写真家 伊藤秀海 (Shu Ito)のフォトインテリア

美しい風景と光が奏でる素敵なアート


昨年(2020年)、初めてお会いすることができて、その素晴らしい写真と人となりに触れ、たちまちに、私にとってかけがえのない存在となった、写真家の伊藤秀海イトウシュウ)さん。
この夏、彼に再会することができました。

秀海(シュウ)さんは、ここ仙台出身の写真家です。
彼は、その時々の状況に応じているべき場所、自身にとって居心地のいい場所を拠点にするといったスタイルで、あえて拠点を絞らずにフリーで活動している、自由に旅するフォトグラファー。
その生き方にはしっかりとした軸があり、正真正銘の自分を生きている、そんな人です。

秀海さんについての過去の記事
「希望」 旅するフォトグラファー Shu Ito のメッセージ/写真家 伊藤秀海さんの2021年カレンダー
紅葉の秋保プチ旅/自然と美食と芸術を満喫する秋の一日

そんな秀海さんと深い話ができた上、注文していた写真もいただくことができて、宝物が増えたので紹介させていただきます。

まずは、しばらく前にお願いして、既に送っていただいていたお品について。
こちらは、写真だけでなく、共に木箱に添えられたドライフラワーや明かりなど、構成も仕立ても全て秀海さんによる、世界に一つのインテリアです。

写真は、ピュアWプリントという特殊なプリント製法によるもので、裏面からも画像が楽しめるものとなっており、光を美しく透過させるので、特別な感動を得られます。
光をテーマとされる秀海さんの写真は、このピュアWプリントに相応しく、観ていて飽きません。

この写真は、ラオスで撮影された美しい夕焼け。
東南アジア最後の桃源郷”とも言われる国ラオスの、世界遺産として登録されている古都ルアンパバーンの景色は、なんとも穏やかで、落ち着いたインテリアに。

このお品については、ライトをつけた状態で木箱を開け閉めした動画だと雰囲気が伝わるかと思いますので、よろしければ、以下の動画もご覧くださいませ♪


そして、次のお品。
今回、秀海さんご本人より直接お手渡ししていただけたのが、こちらです。


こちらの方は、私が個人的に秀海さんの写真と合わせてみたいと思っていて、別途購入したフレームに入れてみました。

ゆらゆら揺れて、様々な角度からその美しい情景を鑑賞できます。
見る角度や面、光の差し方によって変化する色味が面白くて、綺麗・・・
秀海さんによって捕らえられた美しい日の出の、透明感のあるこの作品にこのフレーム、想像していた通り、ピッタリです♪

皆さまにも、どちらの面からも一つの作品を楽しむことができるこの感覚がお分りいただけたらと思い、こちらも動画に収めてみました。

この写真の撮影地は、ミャンマーの、世界三大仏教遺跡のあるバガン。ここも世界遺産として登録されています。
秀海さんは、東南アジアの国々を旅していた時、ラオスの次に訪れたのがミャンマーだったのだそうです。
気球に乗って眺めることができる、パゴダ(仏塔)が立ち並ぶ聖なる景観。
その風景を、秀海さんは、現地のタクシードライバーが連れていってくれた秘密の場所から撮影したのですって。
この写真にまつわる興味深いストーリーも教えていただいて、私の想像もみるみる膨らみ、豊かな気持ちになることができて、選ばせていただいた特別感のある作品。

アートって、見方は人それぞれですし、その人なりの楽しみかたで自由に味わえばいいものと思ってはいますが、私の場合は、こんな風に、作家さんの物語を共有できるような感覚が好きだったりします。

そういった点ではことさらに、秀海さんの写真には、変に作られてなくて、自然体でありながらも、何か惹きつけられる物語が宿っていると感じるので、私は大好き。

秀海さんの写真が掲載された雑誌「CRUISE Traveller Winter 2021」(2020年12月/クルーズトラベラーカンパニー発行)
CRUISE Traveller Winter 2021」(p.12-13)


今もなお、コロナ禍にいる私たち。
不自由さはあるけれど、私が秀海さんと出会えたのは、もしかしたら、このお陰とも言えるかもしれないのです。

20代後半、秀海さんは、自分の好きなことを仕事にしたいと、当時住んでいたニュージーランドにて、旅する写真家としての人生をスタートさせ、数年後には、クルーズ船の専属フォトグラファーとして旅立ちますが、それは2019年のこと。
そう、それは、COVID-19が発生した年です。
秀海さんは何日も船を降りられず、精神が追い詰められてしまうような苦痛を体験することになってしまいます。
多くの人が心配する中、なんとか無事に母国日本への帰国を果たすことができた秀海さんは、当然のこと、逆に今度は海外には出られなくなりますが、日本の良さを改めて知る、そんな恩恵を受けることとなります。

旅するフォトグラファーなので、普段は出身地である仙台にもほとんどいらっしゃることはないですが、こうしてしばらくは日本にいることになるであろう状況になった秀海さん。
昨年、地元で展覧会をされることになり、たまたまその場が私の友人の勤め先でもあったことがご縁で、お会いすることができました。

2020年10・11月に秋保(あきう)のガラス工房尚さんとコラボした秀海さんの写真展

そして、今、秀海さんは言います。

“以前のように自由に海外に行ける状況なら、自分は日本に留まってはいなかった。
そんな自分がこのパンデミックで海外に行けなくなったおかげで、日本の素晴らしさを再発見することができた。”

秀海さんはこれまで、日本という島国の外で、たくさんの魅惑的な異国の風景、人や文化に出会い、様々な経験を経てきました。
その彼ならではの視点で、今度はこの日本の魅力的な部分を私たちに伝えてくれるのだろうと思うと、こんなご時世だからこそ尚更に嬉しく、楽しみでなりません。


伊藤秀海さんの素敵な写真の数々は、↓こちらで見ることができます♪
Instagram:https://www.instagram.com/shu_photography_nz/?hl=ja
HP:https://shu-photography.com/ja/shu/



あなたは
どんな写真に
惹かれますか?


アートな一級品!映画「クルエラ」

ファッショナブルでスタイリッシュな新しいディズニー映画


映画ネタが続いてしまいますが、今回も観てすごく良かった!!
心からそう思えた映画ですので、書かせていただきます。

映画「クルエラ」チラシ(表)
画像をクリックするとPDF画面が開き、拡大できます

本日お勧めさせていただくのは、映画「クルエラCruella)」。
伝統を踏襲しながらも常に新境地を開拓し続けているディズニー映画からの作品で、観客はまた新しい世界を体験することができる、まさにアートな一級品とも言えるのではないかと思える映画です。

映画「クルエラ」チラシ(裏)

さて、あなたは、沢山のダルメシアンの子犬たちが活躍するアニメ映画101匹わんちゃん」を覚えていらっしゃいますか?

1961年に公開されたディズニー映画「101匹わんちゃん」は、アニメ映画の古典的名作とも言われている作品ですから、多くの人がご存知ですよね。

この「101匹わんちゃん」の悪役として登場したクルエラを主人公として、現代の新しい解釈を交えて実写映画化されたのが、今(2021年7月23日現在)公開されている映画「クルエラ」なのです。

キャッチコピーが「ディズニー史上最も悪名高い”ヴィラン(悪役)”誕生秘話」となっているし、予告編も、何だかダークな感じがすると思いますが、本編134分の実際の中身はもっともっと深いもので、練られた脚本には拍手を贈りたい、そう感じます。

ちょっとだけネタバレになってしまいますが、「クルエラCruella)」とは「残酷・残忍」を意味するものということだけど、真のクルエラは実はあの人だ・・・、という深遠なストーリーとなっています。


私は女。心の声に従え。

I am a woman. Hear me roar.

印象に残る、このセリフ。
直訳すると、”Hear me roar.” は「私の叫びを聴け」って感じですが、この日本語字幕では「心の声に従え」と翻訳されたところがまた良いですね。

人に批判されようが、手強い敵がいようが、自分を貫く。
悪人を演じているが、実は、心の奥にはあたたかさが宿っている。
このヒロインのあり方に、ハッとさせられる人は多いと思います。

映画「クルエラ」のパンフレット
B6くらいの小ぶりなサイズ

そして、この映画、アートレベルも素晴らしい。
主人公はアートに情熱をかけるデザイナーであり、ファッション業界を舞台としているので、衣装がどれも素敵。
そして、パンクムーブメントが起きた70年代のロンドンが背景として設定されているので、当時を彷彿とさせるパンクファッションにロックな音楽もまたスタイリッシュ。

ディズニーとパンクロックが融合するなんてのも斬新ですよね。

そうそうたる俳優陣によって演じられるキャクター達のファッションもパフォーマンスもどれも素晴らしく、飽きない展開で、あっという間の2時間です。

この映画は、オープニング曲なくいきなり物語が始まる分、エンディング曲の部分が長いのですが、完全に文字だけの名前の列挙になるエンドロールの前に、エンドソング「Call me Cruella」(by Florence + The Machine)とともに流れる映像がすごくカッコイイです。
アートな映画好きには絶対に見逃せない部分。

パンフレットも、とても楽しめます。
主人公の『スケッチブック』というイメージで物語を紹介している構成が面白いです。

映画「クルエラ」のパンフレット

映画「クルエラ」。
アートな感性を刺激したい方には是非お勧めしたい映画です♪
ここ仙台では、チネ・ラヴィータにて上映中で、7月29日(木)が終了予定日となっています。



最後に余談ですが、ディズニー映画といえば、間も無く「ジャングル・クルーズ」が上映されます。
ディズニーランドに行けば、誰しも一度は乗るであろう、ジャングル・クルーズ。あのアトラクションを実写映画にしたものです。

これも絶対に観たいですね!


あなたが好きな
ディズニー映画は
何ですか?

圧倒的なパフォーマンスアート映画「アメリカン・ユートピア」

踊り奏で歌う、躍動たぎる素晴らしいパフォーマンス!!


今年は、良い映画にばかり恵まれているような気がします。
今回観た映画も、期待していた以上に良かった!

本日ご紹介するのは「アメリカン・ユートピアAMERICAN UTOPIA)」という映画です。
ただし、『映画』といっても、2019年にブロードウェイのショーとして公演されていた『音楽ライブ』を映像化したものですので、好みは完全に別れるところかとは思いますが、音楽アート好きな方には是非ともご覧いただきたい、そんな作品です。

映画「アメリカン・ユートピア」チラシ(表)
画像をクリックするとPDF画面が開き、拡大できます

さて、先ほど、期待していた以上に良かったと述べましたが、実は私、この映画を見る前は、予告編を見る限り、音楽もパフォーマンスもかっこ良さそうではあるけれど、とは言え「ライブ」を映像化されたものを映画館で見ても、それほどの感動は味わえないだろうなと、ちょっと高をくくっていたのです。

しかし、それは見当違いでした。
この作品は、およそ100分、21曲をほとんどエンドレスで鑑賞することになります。
トーキング・ヘッズ (Talking Heads:1974年に結成され1991年に解散したアメリカの人気ロックバンド)のフロントマン(ボーカルやギターを担当し、リーダー的な立場の人物)で、グラミー賞受賞ミュージシャンでもあるデヴィッド・バーンDavid Byrne)率いる11人のキャストによって繰り出される音楽パフォーマンスは、息を飲むほどに圧巻でした。

キャストは全員、グレーのスーツに素足というシンプルな出で立ちに、楽器を装着し、パントマイムやダンス的要素を取り入れたマーチングバンド形式の圧倒的なパフォーマンス、これを100分以上ぶっ通しのライブで完璧に演じるとは、驚異的としか言えません。
しかも、デヴィッド・バーンなんて、もう60歳超えてるのに・・・


また、オスカー受賞映画監督として知られるスパイク・リーSpike Lee)によるフィルムワークは、ライブ会場の客席では味わえないアングルや、ライブ終了後の様子、エンディング映像(ライブにはなかったピアノ伴奏による歌がBGMとされているのが個人的にも好き)という最後の最後まで飽きることなく映画鑑賞者を楽しませてくれます。

スパイク・リー監督がオスカーを受賞した映画「ブラック・クランズマン
主演は名優デンゼル・ワシントンの息子ジョン・デヴィッド・ワシントン

ところで、芸術家が観客を前にして行う音楽、詩、演劇、ビデオなどを自由に取り込んだ表現活動のことを「パフォーマンスアート」と言います。
ベトナム戦争によって反戦運動が目立つようになった1960年代に、政治的批判も込められた「パフォーマンスアート」が盛んになり、時代を経つつその表現技法は進化しています。

アメリカン・ユートピア」も、現代の様々な問題にフォーカスしています。
時代とともに人はどう変化して来たのか?
人間は愚かになっているのか?
選挙の問題や、人種差別、コミュニケーションの大切さなど、選曲されている音楽そのものにもメッセージ性はありますが、各曲の間のデヴィッド・バーンによるトークもユーモアありつつ、観客の意識に問いかける内容となっていて、いろんな意味で興味深く、現代の「パフォーマンスアート」の代表作とも言えるでしょう。

映画「アメリカン・ユートピア」チラシ(裏)

この映画を見ている最中、私は、
すごい!面白い!!映画館来て良かった!!!
と思う一方、
この感覚、なんだか懐かしい・・・そう、ライブだよ、やっぱり、生で味わいたい、リアルな会場でアーティストと一体化できる感覚を得たいな・・・
という気持ちも大いに湧きました。

映画なのに、このライブ会場にいる観客と同じように、思わず立ち上がって、踊りたくなり、拍手もしたくなる、そんな感覚に陥いる素晴らしい作品でした。

私が生のライブコンサートというものを最後に味わったのはいつだったろう・・・
コロナ禍によって、最後に行ったライブは、いつ、どこで、誰のだったか、思い出せないくらいになっていましたが、しかし、同時に忘れていた「ライブでしか味わえない高揚感」というものをはっきりと思い出し、五感でアートを楽しむことがどれだけ人の心身を豊かにするかを再認識しました。

アメリカン・ユートピア」サントラCDジャケット

映画鑑賞後は興奮冷めやらず、自宅に帰ってから早速、iTunesで映画「アメリカン・ユートピア」のサントラを聞いて余韻に浸りました。

ただ、しかし。
ああ、あの映像を観てしまうと、何か物足りない・・・やっぱりパフォーマンスも一緒に楽しみたいなあ・・・
という気持ちが湧いてきてしまいます。
これは、DVDかBlu-rayが出たら、買うことになりそうです・・・


話は逸れますが、私、近々実現させようと思っている、マンション購入。
その時には、大好きな映像や音楽が楽しめるようにホームシアター作ってやる!
長年想い続けている願望ではあるのですが、この映画を観て、そんなことも改めて心に決めました♪


何はともあれ、映画「アメリカン・ユートピア」、時間ができたら見に行こう、程度の気持ちで観た作品ではありましたが、映画館で観て良かった!!心からそう思いました。
興味を持たれた方には是非とも映画館での鑑賞をお勧めしますが、間も無く公開が終わってしまいます。
ここ仙台では現在(2021年7月17日)、フォーラムでのみ公開中で、7月22日(木)が最終予定となっていますが、悪しからず・・・
→上映期間が延長されました!7月29日(木)まで!!
→更に延長!!8月5日(木)まで!!



あなたは
どんな音楽に
興味がありますか?


親友との再会

生かされてきたことに改めて感謝した日


今日、高校卒業以来の、一人の友人に会うことができました。
私にとっての高校卒業以来、それは、20年以上振りで会ったということです。

久しぶりすぎるようでいても、私の高校時代は充実した濃厚な青春時代だったので、細かいことは忘れているものの、ある部分では非常に鮮明で、忘れ難い思い出なのです。
なので、今日、その友人との再会を迎えるまでは、まるで昔の恋人にでも会うような、ちょっとしたドキドキ感があったわけですが、いざ会ったその瞬間、もちろん大感動!
でもそれ以上に感じたのは、何年ものブランクを感じさせない、何とも言えぬ安心感でした。

彼女は、現在、横浜暮らし。
その彼女と再び連絡が取れるようになったのは、今年(2021年)4月のことです。
やたらめったら不必要に人と繋がる必要はないと思っている私ですが、このサイトを開設してからは、FacebookとInstagramもある程度は活用していまして、そしてこのコロナ禍、同じく必要に迫られた部分もあってSNSを使うようになった彼女が私を見つけてくれたのがきっかけです。
(やたらめったら繋がりたくなくても、SNSというものには、「繋がりたい」と思える人との出会いにも恩恵があるのは事実ですね)

彼女のご実家の事情でこの7月に数日だけ仙台に帰ってくるという連絡を受け、今日、何年以上も振りで再会したのです。
今日は彼女が横浜に戻る日ということで、会ったのはランチタイムの仙台駅新幹線改札付近。
彼女は私をすぐに見つけてくれました。
「変わってない!!」
嬉しいお言葉。
でも、あんたも変わってないよ!
高校卒業以来とは思えない、安心感。

今日は、これしか載せる写真がありませんが・・・
仙台駅3階の利久のイタリアン CUCINAで美食と共に友人との再会を味わいました♪

私は、本当に高校時代の友人たちには恵まれていて、彼女も当時からリスペクトできる親友の一人。
懐かしい話はもちろん楽しく、そしてそれ以上にこの再会で得た収穫は、紛れもなく互いの現在のあり方と抱えている想いです。

彼女は、高校卒業後、しっかり先を見据え、手に職をつけると言って歯科衛生士となり、それで生計を立てる傍ら、聖書を拠り所とした教育活動をライフワークとして続けているのです。

私は勝手に、彼女は、歯科衛生士の仕事と、聖書教育の両方で収入を得ているのだろうと思い込んでいたのですが、実は、現在の収入源はパート勤務としての歯科衛生士のお仕事のみで、あとは完全にボランティアだとうことを、今日、聞きました。

自分を貫いているな。

彼女の話を聞いていてそう思いました。

私にとって、共通する過去を持つ友人との思い出話はもちろん楽しいですが、それ以上に興味深く感じることができるのは、やはり、現在はどうであるかということと、そしてこの先どうなりたいかという「希望」の話に他なりません。

だって、私たちは生かされているのだから。
この命を無駄にしないように、有意義に生きていかねば。

そう、改めて思えた、当たり前の毎日の中の、とても貴重な今日。

生かしていただいていることに、感謝します。ありがとうございます。
私は、だから、明日からも生きていきたいと思えるし、生きていけるのだ。

そう深く思えた、日常の一コマでした。


あなたにとって
安心できる存在とは
何ですか?

遠距離結婚を貫いた画家と美容師 その2

ずっと秘密にされてきた二人の馴れ初め


前回「遠距離結婚を貫いた画家と美容師 その1」を書いてから、だいぶ経ってしまいました。
続きを気にかけてくださっていた方々、ありがとうございます。大変お待たせいたしました。

宮城県仙台市のお隣、名取市の港町「閖上(ゆりあげ)」で、宮大工を親に持つ3人兄妹の末っ子として生まれ、おしんのような経験を経て美容師になった私の祖母は、その気質はある意味では特殊だったのですが、私にとっては尊敬に値し、大好きでした。

現在の静かな閖上の港。昔はもっと活気があった。

そんな祖母と、画家だった祖父の、ちょっとユニークな関係。
遠距離結婚を貫いた画家と美容師 その1」の続きを書きますね。

若かりし私の祖母は、昭和初期の仙台の街中で、ある青年と出会いました。
駅舎の前で、一人、キャンバスに向かって絵を描く青年。
小さい頃はよく地面に絵を描いて遊んだり、絵日記をつけたり、自身も絵画が好きだったという祖母は、その青年の姿に見入ったそうです。
「この人の絵、好きだなぁ」そう思った祖母は、自ら青年に声をかけたのでした。
それが、祖母にとっての運命の相手、私の祖父というわけです。

実は、この祖父母の出会いについては、祖母が亡くなる2年くらい前に私が祖母から聞かされたことで、それまでは誰にも明かされてきませんでした。
亡くなった私の父も生前「親父とお袋の馴れ初めを聞いても教えてくれない」と言っていましたし、母や叔母はもちろん皆が「馴れ初めは絶対秘密だって、誰も知らないんだ」と言っていました。
わかっているのは、7割型が「お見合い結婚」だった昭和初期の時代に、私の祖父母は「恋愛結婚」だったということだけ。
だからこそ、祖父母の馴れ初めについては、皆がとても知りたがっていることでした。

それで私も、秘密にされているらしいということを知らないふりをして「どんな出会いだったの?」と祖母に聞いてみたのですが、やはり「内緒」と、笑顔でかわされていました。
その時の可愛らしい笑顔から察するに、二人だけの大切な秘密にしておきたいのだろうなと思っていました。

ところが、ある日、なんとなくおしゃべりしていたら、祖母の方から、祖父との出会いについて話しだしたのです。
図らずも、誰にも明かされないできたことを聞かせてもらえたこと、しかも、仙台の街中で祖母の方から祖父に話しかけたのがきっかけだったとは、驚きました。

手前味噌ながら、私の祖父は、若い頃、スポーツも万能で、まあまあなイケメンでした。
対して、祖母は、見た目、特別美人とは言えない、それほどパッとしないような、普通な女子でした。
写真を見た限りそうでしたし、私の親たちもそう言っていました。
だから尚更、血縁者たちはそんな二人の馴れ初めが気になっていたわけですが、まさか、祖母から声をかけていたとは・・・

さて、若かりし祖父母の、その出会いと会話から、文通によるお付き合いが始まったのだそうです。
祖父は、風景画を基本とするため、あちこちに出向きます。それに、画家として成功することを目指してもそれだけでは食べて行くのは難しいので、画業以外の様々な職業を経て(ちなみに戦時中は兵器を作る会社で働いていたので徴兵されずに済んだとのこと)、一定にとどまるような人ではなかったし、現代のように電話も気軽にできない時代、文通によって心の距離を縮めたようです。

宮城県古川市の生まれで、両親は離婚し、実の母には連れ合いがいたのだけど、複雑な心境の中で育ち、その中で絵が心のよりどころとなった祖父に、優しく寄り添ったのが祖母だったのでしょう。

二人が結婚した当初は、埼玉県で生活していて、私の父も出生地は大宮でした。
しかし、祖母は3人兄妹でしたが、兄が戦争から戻った後で病の床に伏し、また、姉が嫁ぐこととなったため、末っ子の祖母が閖上の家を引き継ぐこととなり、祖父はお婿さんとなったのでした。

閖上では、夫婦で寺子屋のような形で子どもたちに絵を描くことを教えていたこともありました。
けれども、夫が画家として成功するには、こんな田舎にいてはダメだろうと考えた祖母は、別居することを決意したのです。
祖母は、生計を立てるために、女一人で銀行に相談してなんとか融資を得て、実家の地に美容院を作りました。

そうして始まった遠距離結婚生活。
祖母の奮闘によってできた美容院は繁盛し、私の父が小さかった頃は、お手伝いさんも雇っていたそうです。
仙台の街中で働いていた時と同様に毎日忙しくて、息子(私の父)にとっては父親がいないも同然の生活だった上に、母親として十分に面倒も見てやれなかったと、祖母は言っていました。


そして、片や、祖父は・・・?

続きはまた次回に。


あなたは
“遠距離結婚 ”って
どう思いますか?

映画「HOKUSAI」に見るアート魂

北斎の生き様に学ぶ


世界で最も有名な日本人アーティスト葛飾北斎
昨年(2020年)のブログでも書きましたが、2020年は、北斎の生誕260周年、そしてオリンピックも予定されていたので、北斎にちなんだ様々なイベントが企画されていました。
しかしながら、COVID-19によってそのほとんどが中止や延期に。虚しかったですね。

昨年の記事:葛飾北斎 生誕260周年

でもようやくこの度、1年間公開延期となっていた映画「HOKUSAI」を、観ることができました。

映画「HOKUSAI」チラシ(表紙)

絵師としての腕はいいのに、食べることすらままならない生活を送っていた北斎が、もがき苦しみながらも、その才能を真の意味で開花させ、晩年を迎えるまでの、北斎の人生およそ90年間を描いたストーリーとなっています。

(チラシ画像はクリックするとPDF画面が開き拡大できます)

映画「HOKUSAI」チラシ(見開き)

若かりし頃の北斎、なぜ腕はいいのに食えることができなかったのか。
まだ北斎と名乗る前、勝川春朗(カツカワシュンロウ)として活動していた頃に、人気浮世絵の版元(出版人)、今で言う敏腕プロデューサーとして知られた蔦屋重三郎(ツタヤジュウザブロウ)に見出されたものの、叱咤されてばかりの北斎。
お前、なんで絵を描いてる」と重三郎に問われ、北斎は「絵なら下っぱから這い上がれると思ったからだ」と応えます。
まさに競争の現代を生きる我々としてみれば、その気持ち、わからないでもない。
でも、重三郎は、そんなんだからダメなんだと。
ライバル喜多川歌麿からも「お前の絵(女)には色気がない」と切り捨てられます。
なぜか。
それは、勝ち負けに固執して描く絵中身がなく上っ面の絵、要するに、描きたいのではなく描かされている絵だから。
放浪した北斎は、大自然の中でそのことに気がつき、本当の自分を見出します。
ただ描きたいと思ったものを、好きに描く
そうして北斎は、美人画や役者絵が流行っていた当時に、風景画というジャンルを切り開いたのです。

もちろん、今紹介した重三郎や歌麿たちとのやりとりは、この映画の、あくまでも作られた物語です。
でも、北斎が重三郎や歌麿たちと共に生きた江戸時代、それは描くことや出版にいたるまで自由な表現が規制されていた時代で、その中で風景画のパイオニアとして時代を切り開いたことや、この映画でも描かれていたように、脳卒中に倒れても自力で治し80歳を過ぎても旅に出て、何キロも歩いたというのは史実です。

平均寿命40歳という時代に90歳近くまで生きた、北斎の生命力。
人が見失いがちなものを決して失わず、時代とそして自分自身の人生と勝負し続けた、アート魂ともいえるブレない信念の持ち主だったからこそなのだろうと思います。

映画「HOKUSAI」チラシ(裏表紙)

ところで、北斎といえば、やはり波の絵。
最も有名なのは「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」ですね。
映画「HOKUSAI」のパンフレットもこの作品が採用されています。

映画では史実に基づいた架空の物語が展開されますが、こちらのパンフレットには様々な北斎にまつわる豆知識が掲載されていて、アートファンには嬉しい一冊です。

映画「HOKUSAI」パンフレット

繰り返しますが、北斎といえば、波の絵。
そして、なくてはならないその色「ベロ藍」。
美術ファンなら多くが知ることですが、1700年代にドイツ・ベルリン(当時はプロシア、ドイツ語でプロイセンと呼ばれた地)で発見された人口の青色顔料「プルシアン・ブルー」が1800年代に日本にもたらされ、「ベロ藍」と呼ばれ北斎が多用し、今では「北斎ブルー」、愛用者としては歌川広重も有名なので「広重ブルー」などと言われます。

映画の印象的なワンシーンに、北斎が業者から「ベロ藍」を受け取り、感動のあまり雨の中で自分にぶちまけるシーンがありますが、こういった美術知識を持っていると面白さは倍増しますね。

そういった雑学もパンフレットに掲載されているので、あわせて楽しむのも一つかなと思います。


実際に北斎がどんな性格だったのかは、その時代にでも行ってみないとわかりませんが、この映画では、北斎はプライドが高いだけではなく、自分が描きたいものを好きに描きつつも、人に喜んでもらうにはどうしたら良いか思慮し、孤高ながらもあたたかい心、人への厚い情を持った人物として描かれていたところが、私自身も生きる上での学びになりました。

アートに関心のある方、または自分の生き方に疑問を感じている方には是非ともお勧めしたい映画です。

なお、映画「HOKUSAI」は、仙台では現在(2021年6月26日)、フォーラム仙台にて上映中です。

あなたは
風景画の北斎派?
それとも
美人画の歌麿派?





カフェ パンプルムゥスのパンケーキ

人を幸福な気持ちにさせるアイディア満載のお店


今日は友達が誘ってくれて、仙台で人気のカフェ「パンプルムゥス(Pamplemousse)」に行ってきたので、久々の食レポです。

そこは、仙台街中の雑居ビルの3階、通りからの一見では、ビルの中にこんな素敵な一角があるとは思いもしませんが、口コミ、SNSでかなりの人気のお店のようです。

お店の外観の写真は撮り損なってしまったので、お店の公式ホームページ等をご参照くださいね。

パンプルムゥス 仙台店
住所:〒980-0021 仙台市青葉区中央1-7-18 日吉第一ビル3F
電話:022-208-8899
営業:毎日 11:00~21:00
Webサイト:https://akashia-mitsubachi-youhoujou.com/pamplemousse-sendai/info/

パンケーキが看板メニューとのことですが、トーストやカフェ飯など、選択肢は豊富。
中でも「畑が見えるランチ」そのネーミングと、可愛いイラストに、実物を五感で味わってみたいという気持ちも湧きましたが、それはパンケーキではないランチプレート、せっかく初めての来店、やはりまずはパンケーキにしようと思いました。

パンケーキ!
・・・そう絞ったところで、やはり悩みます。
どれもこれも美味しそう。
今月の「季節のパンケーキ」は「ブルーベリーチーズパンケーキ」ですって。
ブルーベリーは今が旬、そしてチーズ好きとしては、かなり惹かれたのですが、それは安定の美味しさでしょうと思ったので、あえて冒険してみることにしました。

選んだのは、期間限定の「チキントマトパンケーキ
甘くないお食事系のパンケーキです。
サラダにスープ、たっぷりの粉チーズ付き。

注文してからじっくり焼かれるパンケーキには20分を要しますが、外はカリッ、中はフワフワの食感が良い!
そのパンケーキと、トロトロチーズにカマンベールチーズ、トマトとチキンがしっかりマッチしていて、美味しい♪

そして、サイドメニューにオーダーしたのは、シャーベット状のたくさんのフルーツとゼリーがカラフルで涼しげな「フルーツポンチ」。
特製のシロップがさっぱりした甘さで、パクパクいけちゃいます。


こちらは友達が頼んだ、シュワシュワ弾ける炭酸とグリーンが美しい「ミントソーダ」に、迫力のパンケーキ「いちご&バナナ&マウンテンクリーム」!


ところで「パンプルムゥス」とはフランス語(pamplemousse)で、意味は「グレープフルーツ」のこと。
なぜこの名にされたのか、そしてそこかしこにアヒルがいるのは謎だけど、可愛いらしくてセンス抜群なイラストのメニューといい、目で見ても楽しくて美味しい料理、そこにいるだけで朗らかな気持ちになる場所。
どうしたら多くの人に喜んでもらえるだろうという気持ちで作られていることが伝わってくる、居心地の良い空間でした。


ちなみに、この「パンプルムゥス」さん、秋田県にある「あかしあミツバチ養蜂場」が運営しているお店で、ここ仙台の他にも、秋田店、盛岡店と展開されているのだそう。
どちらもアヒルさんがいることに変わりないですが、それぞれの個性があるそうですよ。
他の店舗にも訪れてみたいものですね。


フワットロ or カリッフワ
あなたはどちらの
パンケーキがお好みですか?

感性に響く デンマーク・デザイン展@東北歴史博物館

それはシンプルな暮らし、豊かなカタチを楽しむこと


先日おすすめさせていただいた、宮城県美術館で開催の「足立美術館展」は終了してしまいましたが、ここ宮城県内では他にも、感性磨きに打って付けの展覧会が開催されています。

一見の価値ある作品集結!足立美術館展@仙台

仙台市のお隣、多賀城市にある東北歴史博物館では、現在(2021年6月12日)「デンマーク・デザイン展」が開催中。

デンマーク・デザイン展」チラシ(表)
*画像をクリックするとPDF画面が開きます

観覧料金は、一般1,200円、シルバー(65歳以上)1,100円、小・中・高校生600円で、足立美術館展の半券を持参すれば、100円割引されます。
会期は6月27日(日)まで。残り2週間ですので、お見逃しなく。

東北歴史博物館は、仙台駅からだと、
JR東北本線では国府多賀城駅(14分)下車で徒歩約1分
*JR仙石線の場合は多賀城駅(22分)下車で徒歩約25分またはタクシーで約10分
の場所にあります。
*車での場合は、仙台駅付近からだと30分強です。

開館時間は、午前9時30分から午後5時までで、月曜日は休館です。

国府多賀城駅は、いかにも東北地方といった感じの、こぢんまりとした駅です。

国府多賀城駅の北口
国府多賀城駅の南口

駅の南側は賑やかな街ですが、北側には田園風景が広がっていて、清々しい空気を味わえます。
東北の古代史上の重要な歴史遺産である多賀城政庁跡や、重要文化財で日本三古碑の一つ多賀城碑があるのがこちら側になります。

東北歴史博物館はといいますと、国府多賀城駅の南側に隣接しています。

敷地内には、県の重要指定文化財で、宮城県石巻市北上町橋浦から移築さた「今野家住宅」が屋外博物館として設置されています。

東北歴史博物館そのものについてはあまり話題になることはないですが、自然豊かな庭園に、コンクリートの外壁と円筒型の構造、まるで水に浮かんでいるような配置、この凛々しい佇まいの独特な建築物が、私は好きです。

こちらは北側入り口。
日陰の屋外カフェスペースでゆっくりすることもできます。

一方、博物館の南側には駐車場がありますので、車の場合はこちら側から入場することになります。

こちらが正面玄関とされています。
国府多賀城駅利用で来場すると、この南口に出ない人も多いと思いますが、こちら側から見る風景も良いですよ。

エントランスホールは円形でコンクリート造りの近代的でクールなデザイン。
コンクリートというと無機質に思えますが、ガラス窓からいっぱいの光が差し込んであたたかみを感じられ、落ち着きます。

さて、今回お目当の特別展「デンマーク ・デザイン」。
デンマークといえば、アンデルセンレゴブロックが日本人にも馴染み深い、北欧諸国の一つ。
近年、北欧デザインは日本では流行りみたいなところもありますよね。
北欧デザインはもちろん良いと思っていますが、私は流行っているからとか人気があるからといって飛びつくタイプではないから、正直なところ、今回の展示会、どんなもんなんだろうなーと思っていて足踏みしていたのです。
が、芸術感性の高い友人が見てきたところ「とても良かった!」と言うので、それなら間違いないなと思い、行くことにしたのでした。

デンマーク・デザイン展」チラシ(裏)

そして、いざ観覧しましたところ、結論として、友人の言う通り、すごく良かった!です。
シンプルながらもスタイリッシュで、機能性も兼ね備えられたデンマークデザインを、五感で堪能することができました。

下記の通り、4章に渡って紹介されているデンマークプロダクトの数々、歴史を辿りながら、約200点ほどが展示されています。

第1章 国際的評価を得た最初のデンマーク・デザイン
第2章 古典主義から機能主義へ
第3章 オーガニック・モダニズム ーデンマーク・デザインの国際化
第4章 ポストモダニズムと現代のデンマーク・デザイン

インスタグラム投稿を狙ってか、撮影可能箇所も数カ所ありました。
まずここ、順路回って一番はじめのところが、最も人気の撮影スポットですね。

左から、優美な曲線が美しい「パントンチェア」、中央が「ハートコーン・チェア」、椅子271F、上部のペンダントランプ「フラワーポット」(青・黄)は、全てヴィアナ・パントンの作品

ヴィアナ・パントン(Verner Panton)は、最先端の科学技術と消費文化、1960年代のポップカルチャーの波から着想を得て作品を生み出し、国外で最も認められたというデンマーク人のデザイナーです。

上の写真の向かい側に展示さていた、様々な椅子や1960/70年代のオーディオ製品なども撮影可能でした(壁面の絵画作品は撮影NG)。

左からトーヴェ・キント=ラースン/イズヴァト・キント=ラースン 肘掛椅子 モデル117ヤコブ・イェンスン FMチューナー/アンプ「ベオマスター1200

ヤコブ・イェンスン(Jacob Jensen /ヤコブ・イェンセン)は、ミニマルなデザインがかっこいい電話機や時計のブランドとしてその名を知る人も多いのではないでしょうか。

デンマークの家庭の一室が再現された撮影コーナーもありました。

テーブルの上には、ロイヤルコペンハーゲンの陶器や、ダンスク社のサラダボウルセットやキャンドルホルダーなど、左手にちらっと見えているのはカイ・ボイイスンの木馬

シンプルかつ優美なカトラリーで知られる銀細工職人のカイ・ボイイスン(Kay Bojesen /カイ・ボイスン)は、近年は手足が動かせるサルの木製玩具が人気ですね。

特別出品ということで、椅子の座り心地を実際に体感できるコーナーもありました。

座ることができたのは、ハンス・ヴィーイナ(Hans Wegner /ハンス・J・ウェグナー)の5つの作品だったのですが、私はこれが一番好き❤︎

ハンス・ヴィーイナ 椅子 pp130「サークルチェア

見た目からは想像できない快適な座り心地!欲しい!!
このデザインから映し出される影までもが美しい。

オマケとして、こんなのもありました。
陸奥国府多賀城の南門を、東大生5人がデンマーク発祥のブロック玩具の「レゴ」で復元!笑

思わず笑っちゃいましたが、設計した時点で9500個のブロックが必要だとわかり、国内からだけでは調達できず、ドイツやデンマークからも取り寄せ、3月末から東大生5人が集まり、約2ヶ月間かけて作り上げたそうです。

東大の学生さんたちが、ここ宮城のために作ってくれたなんて、地元の人間としては嬉しい限り。感謝を申し上げたいです。

そして、今回の展示会図録は、分厚いながらもコンパクトサイズでソフトカバー、気軽に読むことができます。
絵画などの芸術作品はもちろん、立体物はなおさら、本物を見るに越したことはないですが、読み物として楽しむことも豊かな感性を養うことにつながると思います。

デンマーク・デザイン展」図録 表紙/裏表紙(東北歴史博物館版)

世界幸福度ランキングで1位を獲得していたこともあるデンマーク。
今年(2021年)発表された幸福度ランキングでは、フィンランドが1位、デンマークが2位と、上位をキープしています。
数年前、私は、その幸福度の高い国ってどんななんだろう?それに北欧芸術を現地で見たいなぁ、と思って、フィンランドとデンマークを周遊しましたが、確かにどちらも素敵で居心地の良い国でした。

私は日本からフィンランドへ行ってから(飛行機直通で10時間前後)、デンマークへ行きました(フィンランド⇄デンマーク間は1時間半前後。飛行機は全てFINAIR利用)

日本から遠く離れた国ではあるけれど、両国ともジャパニーズフレンドリーで、というか、誰にでも親切なのかもしれないのですが、何か精神的にも通づるようなところもあるようにも感じました。
そして個人的には、どちらかというと、フィンランドより、デンマークの方が好きです。
デンマークもフィンランドも、アメリカやイギリスをもしのぐデジタル先進国ではありますが、そんな高度技術が発展した国にあっても、デンマークの方が、より歴史や自然、落ち着きを感じられ、刺激がある中にも安らぎがあるように思えたから。
この実際に触れた北欧芸術については、またの機会に書きたいと思っています。


あなたは
デンマーク・デザインといえば
何がお好きですか?

映画「ザ・フォール 落下の王国」に見る世界遺産

舞台になった世界遺産は13カ所!


今年は世界遺産検定2級の合格を目標にしています。
2級は、我が国の世界遺産全て(23件)を含む、世界各国の世界遺産から300件が出題範囲です。
試験は、60分間で、問題数は60問。
当然のことながら、300件の世界遺産のうち、どれが出題されるかわからないわけで、この分量はなかなか厳しいものがあります。
参考書や問題集と向かい合っているだけでは飽きてしまうのが正直なところ・・・

そんな時にふと思い出した映画「ザ・フォール 落下の王国(原題:THE FALL)」 。
2006年に公開された冒険ファンタジーです。

この映画は、世界20カ国以上が舞台となっていて、世界遺産も10件以上出てくるので、世界遺産好きにはもってこい。
壮大さも芸術的表現も圧巻な名作です。

公開前、私は映画館でこの予告編を見て、これ面白そう!公開されたら観よう!!と思ったのに、映画館へ行きそびれてしまったもの。よって、残念ながらパンフレットは無し。
現在ではDVDも高価になってしまって手を出すには躊躇するくらいの、すごく価値ある映画なので、悔やまれます。

現状、ネットでの公開もされていないようなので、見たい方はTSUTAYAでレンタルを。
特に、DVDには映像特典が付いていて、監督たちのインタビューやロケーションについての説明など、撮影秘話や世界遺産情報がとても興味深いです。
いい刺激になると思うので、映画の後は、特典も見ることをお勧めします。
(内容は一緒ですが、ブルーレイならなお良いです♪)

さて、この映画に出てくる世界遺産は以下の通り。Let’s study♪



1.イタリア:ティヴォリのハドリアヌス別荘(Repubblica Italiana:Villa Adriana (Tivoli))
  [文化遺産として1999年に登録]

イタリアの首都ローマの東方約30kmのラツィオ州ティボリは古代からのローマ人の別荘地でした。
紀元2世紀のローマ皇帝ハドリアヌスは、帝国を巡検中見聞したエジプト、ギリシア、ローマなどの優れた建造物を再現して、「理想の都市」を築こうと、ヴィッラ・アドリアーナを建設しました。
後年、ゲルマン人により破壊されましたが、イタリア統一後、本格的に発掘されたのです。
この1.2k㎡にも及ぶハドリアヌス帝の理想郷は、古代地中海世界の文化を表現した傑作です。

引用元:Wikipedia(by Marie-Lan Nguyen)

この場所、映画「ザ・フォール 落下の王国」では、青年が少女に空想の物語を語り始めた序盤、アレキサンダー王が迷い込んだ場所として登場します。
ほんの数秒ですが、芸術的な理想郷の跡地を垣間見ることができます。



2.ナミビア:トゥウェイフルフォンテーン(Republic of Namibia:Twyfelfontein
  [自然遺産として2007年に登録]

アフリカ大陸南部にあるナミビア共和国の北西部のトゥウェイフルフォンテーンは、2000年以上前の岩刻画が、アフリカで最も集まった場所の一つ。現在までで、2075もの岩刻画が発見されています。
岩場からの湧水でできる泉が、満水であったり、時に枯れてしまったりと不安定だったことから「不確かな泉」という意味でTwyfelfontein(トゥウェイフルフォンテーン)と名付けられました。

引用元:Wikipedia(by Mike )

映画では、この砂漠の地でアレキサンダー王が家来たちと彷徨っているところに、一人の使者が最後の水を持ってくるのですが、アレキサンダーがその水を捨ててしまうというシーンが描かれています。



3.チェコ:プラハの歴史地区(Czech Republic:Historic Centre of Prague)
  [文化遺産として1992年に登録/2012年に範囲変更]

11世紀から18世紀の間にヴルタヴァ川(モルダウ川/ブルタバ川)沿いに建造された旧市街、城下町、新市街は、中世以来この街にもたらされた大きな建築的・文化的影響を伝えています。
プラハ城聖ヴィート大聖堂、城の前のフラッチャニ広場、左岸にあるヴァルトシュテイン宮殿、ゴシック様式のカレル橋、ロマネスク様式の聖十字架教会のロトゥンダ、スタレー・ムニェスト(旧市街)にあるゴシック最盛期の聖ヤコブ教会といった多くの壮大な建造物は、この中世都市における豊かな建築の歴史とその進化を語っているのです。

以下の写真は、ヴルタヴァ川沿いに建つプラハ城とその城下町。

引用元:Wikipedia(by Stefan Bauer)

ヴルタヴァ川はチェコ国内最長の川で、チェコ語でVltava 、ドイツ語でMoldauです。日本では「モルダウ川」として広く知られていますね。
私がこの川の名称を覚えたのは中学校の時。
音楽の授業で、音楽の巨匠スメタナの代表的な管弦楽曲「我が祖国」より第2曲「モルダウ」を聴いて、すごく感動して、CDを買いました。
今でもそのCDは愛聴しています。
クラシックCDを自分で買ったのは、この時が初めてじゃなかったかな・・・
そしてそんな人、私以外にも結構いるんじゃないかしら・・・?

「ザ・フォール 落下の王国」では、ヴルタヴァ川にかかるカレル橋を主人公たちが馬で渡るシーンとして登場します。

引用元:Wikipedia(by Chosovi)

プラハへは日本からの直行便はないけれど、後に記載するイスタンブールからおよそ2時間半。
是非周遊したいですね。



4.インド:ファテープル・シークリー(Republic of India:Fatehpur Sikri)
  [文化遺産として1986年に登録]

インド北部ウッタル・プラデシュ州のアーグラから南西約40kmに位置する、ムガル帝国第3代皇帝アクバルが16世紀後半に建造した城跡で、「ファテープル・シークリー」とは勝利の都シークリーという意味。勝利の都と名づけられたのは、当時、アクバル帝がグジャラート地方での戦いに勝利したため。
台地の上に建設され、直行するグリッドに則した幾何学的な都市計画が実施されており、中心部は宮廷地区とモスク地区とに分けられた、イスラムとインド建築の伝統技術の融合がなされた都市遺跡です。

引用元:Wikipedia(by Marcin Białek)

「ザ・フォール 落下の王国」ではこの場所が、青年が語る物語の悪人である総督オウディアスの領地の入り口として描かれています。



5.トルコ:イスタンブル歴史地区(Republic of Turkey:Historic Areas of Istanbul)
  [文化遺産として1985年に登録]

コンスタンティノープルとして知られたイスタンブルは、アジアとヨーロッパの境界に位置する歴史的都市。
元々はキリスト教の大聖堂だったThe Hagia Sofiaハギヤ・ソフィア/アヤ・ソフィア)は、15世紀にオスマン帝国によってイスラム教のモスクへと改修されました。

下の写真が、ビザンツ建築の最高傑作と言われるアヤ・ソフィア
年間約300万人が訪れるイスタンブルを代表する観光名所です。

引用元:Wikipedia(by Stanisloav Kozlovskiy)

「ザ・フォール 落下の王国」では、アヤ・ソフィアの内部も、総督オウディアスの所有する建物内として描かれています。

イスタンブールまでは成田から直行便が出ていて、およそ12時間で行ける所。
この美しく壮大な歴史的建造物、是非とも自分の足で訪れたいですね。



6.エジプト:メンフィスのピラミッド地帯(Arab Republic of Egypt:Memphis and its Necropolis – the Pyramid Fields from Giza to Dahshur)
  [文化遺産として1979年に登録]

エジプト古王国時代の首都メンフィスには、岩のお墓や装飾されたマスタバ(日干しれんがなどで作られた角形の墳墓)、寺院やピラミッドを含む、途方もない葬儀用モニュメントがあります。
このピラミッドとそれを取り巻く周囲の複合体は、建築家イムホテプにより設計され、飾り立てられた廟(びょう/ 死者を祀る宗教施設)として世界で最も古い建造物だとされています。
ピラミッド群は紀元前2650年から紀元前2120年にかけて、その栄光を誇示するために第3王朝の歴代のファラオの墓地として建設されました。
ギザにあるクフ王のピラミッドはエジプトのピラミッド中最大のもので、どのようにして石を積み上げたのかはわかっておらず、世界の七不思議のうち現存するただひとつのものなのです。

引用元:Wikipedia(by icardo Liberato)

日本からエジプトの首都カイロまでは直行便が出ていて、およそ13時間。カイロから1時間程度でピラビッド周辺へいけるのだそうです。
三大ピラミッド(クフ王、カフラー王、メンカウラー王の3人のピラミッド)も、死ぬ前には訪れて、ちょっと怖い気もするけれども入ってみたい所。

「ザ・フォール 落下の王国」では、このエジプトから以下に続くアメリカまで、登場人物達が一気に駆け巡る場所の背景として描かれています。
壮大さを表現するには十分すぎる・・・



7.中国:万里の長城(People’s Republic of China:The Great Wall)
  [文化遺産として1987年に登録]

日本人にとっては、お隣中国の世界遺産、知らない人はほとんどいないであろう万里の長城は、春秋時代の紀元前8~前5世紀頃に秦の始皇帝によっ原型が作られました。
土や日干しレンガなどを使って砦をつなぎ合わせ、長城を完成させました。
その後、さまざまな王朝によって改修や増築が繰り返され、焼成(しょうせい)レンガを用いた現在の形になったのは16世紀の明王朝後期のことです。
中国東部から西部までの約3,000kmに渡る遺跡、北方民族との対立と、文化交流の歴史を伝える価値があるものとして認められた世界遺産です。

引用元:Wikipedia(by Hao Wei)


8.カンボジア:アンコールの遺跡群(Kingdom of Cambodia:Angkor)
  [文化遺産として1992年に登録]

カンボジア北西部の「アンコールの遺跡群」は、クメール人が興したアンコール朝の時代に築かれた都市遺跡で、歴代の王が築いた都城や寺院が残っています。
「アンコールの遺跡群」最大の寺院は、幅190mの外堀に囲まれた面積約2㎢のアンコール・ワットです。
クメール語で「アンコール」は「街」を、「ワット」は「寺院」を意味しています。アンコール・ワット本殿の回廊には、ヒンドゥー神話の「乳海撹拌(にゅうかいかくはん/不老不死の妙薬を取り出すため、神々とアスラ(阿修羅)が大蛇ナーガを綱引きして乳海をかき混ぜるというヒンドゥー教の天地創造神話)」の場面などが、精巧な浮き彫りで描かれています。
遺跡群には、他にもアンコール・トムの仏教寺院バイヨンバンテアイ・スレイなどの遺跡群が含まれています。

引用元:Wikipedia(by Javier Gil)


9.イタリア:ローマ歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂(Repubblica Italiana:Historic Centre of Rome, the Properties of the Holy See in that City Enjoying Extraterritorial Rights and San Paolo Fuori le Mura)
  [文化遺産として1980年に登録/1990年に範囲拡大および2015年に範囲変更]

イタリアの都市ローマは、紀元前1〜後5世紀にかけて地中海全域を支配した古代ローマの歴史を物語る都市。
ローマには、オオカミに育てられた双子の兄弟にまつわる建国神話があります。オオカミの乳で育った兄弟ロムルスとレムスのうち、兄のロムルスが紀元前754年にローマを築いたとされ、「ローマ」の名は、そのロムロスに由来しています。

引用元:Wikipedia(by Diliff)


10.フランス:パリのセーヌ河岸(French Republic:Paris, Banks of the Sein)
  [文化遺産として1991年に登録]

フランスの首都パリを流れるセーヌ川の川岸のうち、シュリー橋からイエナ橋までのおよそ8kmほどが「パリのセーヌ河岸」として世界遺産登録されています。
セーヌ河畔に広がる2,000年の歴史都市には、パリのシンボルとも言えるエッフェル塔や、2019年の火災で屋根を焼失したノートル・ダム大聖堂なども含まれています。

パリのセーヌ河岸」のほぼ中心にあり、13世紀に頃に築かれた要塞を起源とし、フランス国王の居城として改築が繰り返されたルーブル宮は、現在、レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた「モナ・リザ」や「ミロのヴィーナス」などが展示されているルーヴル美術館となり、構成資産に含まれています。
また、駅舎として建造され、1986年に美術館に転用されたオルセー美術館も構成資産の一つとなっています。

引用元:Wikipedia(by Savani1987)


11.アメリカ:自由の女神(United States of America:Statue of Liberty)
  [文化遺産として1984年に登録]

アメリカニューヨーク港入口のリバティ島に立つ自由の女神像(正式名称「世界を照らす自由」)は、アメリカの自由と民衆主義のシンボルです。
像は合衆国の独立100周年を祝ってフランス人民から贈られました。
左手に1776年7月4日と記された独立宣言書を抱え、希望を意味するたいまつを右手に掲げ、奴隷制を象徴する鎖を踏みつけています。

映画「ザ・フォール 落下の王国」での登場は、先ほどのカイロのピラミッドから、このニューヨークの自由の女神像まで、それぞれほんの一瞬なので、目を凝らして楽しんでくださいね。



12.インド:アーグラ城(Republic of India:Agra Fort)
  [文化遺産として1983年に登録]

インドの首都ニューデリーに近いウッタル・プラデシュ州アーグラ市に、1565年、ムガル帝国の第3代皇帝アクバル(ジャラール・アッディーン・ムハンマド)によって建設が始められた赤い城「アーグラ城」があります。
このムガル帝国の栄華を伝える赤い城は、ヒンドゥー建築とイスラム建築が融合した古代インド・ムガル帝国の代表的建物であることが評価され、世界遺産に登録されました。

引用元:Wikipedia(by A.Savin )

この城塞には見学ができる遺跡とできない遺跡がありますが、映画では、見学ができる建築物である、Diwan-i-Aam(ディワーニ・アーム/一般謁見の間)とDiwan-i-Khas(ディワーニ・カース/貴賓謁見の間)が、旅の舞台として使われています。

Diwan-i-Aam(ディワーニ・アーム)
Diwan-i-Khas(ディワーニ・カース)


13.インド:タージ・マハル(Republic of India:Taj Mahal
  [文化遺産として1983年に登録]

上記のアーグラ城から見える場所に、美しい白大理石の霊廟タージ・マハルがあります。
愛妃のムムターズ・マハルを偲んだムガル帝国皇帝シャー・ジャハーンによって建造されました。
タージ・マハルの平面図は構成において完璧な均整を示しており、インドのイスラム建築の最も偉大な達成だとみなされています。

「ザ・フォール 落下の王国」では、この美しい建築物の前で、青年が語る物語の中の主人公が、愛した女性を復讐のために銃殺しようとする場面が描かれています。



以上が、映画「ザ・フォール 落下の王国」に登場した世界遺産の数々です。

私は、これらのうち、実際にこの目で見たことがあるのは、ニューヨークの自由の女神のみ。

しかも、自由の女神像の立つリバティー島まで行ったわけではなく、マンハッタンのバッテリーパークから見ただけなので、かなり遠目。

本当は昨年、ウィーン経由でチェコに行きたいと思って、旅行本も購入し計画を練っていたのですが、生憎のコロナ禍・・・
ああ、旅がしたい!
いつか必ず行くのだという想いを胸に抱いて、世界遺産検定勉強に臨みます。


あなたは
どの世界遺産が
気になりますか?

一見の価値ある作品集結!足立美術館展@仙台

日本一の庭園美術館が誇る名品をこの目で


2019年に挙がった宮城県美術館の移転案。
宮城県の最も貴重な建築物の一つである宮城県美術館を失うという意味の発案に、開いた口が塞がらない思いでしたが、県の決定に反対し、存続を求める市民団体の方々の努力が実り、昨年(2020年)11月、移転はせず、現地改修を行うということに最終決定しました。
私は撤回を求める署名をしたくらいでしたが、そのような活動を率先してくださった方々には、心から感謝です。本当に良かった。

さて、その宮城県美術館では、2021年4月24日(土)から6月6日(日)まで、「足立美術館展 〜横山大観、竹内栖鳳、華やかなる名品たち〜」が開催されています。
コロナ禍で未だ気軽に外出できない中ですが、気がつけば、もうすぐせっかくの企画展が終わってしまう!
というわけで、慌てて行ってきました。

宮城県美術館にて開催の「足立美術館展」のチラシ(表)
宮城県美術館にて開催の「足立美術館展」のチラシ(裏)
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実は正直なところ、行かなくてもいいかなあという気持ちも少なからずあって、出遅れたということもあるんです。
なぜなら、足立美術館(島根県安来市)は庭園ランキング1位を18年連続で獲得している美術館!(アメリカの日本庭園専門誌「数寄屋リビングマガジン/ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング(Sukiya Living Magazine: The Journal of Japanese Gardening)」による)
なのに、ずっと行きたくて行けていない美術館の一つで、だからこそ、絶対に近いうちに行く!!と決めているから、どうせ見るなら現地で見るべきでは??なんていう思いがちょっとあったりしたのです。

でも、県外の美術館や博物館に定期的に出かけないと気が済まなかった私、コロナ禍になってから全くそれができていないわけで、芸術品に触れる機会も激減して、フラストレーションが溜まっているので、やはり地元でも貴重な展覧会、行かないわけにはいきません。

実際のところ、今回の展覧会、行って大正解でした。
会場では、もう何度、心の中で、「美しい・・・欲しい・・・」と呟いたことか。
日本を誇るそうそうたる名画の作品の集結。
近代日本画の巨匠横山大観をはじめとした、東西の日本画壇で活躍した35人の画家による66点の作品は、バラエティーに富んでいて、とても楽しめました。
やはり、本物をナマで間近で見るに越したことはないですね。
どれもこれも素晴らしいものばかりで、大満足。

ただ、今回は、この展覧会に特化した図録は作られていなかったのが残念。
図録がない分、ハガキをたくさん購入してしまいました(笑)

私の祖父が師事した川端龍子の「春雪譜」(展示会案内チラシの裏面に掲載あり)のハガキはなくて残念…

足立美術館についての冊子は販売されていましたが、その本には今回の展示作品が網羅されていないので、そういう意味でも、この企画展に足を運ぶことはとても貴重だと思います。
足利美術館に行けたとしても、その時に展示されてないであろう作品もあるわけですしね。

販売されていた冊子
(今回の特別展に特化したものではない)

足立美術館の館長 足立隆則氏が河北新報のインタビューで述べられているように、是非とも多くの方に“自分の感性で作品見て”ほしい、そんな素晴らしい日本の名品の数々、この機会に堪能することができ、とても良い時間を過ごせました。

「足立美術館展」のチケットと会場で無料配布されている河北新報による案内

なお、今回の「足立美術館展」、宮城県美術館での会期終了後は、6月26日(土)から8月1日(日)まで岩手県立美術館で開催されるのだそうです。
足立美術館の移動展は各地で行われていますが、東北での巡回は今回が初めてとのことですよ
東北人にとって、嬉しいことですね。


きっとそう遠くない日に、日本一の庭園と称される足立美術館へも行くことができますように⛧彡
ますます思いは募るけれど、いつかは叶えたいことがあること、楽しみがあることって、幸せなことだなって思います♪



あなたの
お気に入りの庭園は
どこですか?