映画 1975年のケルン・コンサート (Köln 75) パンフレット キース・ジャレット(Keith Jarrett) コンサートCD

壊れたピアノから生まれた奇跡の実話 映画『1975年のケルン・コンサート』

〜 人生も完璧じゃつまらない 〜


1975年、それは私が生まれる前のことですし、キース・ジャレット(Keith Jarrett)マイルス・デイヴィス(Miles Davis)といった偉大なミュージシャンの名と一部の音楽は知っていても、ジャズに特別詳しいわけでもない私は、この1975年1月24日のライブが歴史的名盤として語り継がれていることは知りませんでした。

なので、今回も予告動画とチラシ以外の事前情報は得ないまま観に行った映画『1975年のケルン・コンサート(原題:Köln 75)』については、最初は、「実話ベースらしいけれど、これって一体どこまでが事実なの?かなり大袈裟にしてる?」と思いながら観ていました。

flyer Köln 75 1975年のケルン・コンサート チラシ
映画『1975年のケルン・コンサート』チラシ

ところが、パンフレットを読むと、驚くほど多くが実際の背景や起きたことだったとのことでした。

当然ながら映画として脚色された部分はあるにせよ、チラシにある

これは、嘘のような実話に基づく物語。

というキャッチコピーは決して大袈裟というわけではないのです。

若き女性プロモーター、ヴェラ・ブランデス(Vera_Brandes)
反対されながらもコンサートを企画し、疲弊しきったキース・ジャレットを迎え、当日現れたのは、まともとは言い難い”壊れたピアノ”。
普通なら「失敗」で終わってもおかしくない状況です。
けれど、その夜の演奏は後に伝説となりました。

まさに嘘みたいな実話に、私はすっかり引き込まれてしまいました。
ただ、映画を観ている最中、一つだけ少し戸惑ったことがあります。

肝心のクライマックス“ケルン・コンサート”の演奏シーンで、キース・ジャレット本人の音が流れなかったのです。
「え、どうして?」と最初は正直少し拍子抜けしました。
「これって単なるそういう演出?それともこのコンサートCDもパンフと一緒に売店に並んでたけど、それ売るための戦略?」そんなことさえも思いました。

でもこの点についても、後からパンフレットを読んで知りました。
キース本人にとって、このコンサートは必ずしも幸福な思い出ではなく、音源使用の許可も下りなかったのだそうです。

*ヴェラがキースの演奏に惚れ込んだきっかけとなったベルリンでの演奏シーンもあるが、その場面でのピアノ音楽はキース・ジャレット本人のものではなく、いわゆるキースらしい即興演奏を模して再構築されたもの

映画を観たことでキース・ジャレットというアーティストの人柄に触れることもできたせいでしょうか、そんな事情を知った時、妙に納得できました。
そして逆に、「それでも映画化を許したのだ」と思い、ホッとしました。

また、その場面でキースの演奏の代わりに流れていた音楽はジャズシンガーのニーナ・シモン(Nina Simone、1933年2月21日-2003年4月21日)による『To Love Somebody』という誰かを愛することの大切さを歌った曲。
しっかりとした意味合いと配慮があったのだなと理解しました。

結局、私は映画を観た後に、歴史的名盤と言われているキース・ジャレットケルン・コンサートのCDまで買ってしまいました。

つまりこの映画は、キース本人の音を使わなくても、観客を本物へ向かわせる力を持っていたのだと思います。

映画 1975年のケルン・コンサート (Köln 75) パンフレット キース・ジャレット(Keith Jarrett) コンサートCD
映画 『1975年のケルン・コンサート』パンフレット 、 キース・ジャレットザ・ケルン・コンサート』CD

そして心に響いたのは、監督イド・フルーク(Ido Fluk)のパンフレットに記載されたインタビューでした。
彼は、

完璧なものってつまらないと思っていて、良い芸術はその中からは生まれない

と語っていました。

撮影現場でも毎日のように“壊れたピアノ”のような問題が起きる。
でも、その不完全さこそが、作品をより良くすると。

この言葉に、とても共感しました。

創作というのは、本当に思い通りにいかないものです。
時間も、環境も、技術も、感情も、いつだって不完全です。

けれど、だからこそ生まれるものがある。
むしろ、傷や制約や偶然があるからこそ、作品に人間らしさや熱が宿るのかもしれません。

そしてこの映画自体も、まさにそんな“不完全さ”の中から生まれた作品だったように思います。

本人の音源は使えない。
歴史的ライブを扱う。
比較もされる。

それでも、この映画は成立していました。
いや、むしろ“不完全”だったからこそ、単なる再現映画ではなく、「情熱の物語」になったのではないでしょうか。

映画『1975年のケルン・コンサート』予告編

また、この映画が素晴らしかったのは、天才だけを描かなかったことです。

歴史に名を残すのはキース・ジャレットかもしれません。
けれど、その夜を成立させたのは、無茶を通した若きプロモーター、ヴェラ・ブランデスでした。

監督は、

バックステージで働く人にも光を当てる、そういう人たちにを認めるということが私たちの文化にとってもとても大事なこと

とも語っていました。

表舞台の裏には、名前の残らない情熱があります。
そして時に、その情熱こそが歴史を動かしているのだと思います。

映画を観終わった後、私はなんだか、「人生って、こうでなくちゃな」と思いました。

完璧じゃない。
無茶で、危うくて、失敗寸前。
でも、それでも誰かが諦めなかったから、後世に残るものが生まれる。

ちょっとネタバレですが、エンディングでは、現在のヴェラ・ブランデス本人(2026年の誕生日で70歳)と、50歳のヴェラ・ブランデス(役:スザンネ・ウォルフ/Susanne Wolff)、18歳のヴェラ・ブランデス(役:マラ・エムデ/Mala Emde)の3人が並んで登場します。
また、劇中、映画の中の登場人物が映画鑑賞者に向けて直接語りかけるような演出があったりと、それを軽妙だなど批判する声も一部あるようですが、私には内容を理解する助けになったし、ここ最近、実話に基づく映画というと心にズシーンとくるようなものが続いていた私にとって、笑えて明るく朗らかな気持ちになれてよかったです。

最後に、このCDについても触れておきますね。

キース・ジャレット(Keith Jarrett) ケルン・コンサート(The Köln Concert) CD
キース・ジャレット『ケルン・コンサート』CD

キース・ジャレット(Keith Jarrett)は1945年5月8日(2026年現在81歳)、アメリカ・ペンシルベニア州生まれのジャズ・ピアニスト/作曲家です。
20代半ばという若さで当時すでにジャズ界の帝王と言われていたマイルス・デイヴィスMiles Davis、1926年5月26日-1991年9月28日)のバンドでも活躍し、現代ジャズ界の頂点に立つピアニストの一人として知られていますが、特に評価されているのが、その場で音楽を生み出していく即興演奏です。

そして1975年1月24日ドイツ・ケルン歌劇場で行われたソロコンサートを収録したアルバム『ケルン・コンサート(The Köln Concert)』は、ジャズ史上屈指の名盤として語り継がれているのです。

今回私が購入したCDは、映画『1975年のケルン・コンサート』公開と、録音50周年のタイミングに合わせて発売されたもののようで、ブックレット内には、18歳のヴェラ・ブランデスの奮闘ぶりが映画化されたことについても触れられていました。

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もちろん、この演奏は映画を観なくても十分に素晴らしいものだと思います。
けれど私は、映画を観た後だったからこそ、より深く心を揺さぶられました。
その感動は、静けさの中で聴いていると瞳が潤んでくるほどです。

手違いで手配された、老朽化したベビー・グランド・ピアノ。
長距離移動による疲労、腰痛、睡眠不足で満身創痍のキース・ジャレット
しかも本人は当初、「こんなピアノでは弾けない」と演奏を断ろうとしていた。

そんな極限状態の中で生まれた演奏だったのだと知って聴くと、その音は単なる美しいピアノ演奏ではなく、人間の創造力そのもののように感じられます。

壊れたピアノ。
不完全な状況。
それでも、その夜にしか生まれなかった音楽。

映画館では「本物の音」を聴けなかったことに少し残念さも感じてしまった私でしたが、結果的にはその不足があったからこそ、私は実際にこのCDを手に取り、そして深く感動することができました。

完璧ではないからこそ、人の心を動かすものが生まれる。

映画『1975年のケルン・コンサート』、そしてキース・ジャレットのアルバム『ケルン・コンサート』は、そんなことを教えてくれる作品のように感じました。

なお、私がこの映画を観たフォーラム仙台での上映は5月14日(木)には終了予定ですが、他劇場予定は公式ホームページにてご確認くださいませ。


あなたにとって
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葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》Public domain, via Wikimedia Commons

TBS世界遺産復習と記録:富士山「北斎・広重を魅了した四季折々の絶景」

〜 世界の芸術家たちの心を奪う美しく偉大な日本の誇り 〜


『富士山「北斎・広重を魅了した四季折々の絶景」』とのタイトルで2026年5月3日に放映されたTBS世界遺産
カメラはCanonを愛用し、するときには、その愛機を手に、アートをテーマに美術館世界遺産巡りをする私には外せないトピックでした。

わずか30分の番組ですが、今回も見応えあり。
TBS世界遺産の公式サイトにはアーカイブが残されていますが、私なりに復習をしてみました。

✔️TBS世界遺産公式サイトアーカイブ(放送内容)はこちら
https://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20260503

富士山は「自然遺産」ではなく「文化遺産」

まず改めて驚かされるのが、富士山ユネスコ世界遺産に登録された際、「自然遺産」ではなく「文化遺産」として登録されたことです。

その正式名称は、

富士山-信仰の対象と芸術の源泉
(Fujisan, sacred place and source of artistic inspiration)

標高3776m日本最高峰

日本列島のほぼ中央に位置し、どこから見ても美しいその姿は、古来より人々の信仰対象であり、同時に数多くの芸術家たちを魅了してきました。

番組では、いつもながら、撮影クルー陣による映像美も印象的でした。
富士山の上空に現れる「かさ雲」や「つるし雲」。

✔️TBS世界遺産公式サイトアーカイブ(ギャラリー)はこちら
https://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20260503/gallery.html

刻々と表情を変える自然現象は、まるで富士山そのものが生きているかのようで、芸術家たちがこの山に心を奪われた理由がよく分かります。

広重と北斎が描いた富士山

番組では、浮世絵の巨匠たちによる富士山作品も数多く紹介されました。

<歌川広重が描いた富士山>

  • 《東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺》
  • 《東都名所 日本橋之白雨》
  • 《名所江戸百景 浅草田甫 酉の町詣》
歌川広重《東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《東都名所 日本橋之白雨》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《東都名所 日本橋之白雨》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《名所江戸百景 浅草田甫 酉の町詣》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《名所江戸百景 浅草田甫 酉の町詣》Public domain, via Wikimedia Commons

広重の作品は、人々の暮らしや旅の風景の中に富士山を溶け込ませるような魅力があります。
遠景として描かれていても、確かにそこに存在感を放つ富士山
“人々と共にある山”として描かれているように感じました。

<北斎が描いた富士山>

一方で、広重のライバルと言われる葛飾北斎
《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》はあまりにも有名ですが、番組では特に「赤富士」として知られる、《冨嶽三十六景 凱風快晴》が印象的でした。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》Public domain, via Wikimedia Commons

大胆な色彩表現にも思えますが、実際に条件が揃うと、富士山は本当に赤く染まるのだそうです。

  • 雪のない季節
  • 雨上がり
  • 空気の澄んだ快晴の早朝

その極めて限られた条件下で現れる奇跡の瞬間。

番組では撮影隊が山中湖からその赤富士を捉える撮影に挑戦していました。
午前5時。朝日を浴びて赤く染まる富士山
しかし、その光景はわずか2分ほどで終わってしまったとのこと。

まさに、一瞬の自然現象を永遠の芸術へと変えた北斎の眼差しに驚かされます。

富士山と「水」が生み出す絶景

富士山は、水との組み合わせによっても数々の芸術を生み出してきました。

<白糸の滝>

世界遺産の構成資産の一つである「白糸の滝」。
その幻想的な景観は、平井顕斎《白糸瀑布真景図》にも描かれています。

真景図”とは、実景をもとにしながら、作者の心象風景も重ね合わせて描く山水画
単なる写生ではなく、「心に映った風景」なのだと思うと、とても日本的な美意識を感じます。

なお、平井顕斎《白糸瀑布真景図》の画像は著作権上の都合により掲載を控えますが、参考として白糸の滝の風景写真を掲載します。

《白糸の滝》Photo by 静岡市在住の方, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
《富士宮市白糸の滝》Photo by 静岡市在住の方, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

<逆さ富士>

豊かな水景が生み出す「逆さ富士」。
北斎《冨嶽三十六景 甲州三坂水面》では、水面に映る富士山を大胆な構図で描いていました。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 甲州三坂水面》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《冨嶽三十六景 甲州三坂水面》Public domain, via Wikimedia Commons

また、番組では、

  • 田貫湖で年2回だけ見られる「ダブルダイヤモンド富士
  • 水田に映り込む鏡のような逆さ富士

なども紹介されており、自然そのものが一枚の絵画のようでした。

富士山は古来より「言葉」でも描かれてきた

富士山は、絵画だけではなく、古くから和歌の世界でも人々を魅了してきました。
番組では、奈良時代の歌人 山部赤人による『万葉集』の歌も紹介されていました。

田子の浦ゆ うち出でて見れば
真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける

(たごのうらゆ うちいでてみれば
ましろにそ ふじのたかねに ゆきはふりける)

これを現代語訳すると、
「田子の浦を通って外へ出てみると、富士山の高い峰には真っ白な雪が降り積もっていたことだ」
という意味になります。

およそ1300年前の人もまた、雪をまとった富士山の神々しい姿に心を震わせていたのです。
写真も映像もない時代。
だからこそ、人々はその感動を「言葉」で残そうとしたのでしょう。
その想いはやがて浮世絵へと繋がり、さらに海を越えて世界の芸術家たちへと受け継がれていったのかもしれません。

三保松原と芸術

富士山を語る上で欠かせないのが、三保松原です。
世界遺産の構成資産の一つでもあるこの場所は、実は富士山から約45km離れているにも関わらず、「芸術の源泉」として登録されました。

番組では、

  • 《東海道五拾三次之内 江尻 三保遠望》
  • 《冨士三十六景 駿河三保之松原》
  • 《六十余州名所図会 駿河 三保のまつ原》

など、歌川広重による作品が紹介されていました。

歌川広重《名東海道五拾三次之内 江尻 三保遠望》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《名東海道五拾三次之内 江尻 三保遠望》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《冨士三十六景 駿河三保之松原》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《冨士三十六景 駿河三保之松原》Public domain, via Wikimedia Commons
歌川広重《六十余州名所図会 駿河 三保のまつ原》Public domain, via Wikimedia
歌川広重《六十余州名所図会 駿河 三保のまつ原》Public domain, via Wikimedia Commons

は古来、神が宿る木とされ、松原そのものが神聖な場所。
三保松原は、の名作『羽衣』の舞台としても知られています。
『羽衣』の伝説とは、天女が松の枝に衣をかけ、漁師とのやり取りの末に舞を舞いながら富士山の方へと空へ帰っていく物語で、三保松原という場所を単なる風景から「物語のある聖地」へと昇華させました。

月岡耕漁《能楽図絵 羽衣》Public domain, via Wikimedia Commons
月岡耕漁《能楽図絵 羽衣》Public domain, via Wikimedia Commons

三保松原は、天界(富士山)と人間界が交わる聖地であり、その絶景は富士山を神聖な「信仰の対象」、かつ比類なき「芸術の源泉」として象徴する場所です。

富士山は世界の芸術家たちを魅了した

19世紀後半、パリ万博をきっかけに起きた「ジャポニスム」。
日本の浮世絵は、西洋の芸術家たちに衝撃を与えました。

北斎の、

  • 《東海道品川御殿山ノ不二》
  • 《尾州不二見原
  • 《甲州三島越》
  • 《甲州石班沢》

などの作品は、西洋の画家たちにも大きな影響を与えます。

葛飾北斎《東海道品川御殿山ノ不二》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《東海道品川御殿山ノ不二》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《尾州不二見原》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《尾州不二見原》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《甲州三島越》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《甲州三島越》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《甲州石班沢》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《甲州石班沢》Public domain, via Wikimedia Commons

フィンセント・ファン・ゴッホもその一人。
ゴッホは日本の浮世絵に強く魅了され、その影響は作品にも表れています。
例えば、《タンギー爺さん》の背景には、富士山を含む浮世絵が描かれています。

Vincent van Gogh《Self-Portrait(自画像)》Public domain, via Wikimedia Commons
Vincent van Gogh《Self-Portrait(自画像)》Public domain, via Wikimedia Commons
Vincent van Gogh《Portrait of Père Tanguy(タンギー爺さん)》Public domain, via Wikimedia Commons
Vincent van Gogh《Portrait of Père Tanguy(タンギー爺さん)》Public domain, via Wikimedia Commons
エッフェル塔と「もう一つの富嶽三十六景」

今回特に興味深かったのが、アンリ・リヴィエールによる《エッフェル塔三十六景》

Henri Rivière《Les Trente-Six Vues de la Tour Eiffel》_couverture(エッフェル塔三十六景_カバー)》Public domain, via Wikimedia Commons
Henri Rivière《Les Trente-Six Vues de la Tour Eiffel_couverture(エッフェル塔三十六景_カバー)》Public domain, via Wikimedia Commons

パリの浮世絵師とも呼ばれた彼は、北斎《冨嶽三十六景》へのオマージュとして、エッフェル塔(世界遺産)をテーマに36枚の連作を制作しました。
作品の構図や視線誘導には、明確に北斎からの影響が見られます。

リヴィエール《パッシー河岸より 雨》
北斎《遠江山中》

Henri Rivière《De la Quai de Passy, sous la pluie》(パッシー河岸より 雨)》Public domain, via Wikimedia Commons
Henri Rivière《De la Quai de Passy, sous la pluie(パッシー河岸より 雨)》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《遠江山中》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《遠江山中》Public domain, via Wikimedia Commons

リヴィエール《コンコルド広場より》
北斎《駿州江尻》

Henri Rivière《De la place de la Concorde》(コンコルド広場より)》Public domain, via Wikimedia Commons
Henri Rivière《De la place de la Concorde(コンコルド広場より)》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《駿州江尻》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《駿州江尻》Public domain, via Wikimedia Commons

リヴィエール《バ・ムードンの駅より》
北斎《御厩川岸より両国橋夕陽見》

Henri Rivière《La gare de Bas-Meudon》(バ・ムードンの駅より)》Public domain, via Wikimedia Commons
Henri Rivière《La gare de Bas-Meudon(バ・ムードンの駅より)》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《御厩川岸より両国橋夕陽見》Public domain, via Wikimedia Commons
葛飾北斎《御厩川岸より両国橋夕陽見》Public domain, via Wikimedia Commons

富士山が、海を越えてエッフェル塔へと受け継がれていく。
その芸術の連鎖に、とても胸を打たれました。

おわりに

雄大で、神秘的で、時に儚い。
北斎広重が見つめたそんな富士山は、現代に生きる私たちにとっても、まだ尽きることのない芸術の源泉なのかもしれません。

富士山は単なる「美しい山」ではなく、人々の祈りや感性、そして創作意欲を何百年にもわたって刺激し続けてきた存在なのだと、改めて感じた30分でした。

いつも過酷な撮影現場から、美しく感動の映像とストーリーを届けてくださるスタッフ皆さん、そしてCanonのカメラにも感謝です。

ちなみに…

次回(2026年5月10日(日) 18:00〜)のTBS世界遺産は、『名作映画で巡る世界遺産』という特別編とのこと。
これもまた、映画好きの私には外せないテーマなので、楽しみです。

TBS世界遺産 名作映画で巡る世界遺産(2026年5月10日放送)予告動画

あなたの心に残る
富士山の風景は
ありますか?

世界遺産 富士山 Mount Fuji, a World Heritage Site
映画 ホールディング・リアット (HOLDING LIAT) パンフレット  

ドキュメンタリー映画『ホールディング・リアット』で知る冷厳な現実

〜 だけど分断の中にも希望を見出したい 〜


正直なところ、この作品のチラシが映画館に出されたばかりの当初は「私の観たい映画リスト」には入っていませんでした。
しかし、いつものように映画館に足を運び、予告編を何度か目にするうちに、なんとなく気になってきたんです。
まぁ、そんなことはよくあること。
そんな軽めの流れで観に行った、『ホールディング・リアット(原題:Holding Liat)というドキュメンタリー映画でした。

…けど、これはとても軽い気持ちで観られるような映画ではありませんでした。
もちろん予告編を観た時点で気づきつつはありましたけれども…

映画『ホールディング・リアット』予告編

ところで、この映画のタイトル『ホールディング・リアット(原題:Holding Liat)』ですが、私は初め、英語「holding」には「保持」とか「占有」という意味があるので、「人質として拘束されているリアット」という意味合いなのかなと思っていました。
でも「holding」には「抱きしめる」や「支え続ける」「つなぎとめる」といった意味もあるんですよね。
映画を観てからは、そのタイトルには、「リアットという存在を手放さずに受け止め続けようとする家族の思い」が重なっていると感じられました。

理解できない現実と、湧き出る怒り

この映画が描いているのは、イスラエルとパレスチナという長く続く対立の中で起きた出来事です。

日本という島国に住む私には遠い国の話。
ニュースで断片的に目にすることはあっても、どこか現実感を持てずにいた世界。

でも、この映画は違いました。
それは「大きな問題」ではなく、一つの家族の出来事として描かれているからだと思います。
だからこそ私は、その現実を「自分の感情」のように受け取ってしまったのかもしれません。
涙を流さずにはいられない苦しさや悲しさと同時に、怒りの気持ちが湧きました。

なぜこんなことが起きるのか。
なぜ人の命が奪われるのか。
どうしてそれが、どこかで「仕方のないこと」として扱われてしまうのか。

知れば知るほど単純ではない

改めて私はこの問題について少し調べてみました。
イスラエル・パレスチナ問題は、単なる争いではなく、歴史・宗教・土地・安全保障といった様々な要素が絡み合った、非常に複雑な問題です。

イスラエル・パレスチナ紛争/問題 概略図
イスラエル・パレスチナ紛争問題 概略図

どちらの側にも「理由」があり、どちらの側にも「失われたもの」がある。
だからこそ、単純に「どちらが正しい」と言い切ることはできない。
頭では理解できるようでいて、感情は追いつかないという感覚になります。

それでも、彼女が選んだもの

2023年10月7日ニールオズからガザ地区へと拉致され、パレスチナ人のもとで54日間人質となって過ごしたイスラエル系アメリカ人であるリアット・ベイニン・アツィリ(Liat Beinin Atzili)

映画『ホールディング・リアット』のパンフレットの裏表紙には、彼女による言葉がそっと記載されています。

3人の子どもたち、そしてガザの子どもたちのために、
より良い未来を築くことに焦点を当てたい。

映画 ホールディング・リアット (HOLDING LIAT) パンフレット  
映画 『ホールディング・リアット』パンフレット  

彼女は、怒りや悲しみを抱えていてもおかしくない状況にいたはずです。
それでも彼女は、「復讐」ではなく「未来」を選んでいる。
しかも、自分の子どもだけではなく、ガザの子どもたち、つまり「フェンス<対立>の向こう側にいる存在」まで含めて。

これは簡単にできることではないと思います。
むしろ、人間として自然な感情に従えば、違う選択をしてもおかしくない。
それでも彼女は、別の道を選んだ。
私はそれを、「感情を否定した」のではなく、感情を抱えたまま、その先を選んだ行為なのではないかと感じました。

「生かされた命」という問い

彼女の気持ちを本当の意味で理解することは、私にはできません。
それでも私は、彼女の選択の背景に、「生かされた命をどう使うのか」という問いがあったのではないかと感じました。

なぜ自分は生きているのか。
この命を、これからどう使っていくのか。

それは、極限の状況を経験した人だけが抱く問いなのかもしれません。
そして彼女は、その答えとして「未来を選ぶ」という道を選択したのではないか。
そう思わずにはいられませんでした。

もう一つの「赦し」の物語

実はこの映画を観た同日、偶然にも私は「分断」や「許し<赦し>」に関わる別の話を知りました。
映画『ホールディング・リアット』を観た直後にその話を知ったので、映画のこともこの話も残すべきではないか、そう感じたこともあり、このブログを綴っています。

それは、第二次世界大戦後、日本に対して寛容な姿勢を示したスリランカの話です。
当時の日本は敗戦国として厳しい立場に置かれ、分割統治、つまり「分断」される可能性もあったと言われています。
そんな中でスリランカは、日本を裁くのではなく、再び国際社会の一員として受け入れるべきだと訴えました。
結果として日本は分断を免れ、一つの国として再出発する道を歩むことになります。

スリランカが日本に示した「寛容」
スリランカが日本に示した「寛容」について(私の解釈に基づく図解です)

日本がもし分断されるようなことになっていたら、今頃一体どうなっていたのか…

もちろん、これはイスラエル・パレスチナ問題とは状況も規模もまったく異なります。
単純に重ね合わせることはできません。
それでも私は、この二つの出来事のあいだに、ある共通点を感じました。

それは、「分断」へと向かう流れの中で、それでもなお、別の選択をしようとした意思があったということ。
過去の出来事に対して、憎しみや対立を深める方向ではなく、「赦し」、対話を深めることで未来をどう築いていくかという視点に立った選択。

日本はそのおかげで苦境を免れましたが、イスラエル・パレスチナだけでなく、世界各地で今も紛争が起きている地域ではそれが叶っていないということです。

分断の中で、人は何を選べるのか

映画『ホールディング・リアット』は、答えを提示する作品ではありません。
むしろ、簡単に答えが出ない問いを、静かに差し出してきているように思いました。

  • なぜ人は対立するのか
  • なぜ暴力が連鎖するのか
  • その中で、人は何を選べるのか

そしてもう一つ、「自分ならどうするのか」。

日本にいる私たちは、この問題を「自分ごと」として感じる機会は多くありません。
だからこそ、この映画を観なければ、知ることもなかった現実があります。

そして同時に、知ってしまった以上、完全に無関係ではいられないという感覚も残ります。
しかし私はまだ、この問いに対する答えを持っていません・・・

最後に:監督ブランドン・クレーマーのメッセージと共に

この映画を観ていて強く感じたのは、ここまで個人的で、感情の深い部分にまで触れている作品は、そう多くはないのではないかということでした。

ただ出来事を記録するのではなく、そこにいる人たちの揺れや葛藤までもが繊細に映し出されている ──

なぜここまで踏み込むことができたのだろうと思っていたのですが、パンフレットを読んで、その理由が少しわかった気がしました。
この作品の監督ブランドン・クレーマー(Brandon Kramer)と、プロデューサーの一人で兄のランス・クレーマー(Lance Kramer)は、リアットたちと親族関係にあり、カメラの外でも彼女とその家族を支える立場にあったといいます。
だからこそ、この映画は「外から見た記録」ではなく、関係性の中で紡がれた記録になっていると言えるかもしれません。

とはいえ、同時にそれは、簡単なことではなかったはずです。
近しい関係だからこそ、どこまで踏み込むのか、何を映すのか、そして、それを世に出すことの重さ、恐怖。
そのすべてに葛藤があったのではないかと思います。
それでもなお、この物語を記録し、伝えることを選んだ。
だからこそこの作品は、単なるドキュメンタリーではなく、観る側の感情にまで深く入り込んでくるのだと感じました。

flyer Holding Liat ホールディング・リアット チラシ
映画 『ホールディング・リアット』チラシ

ちなみに、この映画のチラシにはおそらくマーケティングの観点でダーレン・アロノフスキーがプロデューサーであることがアピールされていて、もちろんそれもそうなのでしょうが、私には、「鬼才」という看板文句よりも、兄弟が紡いだ「家族の対話」に心が打たれました。
監督とプロデューサー/ブランドン&ランスクレーマー兄弟の強い連携こそが、この過酷な物語を映画として成立させた真の力ではないかと思うのです。

ここで、パンフレットに記載されていたブランドンによる”監督メッセージ”の後半部分を引用させていただきます。

人質は拘束されたまま、数万人のパレスチナ人が命を落とし、双方で人々が苦しんでおり、こうした諸問題をめぐる議論は、コミュニティや家族内ですらますます分極化しています。
直接的な影響を受けたある家族の物語と、彼らがお互いの違いをどう乗り越えたかを描いた本作が、この戦争を理解するための新たな可能性を開くこと、そして暴力の連鎖の終結に寄与することを願っています。
この映画が数え切れないほどの物語の中のたった一つの家族の物語に過ぎず、多くの重要な物語が悲劇的に語れることなく終わるかもしれないことを、私たちは痛感しています。
この家族のレジリエンスと率直さ、そして理解を広げようとする本作のみならず、イスラエルとパレスチナを扱った他の映画を通して、観客がより深い問いを投げかけ、癒しと和解への道筋を見つけるきっかけになることを願っています。

この映画が世界で初めて上映されたのは、2025年2月第75回ベルリン国際映画祭でのワールドプレミア上映の時で、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しました。

ドキュメンタリー映画、特にこの作品のようなデリケートで複雑な政治・歴史的背景を扱う作品は、日本への導入に慎重な調整が必要なのが多いこともあり、その世界初上映から1年以上を経ての日本公開となります。

この公開に向けて届けられた、監督からの日本へのメッセージ動画もありましたので、こちらも埋め込ませていただきます。

映画『ホールディング・リアット』ブランドン・クレーマー監督より日本へのメッセージ

私も、このメッセージが少しでも多くの人の心に届くことを願っています。

なお、この映画は全国一斉公開ではなく、「順次ロードショー型」で、各地1週間前後の限定上映をリレーしていく形で上映されています。
私が観てきた仙台フォーラムでの上映は5月7日(木)で終わってしまう予定ですが、その後も上映される地域はありますので、気になる方はぜひご確認くださいませ。

✔️ホールディング・リアット上映情報:https://unitedpeople.jp/liat/scr


あなたは
「生かされた」と
感じたことがありますか?

大切な生かされている命