古典版画と新版画そして写真『トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで』

〜 色褪せない光、そして芸術 〜


東京丸の内の三菱一号館美術館にて開催されていた展覧会『トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで 』(会期:2026年2月19日〜5月24日)に、終了間際、滑り込みで訪れることができたのですが、結論から言えば、絵画も写真もどちらも好きな私には「行って本当に良かった」と心から思える素晴らしい展示でした。

三菱一号館美術館 entrance
三菱一号館美術館 入り口

三菱一号館美術館
住所:東京都千代田区丸の内2丁目6−2
Webサイト:https://mimt.jp/


この展覧会は、単なる「美しい版画展」ではありませんでした。
伝統的な浮世絵から新版画へと移り変わる流れと、日本に入ってきたばかりの写真文化が対比されるように展示されていて、

「人はどう光を見つめ、どう風景を表現してきたのか」

そんな視覚表現の変化そのものを体験できる内容だったように思います。

さて、今回の展示タイトルにもなっている小林 清親(こばやし きよちか、1847年9月10日-1915年11月28日)は、明治時代に活躍した浮世絵師です。
江戸から明治へと時代が大きく移り変わるなか、西洋文化写真技術が日本へ流入し、人々の「ものの見方」も大きく変化していきました。
そんな時代に清親は、従来の浮世絵にはあまり見られなかった光と影の表現を積極的に取り入れ、ガス灯に照らされた街並みや夜景、雨景などを描きました。

小林清親 日本橋夜
小林清親《日本橋夜》(一部が撮影可能だった本展覧会で撮った写真)

その作風は「光線画」とも呼ばれ、単に風景を描くだけではなく、光が生み出す空気や時間を表現しようとした点に大きな特徴があります。
そして、その視点は後の新版画へと受け継がれていったということです。

既に清親が活躍していた頃に生まれた、川瀬 巴水(かわせ はすい、1883年5月18日-1957年11月27日)が描いた夕暮れや雨、雪、夜の風景にもまた、単なる景色の再現ではない、光と空気へのまなざしを見ることができます。
そう考えると、小林清親から川瀬巴水へという流れは、技法の継承というよりも、

「移ろう光をどう表現するか」

という探求の系譜だったのかもしれません。

小林清親川瀬巴水は世代の異なる作家であり、直接的なつながりがあったわけではないようですが、明治という新しい時代の光を描こうとした清親の試みは、確かに、その後の新版画にも通じるものを感じます。

flyer トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで チラシ(表)
三菱一号館美術館展覧会『トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで』 チラシ(表)

私が今回観ることが出来た川瀬巴水の作品の中で特に印象的だったのは、《東京十二題 木場の夕暮れ》です。
それはまさに”トワイライト(twilight)”。
日の出前や日没後の空が薄明るい時間帯で、空が美しいグラデーションを見せる幻想的な時。
写真の世界では「マジックアワー」とも呼び、その瞬間を撮影するのが至福の時でもあります。

空から川面へと溶けるように続くグラデーション。
夕暮れ特有の静かな青。
水面に映る柔らかな光。

見ているだけで、ふっと呼吸が深くなるような感覚がありました。

ミュージアムショップでは、ちょうどこの作品がポストカードのみならず、クリアホルダーにもデザインされ販売されていたので、思わず購入してしまったのですが、やはり私にとっては、単なる「グッズ」ではなく、その「感覚を持ち帰りたかった」のだと思います。

「トワイライト 新版画 小林清親から川瀬巴水まで」 図録 葉書 クリアフォルダー
展覧会『トワイライト 新版画 小林清親から川瀬巴水まで』の図録、川瀬巴水東京十二題 木場の夕暮れ》のハガキとクリアフォルダー

また今回、ほんの数点ではありましたが、吉田 博(よしだ ひろし、1876年9月19日-1950年4月5日)の作品を再び見ることができたのも、私にとってはとても嬉しい出来事でした。
以前、川越市立美術館で開催されていた『没後70年 吉田博展』を訪れ、その美しさに深く感動していたからです。

『没後70年 吉田博展』図録 葉書 チケット
過去記事「芸術を満喫する旅で出会えたすごい画家 吉田博」より『没後70年 吉田博展』川越市立美術館)図録、葉書、チケット

山や水辺に差し込む透明な光。
時間によって変化する空気の色。

同じ新版画でも、静かな余韻を描く川瀬巴水と、光そのものを追いかけるような吉田博
その違いもまた、とても興味深く感じました。

版画というと、以前の私はどこか「古典」の世界として見ていた部分がありました。
けれど今回改めて感じたのは、新版画の代表作家である川瀬巴水吉田博たちは、写真を知っている時代の作家だったということ。
カメラという新しい視覚装置が登場した時代に、それでも彼らは版画でしかできない表現へ向かっていったのです。

だからこそ彼らの作品には、

・空気
・湿度
・時間帯
・静けさ
・光の余韻

といった、写真だけではすくいきれない感覚が宿っているのかもしれません。

そして今回、私が特に驚いたのは、幕末から明治期の手彩色写真でした。
まだカラー写真など存在しない時代。
白黒写真の上に、人の手で一枚一枚、繊細に色が重ねられていたのです。
しかも単なる着色ではなく、「どこに色を入れるか」「どこはあえて色を抑えるか」という美意識まで感じられました。

現代ではカラー写真は当たり前です。
でも当時は、光や色をどう感じたかを、人の手で表現していた。
それは記録というより、もはや写真と絵画のあわいに存在する芸術作品でした。

次の画像は、イタリア系イギリス人写真家、フェリーチェ・ベアトFelice Beato、1832年-1909年1月29日)の作品です。

フェリーチェ・ベアト 店先の眺め
フェリーチェ・ベアト《店先の眺め》

ベアトは19世紀を代表する写真家の一人で、世界各地を旅しながら記録写真を撮影し、1863年に来日します。
当時の日本は、長く続いた鎖国を終え、ようやく海外へと門戸を開き始めたばかりの時代でした。

彼は横浜を拠点に、日本の風景や街並み、人々の暮らしを数多く撮影し、その写真を海外へ紹介しました。
現代の私たちにとっても貴重な歴史資料ですが、当時の欧米の人々にとっては、日本という未知の国を知るための「窓」のような存在だったことでしょう。

また、彼が制作した写真アルバムには、職人による繊細な手彩色が施されていました。
その美しい色彩表現は、単なる記録写真を超え、芸術作品としても高く評価されています。

ベアトは異国の風景として日本を見つめていましたが、その眼差しによって残された写真は、結果として近代化以前の日本の姿を今に伝える貴重な記録となりました。

今回の展示を見ていると、当時の写真家たちが光や色彩を追い求めていたこと、また版画家たちも同じように新しい視覚表現を模索していたことが伝わってきます。

本展覧会のチラシの裏面には、

その光だけは、色褪せなかった。

という言葉が書かれていましたが、本当に、その通りだと思います。

時代が変わっても、技術が変わっても、人はずっと、“心に残る光”を表現し続けてきた。
そして、その光は100年以上経った今でも、確かに私たちの心を動かしている。
だからやっぱり、そんな”色褪せない“芸術って、すごい・・・

flyer トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで チラシ(裏)
三菱一号館美術館展覧会『トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで』 チラシ(裏)

今回の展示では、三菱一号館美術館所蔵の版画25点に加え、アメリカ・ワシントンD.C.にあるスミソニアン国立アジア美術館が所蔵する版画作品91点、さらに当時の日本の風景や人々の暮らしを記録した同時代の写真34点を合わせた、計150点もの作品が展示されていました。

スミソニアン国立アジア美術館は、アメリカを代表する博物館群であるスミソニアン協会に属する美術館で、日本をはじめとするアジア美術の世界有数のコレクションを所蔵しています。

実は、古典的な浮世絵だけでなく、新版画は、日本国内だけでなく海外でも高く評価され、多くの作品が欧米の収集家や美術館によって大切に保存されてきました。
今回展示されていた川瀬巴水吉田博の作品も、そうした国際的な評価のなかで受け継がれてきたものです。

それは、日本の版画芸術が江戸時代にとどまるものではなく、近代に入っても新たな表現として発展し続けたことを、世界が高く評価してきた証でもあるのでしょう。

日本で生まれた芸術が海を渡り、世界の美術館で守られ、そして再び日本で紹介される。

そんな背景を知ると、今回の展示は単なる版画展ではなく、日本の近代美術が世界の中でどのように愛されてきたのかを知る機会でもあったように思います。

スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art)
Webサイト:https://asia.si.edu/

※本展で紹介された作品の多くは、米国ワシントンD.C.のスミソニアン国立アジア美術館(National Museum of Asian Art)所蔵。Googleマップ上では東館「Arthur M. Sackler Gallery(アーサー・M・サックラー・ギャラリー)」の名称で表示される場合があります。なお、西館は「Freer Gallery of Art(フリーア・ギャラリー・オブ・アート)」です。


ちなみに、先に写真を載せましたが、『トワイライト、新版画 小林清親から川瀬巴水まで』の図録は、展覧会図録としては珍しいサイズの冊子でした。
初め目にした時は、こんな小さいの?と思いましたが、180°きれいに開くコデックス装で綴じられており、そのサイズ感は意外と見やすくて、装丁も素敵で気に入りました。

この出版社である青幻舎より紹介動画がアップされていましたので、埋め込みさせていただきます。
興味のある方は参考になさってください。

トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで』図録

あなたは
どんな光を
心の中に残していますか?

トワイライトのイメージイラスト

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