Seaside garden of the Louisiana Museum of Modern Art

訪れて良かった、デンマークのルイジアナ近代美術館

〜 北欧の静かな住宅街に現れる“世界一美しい美術館 ” 〜


数年前に一人旅したデンマーク
シェイクスピア『ハムレット』の舞台として知られるクロンボー城を後にし、私は再び首都コペンハーゲン方面へと戻る列車に乗りました。


その旅路、アート好きな私には“世界一美しい美術館”と言われるルイジアナ近代美術館(Louisiana Museum of Modern Art)へと行く目的もあり、降り立ったのは、フムレベック(Humlebæk)という小さな町でした。

その赤レンガの駅舎は可愛らしくも、こぢんまりとしすぎていて、観光地らしい賑わいはありません。

Humlebæk駅
フムレベック駅

そこから閑静な住宅街を歩いていくのですが、本当にこの先に“世界一美しい美術館”があるのだろうかと少し不安になるほどでした。

けれど、その静けさこそが、この場所へ向かうための大切な時間だったのかもしれません。

住宅街を抜け、少しずつ海の気配が近づいてきて、そして現れた美術館の入口もまた、意外なほど控えめでした。

Louisiana Museum of Modern Art の入り口
ルイジアナ近代美術館の入り口

蔦に覆われた建物。
全くその先が見えない小さな入り口。

広大な美術館を想像していた私は、一瞬、本当にここ?と思ったほどです。
ですが、そこにはヘンリー・ムーア(Henry Spencer Moore、1898年7月30日-1986年8月31日)作の彫刻があったので、きっと大丈夫だろうと思いつつその入り口ドアへと足を進めました。

Henry Mooreの作品があるLouisiana Museum of Modern Art の入り口
ルイジアナ近代美術館の入り口

そしてそのドアを抜けたあと、世界がふっと開けました。

芝生の庭園。
空へ伸びる木々。
海から差し込む北欧の光。
そして、自然の中に置かれた彫刻作品たち。

あのひっそりとした入り口からは想像できないほどの美しく広大な空間がありました。

Louisiana Museum of Modern Art の庭園
ルイジアナ近代美術館の庭園

木々の間を歩いていると、ここがデンマークの美術館の敷地内?と思ってしまうほど、まるで日本の山道のような場所もありました。

Louisiana Museum of Modern Art の庭園
ルイジアナ近代美術館の庭園

そして海を望むテラスへ辿り着いた時、私は思わず息をのみました。

風と戯れるようなアレクサンダー・カルダー(Alexander Calder、1898年7月22日-1976年11月11日)の彫刻作品のある庭。
きらめく海と北欧の大きな空。

Seaside and sculpture garden of the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の庭園(この写真の建物はカフェ)

そしてこの絶景 ──

Seaside garden of the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の庭園

人々は思い思いに椅子へ腰掛け、静かに景色を眺めています。
そこには、観光地特有の慌ただしさがありませんでした。

「ここへ来て本当に良かった」そう心から思えた場所でした。

Seaside and sculpture garden of the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の庭園

私は子供の頃、日本画家だった祖父の影響もあり、画家になりたいと思っていました。
だから「美術」といえば、それまでどちらかというと「絵画」を鑑賞するものだと思っていた気がします。
けれどルイジアナ近代美術館で心に残ったのは、絵画だけではありませんでした。

ガラス張りの回廊を歩く時間。
木漏れ日が落ちる庭園。
海を眺めながら静かに過ごす人々。
そして、自然と共に存在する彫刻作品たち。

Louisiana Museum of Modern Art, Sculpture Park
ルイジアナ近代美術館の庭園

館内の展示の中では、特に嬉しかったのが、アルベルト・ジャコメッティ(Alberto Giacometti、1901年10月10日-1966年1月11日)のギャラリーがあったこと。
私が最も好きな彫刻家です。

Alberto Giacometti のギャラリー
ルイジアナ近代美術館ジャコメッティ・ギャラリーに展示されたアルベルト・ジャコメッティの作品

細く、孤独な人影のような作品たちが、静かな空間の中に佇んでいました。
そこには、美術館特有の“鑑賞しなければならない”緊張感ではなく、ただ静かに作品と向き合える時間が流れていました。

Inside the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の館内

ところで、私がこの場所で感じた「自然・建築・アートが溶け合っている感覚」は、まさにこの美術館が目指していたものだったようです。

この美術館がオープンしたのは1958年。
創設者は、デンマークの実業家でありアート愛好家でもあった、クヌート・W・イェンセン(Knud W. Jensen)
彼は当時の美術館について、「人を緊張させる場所」のように感じていたそうです。
そこで彼が目指したのは、“自然と共に、肩肘張らずアートを味わえる場所”
それを実現すべく建築を手がけたのは、ヨルゲン・ボー(Jørgen Bo)ヴィルヘルム・ウォラート(Vilhelm Wohlert)という二人の建築家。

彼らは敷地を何ヶ月も歩き回りながら、

  • 建物をどこへ配置するか
  • 海をどの角度で見せるか
  • 木々をどう残すか

を考え抜いたと言われています。

だからなのでしょう。
ルイジアナ近代美術館では、「建築が自然を支配している」感じがありません。
むしろ、“もともとそこにあった風景へ、そっと建築が入り込んでいる”ように感じられるのです。

Glass building of the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の庭園と建物

美しく機能的なガラス張りの回廊には、“屋根のある散歩道(covered stroll)”というコンセプトがあったそうです。
確かにあの場所では、「展示室を巡る」というより、“自然の中を散歩しながら、建築とアートを味わう”という感覚のほうが近かった気がします。
だからこそ私は、作品だけではなく、

  • 空気
  • 海の気配
  • 木々の揺れ
  • 歩く時間そのもの

まで含めて、この美術館を記憶しているのかもしれません。

Glass corridor of the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の館内

余談ですが、「ルイジアナ近代美術館」という名前を初めて知った時、私は「本当にデンマーク?」と思いました。
アメリカのルイジアナ州を連想してしまったからです。

(現に海外のWEBページをGoogle翻訳によって日本語訳された記事を読むと、「ルイジアナ近代美術館」のことが「ルイジアナ州」とされてしまうことがあるので要注意)

けれど実際には、この土地を所有していた人物が、“ルイーズ(Louise)”という名前の女性と三度結婚していたことが名前の由来なのだとか。
そんなエピソードまで含めて、どこか人間味のある美術館だなと思います。

ルイジアナ近代美術館は、“世界一美しい美術館”のひとつとして語られています。
けれど、その美しさは、豪華さや派手さではありません。

静かな住宅街の先で、少しずつ感覚が開いていくこと。
自然と建築とアートが、無理なく溶け合っていること。

そして、ただ「見る」のではなく、そこに身を置いて過ごす時間そのものが美しいのだと思います。

Louisiana Museum of Modern Art, Sculpture Park
ルイジアナ近代美術館の庭園

なお、彫刻公園とも呼ばれるルイジアナ近代美術館の庭園に入るのもカフェやミュージアムショップを利用するにも入館チケットが必要で、2026年現在の一般入館料は145デンマーククローネ、日本円で約3,000円台前半ほどです。
ちょっとお高いのでは?と感じるかもしれませんね。
けれど、あの空間全体を体験すると、「作品を見るための入館料」というより、“場所そのものを味わうためのチケット”だったのだと感じますし、静けさが保たれた空気感にも繋がっているのかもしれないと思えます。

View from the gardens of the Louisiana Museum of Modern Art
ルイジアナ近代美術館の庭園からの眺め(オーレスン海峡(Øresund))

最後にご参考まで、デンマークの首都コペンハーゲンと、先だって記事をアップした世界遺産クロンボー城、そしてルイジアナ近代美術館の位置関係を記した地図を記載します。

このマップ上で朱色のピンの部分がルイジアナ近代美術館の場所で、クロンボー城へと向かう電車と同じ便で行くことができます。

<電車の場合の所要時間>
コペンハーゲン駅ルイジアナ近代美術館最寄フムレベック駅:約40分
フムレベック駅クロンボー城最寄ヘルシンゲル駅:約10〜15分

✔️ルイジアナ美術館公式サイト:https://louisiana.dk/

ちなみに、今(2026年5月15日現在)、イデーショップ 六本木店『ルイジアナ近代美術館のポスター展(Louisiana Museum of Modern Art Poster Exhibition)』が開催されています(5月25日(月)まで)。
デンマークルイジアナ近代美術館までは行くことができなくても、興味があればせめてこちらに足を運んでみるのも一つかもしれません。


あなたの感覚が
静かに開いた場所は
ありますか?

映画 1975年のケルン・コンサート (Köln 75) パンフレット キース・ジャレット(Keith Jarrett) コンサートCD

壊れたピアノから生まれた奇跡の実話 映画『1975年のケルン・コンサート』

〜 人生も完璧じゃつまらない 〜


1975年、それは私が生まれる前のことですし、キース・ジャレット(Keith Jarrett)マイルス・デイヴィス(Miles Davis)といった偉大なミュージシャンの名と一部の音楽は知っていても、ジャズに特別詳しいわけでもない私は、この1975年1月24日のライブが歴史的名盤として語り継がれていることは知りませんでした。

なので、今回も予告動画とチラシ以外の事前情報は得ないまま観に行った映画『1975年のケルン・コンサート(原題:Köln 75)』については、最初は、「実話ベースらしいけれど、これって一体どこまでが事実なの?かなり大袈裟にしてる?」と思いながら観ていました。

flyer Köln 75 1975年のケルン・コンサート チラシ
映画『1975年のケルン・コンサート』チラシ

ところが、パンフレットを読むと、驚くほど多くが実際の背景や起きたことだったとのことでした。

当然ながら映画として脚色された部分はあるにせよ、チラシにある

これは、嘘のような実話に基づく物語。

というキャッチコピーは決して大袈裟というわけではないのです。

若き女性プロモーター、ヴェラ・ブランデス(Vera_Brandes)
反対されながらもコンサートを企画し、疲弊しきったキース・ジャレットを迎え、当日現れたのは、まともとは言い難い”壊れたピアノ”。
普通なら「失敗」で終わってもおかしくない状況です。
けれど、その夜の演奏は後に伝説となりました。

まさに嘘みたいな実話に、私はすっかり引き込まれてしまいました。
ただ、映画を観ている最中、一つだけ少し戸惑ったことがあります。

肝心のクライマックス“ケルン・コンサート”の演奏シーンで、キース・ジャレット本人の音が流れなかったのです。
「え、どうして?」と最初は正直少し拍子抜けしました。
「これって単なるそういう演出?それともこのコンサートCDもパンフと一緒に売店に並んでたけど、それ売るための戦略?」そんなことさえも思いました。

でもこの点についても、後からパンフレットを読んで知りました。
キース本人にとって、このコンサートは必ずしも幸福な思い出ではなく、音源使用の許可も下りなかったのだそうです。

*ヴェラがキースの演奏に惚れ込んだきっかけとなったベルリンでの演奏シーンもあるが、その場面でのピアノ音楽はキース・ジャレット本人のものではなく、いわゆるキースらしい即興演奏を模して再構築されたもの

映画を観たことでキース・ジャレットというアーティストの人柄に触れることもできたせいでしょうか、そんな事情を知った時、妙に納得できました。
そして逆に、「それでも映画化を許したのだ」と思い、ホッとしました。

また、その場面でキースの演奏の代わりに流れていた音楽はジャズシンガーのニーナ・シモン(Nina Simone、1933年2月21日-2003年4月21日)による『To Love Somebody』という誰かを愛することの大切さを歌った曲。
しっかりとした意味合いと配慮があったのだなと理解しました。

結局、私は映画を観た後に、歴史的名盤と言われているキース・ジャレットケルン・コンサートのCDまで買ってしまいました。

つまりこの映画は、キース本人の音を使わなくても、観客を本物へ向かわせる力を持っていたのだと思います。

映画 1975年のケルン・コンサート (Köln 75) パンフレット キース・ジャレット(Keith Jarrett) コンサートCD
映画 『1975年のケルン・コンサート』パンフレット 、 キース・ジャレットザ・ケルン・コンサート』CD

そして心に響いたのは、監督イド・フルーク(Ido Fluk)のパンフレットに記載されたインタビューでした。
彼は、

完璧なものってつまらないと思っていて、良い芸術はその中からは生まれない

と語っていました。

撮影現場でも毎日のように“壊れたピアノ”のような問題が起きる。
でも、その不完全さこそが、作品をより良くすると。

この言葉に、とても共感しました。

創作というのは、本当に思い通りにいかないものです。
時間も、環境も、技術も、感情も、いつだって不完全です。

けれど、だからこそ生まれるものがある。
むしろ、傷や制約や偶然があるからこそ、作品に人間らしさや熱が宿るのかもしれません。

そしてこの映画自体も、まさにそんな“不完全さ”の中から生まれた作品だったように思います。

本人の音源は使えない。
歴史的ライブを扱う。
比較もされる。

それでも、この映画は成立していました。
いや、むしろ“不完全”だったからこそ、単なる再現映画ではなく、「情熱の物語」になったのではないでしょうか。

映画『1975年のケルン・コンサート』予告編

また、この映画が素晴らしかったのは、天才だけを描かなかったことです。

歴史に名を残すのはキース・ジャレットかもしれません。
けれど、その夜を成立させたのは、無茶を通した若きプロモーター、ヴェラ・ブランデスでした。

監督は、

バックステージで働く人にも光を当てる、そういう人たちにを認めるということが私たちの文化にとってもとても大事なこと

とも語っていました。

表舞台の裏には、名前の残らない情熱があります。
そして時に、その情熱こそが歴史を動かしているのだと思います。

映画を観終わった後、私はなんだか、「人生って、こうでなくちゃな」と思いました。

完璧じゃない。
無茶で、危うくて、失敗寸前。
でも、それでも誰かが諦めなかったから、後世に残るものが生まれる。

ちょっとネタバレですが、エンディングでは、現在のヴェラ・ブランデス本人(2026年の誕生日で70歳)と、50歳のヴェラ・ブランデス(役:スザンネ・ウォルフ/Susanne Wolff)、18歳のヴェラ・ブランデス(役:マラ・エムデ/Mala Emde)の3人が並んで登場します。
また、劇中、映画の中の登場人物が映画鑑賞者に向けて直接語りかけるような演出があったりと、それを軽妙だなど批判する声も一部あるようですが、私には内容を理解する助けになったし、ここ最近、実話に基づく映画というと心にズシーンとくるようなものが続いていた私にとって、笑えて明るく朗らかな気持ちになれてよかったです。

最後に、このCDについても触れておきますね。

キース・ジャレット(Keith Jarrett) ケルン・コンサート(The Köln Concert) CD
キース・ジャレット『ケルン・コンサート』CD

キース・ジャレット(Keith Jarrett)は1945年5月8日(2026年現在81歳)、アメリカ・ペンシルベニア州生まれのジャズ・ピアニスト/作曲家です。
20代半ばという若さで当時すでにジャズ界の帝王と言われていたマイルス・デイヴィスMiles Davis、1926年5月26日-1991年9月28日)のバンドでも活躍し、現代ジャズ界の頂点に立つピアニストの一人として知られていますが、特に評価されているのが、その場で音楽を生み出していく即興演奏です。

そして1975年1月24日ドイツ・ケルン歌劇場で行われたソロコンサートを収録したアルバム『ケルン・コンサート(The Köln Concert)』は、ジャズ史上屈指の名盤として語り継がれているのです。

今回私が購入したCDは、映画『1975年のケルン・コンサート』公開と、録音50周年のタイミングに合わせて発売されたもののようで、ブックレット内には、18歳のヴェラ・ブランデスの奮闘ぶりが映画化されたことについても触れられていました。

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もちろん、この演奏は映画を観なくても十分に素晴らしいものだと思います。
けれど私は、映画を観た後だったからこそ、より深く心を揺さぶられました。
その感動は、静けさの中で聴いていると瞳が潤んでくるほどです。

手違いで手配された、老朽化したベビー・グランド・ピアノ。
長距離移動による疲労、腰痛、睡眠不足で満身創痍のキース・ジャレット
しかも本人は当初、「こんなピアノでは弾けない」と演奏を断ろうとしていた。

そんな極限状態の中で生まれた演奏だったのだと知って聴くと、その音は単なる美しいピアノ演奏ではなく、人間の創造力そのもののように感じられます。

壊れたピアノ。
不完全な状況。
それでも、その夜にしか生まれなかった音楽。

映画館では「本物の音」を聴けなかったことに少し残念さも感じてしまった私でしたが、結果的にはその不足があったからこそ、私は実際にこのCDを手に取り、そして深く感動することができました。

完璧ではないからこそ、人の心を動かすものが生まれる。

映画『1975年のケルン・コンサート』、そしてキース・ジャレットのアルバム『ケルン・コンサート』は、そんなことを教えてくれる作品のように感じました。

なお、私がこの映画を観たフォーラム仙台での上映は5月14日(木)には終了予定ですが、他劇場予定は公式ホームページにてご確認くださいませ。


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葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》Public domain, via Wikimedia Commons

TBS世界遺産復習と記録:富士山「北斎・広重を魅了した四季折々の絶景」

〜 世界の芸術家たちの心を奪う美しく偉大な日本の誇り 〜


『富士山「北斎・広重を魅了した四季折々の絶景」』とのタイトルで2026年5月3日に放映されたTBS世界遺産
カメラはCanonを愛用し、するときには、その愛機を手に、アートをテーマに美術館世界遺産巡りをする私には外せないトピックでした。

わずか30分の番組ですが、今回も見応えあり。
TBS世界遺産の公式サイトにはアーカイブが残されていますが、私なりに復習をしてみました。

✔️TBS世界遺産公式サイトアーカイブ(放送内容)はこちら
https://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20260503

富士山は「自然遺産」ではなく「文化遺産」

まず改めて驚かされるのが、富士山ユネスコ世界遺産に登録された際、「自然遺産」ではなく「文化遺産」として登録されたことです。

その正式名称は、

富士山-信仰の対象と芸術の源泉
(Fujisan, sacred place and source of artistic inspiration)

標高3776m日本最高峰

日本列島のほぼ中央に位置し、どこから見ても美しいその姿は、古来より人々の信仰対象であり、同時に数多くの芸術家たちを魅了してきました。

番組では、いつもながら、撮影クルー陣による映像美も印象的でした。
富士山の上空に現れる「かさ雲」や「つるし雲」。

✔️TBS世界遺産公式サイトアーカイブ(ギャラリー)はこちら
https://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20260503/gallery.html

刻々と表情を変える自然現象は、まるで富士山そのものが生きているかのようで、芸術家たちがこの山に心を奪われた理由がよく分かります。

広重と北斎が描いた富士山

番組では、浮世絵の巨匠たちによる富士山作品も数多く紹介されました。

<歌川広重が描いた富士山>

  • 《東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺》
  • 《東都名所 日本橋之白雨》
  • 《名所江戸百景 浅草田甫 酉の町詣》
歌川広重《東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《東都名所 日本橋之白雨》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《東都名所 日本橋之白雨》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《名所江戸百景 浅草田甫 酉の町詣》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《名所江戸百景 浅草田甫 酉の町詣》Public domain, via Wikimedia Commons

広重の作品は、人々の暮らしや旅の風景の中に富士山を溶け込ませるような魅力があります。
遠景として描かれていても、確かにそこに存在感を放つ富士山
“人々と共にある山”として描かれているように感じました。

<北斎が描いた富士山>

一方で、広重のライバルと言われる葛飾北斎
《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》はあまりにも有名ですが、番組では特に「赤富士」として知られる、《冨嶽三十六景 凱風快晴》が印象的でした。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》Public domain, via Wikimedia Commons

大胆な色彩表現にも思えますが、実際に条件が揃うと、富士山は本当に赤く染まるのだそうです。

  • 雪のない季節
  • 雨上がり
  • 空気の澄んだ快晴の早朝

その極めて限られた条件下で現れる奇跡の瞬間。

番組では撮影隊が山中湖からその赤富士を捉える撮影に挑戦していました。
午前5時。朝日を浴びて赤く染まる富士山
しかし、その光景はわずか2分ほどで終わってしまったとのこと。

まさに、一瞬の自然現象を永遠の芸術へと変えた北斎の眼差しに驚かされます。

富士山と「水」が生み出す絶景

富士山は、水との組み合わせによっても数々の芸術を生み出してきました。

<白糸の滝>

世界遺産の構成資産の一つである「白糸の滝」。
その幻想的な景観は、平井顕斎《白糸瀑布真景図》にも描かれています。

真景図”とは、実景をもとにしながら、作者の心象風景も重ね合わせて描く山水画
単なる写生ではなく、「心に映った風景」なのだと思うと、とても日本的な美意識を感じます。

なお、平井顕斎《白糸瀑布真景図》の画像は著作権上の都合により掲載を控えますが、参考として白糸の滝の風景写真を掲載します。

《白糸の滝》Photo by 静岡市在住の方, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
《富士宮市白糸の滝》Photo by 静岡市在住の方, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

<逆さ富士>

豊かな水景が生み出す「逆さ富士」。
北斎《冨嶽三十六景 甲州三坂水面》では、水面に映る富士山を大胆な構図で描いていました。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 甲州三坂水面》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《冨嶽三十六景 甲州三坂水面》Public domain, via Wikimedia Commons

また、番組では、

  • 田貫湖で年2回だけ見られる「ダブルダイヤモンド富士
  • 水田に映り込む鏡のような逆さ富士

なども紹介されており、自然そのものが一枚の絵画のようでした。

富士山は古来より「言葉」でも描かれてきた

富士山は、絵画だけではなく、古くから和歌の世界でも人々を魅了してきました。
番組では、奈良時代の歌人 山部赤人による『万葉集』の歌も紹介されていました。

田子の浦ゆ うち出でて見れば
真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける

(たごのうらゆ うちいでてみれば
ましろにそ ふじのたかねに ゆきはふりける)

これを現代語訳すると、
「田子の浦を通って外へ出てみると、富士山の高い峰には真っ白な雪が降り積もっていたことだ」
という意味になります。

およそ1300年前の人もまた、雪をまとった富士山の神々しい姿に心を震わせていたのです。
写真も映像もない時代。
だからこそ、人々はその感動を「言葉」で残そうとしたのでしょう。
その想いはやがて浮世絵へと繋がり、さらに海を越えて世界の芸術家たちへと受け継がれていったのかもしれません。

三保松原と芸術

富士山を語る上で欠かせないのが、三保松原です。
世界遺産の構成資産の一つでもあるこの場所は、実は富士山から約45km離れているにも関わらず、「芸術の源泉」として登録されました。

番組では、

  • 《東海道五拾三次之内 江尻 三保遠望》
  • 《冨士三十六景 駿河三保之松原》
  • 《六十余州名所図会 駿河 三保のまつ原》

など、歌川広重による作品が紹介されていました。

歌川広重《名東海道五拾三次之内 江尻 三保遠望》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《名東海道五拾三次之内 江尻 三保遠望》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《冨士三十六景 駿河三保之松原》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《冨士三十六景 駿河三保之松原》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《六十余州名所図会 駿河 三保のまつ原》Public domain, via Wikimedia
歌川広重《六十余州名所図会 駿河 三保のまつ原》Public domain, via Wikimedia Commons

は古来、神が宿る木とされ、松原そのものが神聖な場所。
三保松原は、の名作『羽衣』の舞台としても知られています。
『羽衣』の伝説とは、天女が松の枝に衣をかけ、漁師とのやり取りの末に舞を舞いながら富士山の方へと空へ帰っていく物語で、三保松原という場所を単なる風景から「物語のある聖地」へと昇華させました。

月岡耕漁《能楽図絵 羽衣》Public domain, via Wikimedia Commons
月岡耕漁《能楽図絵 羽衣》Public domain, via Wikimedia Commons

三保松原は、天界(富士山)と人間界が交わる聖地であり、その絶景は富士山を神聖な「信仰の対象」、かつ比類なき「芸術の源泉」として象徴する場所です。

富士山は世界の芸術家たちを魅了した

19世紀後半、パリ万博をきっかけに起きた「ジャポニスム」。
日本の浮世絵は、西洋の芸術家たちに衝撃を与えました。

北斎の、

  • 《東海道品川御殿山ノ不二》
  • 《尾州不二見原
  • 《甲州三島越》
  • 《甲州石班沢》

などの作品は、西洋の画家たちにも大きな影響を与えます。

葛飾北斎《東海道品川御殿山ノ不二》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《東海道品川御殿山ノ不二》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《尾州不二見原》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《尾州不二見原》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《甲州三島越》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《甲州三島越》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《甲州石班沢》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《甲州石班沢》Public domain, via Wikimedia Commons

フィンセント・ファン・ゴッホもその一人。
ゴッホは日本の浮世絵に強く魅了され、その影響は作品にも表れています。
例えば、《タンギー爺さん》の背景には、富士山を含む浮世絵が描かれています。

Vincent van Gogh《Self-Portrait(自画像)》Public domain, via Wikimedia Commons
Vincent van Gogh《Self-Portrait(自画像)》Public domain, via Wikimedia Commons
Vincent van Gogh《Portrait of Père Tanguy(タンギー爺さん)》Public domain, via Wikimedia Commons
Vincent van Gogh《Portrait of Père Tanguy(タンギー爺さん)》Public domain, via Wikimedia Commons
エッフェル塔と「もう一つの富嶽三十六景」

今回特に興味深かったのが、アンリ・リヴィエールによる《エッフェル塔三十六景》

Henri Rivière《Les Trente-Six Vues de la Tour Eiffel》_couverture(エッフェル塔三十六景_カバー)》Public domain, via Wikimedia Commons
Henri Rivière《Les Trente-Six Vues de la Tour Eiffel_couverture(エッフェル塔三十六景_カバー)》Public domain, via Wikimedia Commons

パリの浮世絵師とも呼ばれた彼は、北斎《冨嶽三十六景》へのオマージュとして、エッフェル塔(世界遺産)をテーマに36枚の連作を制作しました。
作品の構図や視線誘導には、明確に北斎からの影響が見られます。

リヴィエール《パッシー河岸より 雨》
北斎《遠江山中》

Henri Rivière《De la Quai de Passy, sous la pluie》(パッシー河岸より 雨)》Public domain, via Wikimedia Commons
Henri Rivière《De la Quai de Passy, sous la pluie(パッシー河岸より 雨)》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《遠江山中》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《遠江山中》Public domain, via Wikimedia Commons

リヴィエール《コンコルド広場より》
北斎《駿州江尻》

Henri Rivière《De la place de la Concorde》(コンコルド広場より)》Public domain, via Wikimedia Commons
Henri Rivière《De la place de la Concorde(コンコルド広場より)》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《駿州江尻》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《駿州江尻》Public domain, via Wikimedia Commons

リヴィエール《バ・ムードンの駅より》
北斎《御厩川岸より両国橋夕陽見》

Henri Rivière《La gare de Bas-Meudon》(バ・ムードンの駅より)》Public domain, via Wikimedia Commons
Henri Rivière《La gare de Bas-Meudon(バ・ムードンの駅より)》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《御厩川岸より両国橋夕陽見》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《御厩川岸より両国橋夕陽見》Public domain, via Wikimedia Commons

富士山が、海を越えてエッフェル塔へと受け継がれていく。
その芸術の連鎖に、とても胸を打たれました。

おわりに

雄大で、神秘的で、時に儚い。
北斎広重が見つめたそんな富士山は、現代に生きる私たちにとっても、まだ尽きることのない芸術の源泉なのかもしれません。

富士山は単なる「美しい山」ではなく、人々の祈りや感性、そして創作意欲を何百年にもわたって刺激し続けてきた存在なのだと、改めて感じた30分でした。

いつも過酷な撮影現場から、美しく感動の映像とストーリーを届けてくださるスタッフ皆さん、そしてCanonのカメラにも感謝です。

ちなみに…

次回(2026年5月10日(日) 18:00〜)のTBS世界遺産は、『名作映画で巡る世界遺産』という特別編とのこと。
これもまた、映画好きの私には外せないテーマなので、楽しみです。

TBS世界遺産 名作映画で巡る世界遺産(2026年5月10日放送)予告動画

あなたの心に残る
富士山の風景は
ありますか?

世界遺産 富士山 Mount Fuji, a World Heritage Site
映画 ホールディング・リアット (HOLDING LIAT) パンフレット  

ドキュメンタリー映画『ホールディング・リアット』で知る冷厳な現実

〜 だけど分断の中にも希望を見出したい 〜


正直なところ、この作品のチラシが映画館に出されたばかりの当初は「私の観たい映画リスト」には入っていませんでした。
しかし、いつものように映画館に足を運び、予告編を何度か目にするうちに、なんとなく気になってきたんです。
まぁ、そんなことはよくあること。
そんな軽めの流れで観に行った、『ホールディング・リアット(原題:Holding Liat)というドキュメンタリー映画でした。

…けど、これはとても軽い気持ちで観られるような映画ではありませんでした。
もちろん予告編を観た時点で気づきつつはありましたけれども…

映画『ホールディング・リアット』予告編

ところで、この映画のタイトル『ホールディング・リアット(原題:Holding Liat)』ですが、私は初め、英語「holding」には「保持」とか「占有」という意味があるので、「人質として拘束されているリアット」という意味合いなのかなと思っていました。
でも「holding」には「抱きしめる」や「支え続ける」「つなぎとめる」といった意味もあるんですよね。
映画を観てからは、そのタイトルには、「リアットという存在を手放さずに受け止め続けようとする家族の思い」が重なっていると感じられました。

理解できない現実と、湧き出る怒り

この映画が描いているのは、イスラエルとパレスチナという長く続く対立の中で起きた出来事です。

日本という島国に住む私には遠い国の話。
ニュースで断片的に目にすることはあっても、どこか現実感を持てずにいた世界。

でも、この映画は違いました。
それは「大きな問題」ではなく、一つの家族の出来事として描かれているからだと思います。
だからこそ私は、その現実を「自分の感情」のように受け取ってしまったのかもしれません。
涙を流さずにはいられない苦しさや悲しさと同時に、怒りの気持ちが湧きました。

なぜこんなことが起きるのか。
なぜ人の命が奪われるのか。
どうしてそれが、どこかで「仕方のないこと」として扱われてしまうのか。

知れば知るほど単純ではない

改めて私はこの問題について少し調べてみました。
イスラエル・パレスチナ問題は、単なる争いではなく、歴史・宗教・土地・安全保障といった様々な要素が絡み合った、非常に複雑な問題です。

イスラエル・パレスチナ紛争/問題 概略図
イスラエル・パレスチナ紛争問題 概略図

どちらの側にも「理由」があり、どちらの側にも「失われたもの」がある。
だからこそ、単純に「どちらが正しい」と言い切ることはできない。
頭では理解できるようでいて、感情は追いつかないという感覚になります。

それでも、彼女が選んだもの

2023年10月7日ニールオズからガザ地区へと拉致され、パレスチナ人のもとで54日間人質となって過ごしたイスラエル系アメリカ人であるリアット・ベイニン・アツィリ(Liat Beinin Atzili)

映画『ホールディング・リアット』のパンフレットの裏表紙には、彼女による言葉がそっと記載されています。

3人の子どもたち、そしてガザの子どもたちのために、
より良い未来を築くことに焦点を当てたい。

映画 ホールディング・リアット (HOLDING LIAT) パンフレット  
映画 『ホールディング・リアット』パンフレット  

彼女は、怒りや悲しみを抱えていてもおかしくない状況にいたはずです。
それでも彼女は、「復讐」ではなく「未来」を選んでいる。
しかも、自分の子どもだけではなく、ガザの子どもたち、つまり「フェンス<対立>の向こう側にいる存在」まで含めて。

これは簡単にできることではないと思います。
むしろ、人間として自然な感情に従えば、違う選択をしてもおかしくない。
それでも彼女は、別の道を選んだ。
私はそれを、「感情を否定した」のではなく、感情を抱えたまま、その先を選んだ行為なのではないかと感じました。

「生かされた命」という問い

彼女の気持ちを本当の意味で理解することは、私にはできません。
それでも私は、彼女の選択の背景に、「生かされた命をどう使うのか」という問いがあったのではないかと感じました。

なぜ自分は生きているのか。
この命を、これからどう使っていくのか。

それは、極限の状況を経験した人だけが抱く問いなのかもしれません。
そして彼女は、その答えとして「未来を選ぶ」という道を選択したのではないか。
そう思わずにはいられませんでした。

もう一つの「赦し」の物語

実はこの映画を観た同日、偶然にも私は「分断」や「許し<赦し>」に関わる別の話を知りました。
映画『ホールディング・リアット』を観た直後にその話を知ったので、映画のこともこの話も残すべきではないか、そう感じたこともあり、このブログを綴っています。

それは、第二次世界大戦後、日本に対して寛容な姿勢を示したスリランカの話です。
当時の日本は敗戦国として厳しい立場に置かれ、分割統治、つまり「分断」される可能性もあったと言われています。
そんな中でスリランカは、日本を裁くのではなく、再び国際社会の一員として受け入れるべきだと訴えました。
結果として日本は分断を免れ、一つの国として再出発する道を歩むことになります。

スリランカが日本に示した「寛容」
スリランカが日本に示した「寛容」について(私の解釈に基づく図解です)

日本がもし分断されるようなことになっていたら、今頃一体どうなっていたのか…

もちろん、これはイスラエル・パレスチナ問題とは状況も規模もまったく異なります。
単純に重ね合わせることはできません。
それでも私は、この二つの出来事のあいだに、ある共通点を感じました。

それは、「分断」へと向かう流れの中で、それでもなお、別の選択をしようとした意思があったということ。
過去の出来事に対して、憎しみや対立を深める方向ではなく、「赦し」、対話を深めることで未来をどう築いていくかという視点に立った選択。

日本はそのおかげで苦境を免れましたが、イスラエル・パレスチナだけでなく、世界各地で今も紛争が起きている地域ではそれが叶っていないということです。

分断の中で、人は何を選べるのか

映画『ホールディング・リアット』は、答えを提示する作品ではありません。
むしろ、簡単に答えが出ない問いを、静かに差し出してきているように思いました。

  • なぜ人は対立するのか
  • なぜ暴力が連鎖するのか
  • その中で、人は何を選べるのか

そしてもう一つ、「自分ならどうするのか」。

日本にいる私たちは、この問題を「自分ごと」として感じる機会は多くありません。
だからこそ、この映画を観なければ、知ることもなかった現実があります。

そして同時に、知ってしまった以上、完全に無関係ではいられないという感覚も残ります。
しかし私はまだ、この問いに対する答えを持っていません・・・

最後に:監督ブランドン・クレーマーのメッセージと共に

この映画を観ていて強く感じたのは、ここまで個人的で、感情の深い部分にまで触れている作品は、そう多くはないのではないかということでした。

ただ出来事を記録するのではなく、そこにいる人たちの揺れや葛藤までもが繊細に映し出されている ──

なぜここまで踏み込むことができたのだろうと思っていたのですが、パンフレットを読んで、その理由が少しわかった気がしました。
この作品の監督ブランドン・クレーマー(Brandon Kramer)と、プロデューサーの一人で兄のランス・クレーマー(Lance Kramer)は、リアットたちと親族関係にあり、カメラの外でも彼女とその家族を支える立場にあったといいます。
だからこそ、この映画は「外から見た記録」ではなく、関係性の中で紡がれた記録になっていると言えるかもしれません。

とはいえ、同時にそれは、簡単なことではなかったはずです。
近しい関係だからこそ、どこまで踏み込むのか、何を映すのか、そして、それを世に出すことの重さ、恐怖。
そのすべてに葛藤があったのではないかと思います。
それでもなお、この物語を記録し、伝えることを選んだ。
だからこそこの作品は、単なるドキュメンタリーではなく、観る側の感情にまで深く入り込んでくるのだと感じました。

flyer Holding Liat ホールディング・リアット チラシ
映画 『ホールディング・リアット』チラシ

ちなみに、この映画のチラシにはおそらくマーケティングの観点でダーレン・アロノフスキーがプロデューサーであることがアピールされていて、もちろんそれもそうなのでしょうが、私には、「鬼才」という看板文句よりも、兄弟が紡いだ「家族の対話」に心が打たれました。
監督とプロデューサー/ブランドン&ランスクレーマー兄弟の強い連携こそが、この過酷な物語を映画として成立させた真の力ではないかと思うのです。

ここで、パンフレットに記載されていたブランドンによる”監督メッセージ”の後半部分を引用させていただきます。

人質は拘束されたまま、数万人のパレスチナ人が命を落とし、双方で人々が苦しんでおり、こうした諸問題をめぐる議論は、コミュニティや家族内ですらますます分極化しています。
直接的な影響を受けたある家族の物語と、彼らがお互いの違いをどう乗り越えたかを描いた本作が、この戦争を理解するための新たな可能性を開くこと、そして暴力の連鎖の終結に寄与することを願っています。
この映画が数え切れないほどの物語の中のたった一つの家族の物語に過ぎず、多くの重要な物語が悲劇的に語れることなく終わるかもしれないことを、私たちは痛感しています。
この家族のレジリエンスと率直さ、そして理解を広げようとする本作のみならず、イスラエルとパレスチナを扱った他の映画を通して、観客がより深い問いを投げかけ、癒しと和解への道筋を見つけるきっかけになることを願っています。

この映画が世界で初めて上映されたのは、2025年2月第75回ベルリン国際映画祭でのワールドプレミア上映の時で、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しました。

ドキュメンタリー映画、特にこの作品のようなデリケートで複雑な政治・歴史的背景を扱う作品は、日本への導入に慎重な調整が必要なのが多いこともあり、その世界初上映から1年以上を経ての日本公開となります。

この公開に向けて届けられた、監督からの日本へのメッセージ動画もありましたので、こちらも埋め込ませていただきます。

映画『ホールディング・リアット』ブランドン・クレーマー監督より日本へのメッセージ

私も、このメッセージが少しでも多くの人の心に届くことを願っています。

なお、この映画は全国一斉公開ではなく、「順次ロードショー型」で、各地1週間前後の限定上映をリレーしていく形で上映されています。
私が観てきた仙台フォーラムでの上映は5月7日(木)で終わってしまう予定ですが、その後も上映される地域はありますので、気になる方はぜひご確認くださいませ。

✔️ホールディング・リアット上映情報:https://unitedpeople.jp/liat/scr


あなたは
「生かされた」と
感じたことがありますか?

大切な生かされている命
2026年4月26日開始 風の時代 × 天王星双子座期

2026年4月26日開始 風の時代 × 天王星双子座期

〜 これからの7年、世の中はそして自分はどう変わるのか 〜


今日は2026年4月26日。
占星術の世界では、本日から約7年間、双子座がひとつの大きな舞台になると言われています。

今回このことについて話題にする私ですが、いわゆる「占い」をすべて信じるタイプではない、ということを初めに正直にお伝えしておきます。

けれども、占星術やスピリチュアルな世界に流れる考え方や象徴が、今の時代の空気と不思議と重なることがあるのも事実だとも感じているのです。

だから私は、自分にとって心地よいと思うものだけを、自分の感覚で都合よく取り入れます。
そんな前提で、これからの「天王星双子座期」について少し考えてみたいと思います。

天王星が移動する

まず、科学的な点から見たお話から。
天体の動きとして、天王星は太陽の周りを約84年で一周します。

その結果、

  • 約7年ごとに、地球から見て背景の星座を移動する
  • 2026年前後に「双子座方向」に見える位置に来る

これは純粋に天文学的事実なのです。

ただし、現時点で天文学的なシミュレーションで確認すると、2026年4月26日時点で天王星が位置するのは、天文学上の「牡牛座」の領域です。
天文学の定義で天王星双子座の境界を越えるのは、実際にはもう少し先のことだということです。

約2000年前の古代ギリシャ時代には、占星術のサイン(12星座の区画)と実際の星座はほぼ一致していました。
しかし、地球の自転軸が独楽(こま)のように振れる歳差運動によって春分点が少しずつ西へ移動しているため、現在では約1サイン分(約30度)のズレが生じています。

そのため、占星術で「双子座入り」と言われる時期、実際の空ではまだ「牡牛座」の中に天王星がいる、という現象が起こるのです。

2026年4月26日天体イメージ概念図
2026年4月26日天体イメージ(*天文学の厳密な星図ではなく、位置関係の概念図です)

そんな天文学的な現実との差異の理解も踏まえ、前回の天王星双子座期1940年代前半第二次世界大戦期に重なる時期)では実際にどんなことが起きたか振り返ってみましょう(私はまだ生まれてませんけど…)。

  • 通信技術の進化(レーダー・暗号)
  • 情報戦の重要性の増大
  • メディアの影響力拡大

つまり、現代とは少し異なりますが「情報が世界を動かす」時代が加速した現実がありました。

双子座と天王星が象徴するもの

それでは、星占いではこれをどのように見ているのか。

占星術においては、2026年4月26日に天王星が双子座の位置に入り、7年間をかけて移動して、2032年8月4日を最後に双子座を離れると定義しています。

双子座のキーワードは、

  • 言葉
  • 情報
  • 学び
  • コミュニケーション
  • 軽やかさ

といった、「情報のやり取り」に関わる領域です。

一方で、天王星は変化や革新を象徴するとされます。

  • 革命
  • 変化
  • テクノロジー
  • 予想外

この2つを重ねて考えると、「情報の扱い方や伝達手段が大きく変わるタイミング」と捉えることもできます。

実際、AIやSNSの進化によって、誰もが発信できる環境が整い、コミュニケーションの形はここ数年で大きく変わりました。
占星術的な解釈を離れても、このテーマは現実の変化ともリンクしているように見えます。

風の時代との重なり

さらに占星術では、数年前から「風の時代」と呼ばれる流れが始まったと言われています。
それまでの200年「地の時代」の象徴であった物質や所有よりも、情報や関係性、目に見えない価値が重視される時代。

風の時代とは、グレートコンジャンクション(木星と土星の約20年ごとの接近)が作る長期トレンドです。
2020年12月にそれが風の星座である水瓶座で起きたことで、約200年続く「風エレメント中心の時代」に切り替わったと占星術では考えます。

そんな風の時代のキーワードは、以下のとおり。

  • 情報・知性
  • ネットワーク・つながり
  • 個人の発信
  • 物質より無形価値(経験・意味)

2020年にこの「風の時代」の幕は開けましたが、まだ「地の時代」の名残と混ざり合っている移行期のような状態です。
そこに今回、「変革」を司る天王星が、水瓶座と同じく風のエレメントである双子座に入ることで、いよいよ風の時代の本領が発揮されると言われています。

  • 天王星: 現状を打破し、アップデートする星。
  • 双子座: 風のエレメント。コミュニケーション、副業、学び、移動を司る。

いわば、2020年の水瓶座は、新しい理想やシステムの「土台」を作る時期でした。
そして、2026年から2032年の7年間は、社会の仕組みや私たちの働き方が、より「」のように軽やかで自由なスタイルへ、天王星の力で半ば強制的に、かつ劇的に書き換えられていく期間だと予測されているのです。

先ほども触れましたが、前回、天王星が双子座にいたのは1940年代のことでそれは今から約84年前ということになり、その時はまだ「地の時代」の真っ只中でした。
2020年に始まった「風の時代」は約200年続きますが、天王星の「84年」というサイクルは、その200年の中で「一度きりの特別なブースト」として機能するということのようです。

天王星の双子座入り現実との対比概念図
天王星(Uranus)の双子座(Gemini)入り占星術と天文学の対比概念図
現実の世界でも起きていること

占星術を抜きにしても、私たちはすでに変化の真ん中にいます。

誰もが発信できる時代。
AIが文章や画像を生み出す時代。
学び方も、働き方も、どんどん自由になっている。

つまり、「何を持っているか」ではなく

  • どう伝えるか
  • 誰とつながるか

そんなことが価値になっている。

これは偶然でしょうか。
それとも、人間が後から星に意味を重ねているだけでしょうか。

・・・どちらでもいいのかもしれません。

大切なのは、「今そうなっている」という事実だから。

これからの7年はどうなるか

これからの7年間は、こういう時間になる気がしています。

  • 自分の言葉を持つ人が、強くなる
  • 小さな発信が、大きなつながりになる
  • 学び続ける人だけが、変化に乗れる
  • 固定観念に囚われないことで、軽やかに生きられる

そして同時に、

  • 情報が多すぎて迷うこと
  • 表面的な言葉に疲れること

そんな側面も、きっとある。

だからこそ必要なのは、「速さ」ではなく「深さ」なのかもしれないと思うのです。

私自身の小さな決意

占星術で考えられているのと同様に、これからの時代は「言葉が大事」とよく言われます。
たしかに、そうなのだと思います。
何を感じ、何を考えているのか。
それを伝える力は、これからますます重要になっていく。

けれど私は、こうも感じています。
言葉は、体験のあとから生まれるものではないかと。

これまでの私は、どちらかというと「広く試す」時間を過ごしてきました。
やりたいことを探すように、いろいろなことに触れてみる。
それはそれで、大切な時間だったと思っています。

でも、ふと立ち止まったときに、もう少し、ひとつひとつを深く味わってみたい、と思ったのです。
深める」と言うと、何かを極めることのようにも聞こえるけれど、私が今感じているのは、もう少し静かなものです。

急がずに、わかったつもりにならずに、ちゃんと感じてみること。
触れたものを、そのまま通り過ぎさせるのではなく、一度、自分の内側に置いてみること。

では、そんな私がこれからの7年で何をするか ──
それについては、はっきり決めることもできるのかもしれませんが、あえて今はそこを絞りすぎないでおこうと思っています。

ただひとつだけ確かなのは、私はこれからも、アートに関わっていくということ。
その中で、何に惹かれるのか。何が残っていくのか。
それを、体験を通して知っていきたい。

もしかしたらこの7年の中で、自然と「自分の言葉」も生まれてくるのかもしれません。
でもそれは、最初から無理に作るものではなくて、体験の中で、少しずつ輪郭を持っていくもの。
そんな気がしています。

だから私は、この7年をこう過ごしてみようと思います。

「深く味わう7年」にする。

地味かもしれないけれど、きっと一番、自分に正直でいられる選択

最後に

私自身は、星の動きが未来を決めるわけではないと思っています。
でも、何かを見つめ直すきっかけにはなる。
もしこのタイミングが、これからの時間を少し丁寧に生きるための合図になるのなら、それはきっと、意味のあること。
そんなふうに感じています。



次の作品は静寂なエネルギーを感じるオリジナル動画です。
よかったら、あなたもここで今一度、静寂と共に、自分と正直に向き合って、これからどうしていきたいか、想い描いてみてくださいね。
(音声有りの動画です。一度再生すると停止ボタンを押さない限りループするように設定してあります)

Original movie of The Moon and the Sea with falling Stars by Seiko

これからの7年
あなたはどんな風に
過ごしていきたいですか?

ハムレット舞台で世界遺産クロンボー城への一人旅

〜 今でも心に残る旅の回顧録 〜


先日、映画『ハムネット』について記事を書きながら、私はある場所のことを思い出していました。
ウィリアム・シェイクスピアが描いた「ハムレット」の舞台として知られるデンマーク・エルシノア(Elsinore, Denmark)。

シェイクスピアの時代には「エルシノア」と呼ばれていたこの町、現在のヘルシンオアまたはヘルシンゲルに、実在するお城で、世界遺産として登録されているクロンボー城(Kronborg Castle)があります。
この地を私は数年前に一人旅にて訪れました。

*デンマークの都市、ヘルシンゲル(Helsingør)について
Wikipediaによる説明「ヘルシンゲル」

当時はただ「いつか行ってみたかった場所」として足を運んだその城が、今になって、まったく違う輪郭を帯びて思い出されてきました。


その地を訪れたのはこのブログサイトを開設する前のことでもあったので、今回は、そんなクロンボー城での記憶を、撮りためた写真とともに思い出巡りしてみたいと思います。



その日、私は滞在していたコペンハーゲン中央駅そばのホテルを朝早く出発し、電車にてヘルシンゲルへと向かいました。

コペンハーゲン中央駅(正面入口)
コペンハーゲン中央駅(プラットホーム)

この地図ではスウェーデンのヘルシングボリの文字と重なってしまっている黒いピンの場所がヘルシンゲルです。

コペンハーゲン中央駅から電車に揺られ、およそ50分ほどでヘルシンゲルへ到着。

ヘルシンゲル駅(駅舎内)
ヘルシンゲル駅(正面入口)

ここは、デンマークの首都コペンハーゲンの北に約44km先のところにある港町。
ヘルシンゲル駅を出ると静かで美しい景色が広がります。

ヘルシンゲル駅前のフェリー乗り場スンドブスン・ターミナル(Sundbusserne Terminal)
町の中心にそびえる大聖堂聖オーライ教会(St. Olaf’s Church)
中世の修道院に付属していた、落ち着いた佇まいの聖マリア教会(St. Mary’s Church)
閑静な住宅街の間から見えるのがクロンボー城

クロンボー城手前の波止場には、一際目を引く海のゴミで作られた魚のオブジェが設置されていました。

公共アート作品:Garbage Fish(ガーベッジ・フィッシュ)

海洋プラスチックごみ問題への関心を喚起するために制作された巨大な魚型の彫刻作品で、訪れた時はただ印象的な作品だと感じただけでしたが、帰国してから調べて、日本のアーティスト「淀川テクニック」によるものだと知り驚きました。

遠く離れたデンマークの港で、思いがけず日本とつながった瞬間があったのだなと、不思議な感覚を得たのを今でも覚えています。

そんな印象深いオブジェの前にどっしりと佇む建物もまた奇抜でした。

Kulturværftet(カルチャーヴァーフテ/文化施設)

旧造船所(værftet:ヴァーフト)をリノベーションして建てられた、図書館+文化施設+展示スペースが一体化した施設です。

さらに進むと、旧造船所のドックをそのまま活かし、地中に潜るようにして造られたデンマーク海事博物館(M/S Maritime Museum of Denmark)があります。

海事博物館は地下なのでその建物は地上にありませんが、その先に、クロンボー城が姿を現します。

デンマーク海事博物館(手前に見える階段を下って入館)とクロンボー城

さて、いよいよクロンボー城の敷地内へ。
(工事中でしたが)まるでおとぎ話の世界にでも入り込むような入り口でした。

クロンボー城敷地内への入り口
クロンボー城は海に囲まれているため橋を渡らなければならない
さらに堀に囲まれた城壁
敷地内にはゲートがいくつもある

ここまでは無料ですが、お城の内部に入るためには入場料を払う必要があります。

城内部へと繋がる重厚な門(ここで入場料を支払う)

なお、デンマーク観光者には便利なコペンハーゲンカード(Copenhagen Card)というものがあります。
コペンハーゲンカードは、コペンハーゲン市内および周辺の80以上の観光名所への無料入場と、公共交通機関の乗り放題がセットになったもので、24時間〜120時間の有効期間から選べ、観光スポットを効率よく巡る際に便利なパスです。

私が行った年は2019年だったので、現地の旅行会社等でコペンハーゲンカードを購入する必要がありましたが、今はスマホのアプリになっているので、現地行かずとも準備可能です。
本当に海外旅行するにも便利な時代になりました…


クロンボー城への入場料金については、2026年4月現在で、大人150DKK*ほどで、季節によって変動があったり、オンライン購入の場合の割引があったりもするようです。
コペンハーゲンカード利用可能状態であれば、無料になります。

*DKK:デンマーク通貨クローネ。2026年4月18日現在で1クローネ24.97 円です。私が行った時より1.5倍くらいになっちゃってます…

さあ、それでは城内へと向かいましょう。

中庭へと繋がるアーチから見上げた景色
中庭

建物の中の部屋はたくさんあって、限られた時間内ではとても見切れませんが、どこを巡っても「宮廷と言えば豪華絢爛」というイメージが覆されるものでした。

居住部屋
大広間(ボールルーム)

屋上に登ることもできました。

屋上に出るための螺旋状の階段

屋上に登ると、360度パノラマの素晴らしい景色が一望できます。

エーレスンド海峡(Oresund)の向こうは、もうスウェーデンです。
この城がただの宮殿ではなく、“境界を見張る場所”だったことを実感します。

屋上からの眺め(向こう岸に見えるのがスウェーデン

一方で、視線をずらすと、城の向こうに広がるのは、小さな港町の穏やかな日常。
尖塔を伸ばす聖オーライ教会が、この街の時間を静かに見守っています。

屋上からの眺め(ヘルシンゲルの街並み、フェリースウェーデン行き)

クロンボー城は宮殿であると同時に要塞でもあり、華やかさよりも防御や機能が重視された場所でした。

対岸に向かって設置されている大砲

そして、その大砲が向けられていた先に目を向けると──

クロンボー城前に広がる海(エーレスンド海峡

そこには静かな海が広がっていました。
けれどこの場所は、かつて“境界”だったのです。

見張るために築かれた城と、その向こうにある、もうひとつの国。
その距離の近さが、この場所に独特の緊張と静けさを与えているのかもしれません。

そしてこの風景は、やはりハムレットの世界とも重なって見えるのです。

境界に立つということ、その内側と外側で揺れる心。
けれど今、この海は人を隔てるものではなく、行き来するための穏やかな道になっている。

かつての緊張を知っているからこそ、この静けさを、尊く感じられるのでしょうか・・・

デンマークスウェーデンを繋ぐ、国境の船が絶え間なく行き交う海の玄関口

ところで、イギリス人であるシェイクスピア自身が、デンマークの「エルシノア(現在のヘルシンオアまたはヘルシンゲル)」を訪れたという確かな記録はないということです。

当時、イングランドとデンマークは交流があり、宮廷や商人を通じて情報が入っていた可能性が高く、シェイクスピアにとってエルシノアは、単なる観光地ではなく「王権」「監視」「閉ざされた空間」「疑念と孤独」といったテーマを象徴する場所だったと考えられます。

シェイクスピアは、この地を訪れてはいない。
しかし、なぜ彼がこの地を自分の大切な作品の舞台に選んだか。

ここに立つと、少しわかる気がすると思います。

デンマークの世界遺産クロンボー城

この度、映画『ハムネット』を観たことをきっかけに、尊い記憶を呼び起こすことができ、豊かな気持ちに浸っています。
デンマークで訪れた他の場所についても、いずれまた記録として残せればいいなと考えています。



ちなみに、アート好きな私は旅をするときは、美術館や世界遺産など芸術を巡ることをテーマとしておりまして、世界遺産検定公式HPをよく参考にさせていただいております。

世界遺産であるクロンボー城については、世界遺産検定公式YouTnbeチャンネルのこちらの動画が参考になるかと思いますので、ご興味のある方はご覧になってみてください。



海の向こうに
あなたは
何を思い浮かべますか

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映画 ハムネット パンフレット シェイクスピア 本 ハムレット マクベス

こんなに泣けるとは思わなかった 映画『ハムネット』

〜 現実の中にある物語について 〜


映画を観終えたあと、しばらく席を立てませんでした。
物語の余韻もあれば、さらには個人的な何かが胸の奥に触れていた感覚があって──
それが何なのか、すぐには言葉にできなかったのです・・・

To be, or not to be, that is the question.
生きるべきか死ぬべきか。それが問題だ。

この、あまりにも有名なセリフはいかにして生まれたのか。
映画『ハムネット(原題:Hamnet)』は、シェイクスピアの名戯曲「ハムレット」誕生の背景を描いた作品です。

けれども、単なる“偉人の物語”ではありませんでした。
むしろそこにあるのは、誰かを失うこと、残された人がそれでも生きていくこと、そしてその想いが形を変えて何かを生み出していくという、激動の中にも静けさのある、確かな人間の営み。

映画『ハムネット』予告編

観る前から泣ける映画なんだろうなとは思ってはいたものの、私にとってのそれは全く想像していた以上でした。

さて、まずこの作品を語る上で欠かせないのが、監督クロエ・ジャオ(Chloé Zhao)の存在です。
彼女の代表作で、アカデミー賞受賞も果たした『ノマドランド』を観た方ならわかると思いますが、

  • 過剰に説明しない
  • 感情を押しつけない
  • 余白の中で“感じさせる”

という独特の作風があります。

なお、映画『ノマドランド』についての私の過去記事はこちらでして、
アカデミー賞受賞作「ノマドランド」に見る壮大な風景と生きる意味
偶然ですが、『ノマドランド』にはシェイクスピアの美しい詩が引用されるのですが、そのことにも触れてます。

今回の『ハムネット』もまさにその延長線上にあって、ともすればもっとドラマチックにも描けるであろう題材を、あくまで静かに、しかし確実に心に染み込ませてくるような演出が印象的でした。

さらに、この作品で個人的にとても印象に残ったのが、配役に関するエピソードです。

物語の後半、妻アグネスが夫ウィルの舞台「ハムレット」を観に行き、舞台上のハムレット王子に亡き息子ハムネットの面影を見るシーン。
映画鑑賞中は、私は単純に「似ている俳優を選んだんだな」と思っていました。

けれど後からパンフレットを読んで知ったのは、

という兄弟俳優がキャスティングされていた、という事実。

つまり“似ている”のではなく、本当に似ている存在だったということです。

この事実を知ったとき、感じ方が少し変わりました。
あのシーンについては、この映画の原作者マギー・オファーレル(Maggie O’Farrell)の想像によるもので、完全にフィクションであることは明白です。
しかしながら、感情の部分が現実にぐっと近づいているような、そんな不思議なリアルさを感じたのです。
それは、こうした細やかな演出があってこそのことで、この作品の静かな説得力を支えているのだろうと思いました。

これは私の勝手な想像と見方ですが、現実でもシェイクスピア息子ハムネットを想いながら戯曲「ハムレット」を文章で綴って、さらにその舞台を演出した時には、やはりハムネットに似た人を配役したんじゃないかと思うんですよね。
今回の映画『ハムネット』での、クロエ・ジャオ監督によるキャスティングも、それと重なる部分があるなと。

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この映画は史実をベースにしながらも、その核心部分はあくまで“想像”で描かれています。

ウィリアム・シェイクスピアと結婚したアグネス(公的な記録としての名はアン・ハサウェイ)は、長女に男女の双子と3人の子供を儲けるが、ウィル(シェイクスピア)は一家の住まいから遠く離れたロンドンでキャリアを模索、その間に訪れる息子ハムネットの死、そしてその後に戯曲として「ハムレット」が書かれたという事実。

一方で、同時にあったはずの感情や出来事は、記録としてはほとんど残っていません。
だからこそこの作品は、

「史実の再現」ではなく、“あり得たかもしれない心の動き”を描いている

そう感じました。

シェイクスピアが息子の死をきっかけに悲劇を書くようになった、という明確な記録もないといことですが、私は、きっと無関係ではないだろうと思っています。

シェイクスピアほどの偉大な存在でなくても、私たちは日々の経験や出来事を通して、考え方や表現が少しずつ変わっていくものです。
それはきっと、アーティストであればなおさらで、人生の中で起きた出来事が、何らかの形で作品に影響を与えるというのは、ごく自然なことではないでしょうか。

戯曲「ハムレット」という作品の奥に、ひとりの父親としての想いが重なっていたとしても不思議ではない、そう思います。

flyer Hamnet 映画 ハムネット チラシ
映画『ハムネット』チラシ

そして実は、観ている最中から観終わったあともずっと、私の中で何かが揺れていたのですが──
その理由にふと気づいたのは、映画館を出た後の帰り道でした。

私は、亡き祖父母のことを思い出していました。
祖父母の間には、長男(私の父)と2人の娘、双子の点や順番は違いますが、ウィルとアグネス同様に、3人の子供がいました。

そして、私の生まれ育った家は宮城県名取市閖上(ゆりあげ)にあり(震災により今はありません)、祖母はそこで美容室を営みながら、家族を支えていました。
一方で祖父は画家として活動していて、祖母は「こんな田舎では日の目を見ないから」と、祖父の背中を押し、東京へ送り出したそうです。

映画『ハムネット』に描かれているウィル同様、祖父は時々しか家族の住む家に戻って来ない存在だったので、祖母はその間、アグネス同様に、女手一つで子どもたちを育てていました。

決して派手ではないけれど、誰かの人生を信じて支えるという、強くて静かな選択

今回の映画の中で描かれていた夫婦の関係性や家族の在り方が、どこか重なって見えたのは、きっとそのせいだと思います。

もちろん、シェイクスピアの人生と、私の祖父母の人生はまったく別のものです。
けれどこの作品を通して感じたのは、

「特別な人の物語」ではなく、「どこにでもあり得たかもしれない人間の物語」

でした。
だからこそ、こんなにも深く心に触れたのだと思います。

私の祖父母についての話は少し特殊かもしれません。
しかし、人を愛する幸福感や、大切な人を失った時の喪失感などは、多くの人が体験していることではないでしょうか。

そしてもう一つ、この映画を観て強く感じたことがあります。
それは、

人は、自分が体験したことや想ったことを通じてしか、本当の意味で何かを生み出せないのではないか

ということです。

シェイクスピアの息子を失ったという悲しみが、やがて「ハムレット」という作品へとつながっていったのだとしたら、そこには単なる創作を超えた“必然”のようなものがあったのではないかと感じずにはいられません。

映画の中の出来事はフィクションも多く含まれているはずなのに、どこか現実のように感じられたのは、そうした“あり得たかもしれない感情”が丁寧に描かれていたからなのだと思います。

また、「現実は小説より奇なり」という表現がありますけれども、

現実の中に、すでに物語はある

私はそんな風に思いました。

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映画『ハムネット』パンフレットとシェイクスピアの悲劇「ハムレット」「マクベス」新訳文庫本

映画『ハムネット』は、必ずしも全ての人に強く響くものではないかもしれません。
けれどもし、どこかで自分の中の「やわらかさ」や「痛み」に触れたことがある人なら、きっと何かを感じ取れる、静かで、あたたかくて、そして確かに胸に残る作品だと思います。

映画レビューなのに、今回はだいぶ個人的なことも書いてしまいましたが、私はこの映画を観たことで、祖父母のことを、もう一度ちゃんと書いてみたいなとも感じました。
祖父母については以前にもブログに書いたことがあるのですが、今回観た映画『ハムネット』をきっかけに、その記憶の見え方も少し変わった気がしています。
もしご興味がありましたら、そちらもあわせて読んでいただけたら嬉しいです。

私の大切な祖父母についての過去記事はこちら:
遠距離結婚を貫いた画家と美容師 その1/おしんのような経験を持つ美容師
遠距離結婚を貫いた画家と美容師 その2/ずっと秘密にされてきた二人の馴れ初め
遠距離結婚を貫いた画家と美容師 その3/家庭を持っても単身生活を続けた画家

毎回意外なことを思い起こさせてくれる映画。
つくづく映画ってやはり素晴らしいです。
大好き。そして感謝。

✔️『ハムネット』が上映されている劇場はこちら:
https://eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=RsbAfzMx


あなたの身近にも
「物語」は
ありますか?

物語を感じる風景
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Project Hail Mary _ Brochure & Book プロジェクト・ヘイル・メアリー パンフレット 本

まさに私も救われる、映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

〜「理解しようとすること」が世界を救う 〜


パンフレットも一時は売り切れるほど話題となっている映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー(原題: Project Hail Mary)』を観てきました。

SF大好きな私自身、もちろん公開される前からすごく楽しみにしていたのですが、正直なところ、観る前は、名作映画『アルマゲドン』のようなシリアスな宇宙ミッションものを勝手に想像していたのです。

映画『アルマゲドン』予告編(90年代の映画ゆえか画像が荒いです😭)

しかしそれは、いい意味で裏切られました。
確かに『アルマゲドン』同様、人類の存亡をかけた物語ではあるのですが、シリアスなテーマの一方でユーモアが散りばめられていて、笑える場面がたくさんあるのです。

優しさ、温かさがあり、とても深く心に残る作品でした。
そしてやはり、壮大なSF映画ですので、IMAXで体験できたのも大正解だったと思います。

映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』予告編

ちなみにタイトルにある
「ヘイル・メアリー(Hail Mary)」
とは、もともとは祈りの言葉であり、そこから転じて
「成功するかどうかわからないが、最後に賭ける一手」
といった意味で使われる表現だそうです。
まさにこの物語の設定そのものを表している言葉だと感じました。

観終わってまず感じたのは、
「これは科学で世界を救う物語ではあるけれども、それ以上に、”理解し合うこと”で世界を救う物語なのではないか」
ということでした。

作中では各国の科学者たちが集まり、国や立場を超えて一つの目的のために動きます。
そこにあるのは私利私欲ではなく、「どうすれば人類を救えるか」という一点だけ

今(2026年4月)、私たちが置かれている現実世界では、戦争が絶えず、国同士の対立や利害が複雑に絡み合っています。
その中で、この描かれ方はどこか理想的でありながら、同時に「人間にはこういう側面もあるのではないか」と静かに問いかけてくるようにも感じられました。

flyer Project Hail Mary プロジェクト・ヘイル・メアリー チラシ
映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』チラシ(1)

そして何より胸を打たれたのが、主人公グレースとロッキーの関係です。
言葉も文化も違う存在同士が、「科学」を通じて少しずつ理解し合っていく。
その過程はとてもユーモラスでありながら、気づけば強い絆へと変わっていく。
この描き方が本当に見事でした。

特に心に残っているのは、「Brave(ブレイヴ)/勇敢」という言葉をめぐるシーンです。

自分のことを「Stupid/間抜け」だと思っているグレースが、ロッキーに対してそっと「Brave/勇敢」という言葉を示す場面。
あれは単なる単語のやりとりではなく、「人はどういうときに勇敢と言えるのか」という価値観そのものを共有する瞬間だったように思います。

自分ではそう思えなくても、他者の視点から見れば違う意味を持つ。
そのズレが優しさとして描かれているようで、観ていて胸に残りました。

flyer Project Hail Mary プロジェクト・ヘイル・メアリー チラシ
映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』チラシ(2)

また、パンフレットを読んで知ったのですが、作中の宇宙船の動きがやけに軽やかで、どこかコミカルに見えたのは、単なる演出ではなく科学的にも理にかなっているとのこと。
このあたりも含めて、「リアルを突き詰めた結果、逆にユーモラスに見える」というバランスが、この作品らしさなのだと感じました。

そう、今回とても印象的だったのは、この作品がどれだけ“誠実に”作られているかという点です。

原作である『プロジェクト・ヘイル・メアリー(Project Hail Mary)』の著者であるアンディ・ウィアー(Andy Weir)が制作にも深く関わり、科学的な正確さを徹底的に守ったこと。
さらに、監督フィル・ロード&クリストファー・ミラーPhil Lord & Chris Miller「原作を近道せずに描く」という姿勢。
そして主演のライアン・ゴズリング(Ryan Thomas Gosling)が原作に惚れ込み、出演だけでなくプロデュースにも関わっていること。

そうした一つひとつの積み重ねがあるからこそ、この作品のリアリティや温かさ、そしてあの“優しさ”が生まれているのだと感じました。

SFというジャンルでありながら、この作品の本質は人間ドラマであり、友情の物語
派手さだけではなく、
「誰かを理解しようとすること」
の尊さが丁寧に描かれていて、観終わったあとにもじわじわと効いてくる作品でした。

Project Hail Mary _ Brochure & Book プロジェクト・ヘイル・メアリー パンフレット 本
映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のパンフレットとダブルカバー仕様の原作文庫本上下巻

さて本日、私の手元にその原作本が届きました。
これから読むのがとても楽しみです。
映画で感じたこの余韻が、さらに深まるのではないかと期待しています。

既にこの続編制作については噂されているようで、私も続編が作られるならぜひ観たいし、こういう作品がもっと多くの人に届いてほしい。
そう思える一本でした。

✔️『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が上映されている劇場はこちら:https://projecthm.movie/theater.html


あなたは
誰かを“理解しよう”
としたことがありますか?

カフェの温かなひととき 友情 理解
When you take a breath?

検索窓に映る、私たちの「静かな悲鳴」

〜「しんどい」のはなぜ? 〜


私は日頃、Google Trendsを活用していて、ニュースレター受信の設定もしているのですが、昨日受け取った内容がとても気になりましたので、このブログをしたためます。

Google Trends(グーグルトレンド:https://trends.google.co.jp/trends/)とは、世界中の人が、今、何に関心を持ち、何を検索しているかを可視化する『時代の鏡』のようなツールです。
余談ですが、この『時代の鏡』は、Googleによる生成AIのGeminiによる表現で、なるほどなと思いました。

昨日(2026年4月2日)受信した内容で私が気になったのは、『Overwhelmed and Stressed(圧倒される感覚とストレス)』『Burnout(燃え尽き症候群)』についてです。

今、世界中で『Overwhelmed(オーバーウェルムド)という言葉の検索が過去最高になっているとのこと。
『Overwhelmed』は直訳すると『圧倒される』という意味なのですが、これを日本的に意訳すると『もう、いっぱいいっぱい』『脳がパンクしそう』という感覚かと思います。

SNSやニュース、仕事のタスク・・・
外からの刺激が強すぎて、心のコップから水が溢れ出している状態ではないでしょうか。

興味深いことに、世界ではその癒やしとして『塗り絵』が流行り、働き方として『低ストレスな仕事(データ分析など)』が切望されているのだそうです。
要するに世界では、その「しんどさ」を和らげるために、静かな時間を求める動きが広がっているのではないかと思われます。

翻って、私たちの日本はどうでしょうか。
日本では、海外のように『圧倒されてる!』みたいに自分の感情を外に出すよりも、『仕事 行きたくない』『適応障害 診断』『HSP』といった言葉が検索窓を埋め尽くしているようです。

「仕事行きたくない」を検索する日本人


私、これって実は、すごく重い事実ではないかと思うのです。
SNSで『疲れた』と呟くのとはまた違うのです。
誰にも言えない、上司にも家族にも見せられない本音を、夜中に一人で、震える指で検索窓に打ち込んでいる。
検索窓は、現代の駆け込み寺のような存在なのかもしれません。

もし”うちの社員は元気にやっている”と思っている経営者やリーダー層の方がいらしたら、この検索データの背景を想像してみてほしいのです。

口に出せないからこそ、みんな検索している。
『行きたくない』のは甘えではなく、今の社会のスピードや刺激が、人間の処理能力(キャパシティ)を物理的に超えてしまっているサインではないでしょうか。

これからの時代に必要なのは、根性論ではなく、いかに「人を圧倒させない(Overwhelmedにさせない)環境」を作れるか」という視点なのかもしれません。

When you take a breath?


もし今、あなたが検索窓にそっと弱音を吐き出しているなら。
それはあなた一人の問題ではなく、世界中が同じ痛みを抱えている証拠です。

必要なのは、例えば、たまにはスマホを置いて、塗り絵をしたり、静かな本の世界に逃げ込んだり。
そんな自分の中の「圧倒されないための余白」。

けれど、実際には、今、自分自身のための“余白”がどこにあるのか、まだ見つかっていない人も多いのかもしれません・・・


あなたは
どこで
息をつけていますか?

Image_A man is sitting alone
映画 落下の王国 円盤 待ち続けた作品が、ついに。

『落下の王国』4Kデジタルリマスター ついに UHD & Blu-ray 発売決定!

〜 その日が待ち遠しい!2026年7月15日(水)〜


ついにこの日が来ました。
『落下の王国』4Kデジタルリマスター版UHD&Blu-ray発売が公式発表されました。
待ちに待った、名作の円盤化です!
(配信については後半で述べてます)

昨年11月、日本でのリバイバル上映から続いていたあの熱狂。
ロングラン上映、パンフレットの重版 ──
「この作品、やっぱり特別なんだ」と改めて感じていた中での今回の発表。

正直、ずっと待っていました。



なぜここまで待ち望まれていたのか

私の過去記事でも書いていますが、『落下の王国(原題:The Fall)』は長い間、

  • 配信がほとんどない
  • 円盤(DVDやBlu-rayなど)も入手困難
  • というところから「観たくても観られない映画」

という状態が続いていました。

<落下の王国に関する私の過去記事>
映画「ザ・フォール 落下の王国」に見る世界遺産
念願成就!映画『落下の王国』4Kリマスター版を映画館にて!

それでもこの作品は忘れられることはなく、むしろ「一度観た人の中に残り続ける映画」として、静かに語り継がれてきた存在です。

だからこそ今回の4Kリマスター、そして円盤化は、単なる再発売ではなく、“ようやく正しく再会できる機会”だと感じています。

映画 落下の王国 円盤 待ち続けた作品が、ついに。


なぜ日本ではここまで刺さったのか

今回のリバイバル上映がここまで広がった理由、個人的にはこう考えています。

・美しさそのものを楽しむ文化
ストーリーの明快さよりも「映像体験」「美術」「ロケーション」を重視できる土壌がある

・パンフレット文化
映画を観て終わりではなく、“読み解く・深める”ことを楽しむ習慣がある

・余白を受け入れる感性
すべてが説明されなくても、感覚的に受け取れる作品に強い

日本では映画を「観て終わり」ではなく、「読み解く・持ち帰る」文化があります。
パンフレットや考察を通して作品を深めるスタイルは海外にはあまり見られない特徴であり、『落下の王国』のように余白の多い作品と非常に相性が良かったのだと思います。

『落下の王国』はまさに

  • アート
  • 世界遺産ロケーション
  • ファンタジー

この3つが融合した作品なので、日本の観客との相性はかなり良かったのだと思います。

海外との違い

海外でもこの作品は評価されていましたが、その広がり方は少し違うようです。

  • 長年「幻の映画」としてカルト的に支持
  • 4K修復をきっかけに再評価
  • 配信や限定上映で徐々に拡大

一方日本では、劇場体験から一気に広がったというのが大きな特徴です。

つまり

  • 海外 → コア層からじわじわ拡大
  • 日本 → 劇場体験で一気に共有

この違いはかなり面白いポイントだと思います。

どの形で買うべきか(正直に悩んだ話)

今回の円盤販売には、いくつか種類があります。

  • BD単品
  • UHD+BD(ブックレット付き)
  • 公式サイト限定特典付き(オリジナルアクリルスタンド6体セット)

どれにすべきか、悩みました。

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一瞬アクリルスタンドも気になったのですが、冷静に考えると自分が求めているのはそこではなくて、映画そのものと、その背景なんですよね。

私は

  • グッズよりも作品そのもの
  • さらに言えば撮影秘話や制作背景

に価値を感じるタイプなので、最終的にはUHD+BD(ブックレット付き←私にはこれが重要!)を選ぶのがベストかなと考えました。

正直に言うと、特典映像はBDに収録されているということのなので、円盤はBDのみでもいいのですが、それだとブックレットが付かないので・・・

こういうところ、うまく設計されているなとも思いますが、この作品に関しては、私にとって“知ることで体験が深くなる”映画なので、納得して選べる範囲かなと思っています。

ちなみに、UHDと通常のBD=Blu-rayの違いについて。
ざっくり言うと、

  • UHD(Ultra HD Blu-ray):いわゆる4K。より高精細で色の表現も豊か
  • Blu-ray:一般的な高画質で十分きれい

という違いがあります。

ただ『落下の王国』に関しては、

  • 色彩の美しさ
  • 衣装やロケーションの細かさ

が作品の魅力そのものなので、“より本来の映像に近い形で観たいならUHD”という選び方になるのかなと思います。
ただし、UHDを楽しむには4K対応のテレビや再生機器が必要なのでその辺の兼ね合いでご判断を。

一方で、Blu-rayでも十分に美しい作品であることは間違いないと思っています。

4Kで観る意味

この作品は

  • 実在する世界遺産ロケーション
  • CGに頼らない映像
  • 圧倒的な色彩設計

によって成り立っています。

つまり解像度が上がるほど価値が増す作品です。

配信でも観られる時代ですが、この作品に関してはやはり円盤で“所有する体験”には、それなりに意味があるかもしれません。

映画『落下の王国 4Kデジタルリマスター』30秒予告
配信はある?現時点の状況

なお、現時点(2026年4月1日)では、日本国内での配信については正式な発表はありません。
海外では4Kリマスター版が配信サービスで公開されているものの、日本では

  • 劇場でのリバイバル上映
  • UHD&Blu-rayの販売

が先行している状況です。

そのため、「とりあえず観てみたい」という方にとっては、少しハードルが高い状態が続いているのが現状かもしれません。

ただ、この流れから考えると、今後配信が解禁される可能性は十分にありそうです。
私自身は、この映画については手元に置いておきたいので円盤購入を選びますが、この作品がより多くの人に届くきっかけとして、配信の展開にも期待したいところです。

最後に(まとめ)

『落下の王国』

  • 分かりやすい映画ではないかもしれない
  • でも確実に「記憶に残る映画」

です。

今回の円盤化は、ずっと好きだった人にとってはもちろん、少し気になっていた人にとってもようやくちゃんと触れられる機会になるはずです。

そしてアート好きで世界遺産好きな個人的には、この作品は一度観て終わりではなく、何度も向き合う映画だと思っています。
だからこそ今回の発売、本当に嬉しいです。

…ええ、もちろんもう予約しましたよ。
海外での販売でも大人気で程なくして売り切れたというし、過去の後悔を繰り返したくはないので。

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この物語
あなたの中では
どう残りましたか?