映画 フェザーズ その家に巣食うもの, 小説 悲しみは羽根をまとって

ホラーだと思って避けていた映画『フェザーズ その家に巣食うもの』だったけど・・・

〜 本当のところは泣かされる物語 〜


フォーラム仙台で上映中の『フェザーズ その家に巣食うもの(原題:The Thing with Feathers)』を観てきました。

実はこの映画の公開前、私は、最初に映画館でチラシをパッと見した時、「ホラーっぽいな」と思って、観るつもりはありませんでした。
私はグロテスクだったり、残虐な描写がリアルなタイプのホラー映画が苦手だからです。

とはいえ、チラシを一見したその日、映画好きの私は念の為、家に帰ってからPCで予告編動画も確認。
で、やはり怖そうだなという印象は変わらずで、この映画はスルーするつもりでいたのです。

映画フェザーズ その家に巣食うもの予告編

だって、こんな予告編ですよ?
怖そうじゃないですか??(それとも私が気弱なだけ??)

でも、素晴らしいパフォーマンスで知られ、私にとっても好きな俳優の一人、かつ偶然にも私と誕生日が近しいベネディクト・カンバーバッチ(Benedict Timothy Carlton Cumberbatch, 1976年7月19日〜)主演の作品、そしてアート好きの私には、そのカンバーバッチが今回演じる主人公はコミック・アーティストであるというところも興味深くて、どうしても気になって…

それで後日、再度この映画のチラシを見たときに、改めてキャッチコピーに目を留めました。

いびつな美しさをまとい癒しをもたらす、絶望と再生のファンタジースリラー

映画『フェザーズ その家に巣食うもの』チラシ(表)

私はスリラー系の映画も描写がグロすぎるものは避けるタイプですが、ふと、そういった類のスリラーやホラーというより、どこか違う方向の作品なのではないかと思いました。

さらにこの映画の原作小説のタイトルが
『悲しみは羽根をまとって(原題:Grief is the Thing with Feathers)』
であることを知り、これは単なる怖い映画ではないのかもしれない、と感じたのです。

そして、実際に観てみて思ったのは、これは「喪失」の映画だということでした。

映画『フェザーズ その家に巣食うもの』チラシ(裏)

物語の中に現れるカラスは、不気味で少し怖い存在です。
けれど同時に、どこか可笑しさもあり、完全に恐怖の対象にはなりません。

最初はその違和感に戸惑いましたが、観ているうちに気づきました。
あの存在は恐怖そのものではなく、「悲しみ」そのものなのではないかと。

悲しみは、突然やってきて、居座り、理屈ではどうにもなりません。
それでも時に、どこか現実離れした形で自分の中に現れることがあります。

そう考えると、あのカラスの奇妙さは、とてもリアルに感じられました。

Image_Crow_The Thing with Feathers


この映画を観ていて感じたのは、人の死というものは「乗り越えるもの」ではなく、「抱えたまま生きていくもの」なのかもしれない、ということです。

悲しみを無理に消そうとするのではなく、ちゃんと感じて、そのまま受け止めること。

それは決して楽なことではありませんが、それでも自分は生きていくしかありません。

カラスの言葉は、突き放しているようでいて、どこか慰めにも感じられました。
厳しさと優しさが同時にあるような、不思議な存在です。

この映画の最中、私は、思いがけず、泣いてしまいました。
瞳から、静かにツーッと涙が流れ落ちてくるのです。

私はこれまでに身近な人を何人も失った経験があります。
だからこそ、この映画が心に刺さったのかもしれません。

観ているうちに、自分の中にある感情に、少し気づくことができた気がしました。

観終わったあと、完全にスッキリしたわけではありません。
ただ、自分の感情に気づけたという意味では、少しだけ心が軽くなったようにも感じています。

一方で、内容については考えさせられる部分も多く、どこか引きずるような余韻も残りました。

でも今こうして振り返ってみると、どちらかというと「スッキリ」に近い感覚だったのかもしれません。

映画『フェザーズ その家に巣食うもの』のパンフレットと来場者特典カード、原作小説『悲しみは羽根をまとって

この映画は、もしかしたら人を選ぶ作品かもしれません。
物語としてわかりやすい展開を求める人には、少し難しく感じるかもしれないです。

けれど、もし何かを失った経験があるなら、この映画は静かに寄り添ってくる作品ではないでしょうか。
ホラーが苦手な私でも観ることができたので、同じように少し不安に感じている方でも、大丈夫じゃないかと思います。

なお、私の住む宮城県内では現在フォーラム仙台でのみ上映されています(2026年4月9日まで)。
全国の劇場情報はこちらです→https://feathers-film.com/theater/
もし気になっている方は、ぜひ、劇場で観てみてください。

私は映画を観たあと、原作小説『悲しみは羽根をまとって(原題:Grief is the Thing with Feathers)』(著:マックス・ポーター 、翻訳:桑原 洋子)も読んでみたくなり、今読み進めているところです。
読み終えたら、また違った視点でこの作品について書いてみたいと思います。

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あなたにとって
「悲しみ」は
どんな形で現れるものですか?

静寂 早朝の空 仙台

新月の夕暮れに、命の呼吸を整える

〜「静養」という名の大切なお仕事〜

今日は2026年3月19日(木)、新月ですね。
たった一度きりの人生、スピリチュアルとサイエンスの両方をバランスよく取り入れて豊かに生きよう、と考える欲張りな私が、本日感じたことを綴らせていただきます。

その一、ブルーグレーの静かな朝を迎えて

今朝、ふと目を覚まして窓の外を眺めると、空は一面の曇り空でした。

この静寂に包まれたような青灰色の空を見て、私は
「あ、今日は無理に動かなくていいんだな」
と、心からホッとしたのです。

そんな私ですけれども、実は、おそらく季節の変わり目だからだろうとは思うのですが、一昨日あたりから鼻のムズムズ感やひどい眠気、だるさがありまして。
けど、一見憂鬱とも思えるこの静かな朝を迎えて、それを否定せず、この空の色と一緒に受け入れてみようと思えたのです。


その二、過去の自分と今の自分

かつて責任ある立場でお仕事をしていた頃、だるさを感じれば栄養ドリンクを流し込み、戦うように出勤していました。
それなりの収入はありましたが、引き換えに「ぐっすり眠れる夜」や「自分の体の声」をどこかに置き忘れていました。
今の穏やかな生活と、かつてのお給料。
それは、雲泥の差かもしれません。
でも、貯金を取り崩してでも手に入れたかったのは、この「自分のリズムで呼吸できる幸せ」だったのだと、今つくづく感じています。

その三、節目が重なる祈りの季節

この時期、私の周りにはいくつもの大切な節目が重なっています。

新月と春分
明日は宇宙の元旦とも言われる「春分」です。
その直前の新月である今日は、まさに「最大のデトックスと準備」の時。
エネルギーが切り替わる前だからこそ、体が休息を求めるのは自然なリズムです。

お彼岸
また、今はお彼岸の真っただ中。
明日はお墓参りに行く予定です。
先祖を敬い、命のつながりに感謝するこの期間は、自分を置き去りにせず、大切に扱う時期でもあります。

東日本大震災から15年
そして、先日の3月11日で、東日本大震災から15年が経ちました。
生まれ育った名取市閖上、そして現在の生活地である仙台の街中でこの月日を数えるたび、生かされていることの有り難さ、そして「自分の命の尊さ」をいつにも増して深く感じます。

東日本大震災被災地 宮城県名取市閖上 名取市震災メモリアル公園 慰霊碑
名取市震災メモリアル公園の慰霊碑が建つ場所:奥の鳥居がある小山は震災前からある日和山だが(鳥居は再建)、他はほとんど震災後と震災前では景色が違うので、訪れるたび侘しい気持ちになる一方で、命の尊さに感謝の念が湧く
その四、「静養」という名の大切なお仕事

こうして振り返ると、今感じている「だるさ」さえも、愛おしく思えてきます。

ある人に言われた
「今のあなたは、次の一歩を踏み出すための『静養』という大切なお仕事をしている最中なんだ。それでいいんだよ」

この言葉が、今の私の支えとなっています。
個人事業主として「稼がなきゃ」という焦りがゼロと言えば嘘になります。
でも、枯れた土に種をまいても、元気な芽は出ないんですよね…
今は、私の心と体が一生懸命に「土壌改良」をして、春分からの新しいサイクルに向けて、ふかふかの土を作ってくれているサインなのだろうと感じています。

その五、穏やかな笑顔の連鎖をここから

新月は、リセットと始まりの時。
もし今、この記事を読んでいるあなたも「休むこと」に罪悪感を感じているなら、一緒に深呼吸してみませんか?
「休むこと」は、命を慈しみ、自分を立て直すための、立派で不可欠なお仕事。

そんなことをしみじみ感じている現在の私です。
今夜は自分をたっぷり甘やかして、また明日、お彼岸の静かな空気の中で、ご先祖様へ
「私は元気です。命を与えてくれてありがとう」
と伝えに行こうと思っています。


あなたが
生かされている幸せを
感じる瞬間はどんな時ですか?

新月 new moon


映画 パンダのすごい世界 movie goods パンフレット グッズ 来場者プレゼント 映画レビュー

パンダファンではない私が観た映画『パンダのすごい世界』

〜感じたパンダのすごさ、そして広がる想い〜


私はこれまでパンダに強い思い入れはありませんでした。
もちろん、可愛いとは思います。
けれど、映画好きの私でも、自ら進んでパンダの映画を観に行くタイプではありません。

映画パンダのすごい世界公式ホームページ:https://unpfilm.com/pandas/

そんな私が映画『パンダのすごい世界(原題:The Panda Adventure)』を観に行ったのは、パンダを推し活するほど愛している友人の存在があったからです。

彼女は、2026年1月27日の上野動物園の双子パンダ(シャオシャオ・レイレイ)の中国返還により、日本国内から約54年ぶりにパンダがいなくなったことで、喪失感の中にいました。

そんな時、私は『パンダのすごい世界』という映画が上映されることを知りました。

flyer movie パンダのすごい世界 チラシ
映画『パンダのすごい世界』チラシ/仙台で配布されていたバージョン(画像クリックでPDF画面が開きます)

仙台での上映会場はフォーラム仙台のみ。
しかも、その上映期間は1週間限り(2026年2月27~3月5日)。
私はこのことについて彼女に連絡し、もし良ければ一緒に行かない?と誘ったわけなのです。

すると、パンダ推し活する彼女は、当然のことながら、この映画のことは知っていて、観に行くつもりでいたと。
しかしながら、フォーラム仙台には行ったことがない、何より『パンダのすごい世界』を共有できる、一緒に行けるなら嬉しいと、快諾してくれました。

さて、そんな私たちが迎えた映画鑑賞当日。
映画館には、パンダグッズを持った方が思いのほか多くいらしたようです。
(私はあまり気にしなかったのですが、友人がしっかり観察していました。)

映画 パンダのすごい世界 movie goods パンフレット グッズ 来場者プレゼント 映画レビュー
映画『パンダのすごい世界』のパンフレット、友人が購入した映画グッズ(キーホルダー、シール)、来場者プレゼント(1名につき1枚ランダムに配布されるチェキ風カード)

物販コーナーではパンダのぬいぐるみが販売されていたようですが、私たちが映画館に足を運んだ時点の仙台での上映2日目にしてすでに売り切れていました。
そんな様子に始まり、そしてパンダまみれの映画を観て、私は思いました。

パンダって、本当にすごいな・・・

映画パンダのすごい世界予告編

原題『The Panda Adventure』直訳して「パンダの冒険」であるところを、邦題では『パンダのすごい世界』とされたこの映画ですが、まさに、パンダすごい、です。

誕生、成長、野生復帰。
これまで知らなかった生態。
想像以上に繊細で、そして多くの人の手によって守られている存在であること。
パンダが大好きな人々が世界中に大勢いて、それはまるで人間のアイドル級であること。

正直なところ私は、パンダの本音はどうなのだろう、人間のエゴではないだろうか、と考えてしまうこともありましたが(動物愛護あるあるですね)、パンダには”可愛い”以上のものがある、ということを知ることができました。

そしてさらに、心に残ったのは、隣に座っていた友人の姿です。
彼女は映画の間、ずっと涙ぐんでいました。

後で聞くと、実は涙を伴うほどの感動を感じている反面、不安もあったそうです。
私に対して、「パンダ好きでもないのに、退屈していないかな」と。

大好きなパンダを想う一方で、私のことを気にしていたのです。
その優しさに、グッときました。

映画のあと、カフェで感想を語り合いました。
彼女は「とても有意義な時間で、気持ちが満たされた」と喜んでくれ、私自身も「パンダでここまで色々考えることになるとは、貴重な体験だった」と、それぞれの想いを共有しました。

flyer movie パンダのすごい世界 チラシ
映画『パンダのすごい世界』チラシ/上野で配布されていたバージョン(画像クリックでPDF画面が開きます)

私は友人に、この体験をブログに残そうと思っていることを伝え、改めて尋ねました。
「あなたにとって、パンダの魅力って何?」

彼女からの回答は以下の内容でした。

・見た目の可愛さ
・いつも笑っているように見える
・人間が持っている嘘やエゴ、欲がない
・欲がない=“知足(足るを知る)”に通じる生き方
・持ち物は何もなく、ひたすら食べて出して寝るのシンプル生活
・パンダ特有のパンダ座りは人間みたいで親しみを感じる

そして、映画を見終わって改めて
「可愛い。知りたい。守りたい。
 自分にできることを、パンダやあらゆる動物のためにしていきたい。」

と感じたとのことでした。

ふと、私は思いました。
彼女にとってパンダは“可愛い動物”としてだけでなく、”理想の存在”でもあるのかもしれない。
だから涙があふれるし、守りたいと願うのだろか・・・

映画『パンダのすごい世界』は、確かに愛に満ちた作品でした。
けれど私にとって本当にすごかったのは、
好きなものを、ここまで好きでいられる人がいること。

加えて、その情熱を、自己満足せずに私という個人に気遣って、分かち合おうとしてくれることでした。
私はきっと、彼女がいなければこの映画を観なかったでしょう。
だから今こう思います。
パンダのすごい世界を教えてくれたのは、パンダそのものだけではなく、彼女だった、と。

Photos Panda love from Miki パンダ愛 写真
友人が送ってくれたパンダラブ❤︎写真

パンダを超えての私的な話になりますが、実は、彼女とここまで仲良くなったのは少し不思議なご縁です。

私の幼なじみのような存在であった同級生が結婚した相手が彼女でした。
私も同級生である彼も閖上という田舎町に生まれ、同じ幼稚園から高校までを共にし、彼も私も中高とバスケ部員(彼はプレイヤー、私はマネージャー)。
そんなわけで、もともとは彼と私が家族ぐるみで仲が良かったわけなのですが、高校を卒業してからの数年後、彼がピアノの教師をする彼女と結婚してから、幼少期から中学時代までピアノを習っていた私は、気づけば、私は彼女と語り合う時間の方がずっと増えていたのです。

もちろん彼女には、彼の存在がなければ出会うこともなかったでしょう。
彼女との20年以上の付き合い(彼とのことで言えば40年来)の中で生まれた、パンダ好きでもなかった私がパンダの映画を観に行き、パンダのことをきっかけにここまで深いことを考えることになったこのご縁は、回り道のようでいて、とても自然な流れだったのかもしれません。

映画パンダのすごい世界公式ホームページ:https://unpfilm.com/pandas/

映画『パンダのすごい世界』は、彼女と彼がいたからこそ出会えた映画でした。
縁というものは、本当に不思議で、ありがたいものですね。
今日も、あたたかい感謝の気持ちでいっぱいです。

いやはや、ここまでの気持ちにさせてくれた、パンダにも大感謝です。
人の心を、優しく豊かにしてくれる存在。
パンダ、本当にすごい・・・


あなたが
心優しくなれるのは
どんな時ですか?

優しいパンダ gentle panda
本 レビュー 吉良久美子 『「未来ギフト」で人生の無限ステージを開く』

「無限ステージ」はすでに開きつつある

〜吉良久美子さんの本『「未来ギフト」で人生の無限ステージを開く』が腑に落ちた〜


もうフルタイムで雇われて生きるのはやめる。
そう決めた私の目に留まったのがこの本でした。
”人生の無限ステージ”って響きがなんか素敵、と。

しかしながら、
”『私の人生つまらない』が口癖のあなたにこそ読んでほしい!”
帯にあるこのキャッチを見たとき、私は少しだけ違和感を覚えました。

なぜなら、今の私の人生は、つまらなくないからです。

会社を辞め、個人事業主として生きると決めた今。
収入はまだ安定していないし、貯金を崩しながらの生活だけれど、それでも毎日は驚くほど充実しています。

でもだからこそ、私はこの本を手に取りました。
そう、無限ステージに行くために。

本 レビュー 吉良久美子 『「未来ギフト」で人生の無限ステージを開く』


さて、この本の構成は第1章から第5章までなのですが、1〜4章までをLevel 1~Level 4、5章をLevel ∞(無限)とも表現されていて、それも私的に好きでした。

以下に、各章毎のタイトルと、吉良久美子さんのメッセージから私自身が感じた思いを綴らせていただきます。

第1章 Level 1 人生のステージアップは“自分を疑う”ことから始まる

この章には、
”泥団子で塗り固められた状態の私たち”
という表現が印象に強く残るセクション(節)があります。
そして
”なぜ自分で自分の限界を決めてしまうのかというと、他人と比べて自分にバツをつけているからです。それは、常識や世間といった泥団子で塗り固められている状態。”
という言葉で始まり、
”主体性を持って生きる、自分のやりたいことを許可して生きるということは、想像以上に大切なことなのです。
自分が今選んでいるものは、正しく生きたいためなのか、それとも楽しく生きたいためなのかを見直していくことで、泥団子の中に隠れていた本来のピカピカな自分が顔を出してくれるはずです。”

という文で締められていました。
吉良久美子 (著)『「未来ギフト」で人生の無限ステージを開く』20・23ページより引用)

会社員時代、私は「皆の期待に応えることが私の使命だ」と「正しく生きる」ことを優先していました。
それはまさに”泥団子で塗り固められた状態”

でも本当は、ただただ自分の平和の中で楽しく静かに生きたいと思っていた…

再び会社を辞めることを決意した時、私は”泥団子”を少し壊したのだと思います。

第2章 Level 2 自分の中の感覚を取り戻す

この章で特に響いたのは
”望む環境を手に入れても幸せにはなれないわけ”というセクション。
”自分の感じていることに素直になるには、世間一般でいわれる常識を外すことがポイントです。たとえ誰もが羨むような素敵な環境が手に入ったとしても、それが自分にとってつまらないものなら手放していいし、他人から評価されないことであっても、それが自分にとって心地いいものならやればいいのです。”
という文で始まります。そして、
”あなたにとっての幸せとはなんですか?他人の視点ではない、あなたの感覚に耳を澄まして、その感覚を叶えてあげましょう。”
という言葉で締められています。
吉良久美子 (著)『「未来ギフト」で人生の無限ステージを開く』66・68ページより引用)

誰もが羨む環境が、自分にとって本当に幸せとは限らない。
この章を読みながら、私は静かに頷いていました。

権限のある管理職という立場と収入の安定を手放すことは不安でもあった。
でも、心は明らかに軽くなった。

他人の視点ではなく、自分の感覚に従う。
そう決めたことで、風景が変わった気がします。

第3章 Level 3 人生が激変する思考

この章のセクション
”内なる衝動にそって、見切り発車でスタートする”

”じつは、大きなステージの流れに乗る時は、未熟なまま突入することのほうが多いのです。準備万端の状態で起業したいと思いますが、未熟な時に「やってみない?」という招待状が届くのです。できるかできないかはわからないけれど、見切り発車で足をつっこんでから、理想の自分に追いつくのです。”
という言葉。
吉良久美子 (著)『「未来ギフト」で人生の無限ステージを開く』100・101ページより引用)

それは、まさに今の私そのもの。

私は準備万端ではありません。
自信も十分ではありません。

でも、“「やってみない?」という招待状”が届いた感覚。
だから足を踏み入れました。

なりたい自分になるのは、これからだと思っています。

第4章 Level 4 ステージ移行を加速させるお金と時間の使い方

”お金を優先すると欲しいものが買えなくなる”
のセクションにある
”私が欲しいものを確実に手に入れているのは、人生の優先順位が変わらないからです。私が一番に優先しているものは、「面白くて、楽しいことをして生きる」ということ。生きるか死ぬかという命に関わること以外なら、生きている間に、自分になんでも経験させてあげたいと思っています。”
との吉良久美子さんの想いに、私も深く同意します。
吉良久美子 (著)『「未来ギフト」で人生の無限ステージを開く』171・173ページより引用)

仕事を辞め次のステージへの準備段階にいる現在、収入は減りました。
でも、優先順位は明確になり、そこにお金をケチらず使っています。
私は自分にとって”面白くて、楽しいことをして生きる”を選びました。

もし今お金だけを優先したら、私はまた”泥団子”を塗り直してしまう気がするから…

第5章 Level ∞ 人生の無限ステージを開く

この最後の章で、吉良久美子さんは
”人生を自由に楽しんでいる人たちは、他人の決めた限界値の外側にいる人たちとも言えます。だとすれば、人生の無限ステージを開くための答えは簡単で、自分が限界を決めなければいいだけです。”
と解きます。
吉良久美子 (著)『「未来ギフト」で人生の無限ステージを開く』187ページより引用)

無限とは、限界を決めないこと。

私はまだ結果を出していません。
まだ道の途中です。
でも、限界は決めていません。

だからもう、無限ステージに立っているのかもしれない。
無限とは、収入の桁ではなく、覚悟の深さなのかもしれません。

私が「今度こそもう戻らない」と感じたのは、適応障害という診断を受け、再び安定した収入源だった仕事を辞めることを決意し、病院に通う必要もなくなり、失業給付のために通っていたハローワークの介入も終わった時でした。

その時、怖さよりも先に来たのは、解放感でした。

私の身近には、事故や震災で亡くなった人に加え、自死してしまった人もいます。
そして私自身も、過去には自殺を考えるほどの精神状態に陥ったり、震災で実家を失うなど、「何のために生きているのか」を何度も考えてきました。

だからこそ思うのです。

生かされているのなら、自分の人生を生きたい。

無限ステージとは、何かを手に入れた人が立つ場所ではなく、「生きている限り、私は選ぶ」と決めた人が立つ場所なのかもしれません。

私はもう、限界を他人に決めさせません。
私は無限ステージへ行きます。
未熟でも、見切り発車でも。
限界は、自分で決めない。
だから私は、行ける。

もし今、ここを訪れて下さったあなたも何かを始めようとしているなら。
不安の中にいるなら。
きっと大丈夫。
無限は、特別な人だけに開くものではないのだから。



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本 斎藤一人どうでもいいどっちでもいいどうせうまくいくから 「絶対肯定の波動」で人生が変わる!/斎藤一人/柴村恵美子

2026年始動⭐︎ 1年かけて取り戻した「自分」と、斎藤一人さんの言葉

〜本『どうでもいい どっちでもいい どうせうまくいくから』を読んで〜


2026年が始まり、もう間も無く1ヶ月が過ぎようとしているところ、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
私にとっては、この新年はこれまでとは全く違う、特別な感覚があります。
なぜなら、ようやく今、本当の意味で自分の人生のスタートラインに立てた気がしているから。

2026年に踏み出した新しい一歩。
今年から私は、組織に属するのではなく、個人事業主として自分を生き、それを仕事にしていく決意を固めました。
ブログでもずっと言ってきた『自分を生きる』を、文字通り人生の真ん中に置くことにしたのです。

そう、これまで『自分らしく生きよう』と『自分軸』を唱えてきた当の本人が、実を言うとこの数年、特に2024年は全く自分を生きていなかったのです。
仕事のストレスから適応障害になり、本来の自分とは程遠い、重苦しい日々を過ごしていました。

誰かのために、会社のためにと、本来自分が負わなくていい責任まで背負い込んで、文句も言わずに走り続けてしまった。
そしていよいよ病院を受診し、適応障害と診断されたことを機に、2024年12月末日付で退職しました。
しかし厳密には年明けの1月も手伝いの名目で元職場に通っていたので、昨年の今頃もまだ完全にその仕事から解かれていたわけではありませんでした。
黙っていたらいつまでも手伝い続けることになってしまいそうだったので、2月以降はもう来ませんとはっきりお断りさせていただき、ようやく離れることはできましたが、しばらくはいろいろ思いだしては苦しくなり…

このおよそ1年、本当にゆっくり、ゆっくりと、剥がれ落ちた自分自身を拾い集めてきたような感覚です。
そして、今となっては、あの苦しみは、「もう今度こそ本当に、その生き方は終わりだよ」という魂からのサインだったのだろうと思えます。

そんな私が、2026年最初の一冊として選んだのが、斎藤一人さんの『どうでもいい どっちでもいい どうせうまくいくから』でした。

本 斎藤一人どうでもいいどっちでもいいどうせうまくいくから 「絶対肯定の波動」で人生が変わる!/斎藤一人/柴村恵美子


この本の後半には、こんな言葉がありました。

生き方って、探すもんじゃないんだよ。
自分をやってるうちに、勝手に出てくる

(略)

「どうでもいい、どっちでもいい、どうせうまくいくから」
って、言ってごらん。そうしたら、楽になるから。

(略)

自分が好きなことをして、嫌なことは一つ減らすの。

(略)

自分を生き切ろうとすると、人生って勝手に、うまい具合に回り出すんだよ。

斎藤一人 (著), 柴村恵美子 (著)『斎藤一人 どうでもいいどっちでもいいどうせうまくいくから 「絶対肯定の波動」で人生が変わる! 』 198ページより引用)


あぁ、そうだった。
と、私は思いました。

無理に何者かになろうとしたり、正しい生き方を探したりする必要なんてなかった。
ただ、人に合わせたりだとか真面目すぎるのをやめて、楽になって、楽しい方へ向かっていけば、自ずと自分の道はできていく。

1年かけて自分を取り戻してきた今の私だからこそ、この言葉がストンと腑に落ちたんです。
私は改めて、この言葉を証明する生き方をしていこうと心に決めました。



もし今、かつての私のように、自分をどこかに置き忘れてしまった人がいたら。
一緒にこの言葉を唱えてほしいなって思います。
どうでもいい、どっちでもいい、どうせうまくいく
私たちはもっと自由になっても大丈夫。
どうせうまくいく』のですから。

2026年午年(うま年)、皆さんも、私も。
好きなことをして、嫌なことを一つずつ減らして。
最高に \ うまい具合に回る / 一年に ✧*

今年もどうぞよろしくお願いいたします。


あなたは
新たに迎えた2026年を
どんな一年にしたいですか?


夢は叶えるもの ターシャ・テューダー 人生の軌跡展

“夢は叶えるもの”ターシャ・テューダー展 @仙台藤崎

〜ターシャが教えてくれる「人生を豊かにする方法」〜


11月26日(水)より仙台藤崎本館で開催されている「夢は叶えるもの ターシャ・テューダー 人生の軌跡展」に行ってきました。

ターシャ・テューダーの”夢は叶えるもの“という言葉は、何度聞いても胸に響きます。

彼女は他にも素敵な名言をたくさん残しています。
ターシャの言葉と生き方は、歳を重ねることを恐れず、自分らしく輝き続けたいと願う私にとって、まさに心の栄養です。



ターシャ・テューダーってどんな人?

彼女については、知る人ぞ知る魅力の深さを持った人ですが、「ターシャ・テューダー」という名前を初めて知る人もいるかもしれませんので、簡単に記述しますね。

ターシャ・テューダーTasha Tudorは、1915年8月28日にマサチューセッツ州ボストンで生まれ、57歳の時にバーモント州南部のマールボロという田舎に移り住み自給自足の生活を営みました。
思う存分庭造りや自分の愛する時間を楽しみ、その自宅で2008年6月18日に92歳で亡くなった女性です。

彼女は、アメリカを代表する絵本作家でありながら、同時に「究極のスローライフ」を実践したライフスタイルの先駆者です。

彼女が田舎に移り住んだのは1972年、今から50年程度前のことですから、現代ほどのIT技術はなかったものの既に開発されていた時代。
そんな中で、あえてアメリカ・バーモント州の山奥で、電気も水道もないような18世紀風の暮らしを送り、広大な庭で花や野菜を育て、動物たちと暮らしながら創作を続けました。
彼女の絵本に描かれる世界は、まさに彼女自身の生活そのものなのです。

今回の展覧会は、そんなターシャの約90年にも及ぶ人生を辿る、素敵な機会でした。

夢は叶えるもの ターシャ・テューダー 人生の軌跡展(会場:仙台藤崎本館)チラシ(画像クリックでPDF画面が開きます)
展覧会レポート 〜なぜ、この小さな展示に心を奪われたのか〜

大きな美術展ではありませんでしたが、ターシャの「心の充足」に満ちた世界を、じっくりと感じることができたように思います。

ー 絶筆の絵本原画から伝わる魂 ー

ターシャは92歳で亡くなるまで、生涯現役で絵を描き続けました。
展示されていた絶筆の原画には、年齢を感じさせない力強さと、創作への純粋な情熱が溢れていました。

実は、私自身、子供の頃は絵を描くのが好きであるとともに、画家だった祖父が大好きだったこともあり、自分も画家になりたいという夢を持っていました。
しかし、成長するとともにその想いは薄れ、気がつくとつまらないサラリーマンに・・・
(この辺のことは過去ブログにも記述してます)

そんな「画家になる夢を追わなかった」と虚しく立ち止まる私に、ターシャから、「形は変わったとしても、あなたの情熱が向かう先があるんじゃない?」と問いかけ、そして励まされているように感じたのです。

ー 暮らしの道具とアンティークドレス

展覧会では、彼女が日々の生活で愛用していたアンティークのドレスや、手作りの道具、食器などが数多く展示されていました。
どの品も丁寧に使い込まれ、愛着に満ちています。

私にとってこれらは、日本画家だった祖父の絵筆や、または美容師を生業とし裁縫なども堪能だった祖母のハサミから伝わる手仕事の温もりと同じ。
ターシャにとって、絵を描くことと、家事をすること、庭仕事はすべて、人生を創る手仕事として繋がっていたのだと感じました。

鑑賞アドバイス…? 〜平日だから良かったのかはわからないけど〜

私が行ったのは平日だったこともあるかと思のですが、会場は混雑しておらず、非常に静かでした。
男性の来場者は全く見当たらず、数人の女性のみ。

大きな企画展のような賑わいはありませんでしたが、それが逆に私にとっては、ターシャの穏やかな世界観に浸るには心地よくありがたい環境でした。

「混雑が苦手だけど、ターシャの世界をじっくり味わいたい」という方には、穴場と言えるかもしれません。
また、女性に限らず忙しい日々を送る男性の方にも、彼女の生きる哲学や美しい手仕事に触れると、何か気がつくことがあるかもしれないです。
ご興味があれば、この機会に是非。

ターシャの名言 〜夢を追う私やあなたへのエール〜

この展覧会で再認識したのは、彼女の言葉の強さです。
改めて、ターシャ・テューダーについてのこれまで読んだ本や映画などで知った言葉も含め、彼女の名言に励まされました。

特に、今の私に響いた名言を、英語原文とともに紹介させていただきますね。

「夢は叶えるものよ。語るものではないわ」
“Dreams are what you make them, not what you talk about.”

「今は、人生でいちばんいい時よ」
“Now is the best time.”

「人生は短いから、不幸になってる暇なんてないのよ」
“Life is short, no time to waste on unhappiness.”

年齢や環境を言い訳にせず、この瞬間を楽しみ、自ら喜びを創り出していく。
彼女はそうして、私たちに生き方という最高のアートを見せてくれたのだと思います。

今回の展覧会は、私にとって単なる美術鑑賞ではなく、人生の設計図を見直す時間となりました。

画家になる夢を追わないでしまったという過去を悔やむのではなく、ターシャの言葉を胸に、今、グラフィックデザイナーとして、私なりの「心の充足」を追求した作品を創り、夢を叶えていきます。

私の尊敬してやまない、画家だった祖父と美容師だった祖母のように、「手仕事」や「生き方」を大切にする人でありたい。
この展覧会は、私のそんなルーツと現在の夢を繋ぎ直してくれる、貴重な時間となりました。

「夢は叶えるもの ターシャ・テューダー 人生の軌跡展」日程など

さて、この「夢は叶えるもの ターシャ・テューダー 人生の軌跡展」、仙台での開催は12月9日(火)までと、残りわずかです!

場所:藤崎 本館7階 催事場 (仙台市青葉区一番町)

会期:2025年11月26日(水)〜 12月9日(火)

入場時間:10:00〜閉場時間の30分前まで
(金曜・土曜日は午後7時30分閉場、最終日は午後5時まで)

入場料:一般(大学生含む)当日券税込1,200円
※高校生以下無料
※「障がい者手帳」をお持ちの方は、本人様と同伴者1名に限り入場無料
※Fカード会員特典本人限り当日券を100円引き(会場受付にてFカード提示。オンライン会員は、スマホからマイページを提示)



ターシャの世界に触れるその他の方法

残念ながら展覧会に行けなかった方でも、ターシャの世界に触れる手段はあります。

彼女の晩年の暮らしを記録したドキュメンタリー映画『ターシャ・テューダー 静かな水の物語』(2017年公開)は、彼女の言葉と美しい四季が映像で描かれており、展覧会で感じた感動をより深くしてくれる内容です。

DVD/Blu-rayや、各種動画配信サービスでも視聴可能です。

映画『ターシャ・テューダー 静かな水の物語』予告編

「自分らしく生きたい」「夢への一歩を踏み出したい」と願うすべての人に、ターシャ・テューダーの世界は深く響くことと思います。

一度きりの人生、心豊かに生きていきましょうね。


あなたにとって
豊かな人生とは
どんな感じですか?


私の命 〜東日本大震災から14年目の日に〜

2025年も年が明け、あっという間に3ヶ月目に入り、そして迎えた2025年3月11日(火)。
東日本大震災から14年目の本日、今年になって初のブログ投稿です。

実は昨年、仕事のストレスによる適応障害との診断を受け、2024年末をもって仕事を辞めました。
その職場では、私の担っていた仕事は私にしかできず、後任もいない状況だったので、有休をはさみつつも年末の終業日まで勤務し、年明けも少しお手伝いせざるを得なかったので、心身が落ち着くまで少し時間がかかってしまいました。

昨年の今日は仕事に奮闘しきっていたので、それまで毎年出席していた東日本大震災の追悼式は初めて参列しませんでした。

今年の今日は仕事をしていない身分なので、追悼式に参列しようと思えば行けましたが、まだ人の集まるところに積極的に行く気にはなれないので、昨日のうちに私自身の生まれ育った町であり被災地でもある閖上に行ってきました。



太平洋に面した潟湖の広浦へと流れる増田川にかかる広浦橋の上。
その向こう岸に見える建物は名取市サイクルスポーツセンター/名取ゆりあげ温泉「輪りんの宿」


東北唯一のサイクリング専用施設として親しまれてきた「名取市サイクルスポーツセンター」は、私の実家があった場所から徒歩で15分程度の場所にあり、津波による甚大な被害を受けました。

それから約9年半後、その施設は震災前よりもパワフルな設備と宿泊機能を備え運営を再開されました。


4階建の宿泊施設「輪りんの宿」の屋上からは、雄大な景色を望むことができます。


建物から南側の眺めをぐるりと動画にて。
ちなみに、こちら側は仙台空港がある方向です。


次は、北側でぐるりした眺め。
こちら側が、我が家があった方向。


閖上3丁目に震災後に建立された慰霊碑と、その奥に見える小高い山は、閖上4丁目に生まれ住んだ私も慣れ親しみ震災前から残る日和山(いずれも現名取市震災メモリアル公園)。


日和山は残っているとはいえ、震災前とは全く異なる、日和山前付近からぐるり見た現在の風景動画をアップします。


令和3(2021)年に備えられた東日本大震災津波教訓碑
この画像の右奥あたりに我が家はありました。


現在では、私の生まれ育った家があった場所は”水産加工団地”となっていて、私がそこで過ごした当時の跡形は全くありません。


でも、(土手自体の風貌は震災以降もちろん変わっていますが)実家だった場所から歩いてすぐの土手から見える遠くの風景はあまり変わりないので、正直なところ、複雑な心境ながらも、ホッとします。


それに、団地とは言わずとも、水産加工する施設は閖上には当時からあるので、現在のネーミングも嫌というわけではないですし。



このWEBサイトを立ち上げた際の『はじめに』で述べたとおり、その時、私は生きる喜びを感じていました。
しかし、再就職し数年が経って再び、このWEBサイトを立ち上げるずっと前の私に戻りつつあるような状況に陥りつつありました。

震災以降も、仕事でもプライベートでも辛いことは何かとあろうとも、ある意味では皮肉なことではありますが、震災のこともあってこそ、自分は生かされているから命を無駄にしてはいけないという思いで過ごしてきたので、消えてしまいたいということだけは一度も思ったことがなかったのに、昨年のある時、消えてしまえたらどんなにラクか、という考えを抱いてしまったのです。
そこで自分自身でハタと、なんか最近の私おかしくない…?と気づいたのでした。

冒頭で、私の担っていた仕事は私にしかできず、後任もいない状況だった、と述べましたが、私は本来であれば上司達が担うべき仕事もこなしており、更なる問題は、上司自身がそれをこなせないどころか、理解もしていないという点でした。

この問題が解決できるまでは仕事を辞めるわけにはいかないとずっと思っていましたが、心身に異常をきたして、避けたかった精神科を受診し、初診で医師から受けた言葉は「明らかに仕事のストレスによる適応障害、職場の状況が変わるなり、辞めない限りは解決は難しい」ということでした。

とはいえ、現状の人材では職場の環境改善は簡単にいかないし、休職さえする余裕はないし、今辞めれば職場を見捨てるようなことになるから仕事は続けるほかないと考えたのですが、医師からは「誰か一人に極端な負担をかけている職場というのは、負担をかけてしまっている本人達に自覚はなくとも、責任を背負い仕事をこなしてしまっているあなたのような人の心につけ入る。一時的に休職するという選択もあるが、そのような問題を抱えた職場の場合、復帰すればまたその一人に負担が戻るだけ」という話もあり…

実際に、上司達に体調の不調を訴え、病院へ通い始めたことも伝えましたが、上司達からは「心配している」との言葉はあっても、態度からは誠意を感じられず、残念だけど、これは医者の言う通りだなと思わざるを得ませんでした。

せっかく自分という命を与えられ、生かされているのに。
職場のために良い人でいなければ、という思考に囚われている。
こんな状況、良いはずがない。
心身のためにも、少しでも苦痛を長引かせるべきではない。
自分を大切に生きたい。

そう感じることができたのも、震災で自分が生まれ育った家を失い孤独でも生きてこられたという現実があってこそ。
この歳でまたやり直さなければならないのかと思うと怖い気持ちもあるけれど、それ以上に、一度きりの生涯をこれ以上後悔して過ごすようなことにしたくない。
思い切って2024年中に辞めよう。
と、決断をしました。
そして、新しくやり直そうと始まった2025年も、3月11日という今日を迎えてしまいました。

このサイトの冒頭の『ご挨拶』に述べたことも、昨年の状態では嘘になりつつありました。
実は、そんな気持ちもあって、サイトを閉じた方が良いのか、いや、せっかくだから続けよう、でも新しい年を迎えたんだから大幅リニューアルすべきか、とか考えあぐねていまして、なかなか再開できずにいました。

しかし、ここでリスタート。
このサイトを立ち上げた時の気持ちを大切にしたいから、とりあえずは大幅リニューアルせずこのまま続けることとしました。
アップしていない下書き途中の記事もいくつかあるし・・・

そう、こんな私が思い行き着くのは、結局ここ。

この現世に
生まれたことも
生きていることも
奇跡的なこと
そして
自分の人生は一度きり

だから、与えていただいた自分の命を、自分のために大切に生き、平穏無事に穏やかで静かな幸せを過ごせる日々を、これからも綴っていこうと思います。


あなたの命
一度きりの人生で
大切なのは何ですか?

クリスタルボウル奏者 陽蘭さんとの出会い

仙台在住のサウンドセラピスト陽蘭さんのアトリエを訪ねて その1


2023年もあっという間に5月、ゴールデンウィーク突入です。
コロナ自粛もほぼ解禁状態になりつつあるこの連休、きっとあちこちが賑わっていることでしょう。

私は人混みや騒々しい所は得意ではないので、アートスペースのあるマイホームの整備をのんびり進めつつ、気が向いたら近場にふらっと出かけるくらいにして、ゆったり過ごす連休にするつもりです。

なので、まずはここ最近サボり気味のブログを更新。

取り上げさせていただくのは、仙台在住のサウンドセラピストでいらっしゃる陽蘭さん。
タイトルに記載した通り、クリスタルボウルを奏でる方です。

さて、クリスタルボウルについて、あなたはご存知ですか?
その生演奏を聴いたことはありますか?
歴史も浅い楽器ということで、まだまだ知る人ぞ知るかもしれないですね。
というわけで、まずは、以下のインスタグラムポストをご覧くださいませ。

インスタグラムで述べた通り、それまでクリスタルボウルのライブ演奏を聴いたことはなかったので、体験できる機会はないかなと思っていたところ、昨年ウェブ上で陽蘭さんの存在を知りまして。

クリスタルボウル奏者さんはもちろん他にもいらっしゃるわけですが、私にとってのポイントは、仙台を拠点に活動されているということと、アート(美術)やアロマセラピーなどと掛け合わせた演奏会を企画されているという点で、私の大好きなことばかり!是非とも陽蘭さんに直接お会いしたいと思ったのです。

色々な興味深い企画をされているのでどれも体験してみたいところでしたが、クリスタルボウルの生音に触れたことがなかった私は、陽蘭さんのアトリエ/サロン Atelier Blossom を訪れた初回は、まずはクリスタルボウル音浴セラピーのソロセッションでシンプルにその美しい音を堪能させていただきました。
そこでクリスタルボウルの良さを改めて知るとともに、陽蘭さんの安心できる人柄に惚れ込み、すでに数回、Atelier Blossom に足を運んでいます。

先月は、陽蘭さんとセッションが楽しめる「癒しのアート」に参加させていただきました。


ところで、この連休はゆったり過ごしたいと最初に述べましたが、”ゆったり”というと、皆さんはどのような過ごし方をされますか?
ここ最近の私はといえば、”ヒーリング”がキーワードの一つで。

”ヒーリング”を日本語に言い換えるとしたら、”癒し”を思い浮かべるのではないでしょうか。
日本語の”癒し”という言葉には、肉体や精神の疲れを解消する、ストレスから解放されるという意味合いがあります。
ゆったりと癒されて心身の緊張をほぐす・・・もちろんそれも正しい。
のですが、”癒し”を逆に英語にすると”relax(リラックス)”が近いようでして、実はヒーリングhealingとは、英英辞書を引くと

1 the treatment of illness using natural powers or prayer rather than medicine
2 the process of becoming healthy and strong again

ロングマン現代英英辞典より

直訳すると、以下の通り。
1)薬ではなく自然の力や祈りを使って病気を治療すること
2)再び健康で強くなる方法

クリスタルボウルの倍音にも、まさにこの効能があるというわけです。
さらに、クリスタルボウルの音が響く中にアートワークの実践を取り入れたりすると、その効果も倍増するということですね。

上述した陽蘭さんとのアートセッションでそれを実感したのですが、実はこの連休初日、再び陽蘭さんのアトリエ/サロン Atelier Blossomを訪れ、「小顔矯正×音浴セラピー」を体験してきまして、これこそ真のヒーリングであるとますます実感 ♪

詳しくは、また次回にアップさせていただきたいと思います。


あなたは
クリスタルボウルの生音を
体験したことがありますか?


大切な故人を想う2022年夏

今年初めての我が故郷 閖上にて


曇り続きの毎日でしたが、2022年も8月に入ってからのこの数日はようやく青空を見ることができるようになり、各地での花火大会やお祭りも盛んに行われ、夏も本番という感じですね。

そんな中、弱音は吐きたくないのですが、、、
私自身は、しばらく仕事が忙しい状態が続いて、これまで走り続けるしかなかったのですが、その忙しさがようやく落ち着いてきたら、たまった疲れが取れきれないからか、それとも燃え尽き症候群みたいなものなのか、どこか心が満たされないような感じ、それが実は、ここ数日前までの正直な感覚で。

急に周りの喧騒が気になりだして、なんだか安らいだ気分になれない。
やりたいこと、興味あることはたくさんある。
けど、私、本当は何がしたかったんだっけ??
私って、どんな人間だったっけ??

そんな気にさえなってしまうほどでしたが、こんな時、自分を引き戻してくれるのが、故人の存在だったりします。

ちょうど先日、8月5日は、癌でこの世を去った父の誕生日。
そして、8月8日は大好きだった祖母の命日。
8日の月曜日に休暇を取って、大切な故人のお墓参りに行くことにしました。


先祖のお墓は、以前は名取市閖上(ゆりあげ)の地にありましたが、東日本大震災後、同じ市内ではありますが、閖上から車で15分ほどの増田地区へと移すことになりました。
なので、お彼岸やお盆などで定期的にお墓参りには行っても、もう実家のない閖上には行くことはあまりないのです。
ですが、今回はせっかく取れた平日の休暇。
騒々しさのない中で、静かな気持ちになりたかったので、閖上まで足を延ばして来ました。

インスタグラムにポストした動画は閖上の名取川沿いの土手から井戸浜の方を見た景色ですが、次の動画はその逆方向で、閖上から荒浜の方を見た風景です。

閖上に昔からあったサイクルスポーツセンターが、2020年に温泉を備えた宿として復興オープンして、今は施設の屋上からこんな景色を眺めることが出来ます。
新しく出来た土手は亘理ぐらいまで続いているのでしょうか。一度歩いてみたいです。


昔の風景も知っている私としては、海に沿って続いていた松林が、現在ではなくなってしまっているのが、なんだか殺風景で寂しくは感じるものの、やはり、この地で育った私には、海の奏でる音が胸に響き、落ち着く感覚を得ることができます。

この荘厳で美しい海がずっと日本の端まで、そして世界へと続いていて、たくさんの恩恵を私たちは受けているんだなと想うと、自然への畏敬の念が湧くとともに、自分の命あることに感謝の気持ちでいっぱいになります。



そうだ、私、ワクワクして過ごしながらも、刺激的なことは時々でいいから、あたたかくて優しい人たちと、愛で繋がる安らいだ世界を作りたいんだった。
今、私が住んでいるところはこんな田舎の静けさのない賑やかな街の中で、私はそこで必要とされていて、時に忙しく仕事に根を詰めなければならないこともあるけれど、決して忘れてはならないものを私は知っている。
特別な才能も何も持たない私だけど、大切にすべきものを知っている。
喧騒の中にいても、それを忘れないでいること。
多分、それが、私の強みだ。

そんなことを想いました。
明後日、13日からはお盆。この期間は大切な叔母とともにお墓参りに行きます。
先日はお墓参りをしてから閖上へ行って心が洗われたので、今度は、そのお礼を告げようと思います。
心からの感謝をこめて。


あなたが
ご先祖に伝えたいのは
どんなことですか?

新年度を前に想う〜 真に豊かな社会創出へ向けて

ワーク(仕事)もライフ(私生活)も人生を充実させるための大切な要素だから


今日は3月27日(日)。早いですね・・・
2022年も4分の1年が終わろうとしていて、4月までのカウントダウン、新年度が目前です。
いつにも増して忙しい毎日を送られている方が多いことでしょう。

さて、私の職場である保育園(所)という所は、両親が共働きだったり片親だとかなんらかの理由で、自宅での保育が困難と認めれらた児童を預かる所なので、年末年始以外は年中通してずっと切れ目なく保育業務をする必要があります。
故に3月上旬に終えた卒園式後も卒園対象の児童も通ってくるわけで、3月31日に終了式、翌4月1日には始業式、そして新しい園児も迎えることになります。

私は幼稚園で育ちましたし、保育士資格を持つものの長年違う業界で働いてきたので、現在の職に就いて1年を通して保育園で務めるまでは、こういった保育園(所)事情を知らずにいました。
想像していた以上にここでの仕事は大変だけど、その社会への貢献度って本当に大きいし、恩師によるご縁があってこの職場へと導かれたからには、私も与えられた使命を果たしたい、そういつも思っています。

とはいえ、この時期は1年で最も慌ただしい時。
私の事務業務は通常でも月初が忙しい上に、4月は新年度に関わる業務、更に私自身責任も増える役職となるので、来月上旬は息を切らす程の業務量になることは目に見えています。
年度末の今もたくさんの仕事を抱えていますが、やってくる怒涛の4月に備え、あえて明日月曜は有給休暇を取得して今週も3連休にさせていただきました ♪

ところで、先に述べたように、今の仕事にやりがいを感じてますし、そのオンタイムは充実していますが、個人的な想いを正直に言うと、この数年ここ日本では「働き方改革」とか「多様性」といったキーワードが上がっているものの、相変わらず日本人は働きすぎだと感じていて、1日の勤務時間をもっと短くするか、もしくは週休3日くらいでもいいのではないかと思っています。

日本の社会問題の上位には、うつ病や過労死といったものがある現状。
それは、日本人が時におおらかさを失うほどに真面目で働きすぎであることが原因の一つですよね。
「加速化」というキーワードも言われるようになって久しいですが、科学の発展や資本主義的な生産性を加速させることよりも、本当の意味での人間の豊かさ、一人ひとりが心身を正常に保てる社会を創ることを加速させるべきだと思います。

私は現在の職場でマネジメントを担う立場として、社会に貢献している全職員のワークライフバランス、更にはワークライフインテグレーションを実現させていきたいと考えています。
しかしそれは日本社会全体が変わらない限り、できることも限られていて、理想の状態に近づけるにはなかなか難しいのが実情です。

ワークライフバランス(work-life balance:働くすべての人々が、「仕事(ワーク)」と育児や介護、趣味や学習、休養、地域活動といった「仕事以外の生活(ライフ)」との調和をとり、その両方を充実させる働き方・生き方のことで、内閣府によって「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」と「仕事と生活の調和のための行動指針」が定められており、本国の取り組みの一つでもある。提唱されてから既に10年以上経過している。

ワークライフインテグレーション(work-life Integration):仕事と生活を分けて考えるワークライフバランスを発展させた考え方で、仕事も生活も人生の一部として統合(インテグレーション)的に捉える概念。仕事も生活もどちらも人生を豊かにするために大切な要素なので、そこに境界線を設けずに、公私ともに高め合うことを目標とするもの(慶應義塾大学教授の高橋俊介氏や経済同友会が提唱)。

今後、我が国全体が変わっていくことに期待しつつ、現状の中でも私が職場で今できることへのパフォーマンスを最大限に発揮するためにこそ、私自身のオフタイムをどれだけ豊かに過ごせるかは、とても大切なことです。
自分のプライベートが充実すると、仕事時間も笑顔で楽しく過ごすことに繋がり、精神衛生が良いことで限られた時間の中でも効率よく業務に取り組むことができます。

・・・というわけで、もともと今日は、『それでこの休日はどんなことをして心身が豊かになったのか?』を綴ろうと思っていたのですが、前置きとするつもりでいた話が長くなってしまったので、また次回に・・・


あなたは
どんな4月を
迎えられそうですか?