではまだ耳慣れない言葉ですが、スマートフォンやパソコン、監視カメラなど、画面越しの映像を通して物語が進行する映画手法のことです。

『MERCY/マーシー AI裁判』は完全なスクリーンライフ映画ではありませんが、AIや裁判システムの視点を表現するために、この手法を効果的に取り入れているのです。

そのことで観客は、人間の感情だけでなく、冷静で合理的な「判断する側の視点」にも立たされます。

カメラの映像、音、文書や数値、などなど、AIが扱えるデータにはもはやプラバシーがなく、心がざわつく瞬間もありますが、それこそが今の時代を映しているように感じました。

MERCY movie goods: poster, flyer, brochure
映画『MERCY/マーシー AI裁判』のIMAX入場者特典A3ポスター、チラシ、パンフレット
感情を持たない存在と、どう向き合うのか

作中に登場するAI判事マドックスは、”人間を理解する一歩手前にいるAI”として描かれています。

感情は持たない。
けれど、人間の行動や苦悩を正確に理解し、最善を選び続ける存在。

それを「心がある」と感じるのか、
それとも、そう見えているだけなのか。

この映画の年代設定は2029年。
今から、ほんの数年後です。
流石にそれは近すぎでは?!とも思いましたが・・・

でもその近さが、この物語を単なるSFではなく、現実と地続きの問いとして感じさせました。

不安の先に、希望も感じた理由

正直に言えば、この映画を観て、未来に対する不安も感じました。

けれど同時に、
AIと人間がうまく共存できれば、
より良い未来も築けるのではないか

そんな希望を大いに感じたのです。

AIは敵でも、万能な存在でもなく、どう使い、どう向き合うかは人間次第。

判断をすべて委ねるのではなく、考えることを手放さないこと。
対話を続けること。

それが、私たち人間に、安らぎと笑顔をもたらすのではと感じています。
(「安らぎと笑顔の連鎖」はこのWebサイトと私自身が目指しているところです)

flyer movie MERCY
映画『MERCY/マーシー AI裁判』チラシ(画像クリックでPDF画面が開きます)
MERCY(マーシー)の意味と、映画鑑賞まとめ

ところで、「MERCY(マーシー)」という英単語は、日本語で「慈悲」や「思いやり」を意味する言葉です。

チラシ(裏面)のコピーに”AIに<マーシー 情状酌量>の余地なし”とあるように、映画の中ではそんな冷たい現実も描かれますが、それでもなお、人間とAIがどう向き合えば「思いやり」を未来につなげられるのかを考えさせられました。

『MERCY/マーシー AI裁判』は、エンターテイメントとして十分に楽しめる一方で、観る人それぞれに問いを残す映画です。

IMAXで体感する映像、
AIと人間の距離感、
そして、これからの未来について。

静かに考える時間をくれる、素晴らしい一本でした。

映画『MERCY/マーシー AI裁判』公式ホームページ:https://ai-saiban.jp/

ちなみにこの映画、日米同時公開という話題作なのですが、なんと多くの劇場で明日(2026年2月5日(木))が上映最終日のようです。
私が映画館(TOHOシネマズ仙台)に観に行ったのは先週だったのですが、一人でも多くの方に観ていただきたいなと感じたものの、早く記事にできなかったことを少し悔やんでます。
もしこのブログを読んで気になった方は、今すぐお近くの劇場のスケジュールをチェックしてみてくださいね。

*2026年2月5日(木)追記:映画『MERCY/マーシー AI裁判』の上映情報

昨日、本ブログを投稿し、映画『MERCY/マーシー AI裁判』は多くの劇場で明日が上映終了日と記載したのですが、今日改めて確認しましたら、減枠されるものの、もうしばらく上映されるようです。

個人的に好きな映画だけに、一部の上映終了の文字を見て慌ててしまいました(汗)
大変失礼いたしました。

私の住む宮城県内の情報に限りますが、明日以降も上映される映画館を以下にまとめましたので、参考になさってください。

<映画『MERCY/マーシー AI裁判』2026年2月6日(金)以降の宮城県内上映情報>

映画館名上映形式(2/6〜)リンク:公式サイト(スケジュール)
TOHOシネマズ 仙台字幕版TOHOシネマズ 仙台
MOVIX仙台吹替版MOVIX仙台
イオンシネマ名取吹替版イオンシネマ名取
109シネマズ富谷字幕版109シネマズ富谷
イオンシネマ新利府吹替版イオンシネマ新利府

IMAXでの上映は終了していますが、映画館の大画面で観るに越したことはないと思いますので、気になっていれば是非劇場に足を運んでみてくださいね。



あなたは
AIと人間のどんな未来を
想像しますか?

AI裁判

IMAX体感が衝撃的だった映画『トロン:アレス』いよいよ配信&媒体リリース

〜唯一無二の世界観『トロン』シリーズの進化〜


本日(2025年12月2日)ついに映画『トロン:アレス(原題:Tron: Ares)』のデジタル配信がスタートされます!
と言っても、日本国外でのことなのですが・・・
(12/10追記:12月9日から日本でも配信が始まりました!→https://calm-smile-chain.com/tron-ares-streaming/)

また、これも現時点では海外のみでの発表ですが、DVD/Blu-rayの販売は来年の1月6日からとのこと。
ここ日本では、本日時点ではまだ配信も媒体のリリースもいつになるのか公式発表されていないのですが、きっと間も無くでしょう♪
日本での配信や媒体販売の日程が分かったら追記しますね。
(12月10日に追記記事をアップしました↓)


さて『トロン:アレス』の劇場での公開は、およそ2ヶ月前の10月10日より日米同時に始まりました。

映画『トロン:アレス』公式ホームページ:https://www.disney.co.jp/movie/tron-ares

『トロン』シリーズファンとして、また主演を演じたジャレッド・レト(Jared Leto)を彼のバンド「サーティー・セカンズ・トゥ・マーズ(30 Seconds to Mars)」活動時代から応援しているファンとしても、IMAXで観られることを心待ちにしていた私は、もちろんその公開直後に観に行きましたよ。

ですが、その感動をすぐにブログに残せないでしまったので、本日の海外での配信スタートを機に、遅ればせながらも熱く語らせていただきたいと思います。

映画『トロン:アレス』予告編

もう、この予告編を観るだけで興奮しませんか?
これをIMAXという巨大なスクリーンと音響で体感した衝撃と言ったら・・・!!

もう素晴らしくて。
「すごい、すごい、面白すぎる」「さすがディズニー、まさに映像改革」などと一人で呟きながら観ていました。

映画『トロン:アレス』チラシ(表)(画像クリックでPDF画面が開きます)
トロンの世界観 〜シリーズの歴史〜

『トロン』の魅力は、何と言ってもその唯一無二の世界観にあります。
さて、『トロン』オリジナル作品である第1作目は1982年公開。
なんと40年以上前の作品です。
当時は幼少であった私自身も、第2作目の『トロン:レガシー』から知った世代。
全てをご存じない方もいらっしゃるかと思うので、これまでの流れを簡単にご紹介しますね。

1982年公開『トロン(原題:Tron)』
ー全ての始まりー

「もし、コンピューターの中に自分自身が吸い込まれたら?」
プログラマーであるケヴィン・フリン(ジェフ・ブリッジス:3部シリーズ全てに登場)が、自らが作り上げたデジタル世界(2作目からグリッドと表現)に送り込まれるという、当時としては革命的なSF作品でした。
シンプルな光のラインと、レトロフューチャーなデザインは、今見ても色褪せないサイバーパンクの原点です。

映画『トロン(オリジナル)』予告編(字幕なしです)

2010年公開『トロン:レガシー(原題:Tron: Legacy)』
ー映像美の覚醒ー

前作から28年後、フリンの息子サムがグリッドに迷い込みます。
フリンがデジタル世界で生き続けていたという設定と共に、映像技術の進化によって、グリッドの美しさはネオン輝く別次元へと昇華しました。
父と子の再会と、デジタル生命体の哲学的なテーマが深まった作品です。

映画『トロン:レガシー』予告編

なおこの他に、アニメシリーズで『トロン:ライジング(原題:Tron: Uprising)』というスピンオフ作品があります。
1982年の映画『トロン』と、2010年の続編映画『トロン: レガシー』の間の物語を描いたもので、2012年にアメリカのディズニーXDで放送開始し、日本では2013年に放送されました。
こちらについては私は観ていないので割愛しますが、ディズニープラスで日本語吹き替え版などでも配信されているようです。
むしろこちらの方がお好みという方もいらっしゃると思いますので、興味あればご覧になってみてはいかがでしょう。

それではいよいよ、これらの続編となる『トロン:アレス』について。

映画『トロン:アレス』チラシ(裏)(画像クリックでPDF画面が開きます)
圧倒的な光と音の饗宴 〜IMAX体験の衝撃〜

『トロン:アレス』が描くグリッドの世界は、ただのサイバー空間ではありません。
それは、光とネオンが秩序をもってデザインされた、神聖な美の世界とでも言えるでしょうか。

IMAXの大画面、特に床から天井までを覆う映像は、まるで自分がプログラムになったかのように、その世界に文字通り「没入」させてくれました。
(私はIMAXでは必ず席を横並び中心に予約して、迫力の映像と音響を堪能します)

ー映像美の進化ー
過去作のクラシックな光のラインは継承しつつも、アレスの鎧や環境はより複雑で有機的、そして生命感を感じさせるデザインへと進化していました。
光と影のコントラストが際立ち、デジタルアートとしての完成度は群を抜いています。

ー音響の迫力ー
ライトサイクルが走り出すときの重低音、そしてディスクバトルで光の円盤が交差するたびに響く高周波の電子音・・・
IMAXの緻密な音響設計によって、全身でデジタル世界の振動を感じる体験は、自宅での視聴では決して得られないであろう体感でした。

この圧倒的な映像と音響こそが、『トロン:アレス』を単なるSFアクション映画で終わらせない、唯一無二の芸術作品に押し上げています。

Wミュージシャン俳優の存在感 〜創造主とAIの対話〜

『トロン』シリーズの魅力の一つは、創造主である人間側も、被創造物であるプログラム側も、演じる俳優が深い芸術的才能を持っている点です。

シリーズの核となるケヴィン・フリンを演じ続けたジェフ・ブリッジス(Jeff Bridges)は、彼もミュージシャンとして活躍した俳優であり、このデジタル世界を創り出した「ユーザー」の象徴でした。
彼の持つ独特の温かみと哲学的な存在感が、デジタル世界の深みにリアリティを与えてきました。

そして本作のジャレッド・レトが演じるアレスは、フリンが創った世界、そして人間が持つ創造性を模倣し、時に超越しようとするAIです。

創造主(ユーザー:フリン)を演じたブリッジス氏と、究極の被創造物(AI:アレス)を演じたレト氏。
二人のミュージシャン俳優が、シリーズの根幹である「創造と進化」というテーマを、それぞれの表現力で支えている構造こそ、『トロン』シリーズの芸術性の高さを物語っていると感じます。

映画『トロン:アレス』のパンフレットとチラシ、そして30 Seconds to Marsの初期のアルバム
ジャレッド・レトの才能とアレスや創造主への深い思い

彼のバンド活動(30 Seconds to Mars)時代から才能を追ってきたファンとして、ジャレッド・レトが持つアーティストとしての深い感性が、主人公アレスにどう投影されたのかは、私にとって本作最大の注目点でした。

単なる俳優に留まらず、自身のバンドで楽曲制作、ビジュアルアート、そしてコンサートでの壮大な演出を手掛けてきた彼は、まさに「創造主(ユーザー)」の才能を持ったアーティストです。

ー芸術的深みー
AIであるアレスの「人間性への探求」や「存在意義」といった複雑なテーマは、レト氏の持つ繊細かつ壮大なアーティストとしての感受性によって、深遠なキャラクターとして成立しています。

ーデザインとパフォーマンスー
アレスの持つ革新的なコスチュームや、グリッド内で見せる一挙手一投足の様式美には、レト氏がビジュアル表現者として培ってきた美学が息づいているように感じました。

彼のアーティスト魂が、最新作の持つ哲学的な問いを、視覚的・感情的に深く掘り下げてくれたのです。

次の動画は、「主演ジャレッド・レトが語る制作の裏話」です。
自身も『トロン』が大好きだというレト氏が語る映画『トロン:アレス』の魅力を知ることができます。

映画『トロン:アレス』特別映像「主演ジャレッド・レトが語る制作の裏話」

ああ、それにしてもジャレッド・レト素敵すぎる!
きっと、彼が語った「夢は叶う(Dream It Possible)」って言葉が印象に残ったのは私だけではないはず・・・

映画『トロン:アレス』公式ホームページ:https://www.disney.co.jp/movie/tron-ares

劇場でご覧にならなかった方々には、本来であれば、この壮大な映像美と音響はIMAXという巨大なスクリーンで体験していただきたかったのが本音です。
私自身も、何度でもあの空間で観たい!!!と思っていて、既にIMAXでのリバイバル上映を望んでいます。
そしてできることなら3Dか4DXで観たい!(しかし吹き替え版となると観ない人です)

ですが、配信や媒体による鑑賞という形でも、人間(ユーザー)と、人間によって生み出されたプログラムやAI(アレス)との間の創造と進化、そして感情をめぐる物語は、今まさに話題となっているAIについて考えさせられるホットなテーマですし、より多くの人がこの「グリッド(デジタル世界)」の世界観に触れられ、少しでも感動を共有できたら嬉しいです。


あなたは
自分の「存在意義」を
考えたことがありますか?