〜 人生も完璧じゃつまらない 〜
1975年、それは私が生まれる前のことですし、キース・ジャレット(Keith Jarrett)やマイルス・デイヴィス(Miles Davis)といった偉大なミュージシャンの名と一部の音楽は知っていても、ジャズに特別詳しいわけでもない私は、この1975年1月24日のライブが歴史的名盤として語り継がれていることは知りませんでした。
なので、今回も予告動画とチラシ以外の事前情報は得ないまま観に行った映画『1975年のケルン・コンサート(原題:Köln 75)』については、最初は、「実話ベースらしいけれど、これって一体どこまでが事実なの?かなり大袈裟にしてる?」と思いながら観ていました。

ところが、パンフレットを読むと、驚くほど多くが実際の背景や起きたことだったとのことでした。
当然ながら映画として脚色された部分はあるにせよ、チラシにある
これは、嘘のような実話に基づく物語。
というキャッチコピーは決して大袈裟というわけではないのです。
若き女性プロモーター、ヴェラ・ブランデス(Vera_Brandes)。
反対されながらもコンサートを企画し、疲弊しきったキース・ジャレットを迎え、当日現れたのは、まともとは言い難い”壊れたピアノ”。
普通なら「失敗」で終わってもおかしくない状況です。
けれど、その夜の演奏は後に伝説となりました。
まさに嘘みたいな実話に、私はすっかり引き込まれてしまいました。
ただ、映画を観ている最中、一つだけ少し戸惑ったことがあります。
肝心のクライマックス“ケルン・コンサート”の演奏シーンで、キース・ジャレット本人の音が流れなかったのです。
「え、どうして?」と最初は正直少し拍子抜けしました。
「これって単なるそういう演出?それともこのコンサートCDもパンフと一緒に売店に並んでたけど、それ売るための戦略?」そんなことさえも思いました。
でもこの点についても、後からパンフレットを読んで知りました。
キース本人にとって、このコンサートは必ずしも幸福な思い出ではなく、音源使用の許可も下りなかったのだそうです。
*ヴェラがキースの演奏に惚れ込んだきっかけとなったベルリンでの演奏シーンもあるが、その場面でのピアノ音楽はキース・ジャレット本人のものではなく、いわゆるキースらしい即興演奏を模して再構築されたもの
映画を観たことでキース・ジャレットというアーティストの人柄に触れることもできたせいでしょうか、そんな事情を知った時、妙に納得できました。
そして逆に、「それでも映画化を許したのだ」と思い、ホッとしました。
また、その場面でキースの演奏の代わりに流れていた音楽はジャズシンガーのニーナ・シモン(Nina Simone、1933年2月21日-2003年4月21日)による『To Love Somebody』という誰かを愛することの大切さを歌った曲。
しっかりとした意味合いと配慮があったのだなと理解しました。
結局、私は映画を観た後に、歴史的名盤と言われているキース・ジャレットのケルン・コンサートのCDまで買ってしまいました。
つまりこの映画は、キース本人の音を使わなくても、観客を本物へ向かわせる力を持っていたのだと思います。

そして心に響いたのは、監督イド・フルーク(Ido Fluk)のパンフレットに記載されたインタビューでした。
彼は、
完璧なものってつまらないと思っていて、良い芸術はその中からは生まれない
と語っていました。
撮影現場でも毎日のように“壊れたピアノ”のような問題が起きる。
でも、その不完全さこそが、作品をより良くすると。
この言葉に、とても共感しました。
創作というのは、本当に思い通りにいかないものです。
時間も、環境も、技術も、感情も、いつだって不完全です。
けれど、だからこそ生まれるものがある。
むしろ、傷や制約や偶然があるからこそ、作品に人間らしさや熱が宿るのかもしれません。
そしてこの映画自体も、まさにそんな“不完全さ”の中から生まれた作品だったように思います。
本人の音源は使えない。
歴史的ライブを扱う。
比較もされる。
それでも、この映画は成立していました。
いや、むしろ“不完全”だったからこそ、単なる再現映画ではなく、「情熱の物語」になったのではないでしょうか。
また、この映画が素晴らしかったのは、天才だけを描かなかったことです。
歴史に名を残すのはキース・ジャレットかもしれません。
けれど、その夜を成立させたのは、無茶を通した若きプロモーター、ヴェラ・ブランデスでした。
監督は、
バックステージで働く人にも光を当てる、そういう人たちにを認めるということが私たちの文化にとってもとても大事なこと
とも語っていました。
表舞台の裏には、名前の残らない情熱があります。
そして時に、その情熱こそが歴史を動かしているのだと思います。
映画を観終わった後、私はなんだか、「人生って、こうでなくちゃな」と思いました。
完璧じゃない。
無茶で、危うくて、失敗寸前。
でも、それでも誰かが諦めなかったから、後世に残るものが生まれる。
映画『1975年のケルン・コンサート』公式ホームページ:https://www.zaziefilms.com/koln75/#castBox01
ちょっとネタバレですが、エンディングでは、現在のヴェラ・ブランデス本人(2026年の誕生日で70歳)と、50歳のヴェラ・ブランデス(役:スザンネ・ウォルフ/Susanne Wolff)、18歳のヴェラ・ブランデス(役:マラ・エムデ/Mala Emde)の3人が並んで登場します。
また、劇中、映画の中の登場人物が映画鑑賞者に向けて直接語りかけるような演出があったりと、それを軽妙だなど批判する声も一部あるようですが、私には内容を理解する助けになったし、ここ最近、実話に基づく映画というと心にズシーンとくるようなものが続いていた私にとって、笑えて明るく朗らかな気持ちになれてよかったです。
最後に、このCDについても触れておきますね。

キース・ジャレット(Keith Jarrett)は1945年5月8日(2026年現在81歳)、アメリカ・ペンシルベニア州生まれのジャズ・ピアニスト/作曲家です。
20代半ばという若さで当時すでにジャズ界の帝王と言われていたマイルス・デイヴィス(Miles Davis、1926年5月26日-1991年9月28日)のバンドでも活躍し、現代ジャズ界の頂点に立つピアニストの一人として知られていますが、特に評価されているのが、その場で音楽を生み出していく即興演奏です。
そして1975年1月24日、ドイツ・ケルン歌劇場で行われたソロコンサートを収録したアルバム『ケルン・コンサート(The Köln Concert)』は、ジャズ史上屈指の名盤として語り継がれているのです。
今回私が購入したCDは、映画『1975年のケルン・コンサート』公開と、録音50周年のタイミングに合わせて発売されたもののようで、ブックレット内には、18歳のヴェラ・ブランデスの奮闘ぶりが映画化されたことについても触れられていました。
もちろん、この演奏は映画を観なくても十分に素晴らしいものだと思います。
けれど私は、映画を観た後だったからこそ、より深く心を揺さぶられました。
その感動は、静けさの中で聴いていると瞳が潤んでくるほどです。
手違いで手配された、老朽化したベビー・グランド・ピアノ。
長距離移動による疲労、腰痛、睡眠不足で満身創痍のキース・ジャレット。
しかも本人は当初、「こんなピアノでは弾けない」と演奏を断ろうとしていた。
そんな極限状態の中で生まれた演奏だったのだと知って聴くと、その音は単なる美しいピアノ演奏ではなく、人間の創造力そのもののように感じられます。
壊れたピアノ。
不完全な状況。
それでも、その夜にしか生まれなかった音楽。
映画館では「本物の音」を聴けなかったことに少し残念さも感じてしまった私でしたが、結果的にはその不足があったからこそ、私は実際にこのCDを手に取り、そして深く感動することができました。
完璧ではないからこそ、人の心を動かすものが生まれる。
映画『1975年のケルン・コンサート』、そしてキース・ジャレットのアルバム『ケルン・コンサート』は、そんなことを教えてくれる作品のように感じました。
映画『1975年のケルン・コンサート』公式ホームページ:https://www.zaziefilms.com/koln75/#castBox01
なお、私がこの映画を観たフォーラム仙台での上映は5月14日(木)には終了予定ですが、他劇場予定は公式ホームページにてご確認くださいませ。































