Seaside garden of the Louisiana Museum of Modern Art

訪れて良かった、デンマークのルイジアナ近代美術館

〜 北欧の静かな住宅街に現れる“世界一美しい美術館 ” 〜


数年前に一人旅したデンマーク
シェイクスピア『ハムレット』の舞台として知られるクロンボー城を後にし、私は再び首都コペンハーゲン方面へと戻る列車に乗りました。


その旅路、アート好きな私には“世界一美しい美術館”と言われるルイジアナ近代美術館(Louisiana Museum of Modern Art)へと行く目的もあり、降り立ったのは、フムレベック(Humlebæk)という小さな町でした。

その赤レンガの駅舎は可愛らしくも、こぢんまりとしすぎていて、観光地らしい賑わいはありません。

Humlebæk駅
フムレベック駅

そこから閑静な住宅街を歩いていくのですが、本当にこの先に“世界一美しい美術館”があるのだろうかと少し不安になるほどでした。

けれど、その静けさこそが、この場所へ向かうための大切な時間だったのかもしれません。

住宅街を抜け、少しずつ海の気配が近づいてきて、そして現れた美術館の入口もまた、意外なほど控えめでした。

Louisiana Museum of Modern Art の入り口
ルイジアナ近代美術館の入り口

蔦に覆われた建物。
全くその先が見えない小さな入り口。

広大な美術館を想像していた私は、一瞬、本当にここ?と思ったほどです。
ですが、そこにはヘンリー・ムーア(Henry Spencer Moore、1898年7月30日-1986年8月31日)作の彫刻があったので、きっと大丈夫だろうと思いつつその入り口ドアへと足を進めました。

Henry Mooreの作品があるLouisiana Museum of Modern Art の入り口
ルイジアナ近代美術館の入り口

そしてそのドアを抜けたあと、世界がふっと開けました。

芝生の庭園。
空へ伸びる木々。
海から差し込む北欧の光。
そして、自然の中に置かれた彫刻作品たち。

あのひっそりとした入り口からは想像できないほどの美しく広大な空間がありました。

Louisiana Museum of Modern Art の庭園
ルイジアナ近代美術館の庭園

木々の間を歩いていると、ここがデンマークの美術館の敷地内?と思ってしまうほど、まるで日本の山道のような場所もありました。

Louisiana Museum of Modern Art の庭園
ルイジアナ近代美術館の庭園

そして海を望むテラスへ辿り着いた時、私は思わず息をのみました。

風と戯れるようなアレクサンダー・カルダー(Alexander Calder、1898年7月22日-1976年11月11日)の彫刻作品のある庭。
きらめく海と北欧の大きな空。

Seaside and sculpture garden of the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の庭園(この写真の建物はカフェ)

そしてこの絶景 ──

Seaside garden of the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の庭園

人々は思い思いに椅子へ腰掛け、静かに景色を眺めています。
そこには、観光地特有の慌ただしさがありませんでした。

「ここへ来て本当に良かった」そう心から思えた場所でした。

Seaside and sculpture garden of the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の庭園

私は子供の頃、日本画家だった祖父の影響もあり、画家になりたいと思っていました。
だから「美術」といえば、それまでどちらかというと「絵画」を鑑賞するものだと思っていた気がします。
けれどルイジアナ近代美術館で心に残ったのは、絵画だけではありませんでした。

ガラス張りの回廊を歩く時間。
木漏れ日が落ちる庭園。
海を眺めながら静かに過ごす人々。
そして、自然と共に存在する彫刻作品たち。

Louisiana Museum of Modern Art, Sculpture Park
ルイジアナ近代美術館の庭園

館内の展示の中では、特に嬉しかったのが、アルベルト・ジャコメッティ(Alberto Giacometti、1901年10月10日-1966年1月11日)のギャラリーがあったこと。
私が最も好きな彫刻家です。

Alberto Giacometti のギャラリー
ルイジアナ近代美術館ジャコメッティ・ギャラリーに展示されたアルベルト・ジャコメッティの作品

細く、孤独な人影のような作品たちが、静かな空間の中に佇んでいました。
そこには、美術館特有の“鑑賞しなければならない”緊張感ではなく、ただ静かに作品と向き合える時間が流れていました。

Inside the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の館内

ところで、私がこの場所で感じた「自然・建築・アートが溶け合っている感覚」は、まさにこの美術館が目指していたものだったようです。

この美術館がオープンしたのは1958年。
創設者は、デンマークの実業家でありアート愛好家でもあった、クヌート・W・イェンセン(Knud W. Jensen)
彼は当時の美術館について、「人を緊張させる場所」のように感じていたそうです。
そこで彼が目指したのは、“自然と共に、肩肘張らずアートを味わえる場所”
それを実現すべく建築を手がけたのは、ヨルゲン・ボー(Jørgen Bo)ヴィルヘルム・ウォラート(Vilhelm Wohlert)という二人の建築家。

彼らは敷地を何ヶ月も歩き回りながら、

  • 建物をどこへ配置するか
  • 海をどの角度で見せるか
  • 木々をどう残すか

を考え抜いたと言われています。

だからなのでしょう。
ルイジアナ近代美術館では、「建築が自然を支配している」感じがありません。
むしろ、“もともとそこにあった風景へ、そっと建築が入り込んでいる”ように感じられるのです。

Glass building of the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の庭園と建物

美しく機能的なガラス張りの回廊には、“屋根のある散歩道(covered stroll)”というコンセプトがあったそうです。
確かにあの場所では、「展示室を巡る」というより、“自然の中を散歩しながら、建築とアートを味わう”という感覚のほうが近かった気がします。
だからこそ私は、作品だけではなく、

  • 空気
  • 海の気配
  • 木々の揺れ
  • 歩く時間そのもの

まで含めて、この美術館を記憶しているのかもしれません。

Glass corridor of the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の館内

余談ですが、「ルイジアナ近代美術館」という名前を初めて知った時、私は「本当にデンマーク?」と思いました。
アメリカのルイジアナ州を連想してしまったからです。

(現に海外のWEBページをGoogle翻訳によって日本語訳された記事を読むと、「ルイジアナ近代美術館」のことが「ルイジアナ州」とされてしまうことがあるので要注意)

けれど実際には、この土地を所有していた人物が、“ルイーズ(Louise)”という名前の女性と三度結婚していたことが名前の由来なのだとか。
そんなエピソードまで含めて、どこか人間味のある美術館だなと思います。

ルイジアナ近代美術館は、“世界一美しい美術館”のひとつとして語られています。
けれど、その美しさは、豪華さや派手さではありません。

静かな住宅街の先で、少しずつ感覚が開いていくこと。
自然と建築とアートが、無理なく溶け合っていること。

そして、ただ「見る」のではなく、そこに身を置いて過ごす時間そのものが美しいのだと思います。

Louisiana Museum of Modern Art, Sculpture Park
ルイジアナ近代美術館の庭園

なお、彫刻公園とも呼ばれるルイジアナ近代美術館の庭園に入るのもカフェやミュージアムショップを利用するにも入館チケットが必要で、2026年現在の一般入館料は145デンマーククローネ、日本円で約3,000円台前半ほどです。
ちょっとお高いのでは?と感じるかもしれませんね。
けれど、あの空間全体を体験すると、「作品を見るための入館料」というより、“場所そのものを味わうためのチケット”だったのだと感じますし、静けさが保たれた空気感にも繋がっているのかもしれないと思えます。

View from the gardens of the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の庭園からの眺め(オーレスン海峡(Øresund))

最後にご参考まで、デンマークの首都コペンハーゲンと、先だって記事をアップした世界遺産クロンボー城、そしてルイジアナ近代美術館の位置関係を記した地図を記載します。

このマップ上で朱色のピンの部分がルイジアナ近代美術館の場所で、クロンボー城へと向かう電車と同じ便で行くことができます。

<電車の場合の所要時間>
コペンハーゲン駅ルイジアナ近代美術館最寄フムレベック駅:約40分
フムレベック駅クロンボー城最寄ヘルシンゲル駅:約10〜15分

✔️ルイジアナ美術館公式サイト:https://louisiana.dk/

ちなみに、今(2026年5月15日現在)、イデーショップ 六本木店『ルイジアナ近代美術館のポスター展(Louisiana Museum of Modern Art Poster Exhibition)』が開催されています(5月25日(月)まで)。
デンマークルイジアナ近代美術館までは行くことができなくても、興味があればせめてこちらに足を運んでみるのも一つかもしれません。


あなたの感覚が
静かに開いた場所は
ありますか?

ハムレット舞台で世界遺産クロンボー城への一人旅

〜 今でも心に残る旅の回顧録 〜


先日、映画『ハムネット』について記事を書きながら、私はある場所のことを思い出していました。
ウィリアム・シェイクスピアが描いた「ハムレット」の舞台として知られるデンマーク・エルシノア(Elsinore, Denmark)。

シェイクスピアの時代には「エルシノア」と呼ばれていたこの町、現在のヘルシンオアまたはヘルシンゲルに、実在するお城で、世界遺産として登録されているクロンボー城(Kronborg Castle)があります。
この地を私は数年前に一人旅にて訪れました。

*デンマークの都市、ヘルシンゲル(Helsingør)について
Wikipediaによる説明「ヘルシンゲル」

当時はただ「いつか行ってみたかった場所」として足を運んだその城が、今になって、まったく違う輪郭を帯びて思い出されてきました。


その地を訪れたのはこのブログサイトを開設する前のことでもあったので、今回は、そんなクロンボー城での記憶を、撮りためた写真とともに思い出巡りしてみたいと思います。



その日、私は滞在していたコペンハーゲン中央駅そばのホテルを朝早く出発し、電車にてヘルシンゲルへと向かいました。

コペンハーゲン中央駅(正面入口)
コペンハーゲン中央駅(プラットホーム)

この地図ではスウェーデンのヘルシングボリの文字と重なってしまっている黒いピンの場所がヘルシンゲルです。

コペンハーゲン中央駅から電車に揺られ、およそ50分ほどでヘルシンゲルへ到着。

ヘルシンゲル駅(駅舎内)
ヘルシンゲル駅(正面入口)

ここは、デンマークの首都コペンハーゲンの北に約44km先のところにある港町。
ヘルシンゲル駅を出ると静かで美しい景色が広がります。

ヘルシンゲル駅前のフェリー乗り場スンドブスン・ターミナル(Sundbusserne Terminal)
町の中心にそびえる大聖堂聖オーライ教会(St. Olaf’s Church)
中世の修道院に付属していた、落ち着いた佇まいの聖マリア教会(St. Mary’s Church)
閑静な住宅街の間から見えるのがクロンボー城

クロンボー城手前の波止場には、一際目を引く海のゴミで作られた魚のオブジェが設置されていました。

公共アート作品:Garbage Fish(ガーベッジ・フィッシュ)

海洋プラスチックごみ問題への関心を喚起するために制作された巨大な魚型の彫刻作品で、訪れた時はただ印象的な作品だと感じただけでしたが、帰国してから調べて、日本のアーティスト「淀川テクニック」によるものだと知り驚きました。

遠く離れたデンマークの港で、思いがけず日本とつながった瞬間があったのだなと、不思議な感覚を得たのを今でも覚えています。

そんな印象深いオブジェの前にどっしりと佇む建物もまた奇抜でした。

Kulturværftet(カルチャーヴァーフテ/文化施設)

旧造船所(værftet:ヴァーフト)をリノベーションして建てられた、図書館+文化施設+展示スペースが一体化した施設です。

さらに進むと、旧造船所のドックをそのまま活かし、地中に潜るようにして造られたデンマーク海事博物館(M/S Maritime Museum of Denmark)があります。

海事博物館は地下なのでその建物は地上にありませんが、その先に、クロンボー城が姿を現します。

デンマーク海事博物館(手前に見える階段を下って入館)とクロンボー城

さて、いよいよクロンボー城の敷地内へ。
(工事中でしたが)まるでおとぎ話の世界にでも入り込むような入り口でした。

クロンボー城敷地内への入り口
クロンボー城は海に囲まれているため橋を渡らなければならない
さらに堀に囲まれた城壁
敷地内にはゲートがいくつもある

ここまでは無料ですが、お城の内部に入るためには入場料を払う必要があります。

城内部へと繋がる重厚な門(ここで入場料を支払う)

なお、デンマーク観光者には便利なコペンハーゲンカード(Copenhagen Card)というものがあります。
コペンハーゲンカードは、コペンハーゲン市内および周辺の80以上の観光名所への無料入場と、公共交通機関の乗り放題がセットになったもので、24時間〜120時間の有効期間から選べ、観光スポットを効率よく巡る際に便利なパスです。

私が行った年は2019年だったので、現地の旅行会社等でコペンハーゲンカードを購入する必要がありましたが、今はスマホのアプリになっているので、現地行かずとも準備可能です。
本当に海外旅行するにも便利な時代になりました…


クロンボー城への入場料金については、2026年4月現在で、大人150DKK*ほどで、季節によって変動があったり、オンライン購入の場合の割引があったりもするようです。
コペンハーゲンカード利用可能状態であれば、無料になります。

*DKK:デンマーク通貨クローネ。2026年4月18日現在で1クローネ24.97 円です。私が行った時より1.5倍くらいになっちゃってます…

さあ、それでは城内へと向かいましょう。

中庭へと繋がるアーチから見上げた景色
中庭

建物の中の部屋はたくさんあって、限られた時間内ではとても見切れませんが、どこを巡っても「宮廷と言えば豪華絢爛」というイメージが覆されるものでした。

居住部屋
大広間(ボールルーム)

屋上に登ることもできました。

屋上に出るための螺旋状の階段

屋上に登ると、360度パノラマの素晴らしい景色が一望できます。

エーレスンド海峡(Oresund)の向こうは、もうスウェーデンです。
この城がただの宮殿ではなく、“境界を見張る場所”だったことを実感します。

屋上からの眺め(向こう岸に見えるのがスウェーデン

一方で、視線をずらすと、城の向こうに広がるのは、小さな港町の穏やかな日常。
尖塔を伸ばす聖オーライ教会が、この街の時間を静かに見守っています。

屋上からの眺め(ヘルシンゲルの街並み、フェリースウェーデン行き)

クロンボー城は宮殿であると同時に要塞でもあり、華やかさよりも防御や機能が重視された場所でした。

対岸に向かって設置されている大砲

そして、その大砲が向けられていた先に目を向けると──

クロンボー城前に広がる海(エーレスンド海峡

そこには静かな海が広がっていました。
けれどこの場所は、かつて“境界”だったのです。

見張るために築かれた城と、その向こうにある、もうひとつの国。
その距離の近さが、この場所に独特の緊張と静けさを与えているのかもしれません。

そしてこの風景は、やはりハムレットの世界とも重なって見えるのです。

境界に立つということ、その内側と外側で揺れる心。
けれど今、この海は人を隔てるものではなく、行き来するための穏やかな道になっている。

かつての緊張を知っているからこそ、この静けさを、尊く感じられるのでしょうか・・・

デンマークスウェーデンを繋ぐ、国境の船が絶え間なく行き交う海の玄関口

ところで、イギリス人であるシェイクスピア自身が、デンマークの「エルシノア(現在のヘルシンオアまたはヘルシンゲル)」を訪れたという確かな記録はないということです。

当時、イングランドとデンマークは交流があり、宮廷や商人を通じて情報が入っていた可能性が高く、シェイクスピアにとってエルシノアは、単なる観光地ではなく「王権」「監視」「閉ざされた空間」「疑念と孤独」といったテーマを象徴する場所だったと考えられます。

シェイクスピアは、この地を訪れてはいない。
しかし、なぜ彼がこの地を自分の大切な作品の舞台に選んだか。

ここに立つと、少しわかる気がすると思います。

デンマークの世界遺産クロンボー城

この度、映画『ハムネット』を観たことをきっかけに、尊い記憶を呼び起こすことができ、豊かな気持ちに浸っています。
デンマークで訪れた他の場所についても、いずれまた記録として残せればいいなと考えています。



ちなみに、アート好きな私は旅をするときは、美術館や世界遺産など芸術を巡ることをテーマとしておりまして、世界遺産検定公式HPをよく参考にさせていただいております。

世界遺産であるクロンボー城については、世界遺産検定公式YouTnbeチャンネルのこちらの動画が参考になるかと思いますので、ご興味のある方はご覧になってみてください。



海の向こうに
あなたは
何を思い浮かべますか

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チュニジア旅の予習 その2<ロケ地となった映画>

〜スターウォーズ以外にも!〜


前回は、今年(2025年)旅するチュニジアについて、アフリカでは世界遺産を比較的多く保有する国であるとのことで、その辺についてまとめてみました。


しかし!もしかしたら、それ以上に映画『スター・ウォーズ』の聖地であるということで知られているかもしれないんですよね。

ですが映画好きの私といえども、特に『スター・ウォーズ』ファンというわけではないので、そこに特別入れ込んでチュニジアに行きたい!と思ったわけではない…

とはいえ、もちろん『スター・ウォーズ』シリーズは観ていて(しかし多分コンプリートしていない。壮大すぎて…)、あの世界観が体現された場所とあれば興味を持つのは当然ですし、チュニジアはその独特な砂漠や遺跡の景観から、『スター・ウォーズ』以外にも数々の映画のロケ地として使われているとのことで、”映画ロケ地巡り”をテーマとした旅も面白そうじゃない?と思った次第です。


というわけで、本日は、チュニジアで撮影された映画について、いくつかロケ地を取り上げ、まとめてみようと思います。
(なお、各所を示す全体のマップは、後半に記載しています!)

やはり代表作品として、まずは『スター・ウォーズ』から。

チュニジアがロケ地!その1:スター・ウォーズの聖地

1)タタウィン(Tataouine)
 ルークの故郷”タトゥイーン”は、実在するこの街の名前から名付けられました。

2)マトマタ(Matmata)
 穴居住宅がルークの家として登場。
 現在は「ホテル・シディ・イドリス(Hotel Sidi Driss)」として宿泊も可能です。

3)トズール(Tozeur)
 サハラ砂漠のオアシス都市。映画のセットが現存していて、砂漠の奇岩「ラクダの首」や「オング・ジュメル」は、映画の異星の風景そのもの。
 エピソード1の砂漠やポッドレースの舞台があります。

4)ジェルバ島 アジム村(Djerba Ajim)
 「アジム村」はモス・アイズリー宇宙港の酒場シーンなどの撮影地となりました。

次の動画は重要なシーンのほとんどがチュニジアで撮影されたというエピソード4(1978公開)の予告編です。

映画『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』予告編

チュニジアにある各所は、『スター・ウォーズ』ファンなら、一生に一度は巡礼したい場所かもしれませんね。

チュニジアがロケ地!その2:インディ・ジョーンズと古代都市

インディ・ジョーンズ シリーズの第1作目である『レイダース/失われたアーク』(1981年公開)では、”カイロの市場”シーンがあるのですが、実際にはエジプトではなくチュニジアの聖地ケルアンの旧市街などで撮影されたのだそうです。

5)カイルアン(ケルアン Kairouan
 イスラム世界四大聖地のひとつとされる歴史都市で世界遺産にも登録されており、伝統的な旧市街や貯水池などの遺跡が残っています。
 『レイダース』では映画の背景として印象的に使われています。

6)スィディ・ブハリル峡谷(Sidi Bouhlel Canyon)
 先述したトズール近郊の峡谷で、『スター・ウォーズ』でも使われた名所(故に、GoogleマップではStar Wars Canyonとも記載されています)。
 『レイダース』では“砂漠の冒険地”として最終決戦のロケ地となりました。

スター・ウォーズではハン・ソロ役で出演していたハリソン・フォードが、インディ・ジョーンズでは主演を務める『レイダース/失われたアーク』の予告編動画はこちら。

映画『レイダース/失われたアーク』予告編

カイルアンは歴史的観光地としても有名なので、映画+歴史の両方を楽しめそうですね。
世界遺産映画好きな私としては是非とも訪れたい場所です!

チュニジアがロケ地!その3:イングリッシュ・ペイシェントのサハラ

アカデミー賞作品賞に輝いた『イングリッシュ・ペイシェント』(1996年公開)。
サハラ砂漠の壮大なシーンは、チュニジア南部で撮影されたことで有名です。

7)クサール・ギレン(Ksar Guilane)
 『イングリッシュ・ペイシェント』でキャラバンが進む場面や砂丘の美しい景色は『スター・ウォーズ』『レイダース』でもロケ地となったトズールの他、クサール・ギレンなどで撮影されています。

8)シェビカ村(Chebika Village)
 シェビカ村山岳オアシスとして、美しい谷とナツメヤシの林が広がる、映画そのままの風景が見られます。

山岳オアシス:山間の谷や斜面に水源があり、砂漠とは異なる緑豊かなオアシス環境を形成している地域

イングリッシュ・ペイシェント』の予告編動画でここにアップできるものでは、以下のように、画質が良いものが見つからなかったのですが、各種配信やDVDなどではちゃんと綺麗に見られますのでご安心ください。

映画『イングリッシュ・ペイシェント』予告編

(ちなみに、トリビュートとして、高画質でまとめられている方がいらして、予告編とはならずとも素敵な動画ならあります→https://www.youtube.com/watch?v=Tz52Gnh2soI&list=RDTz52Gnh2soI&start_radio=1

イングリッシュ・ペイシェント』では砂漠のシーンがとても印象的でした。
現地の砂漠ツアーに参加すれば、映画の登場人物になった気分になるかもですね(ちょっと怖い砂漠シーンだったけど…)。

チュニジアがロケ地!その4:モンティ・パイソンと地中海の要塞

私自身はチュニジアに行くということとなって知りまして、AmazonでDVDが安かったので思わず購入したという、日本ではあまり知られていなちょっとレアな作品です。

イギリスのコメディ映画『モンティ・パイソン ライフ・オブ・ブライアン』(1979年公開)は、チュニジアモナスティルスースで撮影されたとのことです。

8)モナスティルのリバト要塞(Ribat of Monastir)
 映画の背景として何度も登場しており、歴史的な雰囲気を醸し出しています。

9)スースの旧市街(Medina of Sousse)
 こちらも前回(https://calm-smile-chain.com/tunisia-world-heritage-sites/)述べた通り、世界遺産として登録されています。
 中世の街並みをそのまま残し、『ライフ・オブ・ブライアン』のロケーションに利用されています。

モンティ・パイソンはイギリスを代表するコメディグループで、彼らによる映画『ライフ・オブ・ブライアン』は、ここ日本ではレアでマニアックな作品とされていますが、コメディ映画としての評価は根強く、その風刺や皮肉、ブラックユーモアの強さから熱狂的なファンも多いみたいです。

というわけで、私は以下の動画を見て、気になってしまってDVDを購入しました。
Webサイト上には日本語訳のついてる動画はなかったのでこちらを記載してますが、日本版DVDなら字幕がありますのでご安心ください。

映画『モンティ・パイソン ライフ・オブ・ブライアン』予告編

この映画ではコメディの舞台ではありますが、モナスティルスースは、地中海沿岸の美しいリゾート地として観光客にも人気で、楽しめるとのことです。

そして今回もGoogle My Mapsを活用して地図を作成しました。
地図上でも、ここに書いた番号順、また色分けは映画ごとにしていますので、参考にしてみてください。

(地図上のアイコンをクリックすると説明が表れます。もしくは拡大地図を表示することで一覧として見ることができます。また、前回同様、マイマップシステム上、説明は英語入力してますが、ここに記載したことと同じことを述べてます)


最後に一応の記載ですが、映画『グラディエーター』もチュニジアで撮影されたとの噂もありますけれども、チュニジアの世界遺産であるエル・ジェム(El Jem)(世界遺産について述べた前回記事:https://calm-smile-chain.com/tunisia-world-heritage-sites/)が “ローマ時代の円形闘技場(アンフィテアトルム)” を持つことから、「グラディエーターの闘技場シーンと似ている」ためのようです。
ですが「グラディエーター」は実際にはモロッコで撮影されたようですよ。
(ネット検索したり、AIに聞くと事実ではない情報があることもありますので、注意しなきゃですね)

あなたなら
どんな映画の撮影地を
訪れたいですか?

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チュニジア旅の予習 その1<9つの世界遺産>

〜歴史と芸術のタイムトラベルの旅〜


前回のブログに記述した通り、今秋、北アフリカの国、チュニジアへ旅します。


というわけで、先日(2025年8月17日)チュニジアについて放映されたTBS『世界遺産』もしっかりチェック!
TBS『世界遺産』によるアーカイブはこちら→https://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20250817/


今回この番組で取り上げられたチュニジアの世界遺産は「カルタゴの考古遺跡」と「エルジェムの円形闘技場」の二つでしたが、2025年8月現在、チュニジアが有する世界遺産は、文化遺産が8つ、自然遺産が1つで、合計9つとなっています。
(世界遺産委員会は年に一回開催されます。本2025年は7月6日から16日、第47回世界遺産委員会がパリのユネスコ本部で開催されました)

チュニジア世界遺産について基本を押さえて、そしてこれから旅の予定も具体的に立てたいので、まずは、Google My Mapsでチュニジア世界遺産マップを作るべく各プロパティの個所にピン立てし、情報をまとめてみました。

*プロパティ:登録されている遺産の範囲のこと。文化遺産であれば記念物、建造物群、遺跡などで、自然遺産であれば地形、地質、生態系など。


ちなみに、このGoogle My Maps内にもそれぞれのプロパティについて簡単な説明を記述しているのですが、日本語での書き込みがイマイチなので英語で入力しています。
(日本語での入力自体はできるのですが、Google My Mapsでは日本語サポートが完全ではないので、日本語入力後、改めてGoogle My Mapsで日本語訳設定で表記すると意図しない文章となって変換されてしまったり少々問題ありなのです)
日本語でご覧になりたい皆さまには、Google My Mapsのブラウザを日本語に翻訳設定していただければと思うのですが、それでも若干おかしな日本語表記になる場合ありなので、Google My Mapsに付記した番号と連携させた上、以下にも、2025年8月現在の、チュニジアの9つの世界遺産について、文化遺産と自然遺産に分けた上、登録順で説明を記述しておきます。
(なおここから以降の地図は通常のGoogleマップです)

チュニジアの世界遺産(2025年8月現在、全部で9つのプロパティ)

<文化遺産 8件>

1)チュニス旧市街(Medina of Tunis)
1979年登録
登録基準 (ii)(iii)(v)
イスラム建築の宝庫で、モスク、宮殿、市場が密集。都市構造も高い保存性を持つ。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/36

2)カルタゴ遺跡(Archaeological Site of Carthage)
1979年登録
登録基準 (ii)(iii)(vi)
フェニキア、ローマ、ビザンツなど複数の文明が重なる歴史的都市跡。円形劇場や浴場跡が見られる。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/37/

(先日のTBS『世界遺産』で取り上げられた所)

3)エル・ジェムの円形闘技場(Amphitheatre of El Jem)
1979年登録
登録基準 (iv)(vi)
ローマ時代の巨大円形闘技場。35,000人を収容でき、北アフリカでも屈指の保存状態を誇る。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/38

(先日のTBS『世界遺産』で取り上げられた所)

4)ケルクアンの古代カルタゴの町とその墓地遺跡(Punic Town of Kerkuane and its Necropolis)
1985年登録
登録基準 (iii)
ローマ化の影響を受けずに残ったフェニキア人の都市遺跡。街並みと墓地の保存状態が稀有である。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/332

5)スース旧市街(Medina of Sousse)
1988年登録
登録基準 (iii)(iv)(v)
防衛都市としての特徴を持ち、要塞だったリバト(Ribat)やカスバ(kasbah)、イスラム教礼拝堂のグレートモスクなどを含む商業・宗教の中心地。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/498

6)カイルアンケルアン Kairouan)
1988年登録
登録基準 (i)(ii)(iii)(v)(vi)
北アフリカにおける初期イスラム都市。ウクバ・モスク(Mosque of Uqba)の名称で知られる北アフリカ最古のグランド・モスクなど、宗教・建築両面で重要な役割を担ってきた。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/499

7)ドゥッガ/トゥッガ(Dougga / Thugga)
1997年登録
登録基準 (ii)(iii)
北アフリカで最も保存状態の良いローマ都市。神殿、劇場、浴場、公衆施設が高い完全性を誇る。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/794

8)ジェルバ:島嶼域の入植様式を伝える遺産(Djerba: Testimony to a settlement pattern in an island territory)
2023年登録(最新)
登録基準 (v)
教会、シナゴーグ(ユダヤ教の会堂)、イバード派(イスラム教の一宗派)の要塞化されたモスクなど、多宗教・多文化が共存する島の歴史的パターンを保存。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/1640

<自然遺産 1件>

9)イシュケル国立公園(Ichkeul National Park)
1980年登録
登録基準 (x)
湿地と湖の自然景観が育む豊かな生態系。渡り鳥の重要な休息地としても知られている。
UNESCO Webサイト:https://whc.unesco.org/en/list/8

チュニジア世界遺産は、古代文明からイスラム文化、そして自然遺産まで、幅広い魅力にあふれていそうです!
これら9つすべてを巡る旅はまさに「歴史と芸術のタイムトラベル」と言えるのではないでしょうか?

と言いつつ、私自身は今回のチュニジア訪問では1週間程度の滞在期間で、せっかくチュニジアに行くからには砂漠体験もしてみたいので、残念ながら、9つすべての世界遺産を巡ることは難しいのですが、美術世界遺産といった芸術好きの私にとっては、きっと素晴らしい旅となるはず。

特に私、アート好きとしては、先日のTBS『世界遺産』でも言及されていた、チュニジアモザイクアートがとても楽しみです♪
(前出のYouTube映像ではその部分はありませんが、TBS『世界遺産』HPにアーカイブとして画像があります→https://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20250817/gallery.html


そしてチュニジア砂漠だったり、古代の遺跡が良い状態で保存されていることもあって、多くの映画ロケ地となっています。
スターウォーズはその代表としてよく知られていますが、それ以外にもありますので、次はチュニジアで撮影された映画をテーマに予習してみようと思います♪



〜 参考書籍(Amazonにリンク)〜


あなたは
巨大な古代遺跡を
実見したことがありますか?

今年の海外旅先チュニジア

〜北アフリカで世界遺産を多数保有する国へ!〜


今年、友人が北アフリカのチュニジアへ赴任しました。
実は、その友人からチュニジアで働くかも、という話を聞いたのは昨年のこと・・・

これまでのブログでも綴っていますが、私、昨年は仕事による心労からプライベートで人に会うのもしんどく、唯一会った友達はというと、フランスで生活する友人が一時帰国した時と、宮城県内に住む一組の友人夫婦のみでして。


そう、私は、フランスで生活していた友人が昨年の9月に一時帰国した時点で、「翌年はこれまでとは違う生活になるかもしれない、チュニジアに行くかも」という話を聞いて、「親友の新しい人生は応援したいし、彼女がチュニジアにいるうちに私も絶対に行く!」と心に決めたのでした。

ただ、その時点ではまだ2024年の9月。
私自身は仕事に苦しんでいたさなかです。
でも、親友との再会で励まされたし、今思えば、彼女からの話を聞いたから故の「私もチュニジアに行ってみたい!」という思いも、「いくら仕事のストレスによる適応障害との診断を受けたところで、辞めるわけにはいかないのでは」という気持ちを抱えていた私だったのに、「自分が望んでやりたいことや幸せだと思えることをできない人生なんて、生きている意味ある?!」と改めて思い出すことができ、仕事を辞める決断をする原動力となった理由の一つだったのかもしれません。

だって、彼女からの話を受けるまで、チュニジアへの旅を思いつくこともなかったですし、あのまま仕事を続けていたら、今年中に海外旅行するための長期休暇なんて確保できなかったでしょうから。
(同じ職場でも一昨年にフランスに行けたのは、コロナ明けは絶対にフランス行きは実行すると決めていたことと当時の職場の体制が異なっていたこともあり、半ば強引に休暇を取ったためで、退職時の体制ではそれは無理であったろうと思われます)


というわけで、東京からドバイ経由でのチュニス行き航空チケットを購入いたしました!!
今年(2025年)の秋にチュニジア旅を決行します!!


ところで、北アフリカの国、チュニジア🇹🇳
この国について詳しい方はいらっしゃいますでしょうか?


私はといいますと、ごめんなさい・・・
白状しますが、友人から聞くまでは意識することなどなかった国です。

しかし、これを機に行くとなれば、当然、よく知りたいわけで。
インターネット上にいくらか情報はあるとはいえど(それら全てが正しくは無いのがネット社会)、まずは信頼する「地球の歩き方」で情報を得たいところでしたが、チュニジアについては2020-21年版が最新、その後の刊行予定は現在なしとのこと。涙
私自身は流行とか人気の場所などには興味ない人間なので、むしろ、チュニジアはそれだけレアな国なのだろうと、それはそれで訪問する意欲は増すので良いのですけどね。苦笑


なので、チュニジアへの旅経験のある方、知っておくべき知識などありましたら是非ともお教えいただきたいです。

そうそう、ちょうど次の日曜(2025年8月17日)に放映されるTBSの『世界遺産では、チュニジアの「カルタゴの考古遺跡」と「エルジェムの円形闘技場」が取り上げられるとのことです!
ナイスタイミング!絶対見なきゃ。





さて、本日は8月15日。明日までがお盆です。
あなたはご先祖様へのお参り済ませましたか?

私の亡くなった家族たちには、芸術に縁のある人たちが多いです。
故に私も、その影響を受けているのかなと感じ、それを嬉しく想っています。
そして私は、彼らから受け継いだ命を大切に、生きているうちに美術や世界遺産という芸術に少しでも多く触れたい。
自分の命に感謝すると共に、そんなことを、ご先祖へお伝えしてきたところです。

今年決行するチュニジアへの旅。
北アフリカでも世界遺産を多数保有する国ということなので、これから予習します。


あなたは
どんな旅の予習が
楽しいですか?

建立900年 黄金に輝く平泉の世界遺産 中尊寺金色堂

〜そして 岩手の絶品ハンバーグの記録〜


昨年訪れたフランスの旅行記、なんとか今年中に記録し終えたいと思っているところではあるのですが、今月初旬の週末、親愛なる友人夫婦が、岩手県平泉の中尊寺までドライブに連れ出してくれたので、前回記事のヴェルサイユ宮殿に続き、そしてまた今年は金華山も訪れており、たまたまながらも黄金つながりということで、タイミングも良いところですから、写真にて残しておこうと思います。


土曜日の午前9時半、友人夫婦の住む最寄りの駅である塩釜駅にて待ち合わせし、友人旦那くんの運転する車に同乗。
いざ初冬の中尊寺へ・・・の前に、まずは腹ごしらえ。

この日の私たちには、中尊寺を訪れること以外に、岩手県一関市で美味しいハンバーグを食べよう!というもう一つの目的がありました。

ドライブのスタート地点である塩釜駅から、東北自動車道を経由しておよそ1時間30分、訪れたのは「ミートレストラン 格之進」です。


11時オープンきっかりに入店し、メニューを物色。
(パンダがいるのは、友人奥さんが無類のパンダ好きのため。本件とは関係ないので気にしないでください(苦笑))


“お肉のテーマパーク”と謳う「ミートレストラン 格之進」さん、絶品と言われるハンバーグ目的で来ましたが、メンチカツなどなどもどうしても気になって。


最終的に、私は、トリプルハンバーグ定食と単品のメンチカツ(+グラスビール)を注文。
およそ5,000円の御褒美ランチとなりましたが、それはまさに、お値段納得の絶品ハンバーグでした。


「トリプルハンバーグ定食」は、「ミートレストラン格之進」さんの主力商品である3種類のハンバーグ「金格」、「白格」、「黒格」を一つのセットにされた定食メニューで、食べ比べを楽しむことができます。

「金格」、「白格」、「黒格」の、三つの違いは何か、というのは一言でまとめるとそれぞれ以下の通り。
金格:岩手県花巻市が誇る幻のブランド豚「白金豚」の合挽ハンバーグ
白格:厳選された上質な黒毛和牛と「白金豚」の合挽ハンバーグ
黒格:厳選された上質な黒毛和牛100%の最高峰ハンバーグ

ご覧ください、この迫力!(左から金格→白格→黒格ですが、見た目には比べようないですよね。その違いは食べてみないと分からない…)


まんまるボリューミーなハンバーグにナイフを入れた時の、溢れる肉汁は感動ものだったのですが、食べたい情動に駆られ、その情景を写真に収めるのをすっかり忘れていました(涙笑)

どうしても気になって仕方がなかったメンチカツも、オーダーして正解でした。
かりっふわっほくっの食感に続けてジューシーな旨味、ハンバーグ同様に初めて体験する美味しさでした。

そして、日本人が愛するお米にもこだわりを持たれているようで、ご飯も美味。
(格之進さんのWEBサイトに詳細が記載されています→https://kakunosh.in/kanzaki-aging-beef/cat-foodstuff/iwate-rice/

どれもが本当に、絶品!!
だったのですが、実を言うと、流石に分量的な点で私には厳しく、友人旦那くんに食べきれない分を消費していただいたということを、念の為申し添えます(それくらいしっかりボリューミー。ご飯も大盛りやおかわりが無料です)。

ミートレストラン 格之進
住所:〒021-0063 岩手県一関市山目大槻67−1
Webサイト:kakunosh.in


お腹が満腹になったところで、ミートレストラン格之進から車でおよそ15分程度の場所にある中尊寺へと向かいます。

紅葉の見頃も終わり、オフシーズンの土曜ではありましたが、到着した中尊寺の駐車場にはそれなりに車が停まっていました。


しっかり寒さ対策した身支度に整え、車を降りて、中尊寺の境内へ。
表参道である「月見坂」入り口は紅葉の名残がありました。


程なくして険しい坂を登ることになりますが、お腹が満たされた後のちょうど良い運動となり、冷たくもグリーンの香りに癒されます。


うっすら雪化粧という風景も美しく。



文政10年(1827)に建立され、義経・弁慶の木像が安置されいるという「弁慶堂」。


弁慶堂」の展望台から見える景色。
写真の手前の広場のようなところは「東物見台」と名付けられています。


2022年に改築されている「薬師堂」は他と比べ真新しさを感じます。


甘味処である「積善院 奥の細道展」の庭の雰囲気はいつ見ても素敵。



本堂の正面に建つ「本坊表門」。


岩手県指定文化財にされているだけあって、厳かな風情の門です。


そして、日本の天台宗の開祖である最澄が1200年前に灯した「不滅の法灯」が護持されている「本堂」。


現在の本尊は、東日本大震災後である平成25(2013)年に新たに安置された釈迦如来坐像で、高さ5mほどのもの。


本堂の隣に位置する「峯薬師堂」の風景は、紅葉の落ち葉がとても美しいコントラストを描いていました。


こちらも岩手県指定文化財に登録されている「旧鐘楼」。
今ではほとんど鳴らされることはないということですが、茅葺き屋根の建物の中に康永2(1343)年に鋳造された梵鐘が配されており、大変貴重。


奥州藤原氏の残した文化財3000点あまりを収蔵する宝物館である「讃衡蔵」。


こちらの建物のチケット売り場にて「讃衡蔵」及び「金色堂」の拝観券(大人1,000円)を購入することができます。


讃衡蔵」の収蔵物も、「金色堂」も撮影はできませんので、「讃衡蔵」の最後に設置されていたフォトスポットのみをせっかくだから撮影・・・
ちょっと切ない・・・
のですが、こちらの写真にある通り、今年は金色堂建立900年の節目だったのだそうで。
私たち、それをつゆ知らずに行ったものですから、年内に滑り込めて、なんだか縁起良く感じました。


(パンダ好きで)実は御朱印集めも趣味だったという友人による今回の御朱印の写真。
ご覧の通り「金色堂建立九百年」と明記され、特別の切り絵が施されています。


さあ、いよいよ「金色堂」へ。
ちなみに、「金色堂」を保存している建物は「覆堂」と言って、その名の通り金で作られた金色堂を覆い守っているのです。


簡単に入ることは許されない場所なので、ぐるりと柵が施されています。
金色堂入口」で、「讃衡蔵」チケット売り場で購入したチケットを提示して入場します。


いよいよ「金色堂覆堂」に近づいた時の不思議な輝き。


この中で守られている「金色堂」そのものは撮影できませんが、やはり実物を見てこそ。
堂の内外いっぱいに金箔を押した「皆金色」の阿弥陀堂に、美しく輝く夜光貝の螺鈿の装飾。
私は東北人なので数回拝見してますが、何度見ても、見惚れます。

金色堂」の外には、松尾芭蕉の句碑があります。


五月雨の降り残してや光堂

芭蕉が詠んだこの意味は、岩手大学平泉文化研究センターによりますと、下記の通りです。
“「五月雨が降り続き(五百年間)、全てのものを腐らせてきたが、
ここだけは降り残したのだろうか。戦なき世を願った藤原氏や
ここに住み続けた人々の祈る心をともし続けるこの光堂を」
平泉中尊寺の多くの建物は奥州藤原氏滅亡後、火災等でほとんどがなくなり、あるいは朽ち果ててしまっていました。しかし戦争をなくし平和を大切にしたいと願う人々の祈りや願いは消えていません。光堂、つまり金色堂は今も大切に守られ、光を放ち続けています。”
(引用元:https://chs.iwate-u.ac.jp/heritage/html/literature-sub-samidare.html

この芭蕉の見解はなんとも閑寂さを感じますが、前回記事にしたフランスのヴェルサイユ宮殿の黄金とは全く異質ですね・・・
(フランス一人旅の記録:華麗なるフランスの世界遺産 ヴェルサイユ宮殿と庭園

そして、芭蕉の像の先にある建物は、重要文化財に指定されている「旧覆堂」です。


古い記録には「鞘堂(さやどう)」とも記されているとのことで、「鞘」も読んだ字のごとく「大切なものを保護するためにかぶせたり、覆ったりするもの」という意味があるわけです。
芭蕉や伊達政宗、明治天皇といった歴史上の人物は、薄暗いこの堂内で金色堂を参拝したのだそうです。

さて、中尊寺の広い境内には「白山神社」が鎮守しています。


850年に中尊寺を開いた慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)が、この地に勧請(かんじょう:神仏の来臨を願うこと)したと伝えられているそうです。


茅葺き屋根が美しくも立派な建物である「白山神社能堂」は、こちらもまた重要文化財で、現在も神事能(神社の祭礼に奉納される能楽)が実施されています。


白山神社」ではくぐってお参りすると願いが叶うと言われる茅の輪(ちのわ)があることでも知られています。
私も、間も無く新年を迎えるこのタイミングで、これまで生きてこられたお礼と共に、新しい自分そして人生へ向けて希望をお祈りしました。


このすぐ近くに「かんざん亭」という食事処があります。


何度か中尊寺は訪れているものの、私はいまだ未体験なので詳しくは語れませんが、広い境内にレストランがあるのは嬉しいですね。
食べログの口コミ(https://tabelog.com/iwate/A0303/A030303/3004624/)を見た限りでも悪くなさそうです。

境内にある建物全てを撮影し切れてはいませんが、ぐるりと一周したところで、そろそろお暇。


先にも述べた通り、これまで何度か訪れている場所でしたが、うっすら雪化粧された中尊寺は初めてでした。
ただ立っているだけなら寒いですが、境内を歩いて運動するには程よい時期でもあり、美しい初冬の世界遺産の地で、人けも多くなく心身ゆったりでき、友人夫婦に誘われての思いがけない日帰り旅でしたが、本当に癒されました。感謝。

中尊寺
住所:〒029-4195 岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
Webサイト:http://www.chusonji.or.jp/


あなたは
黄金といえば
何を思いますか?

華麗なるフランスの世界遺産 ヴェルサイユ宮殿と庭園

〜黄金の時代を刻んだ、芸術の殿堂へ〜


ブルゴーニュでの3日間を経てからのパリ滞在もいよいよ3日目。
(前回までのパリ滞在記録はこちら↓)


翌日の朝には帰路に就くことになるので、実質フランスでの滞在最終日となる日です。
この日の目的地はヴェルサイユ宮殿(Palais de Versailles)ルーヴル美術館(Musée du Louvre)
そしてその移動経路として、エッフェル塔(La tour Eiffel)界隈を歩くことを決めていました。


1日でヴェルサイユルーヴル美術館とは少々無謀ではと思われるかもしれませんが、パリ滞在の最終日であると共に、ちょうどこの日は金曜日で、ルーヴル美術館の開館時間が21時45分まで延長される日だったため(2023年10月時点)、多少疲れるのも覚悟の上でそのような予定を組んだのです。

さてまずは、ホテルを出てヴェルサイユ宮殿へと直行します。
まだほの暗い朝8時、宿泊先ホテル最寄りの地下鉄へ。


宿泊先最寄りの地下鉄駅であるグラン・ブールヴァール(Grands Boulevards)駅から10分内の場所に位置する、複数の路線が乗り入れるアンヴァリッド(Invalides)駅にて下車。


同じくアンヴァリッド(Invalides)駅よりRER(エール・ウー・エール/高速郊外鉄道)C5線ヴェルサイユ・シャトー・リヴ・ゴーシュ(Versailles Château Rive Gauche)行きに乗り換えて30分強で、ヴェルサイユ宮殿の最寄駅であるヴェルサイユ・シャトー・リヴ・ゴーシュに到着します。


ちなみに、ヴェルサイユ・シャトー・リヴ・ゴーシュRERC5線の終点駅となるので、行き先さえ間違わずに乗れば、乗り過ごしてしまう心配がありません。

*フランス国鉄(SNCF) Transilien公式サイトによるRER C線の詳細→https://www.transilien.com/fr/page-lignes/ligne-c

なのですが、ここでもまた自分の思い込みによるプチハプニングがありました。
地下鉄からRERに乗り換えて向かう場合、地下鉄のみの駅でもヴェルサイユ・シャトー・リヴ・ゴーシュ行きの切符を選択することが可能なのですが、私はこの時、アンヴァリッド(Invalides)駅で地下鉄を降りたら、改めてRERの切符を買わなければならない、要するに、ヴェルサイユ行きの切符は地下鉄駅では買えないと思い込んでいました。
パリのメトロとRERの運行会社は異なるので、日本では例えば、JRから地下鉄に乗り換える場合には切符を地下鉄改札前で買い直さなければならないから、そのイメージでいたのです。

ところが、アンヴァリッド駅の改札内には切符販売機が見当たりません。
駅員さんに、「この切符ではヴェルサイユまでは行けませんよね?どうしたら良いですか?」と尋ねると、「あの階段を登った先の改札を出た所に自動券売機があるから、一旦改札を出てヴェルサイユ行きの切符を買って」と(英語で)教えてもらいました。


販売機の画面は地下鉄に乗る時と一緒で、(フランス語はわからないため英語画面に切り替えて)よくよく見たら「Ticket for Paris region(パリ地域(郊外)行きチケット)」という選択肢があり、そこをタッチして操作を進めることでヴェルサイユ・シャトー・リヴ・ゴーシュ行きの往復券を買うことができました。

せっかく地下鉄でRERC5線も通っているアンヴァリッド駅で乗り換えをすることにしていたのに、広いアンヴァリッド駅内でわざわざ一旦改札を出て改めてRERC5線ヴェルサイユ・シャトー・リヴ・ゴーシュ行きの切符を買うこととなり、オロオロしつつでまた無駄な時間がかかってしまいました・・・

それでも、なんとか無事にヴェルサイユへ到着。


なお、私は「パリミュージアムパス」を利用してヴェルサイユ宮殿を訪れることにしていたので切符の購入を選択しましたが、交通機関の乗り換えがスムーズにできるパスも数種類あるので、そちらを利用するのも一つです。

ヴェルサイユ宮殿の所在地はヴェルサイユであり、パリではありませんが、「パリミュージアムパス」が活用できます↓


さて、ヴェルサイユ・シャトー・リヴ・ゴーシュから徒歩でおよそ10分、並木道の先に宮殿の姿が見えてきました。


フランスに行ったら絶対に訪れたいと思っていた世界遺産「ヴェルサイユ宮殿と庭園(Palace and Park of Versailles/Palais et parc de Versailles)」を目の前に、ワクワク感が高まります。

宮殿前の広場にて、堂々と佇むのはルイ14世の騎馬像です。
到着したばかりの時はあいにくの曇り空で、イマイチの写真ですが、訪れる人々を最初に出迎え、宮殿の顔として、来訪者に強い印象を与えます。


ルイ14世(Louis XIV、1638-1715)はフランス絶対王政の頂点に君臨し、「太陽王(Sun King/le Roi Soleil)」と呼ばれました。
ヴェルサイユ宮殿(Palais de Versailles)を建設し、まさにたくさんの客人を招き入れ、フランス文化を世界に広めたのです。

ルイ14世の騎馬像の後方にある、入り口の1箇所目となる簡単なセキュリティを通過し、いよいよ宮殿の敷地内へ。


ヴェルサイユ宮殿は9時開館です。
私は10時の入館をネット予約しており(ヴェルサイユ宮殿は事前予約が必須)、9時30分頃到着しましたが、既にすごい人の群れ。

人の多さに圧倒されつつ、まず目が釘付けになったのは、宮殿を取り囲む黄金に輝く柵でした。


この黄金に輝く柵はヴェルサイユ宮殿正門で17世紀後半に建設されたものではなく、2008年に復元されたもの。
当初は純粋な金で作られていたけれど、フランス革命時に取り壊され、復元された門は本物の金に代わり、10万枚の金箔で装飾されているそうです。

復元製かつ純粋な金ではないとはいえ、ヴェルサイユ宮殿の華やかさと豪華さを象徴する存在となっていて、写真スポットとして記念撮影する人が絶えません。


で、私どもは、この黄金の門からは入場できません。
門に向かって左手がエントランスAで、右手側がエントランスBとなっています。


Aが一般入場門で、Bが団体入場門、というわけで、私はAに並びます。


長い列でしたが、割と時間通り入場することができました。
荷物検査などもあるセキュリティを通過し、遂に宮殿内へ。

まずは、黄金の柵の奥に広がっていた「王の中庭」へと足を踏み入れます。


私、写真を撮り損なってしまったのですが、下図の写真のずっと奥の床が大理石となっていて、ここは「大理石の内庭」とも呼ばれています(この写真の見えている部分は石畳です)。


次の写真で写っていない真下部分が大理石の敷き詰められた床となっています。
白と黒の幾何学的なデザインが素敵だったのですが、人が多すぎたこともあり、良いアングルが捉えられず撮影を諦めてしまったことを悔やみます・・・


建物の中へと進んでみると、意外とシンプルな装飾箇所もありました。
私には、こういう雰囲気の方が落ち着くような気がします。


こちらはシンプルと豪華さが融合した空間となっている「王室礼拝堂」です。


この礼拝堂内部には入れず、狭い戸口からしか拝観することができずだっため、私のような見学者がたくさんいるところを必死の思いで撮影しました。

お次もご覧いただいての通り、すごい人。
王の小居殿や内殿である「王の正殿」の中でも、最も見どころと言われる「ヘラクレスの間」です。


そこはまさに、王の権威と富を象徴する一室。
天井には、フランスの宮廷画家として活躍し、ロココ美術を代表する画家として知られるフランソワ・ルモワーヌ(François Lemoyne、1688-1737)による神話絵画「ヘラクレスの神格化(The Apotheosis of Hercules)」が描かれ、壁には、ティツィアーノやティントレットと並んで、ルネサンス後期のヴェネツィアを代表する画家として評価されるパオロ・ヴェロネーゼ(Paolo Veronese、1528-1588)作の「パリサイ人シモン家の晩餐(The Feast in the House of Simon the Pharisee)」が飾られています。

そしてやはり、いろんな意味で一番圧倒されたのが、ヴェルサイユ宮殿の最も有名な空間の一つである「鏡の間」です。


一面に鏡が張られ、太陽の光を反射して輝く唯一無二の回廊は、王の絶対的な権力を象徴しています。

ご多聞に洩れず、私もここを特に楽しみにしていた一人ですが、宮殿内一番の混雑場所で、大勢の人にも装飾の凄さにも大いに圧倒されたのでした。


それから、ドイツと連合国との戦争状態を終わらせて第一次世界大戦を終結に導いた重要な平和条約である「ヴェルサイユ条約」が、1919年6月28日にこの「鏡の間」で調印されたことは、日本人としても覚えておきたいことですね。

鏡の間」に続いて宮廷内の大きな回廊である「戦史の回廊」も、歴史や絵画好きには必見です。


人出は「鏡の間」に比べてだいぶ少なかったですが、「戦史の回廊」には、フランスの歴史的な出来事を描いた絵画がずらりと並び、勝利をテーマにした絵画や、英雄たちの胸像が飾られ、フランスの武勇を称える壮大な空間となっています。

宮殿の内部は、ここに挙げられないほどたくさんの見どころがあり、煌びやかな箇所に人が集まっている印象でしたが、個人的にはやはり静かな場所が好きでして・・・


探索していると、人っこ一人いないような場所にも稀に出くわすのですが、それはそれで、その美しさに感動する反面、ちょっと怖くも感じてしまうのでした。


さて、改めまして、世界遺産の名称は「ヴェルサイユ宮殿と庭園(Palace and Park of Versailles/Palais et parc de Versailles)」です。

しかしながら、通常無料であるヴェルサイユ宮殿の庭園は、訪れるタイミングによっては別料金となってしまうのです。
私はそれをつゆ知らず、私自身が訪れたのは「音楽の庭園」というイベントが開催される日だったため、10ユーロ程度(状況によって異なるようですが、私の場合€9.9)が別途必要でした。
残念ながらミュージアムパスも使うことはできないとのこと。
しかし、ここでケチるわけにはいきません。


レーンに並び(それほど混雑していませんでした)、支払いを済ませ、いざ庭園へ。


それは、やはり価値ある光景でした。

敷地の南側に、宮殿より低い位置にあり、緑のデザインが美しい「オランジュリーとスイス人の池」は、広大な庭園の中でも、私が最も惹かれた場所です。


ヴェルサイユ宮殿の「オランジュリー(オレンジなどの柑橘類のための温室)」は、地下に埋め込まれた特殊な構造になっているのですが、南向きで二重窓のおかげで冬でも5〜8℃と気温が安定しているのだそうです。


ここはまた、ブルゴーニュ観光の記録(2023 フランスブルゴーニュ 1日目 その2)でも触れた建築家のジュール・アルドゥアン=マンサール(Jules Hardouin-Mansart、1646-1708)が才能を発揮した場所の一つとされています。


マンサールルイ14世の首席建築家として、ヴェルサイユ宮殿の拡張計画の中心人物でした。
彼の貢献により、ヴェルサイユ宮殿は単なる王の居城から、フランスの絶対王政の象徴となる壮大な宮殿へと生まれ変わったとされています。
彼の洗練されたスタイルは、フランス後期のバロック建築に大きな影響を与え、その名声はヨーロッパ中に広まったということです。

一方、造園家としてヴェルサイユ宮殿の庭園全体の設計を任されたのは、フランス式庭園の様式を完成させたと言われるアンドレ・ル・ノートル(André Le Nôtre、1613-1700)です。
ル・ノートルは、パリの1日目の記録(パリの美術館巡り1 翌朝も再びセーヌ川へと向かって)でも記述した通りチュイルリー庭園(Jardin des Tuileries)も手がけた人物です。


次の写真は庭園の西側で、手前が「ラトナの泉水」で、奥に小さく見えるのが「アポロンの泉水」、さらに「大運河」が広がっています。


この日のイベントは「音楽の庭園」ということで、バロック音楽が流れる中で広大な庭園内を散策、というわけなのですが、オーケストラで生演奏しているわけでもなくスピーカーから流れ出ている音楽(大音響で広大な広場に流しているので音質が微妙)なので、音楽好きな私ですが、個人的には静かな中で散策したかったところ。


しかし、これらのイベント時には、普段は一般公開されていない樹木庭園に入ることができるとのことで、その点は良かったです。


とはいえ広い敷地内、一人で鬱蒼とした木立ちに入るには迷いそうだしちょっと怖かったので、あまり深くは入り込みませんでしたが・・・


それにしても、想像を絶する圧倒的スケールでした。
太陽王ルイ14世の野望がいかに凄いものだったかを目の当たりにしました。

芸術的と言えば聞こえは良いけれど、華麗すぎる絶対王政時代の宮廷世界。
貴族の贅沢が最終的に市民の反感を買うことになったのは致し方ないと思います。

でも、フランス革命(マリー・アントワネットを妻にしたルイ16世の時代に市民の怒りが爆発して起きた)の後、王政が崩壊して、一時的に荒廃したこのヴェルサイユ宮殿が、その後、国家の象徴として再建されて、こうして残されているのは素晴らしいことですね。

建築であれ、絵画や彫刻であれ、庭園であれ、芸術として価値あるものに触れ、そして我々の祖先が生きた時代の歴史を学ぶことは、教養を養うとともに心を豊かにしてくれます。


この広大かつ壮大なヴェルサイユ宮殿をくまなく巡るには、やはり一日でも足りないくらいですが、時間が限られている私、午後にはパリへと戻ります。


再びヴェルサイユ・シャトー・リヴ・ゴーシュ(Versailles Château Rive Gauche)へ。
先述しました通り、この駅はRER(エール・ウー・エール/高速郊外鉄道)C5線の終着駅なので、ここからパリへ戻るのは難しくありません。


往路と同様にアンヴァリッド(Invalides)駅にて下車します。
ただ、往路と異なり、ここで乗り換えはしません。


ここからの予定はエッフェル塔界隈の散策とルーブル美術館見学ですので、駅の外へと出ます。

約半日ぶりのパリ市内の地上。
いざ、エッフェル塔を目指して歩きます。




ヴェルサイユ宮殿
Château de Versailles

住所:Place d’Armes, 78000 Versailles, France
Webサイト:https://www.chateauversailles.fr/




あなたは
宮廷の世界について
どう考えますか?

石巻金華山 黄金山神社参拝と女川美食堪能の旅

〜仙台駅発1泊2日にて〜


2024年もすでに10ヶ月目に突入してしまったところ、未だ昨年のフランス旅の記録が完結できないままですが、先月(9月)今年初めての外泊をしてきまして、それがとても感慨深い旅となりました。
今年は趣味である写真撮影も全くできないでいた私でしたが、ようやくカメラを手に外出でき、本当に有意義に過ごすことができましたので、写真にて記録しておこうと思います。

プライベート時間をおろそかに、仕事に奮闘してしまっている2024年の初の旅先は石巻です。


石巻市は、私自身が住んでいる宮城県内ではありますが、これまでアップしてきたフランス旅でもお世話になった友人が一時帰国し実家に帰省するということで、再会を兼ねての女子二人地元旅となりました。


ご実家が石巻市内である友人が車を出せるということで、石巻駅で待ち合わせ。
私は仙台駅からJR仙石線を利用し向かいます。
仙台駅から石巻駅までは、電車だと1時間半程度で、海岸沿いを走るのでその道中の松島近辺は海が眺められるため、私もお気に入りの路線です。

石巻駅
住所:〒986-0825 宮城県石巻市穀町13


石巻駅にて、車で迎えにきてくれた彼女と落ち合ったのが12時半頃だったので、まずはランチを取ることに。
そこで向かったのは、石巻駅から車で30分程度の場所にある女川町地方卸売市場


ここは南三陸、せっかくなら新鮮な魚介類の料理を楽しみたい!
ということで、女川町地方卸売市場内(3階)にある女川魚市場食堂という食事処をチョイス。


お客が並んでいて30分程度待つことになりましたが、純和風的な良い雰囲気の入口に、期待感が高まります。


「食堂」という店名から、賑やかな感じを想像していましたが、お昼時でも少人数しか受け入れない様子、いざ通された席も、落ち着いた掘りごたつタイプのテーブルで、来た甲斐、待った甲斐がありました。

そしていよいよ、注文したレアアジフライ定食のお目見え。


レアアジフライ
その名の通り、焼き加減がレアな鯵(アジ)のフライで、外はサクサク、中はフワトロ、今まで味わったことのないアジフライ!
こちら女川魚市場食堂の人気メニューだと言われているのも頷ける美味しさでした。


新鮮なメニューは数量限定、そして、私たちが入店できたのは13時半頃(13時ちょっと前から待機)でしたが、その私たちの後に入れたのは一組のみという、お客も大勢迎えようとしない雰囲気のこちらのお店自体が、ある意味レアで、幸先の良い旅を予感できました。

女川魚市場食堂
住所:〒986-2283 宮城県牡鹿郡女川町市場通り66番地 3階


女川魚市場食堂から見た風景も清々しく。


私の場合、ここではないし、規模が小さいけれど、同じく宮城県の三陸海岸にある閖上港で育っているので、港に船が停まった卸市場の情景は、懐かしく愛着を感じてしまう風景でした。

お腹が満たされた次は、宿泊先へと向かいます。
目指す場所は、牡鹿半島の先端。
その道すがらの展望台らしきところでパチリ。


その後もひたすら山道をうねうね走って、女川魚市場食堂から車でおよそ40分程度、無事にこの日の宿泊場所である旅館「島周の宿 さか井」に辿り着きました。

島周の宿 さか井
住所:〒986-2523 宮城県石巻市鮎川浜万治下1−7
Webサイト:https://www.newsakai.com/



通された4階の宿泊部屋から見た風景がこちら。


対岸に見える島は金華山です。
牡鹿半島との間の内海である金華山瀬戸を挟んで望むこの眺望はなんとも贅沢。

広大な太平洋と島があるのみ、というこのロケーションが、都会で忙しない日常を過ごしていた私をたちまちに癒してくれました。


喧騒が無い故に、この辺はいわゆる人気の観光スポット的なものがない感じなのですが、夕食まで時間があったこともあり、石巻市で2年おきに開催される芸術祭「リボーンアートフェスティバル」でのインスタレーション「白い道」が、旅館から徒歩10分圏内に残っているということで、こちらに行ってみることにしました。


樹海を抜けて、正に白い道へ。


白い道の先に見えた風景。


それは、静かで厳かで美しく、自分は生かされているのだ、と改めて感じさせられるものでした。

清々しくも穏やかな感慨を胸に、宿に戻って、大浴場にて残暑時の一運動後の汗を流し、再び三陸の美味をいただきます。


島周の宿 さか井はこのお食事も評判らしいとのことでしたが、偽りなく。


南三陸の新鮮な魚介類によるお刺身に焼き物そして釜飯、などなど、どれも美味しいし、高校時代からの友人と再びゆったりと語り合える時間を過ごせたひととき。


お昼にひき続き、またも美食でお腹が満たされた後、こちらの古き良き昭和感漂う和室に敷かれたお布団にて就寝。

そして迎えた翌朝の部屋からの眺めは、また神秘的なものでした。


旅の2日目の目的地は、このお向かいにそびえる金華山
金華山に鎮座する黄金山(こがねやま)神社の参拝に備え、身支度を整えて、朝食はビュッフェにて、ヘルシーな食事をしっかりといただきます。


その後、9時半頃に旅館をチェックアウトし、向かったのは観光交流拠点施設「ホエールタウンおしか」です。
鮎川港に位置するこちらから金華山への船が出航されるということで、前日のうちに、10時半出発の船をネットで予約しておきました。


ここホエールタウンおしかは、宿泊した島周の宿 さか井から車で10分程度の場所。

ホエールタウンおしか
住所:〒986-2523 宮城県石巻市鮎川浜万治下1−7
Webサイト:https://oshika.miyagi.jp/facility/


地図上で見ても、宿泊した旅館の前からでも船が出ていれば金華山へはすぐのように思いますが、そのような経路はないので、ここから金華山を目指します。
船が出る時間まで余裕を持ってこちらに訪れ、物産品を物色したり、観覧できる展示物を見学したりしつつして過ごすことに。


そうしてまもなく、出航間近となりました。
予約している金華山フェリーの停泊場所を確認します。


船に乗り込み、いざ出航。
そして出航後ほどなく、私たちの席の後方で湧き上がる歓声。
ウミネコへの餌付けを楽しむ方々の声でした。


かっぱえびせんを必死で求めるウミネコたち。
餌付けに夢中になり、子供のようにはしゃぐ大人たち。
意外にも、見ているだけでも楽しめる面白い光景でした。


大空の下に広がる太平洋の海原を、波飛沫を上げてぐんぐん走る船の上の爽快さも格別。


金華山到着間近の付近では、左手側の牡鹿半島の景色に、宿泊した旅館を確かめることができました。
白いポツンと見える建物が「島周の宿 さか井」です。


本当に、何も無い場所にポツンと存在する一軒の宿。
今回、友人が一時帰国するという連絡を受けて、たまたまの流れで予約した宿でしたが、良いご縁に恵まれたと改めて感じました。

鮎川港出発から20分程で金華山港へと到着。


黄金山神社の参拝には山を登ることになります。
神社所有の車による送迎サービスを利用することもできますが、残暑厳しい9月でも、幸運にもこの日は涼しかったので、歩くことにしました。


最初にお出迎えしてくださる鳥居は二の鳥居


日頃の運動不足な体には、なかなかに厳しい坂道でしたが、登るにつれ見渡せる美しい景色の変化は、先へ進もうとする意欲を高めてくれます。


5分程度登ったところで、表参道裏参道の分かれ道。


裏参道の方がコンクリート状の道路となっているようですが、やはりまずは表参道から向かうとします。


ここで迎えてくださるのが、三の鳥居


鳥居の脇に広がる芝生にはたくさんのニホンジカの姿がありました。


金華山は野生の鹿が保護されていることでも有名ですが、「金華山の原生林と鹿」という名称で、環境省による「かおり風景100選」の一つに選定されているのだそうです(2001年)。
(参考1)かおり風景100選一覧表:https://www.env.go.jp/air/kaori/ichiran.htm
(参考2)かおり風景100選パンフレットPDF:https://www.env.go.jp/air/kaori/pamph/full.pdf

まさにウッディな香り漂う森林の中に伸びる参道を進みます。
なんとも圧巻な巨木の杉並木。


坂道を登ってきたので体感的にはもっと時間がかかったように思いましたが、二の鳥居から徒歩にておよそ10分のところで、表参道降口に到着。


涼しい日でしたが、さすがにこの時点では汗だくでした。
しかし、息を切らしつつ神社境内に足を踏み入れると、樹齢800年といわれる御神木の欅に出迎えていただき、その隆々とした逞しい姿に感無量。
疲れも吹き飛びそうな気持ちになります。


境内の位置関係は、掲示されていた案内図にて。


御神木のすぐ近くに祀られている恵比須様と大黒様のブロンズ像。
その手前には金の袋を背負った亀の像もあり、ご利益を放出してくれているような雰囲気を醸し出しています。


御本殿を守る随神門の前に建っている石鳥居(石華表)は、当初(明治22年)のものは残念ながら東日本大震災で倒壊し、現在は再建されたものだそう。


大正14年に建立されたという随神門は、繊細な彫刻や木組みの風格が素晴らしい。


茶色い鳥居があるのは金樁(かなぐい)神社で、学問と書道の神様として崇められてきたそうですが、かなぐいは金属のくいの意で、商売や学業は実力だけではなく、運や縁も大事ということで、金(かね)の杭(くい)を打って被害を止めるという云われによるものだそうです。
ちなみに漢字では、樁は椿ではないことに留意(日ではなく臼)。


金樁神社の隣下方に位置しているのが金華山銭洗辯財天(ぜにあらいべんざいてん)で、龍の口から流れ出る水で、ざるを使ってお金を洗い、それを世の不浄を落とした銭として、お種銭(たねせん)として身につけることで、ご利益に預かることができるとされています。


金樁神社金華山銭洗辯財天の間の階段を登った先にあるのが金華山頂上に鎮座する大海祗(おおわたつみ)神社を遥拝するための大海祗神社遥拝所があります。
(遥拝:ようはい。はるかに隔たった所から拝むこと)


大海祗神社遥拝所辯財天奉安殿(べんざいてんほうあんでん)であり、中には弁財天像が安置されています。

何故だかここはとても幻想的で、一際に美しく感じられました。


正しい順路はわかりませんが、最後に黄金山神社の御本殿に繋がる御拝殿をお詣りしました。


日本で初めて“金”が産出されたのは奈良時代の陸奥国と言われていて、黄金山神社は、これを祝って天平年間(750年代)に建立されたのだそうです。

陸奥国むつのくに。現在の青森県、岩手県、宮城県、福島県、秋田県北東部の旧国名で、古くは道奥(みちのおく)、すなわち中央から地方に至る道の果ての意としてみちのくとも呼ばれた)


金銀財宝・金運・開運の神として信仰され、「3年続けて参拝すれば、一生お金に不自由しない」といわれている金華山黄金山神社

宮城県出身ながら、同県内の金華山は初めて訪れたし、詳しいことは知らなかったけれど、これを機に、来年、再来年と3年続けてお詣りしようかな。

今回は祈祷までは申し込まなかったけれど、次あたりは祈祷してもらうべきでしょうか・・・


祈祷申込所のそばには参拝者休憩所があり、ここに人が集まることを知ってか、餌を乞おうとする鹿が待機しています。



金華山詣りには古くから、一定の期間を寺社にこもって祈願する参籠(さんろう)の風習があり、誰でも宿泊可能なのだそう。

お籠り(おこもり)するための参籠施設として設けられている、鳳龍殿と名付けられた参集殿の前に広がる芝生も鹿の安息地帯のようでした。


さて、この時点で、時刻は12時直前。
鮎川へと戻る定期船の時刻が12時半なので、そろそろ参集殿付近から伸びている裏参道を下りながら、波止場へと向かうこととします。


裏参道側は緑の芝生が広がっており、金華山瀬戸牡鹿半島の美しい景観を眺めながら下山することができました。

そして、ここからも宿泊した旅館の姿を確認できました。
向こう岸に見える白い建物が「島周の宿 さか井」です。
昨日と今朝と部屋から眺た場所に、今、立っているのだなとしばし感慨に浸ります。


科学の発達した現代は船も高速で、行き来は簡単にできるけれど、そうではない時代の人には、もっと畏敬を感じられた場所だったのかもしれません。

太平洋を見渡せる場所には三陸復興国立公園(Sanriku Fukko National Park)の記念碑がありました。
かつては南三陸金華山国定公園だった金華山は、東日本大震災後の2015年に三陸復興国立公園に編入し、国定公園から国立公園と変更されています。


時に恐ろしい力を発動させる自然だけど、まさに私たちはこの自然に生かされているんだ。
科学の力に溺れて傲慢にならず、慎ましく生きてゆこう。
そして、生かされているからこそ、自分らしさを大切にして生きてゆこう。

仕事で頑張りすぎていた心が少しほどけました。


再び船に乗り込んで、鮎川港へと戻り着いたのが12時50分頃。


というわけで、ここで早速ランチです。

朝にホエールタウンおしかを一見した際に、やっぱりせっかくここに来たなら鯨の料理だね、と、私たちは迷わずに決めていました。

ホエールタウンおしか内にある3つのレストランから、すぐに席に座れそうだった「PLAZA SAITO(プラザサイトー)」に入店。

海育ちの私は、子供の頃、鯨の刺身を何度か食べた記憶はありましたが、焼いた鯨の記憶がなかったので、鯨焼き定食をチョイス。


鯨の赤みのいわゆるステーキは、柔らかくて、生で食べる味とはまた違う旨味。

でも実は、刺身も捨てがたく、単品の鯨赤白刺身のハーフというのがあったのでこちらも併せてオーダーしていました。


赤身の方には馴染みがありましたが、皮の部分である白身の刺身は初めて。
コリコリしてるのに脂身があるためとろけるような食感も同時に感じます。

調理方法と部位によって全然違う鯨の味わいを楽しむことができました。

お腹も心も一杯に満たされて、再び石巻駅を目指します。

仙台への帰りの電車として予定していた石巻駅発14時59分のJRにも程よい余裕で間に合い、友人とはここでお別れ。


普段は日本を離れているため簡単に会えることはないながらも気のおけない存在である友人との、一泊二日の石巻金華山黄金山神社参拝と女川美食堪能の旅は、瞬く間ではありましたが、心に深く刻まれる充実のひとときとなりました。


豊かな自然と神秘に包まれ、そして自然の産物に舌鼓を打ち、心身共に癒される贅沢な時間を満喫できた素敵な旅に恵まれたことに、心から感謝です。

金華山黄金山神社
住所:〒986-2523 宮城県石巻市鮎川浜金華山5
Webサイト:http://kinkasan.jp/


あなたは
賑やかな所 or 静かな所
どちらがお好きですか?

パリの美術館巡り3 元駅舎のオルセー美術館

〜建築物の美しさにも酔いしれるパリ3大美術館の一つ〜


海外女一人旅、地元の仙台空港から出国し台湾経由でたどり着いたフランス、パリ美術館巡りの初日、印象派の巨匠クロード・モネの「睡蓮」シリーズが展示されていることで有名なオランジュリー美術館(Musée de l’Orangerie)の次に向かうのは、オルセー美術館(Musée d’Orsay)です。

セーヌ川の右岸に位置するオランジュリー美術館に対し、オルセー美術館はセーヌ川の左岸に位置します。
オランジュリー美術館の正面玄関前に広がるコンコルド広場(Place de la Concorde)から対岸へと架けられた、コンコルド橋(Pont de la Concorde)を渡って向かうこととしました。

コンコルド橋
Pont de la Concorde

住所:Pont de la Concorde, 75007 Paris, France


コンコルド橋から眺めるエッフェル塔も風情あり。


コンコルド橋を渡った先に幽玄と佇み、まるでギリシャ神殿を思わせる建物は、ブルボン宮殿(Assemblée nationale – Palais Bourbon)


ブルボン宮殿は、フランス国民議会(Assemblée nationale)の議事堂として使用されている歴史的な建物です。


1722年にルイ14世の孫娘であるルイーズ・フランソワーズ・ド・ブルボンによって建設され、フランス革命後、1795年にフランス政府に接収されて、1798年から国民議会の議事堂として使用されるようになりました。

ブルボン宮殿
Assemblée nationale – Palais Bourbon

住所:126 Rue de l’Université, 75007 Paris, France
Webサイト:https://www.assemblee-nationale.fr/


コンコルド橋を渡り、ブルボン宮殿に向かって左折した先に見えてくるのが、私にとってこの日2番目のメイン目的地であるオルセー美術館(Musée d’Orsay)


パリの3大美術館の一つとされているオルセー美術館は、建物自体がアートの一部です。
その素晴らしい建築物のシンボルである大時計が見えてきて、胸が高鳴ります。


オルセー美術館の建物が、元々1900年のパリ万博のために建てられた駅舎(旧オルセー駅/Gare du Quai d’Orsay)だったことは、この美術館を語る上では外せない重要な話。

かつての駅の時代に旅人に正確な時間を知らせるために機能していたこの時計塔は、現在では、美術館の歴史と現代の文化的役割を象徴しています。
クラシックなデザインは時代を超えた優美さを保ち、その存在はまるで、時間の流れとともに変化してきたオルセー美術館のストーリーを語っているかのよう。


と、建物の外観を眺めるだけでもうっとりし夢見心地な気分になりますが、一旦現実に戻って、入場を待つ人の列に並びます。

時間が限られている旅行で、パリの主要美術館を訪れるなら、チケットの事前購入は必須です。
時間が読めなかったことと、少し割高になるので入館時間の予約まではしていなかったのですが、ミュージアムパスを利用したことで、比較的すんなり入場できました。


今回の旅で重宝したパリミュージアムパスについてはこちら↓に記述しています。


さて、入館セキュリティーを通過し、さらに次の扉へと進みます。


扉を抜けて、目の前に広がる景色に圧倒されました。
まさに駅舎であったことを窺い知ることができるその風貌。


旧オルセー駅は、1900年5月に運行を開始しましたが、1939年に長距離列車の運行を停止しました。
これは、ホームの長さが新しく登場した列車の長大化には不足していたためなのだそう。
以降、オルセー駅は主にパリ近郊の列車用の駅として使用されましたが、次第にその役割も縮小し、駅としての機能を徐々に失っていきました。

その後、駅は様々な用途に利用されましたが、次第に放置されるようになり、1970年代には取り壊しの計画もあったとのこと。
しかし、歴史的建造物としての価値が見直され、最終的に美術館として生まれ変わることが決定されました。
そして、1986年にオルセー美術館として正式に開館したのです。

かつてのプラットフォームだったメインホールは、その広がりと空間の高さが際立ち、ガラス屋根からの自然光が内部に満ちています。
鉄骨のフレームやガラス張りの屋根が印象的な建物のデザインは、この時代特有のアール・ヌーヴォーの影響によるもの。
線路が敷かれていた場所が現在では彫刻ギャラリーとなり、その両脇のプラットフォームであった場所は絵画などの展示スペースとなっています。


このメインホールにも、駅の名残を思わせる大時計が輝いています。
建物の外壁の時計も内部にあるこちらの時計も、修繕や整備はされてきましたが、旧オルセー駅当時からのものなのだそうです。


素晴らしい装飾が施された時計に釘付けになる私の頭の中に「おーおーきなのっぽの古時計〜♪」の歌がよぎりました。
しかし、この歌詞にある100年休まず動いてきた古時計は最後には動かなくなってしまうわけですが、オルセー美術館のシンボルであるこれらの大時計はゆうに100年を超え、今もなお時を刻み続けているのです。

金色に輝く時計の圧倒的な存在感と美しさに見惚れつつ、嬉しいことも悲しいことも、いろいろ見てきたんだろうなぁ、と感慨にふけってしまいました。

この歴史的建造物として価値あるオルセー美術館の建物自体は6階建ですが、作品が展示されているスペースは地上階(0階)、中階(2階)、最上階(5階)の3フロアで構成されています。
建物の両端にはエスカレーターが設置されていて、好きな所どこからでも見て回れるようになっています。

私はまず最上階まで行ってから降りてゆく形で美術作品を見ることにしました。

エスカレーターを上り切った所の通路は静かなものだったのですが・・・


通路を出た先にあるカフェのなんと賑やかなこと!

最上階(5階)にあるカフェ カンパナ(Café Campana)は外壁に設置された大時計の場所に位置していることもあり、私が通りかかった時間がお昼時ということもあったのかも分かりませんが、とても人気のようです。


このカフェの先に続くのが、マネモネルノワールシスレースーラなどなどの、主に印象派の作品の展示。
相変わらず人は多い中ですが、素晴らしい作品の数々に感動のため息が出ます。


さぁ、このまま進んで辿り着いたこの建物の逆サイド。
こちら側にはカフェはなく、大時計だけを堪能できる素敵スポットがあります。

とはいえ、現代のSNS社会において、そこは要するにまさに”映える”場所。
ここはここで、人が絶えない・・・


それでも私もなんとか少しでも絵になる写真を撮りたい!

人のいない静かな情景を撮影することが願望でしたが、この状況では致し方なく、これで我慢。


人混みが苦手な私は、相変わらず増え続ける人の波に押され、中階(2階)へと移動しました。

さてこちらは、オルセー美術館の建築様式にも影響を与えたアール・ヌーヴォーをテーマとした展示室。


先ほどまでの状況から一転し、怖くなるほど人がいない静かな場所でしたが、おかげで素晴らしい展示品を静寂の中で堪能することができました。

と、私はここで喧騒に逃れたことは嬉しかったものの、反面、ここはこの美術館の歴史的な建築要素が見られる場所であるのにこの静けさ、やはりほとんどの人は流行りだとかSNSによる情報に流されやすいということなのだろうか・・・となんだか寂しくも感じたりした瞬間でもありました。

…が、そんなことを想いつつもこの中階(2階)のテラスに出れば、光がさんさんと降り注ぐ魅惑的な空間に、大勢の人々の姿に圧倒されつつも、厳かな情景に感動を覚えます。


パリ3大美術館の一つオルセー美術館は、その壮大な建築と豊富なコレクションにより、パリを訪れる芸術愛好家にとって必見のスポットであることに違いありません。

歴史と芸術が融合したこの素晴らしい空間で、19世紀から20世紀の美術の変遷を感じながら、優雅な時間を過ごすことができるものと思います。

オルセー美術館
Musée d’Orsay

住所:1Esplanade Valéry Giscard d’Estaing, 75007 Paris, France
Webサイト:https://www.musee-orsay.fr/fr


あなたは
建築物の役目の返還について
考えたことがありますか?

オランジュリー美術館(Orangerie Museum/Musée de l'Orangerie)

パリの美術館巡り2 オランジュリー美術館

〜元オレンジ温室で堪能するモネの大作『睡蓮』〜


アート好き女子一人旅で訪れた、初めてのパリ滞在での美術館巡りの初日は、オランジュリー美術館(Orangerie Museum/Musée de l’Orangerie)からスタートしました。


こちらがオランジュリー美術館の正面玄関です。
この角度から見た限りでは、中世のお城をイメージするかもしれませんが・・・


次の視点から見た感じ、お城にしてはちょっと地味な感じがしませんか?


オレンジはフランス語でオランジュ、そしてオランジュリーとはオレンジ畑オレンジ温室を意味するのですが、オランジュリー美術館はその名の通り、オレンジの木を保護するための温室だったのだそうです。


次の視点からだと、確かに温室っぽい!と感じていただけるのではないでしょうか?


19世紀にナポレオン3世によって造られた大きなオレンジ温室は、その後、資材置き場や試験会場、召集兵士宿舎などとして使われたり、スポーツや音楽、国家行事などの多目的施設としての経緯を経て、1921年に美術行政に割当てられ、政治家でクロード・モネの友人でもあったジュルジュ・クレマンソーの提案によってモネの作品『睡蓮』が収められることとなり、改修工事ののち、1927年オランジュリー美術館としてオープンしたとのこと。

更にその後、6年間にも及ぶ改修工事を経て2006年にリニューアル・オープンし、モダンな美術館へと変貌しました。


天井から自然光がさんさんと降り注ぐ楕円形の白い空間の2室は、いずれもモネの大作『睡蓮』のための展示室となっていて、これを見るために訪れる人が絶えません。
もちろん私も、この部屋に足を踏み入れることをずっと切望していました。


壁いっぱいに広がる幻想的な絵画によって得られる没入感。


そして、モネのタッチによるマチエールに魅了され。

素晴らしいアートにうっとりするこの感覚。
いつもブログを見てくださる皆さまに少しでも伝えられたらな、という思いで撮影してはいるのですが、私めなどの写真による画像では伝えきれないのがもどかしい・・・
アートは、やはり実物を体感するのが一番ですね。


ちょうど私が訪れた時は「Modigliani : un peintre et son marchand(モディリアーニ:画家とそのディーラー)」と題してモディリアーニ展が開催されていたのも嬉しいポイントでした。


オランジュリー美術館ではモディリアーニの作品は、下図の『ポール・ギヨームの肖像』など5点所蔵していますが、それ以外の絵画に加え素描や彫刻なども展示されており、見応えがありました。

オランジュリー美術館所蔵品:アメデオ・モディリアーニポール・ギヨームの肖像』(Amedeo ModiglianiPaul Guillaume.Nova Pilota

最後に、オランジュリー美術館の場所について、世界遺産情報と共に補足します。
前回の記事(https://calm-smile-chain.com/paris-museum-1/)にも記した通り、オランジュリー美術館ルーブル宮殿(Palais du Louvre)の敷地西側に広がるチュイルリー庭園(Jardin des Tuileries)の西端にあります。

オランジュリー美術館
Musée de l’Orangerie

住所:Jardin des Tuileries, 75001 Paris, France
Webサイト:https://www.musee-orangerie.fr/


そのすぐ西隣にある広場がコンコルド広場(Place de la Concorde)
こちらも世界遺産パリのセーヌ河岸(Paris, Banks of the Seine)」の構成資産の一つです。

フランス語でコンコルド(Concorde)協調共和という意味ですが、フランス革命時代(1789〜1799年)には「革命広場」と呼ばれたこの場所で、ルイ16世やマリー・アントワネットなど貴族や一般庶民たちがギロチン台で処刑されたという、暗い過去を持つ場所。
そんな陰惨な記憶を払拭するため、後にコンコルド広場との名称がついたのだそうです。

コンコルド広場の中心部には、1836年にエジプト政府からフランスへの親善の証として寄贈されたルクソール神殿(エジプトの世界遺産「古代都市テーベとその墓地遺跡」)のオベリスク(四角柱)が堂々とそびえ立っているのですが、この周辺は開催が迫っている2024年パリオリンピックの会場の一つとなるため、私が訪れた時にはその準備が進められていました。

中央に見える塔がルクソール神殿のオベリスク

厳かな歴史を持つこの場所が、なんだかゴタゴタした様子になりつつあるのが個人的にはちょっと残念な感じもしましたが、オリンピックで盛り上がるのも、世界人類共通の楽しみの一つですものね。
このために尽力してる方々がいるんだなと思うと、頭が下がります。

コンコルド広場
Place de la Concorde

住所:〒75008 Paris, France
Webサイト:https://parisjetaime.com/transport/place-de-la-concorde-p1981


そしてこの場所からだと、こちらもまた世界遺産パリのセーヌ河岸」の構成資産であるエッフェル塔もこのくらい見えて、改めて、パリにいるんだなぁー、と感慨深い気持ちになりました。


私にとって初めての貴重なパリ滞在。
このままここで感慨に浸っていたかったものの、残された時間はわずかなので、次の目的地であるオルセー美術館へと足早に向かいます。


あなたは
美術館における建築の歴史に
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