映画『ハート・オブ・ビースト』のチラシを手に持ってクローズアップした写真

映画『ハート・オブ・ビースト』を観て、現実の軍用犬を知る

〜 フィクションから繋がるリアル 〜


ブラッド・ピット(Brad Pitt)主演、デヴィッド・エアー(David Ayer)監督による映画『ハート・オブ・ビースト(原題:Heart of the Beast)』を観てきました。

大々的に宣伝されている印象もなく、私自身、この映画の存在を知ったのは公開が近づいてからでした。
チラシを見つけ、「Heart of the Beastということは、獣の心?感動できそうなテーマという気がするし、ブラピ主演だから面白くないということはなさそう、観ときたいな」くらいの気持ちで、いつも通り、鑑賞前は映画館で放映されていた予告編だけの知識で、映画鑑賞当日を迎えました。

また、行きつけのTOHOシネマズ仙台では一般劇場しか選択肢がなく、パンフレットも販売されていなかったので、あまり話題になっていない作品なのかなと思いつつ鑑賞したのですが・・・

実際には、観終わってからも気になってしまう価値のある作品でした。
大自然の映像も美しく迫力もあったので、是非とも特殊劇場で見たかったほどです。

※この記事では映画『ハート・オブ・ビースト』のストーリーや、映像の肝となる撮影秘話に触れています。未鑑賞の方はご留意ください。

映画『ハート・オブ・ビースト』予告編

元米陸軍特殊部隊員ジェームズと、彼とともに戦場を経験した義足の退役軍用偵察犬オーディン。
アラスカの大自然の中で飛行機事故に遭い、二人が互いを助けながら生き延びようとするサバイバル・スリラー映画です。
そして、結末に向かうとともに泣けてくる映画でもあります。
犬好きさんにはたまらない映画だろうな、とも思います。

そもそもフィクションなのですが、「人間と犬がこれほどの状況を生き延びるなんて映画的すぎる」と言う批判もあるようで、そんな意見が出るのもわかる気はします。
でも、「映画」なのだからそれでいいじゃない、というのが私の考えで、むしろこの映画を観たあとに気になったのは、別のことでした。

このオーディン、いったいどうやって撮ったのだろう?
そして、そこから調べ始めたことが、思いがけず、私がそれまでほとんど知らなかった「軍用犬」という現実の世界につながっていったのです。

オーディンを演じたのは、一頭ではなく親子4頭

まず驚いたのが、オーディンを演じた犬についてでした。

中心となったのは、ウーバー(Uber)というジャーマン・シェパードです。
そして彼の3頭の息子、シーカ(Seeka)、ライカー(Ryker)、ホンドー(Hondo)がスタントダブルとして参加しています。
つまりオーディンは、実の親子4頭によって演じられた一頭の犬でした。

ウーバーはもともと山岳救助に携わっていた犬で、動物コーディネーターのアンドリュー・シンプソン(Andrew Simpson)がニュージーランドで探し出したとのこと。

映画の中ではオーディンが軽飛行機やヘリコプターに乗る場面もありますが、ウーバー自身、以前からヘリコプターを経験していました。
デヴィッド・エアー監督も、撮影時のウーバーが非常に落ち着いていたことについて語っています。

ウーバーは主に表情やブラッド・ピットとの関係性を見せる場面を担当し、身体的な負荷の大きい場面では息子たちがスタントダブルとして活躍しました。

監督によれば、高所でのワイヤーワークが得意な犬、泳ぐのが得意な犬、走るのが得意な犬というように、それぞれの能力を生かして撮影したそうです。
動物コーディネーターのシンプソンも、一頭一頭の性格や得意分野を見極めて撮影していたことを語っています。
たとえば水中での仕事を予定していた犬がそれを嫌がった際には、無理にやらせるのではなく、水が好きなライカーに任せました。

映画では命懸けに見える場面でも、現実の犬に「演技のために危険を強いる」のではなく、それぞれの犬ができることを組み合わせていく。
その積み重ねが、スクリーンの中では一頭のオーディンになっています。

ブラッド・ピットが最初にしたことは、「ウーバーに信用してもらうこと」

もう一つ興味深かったのが、ブラッド・ピットとウーバーの関係でした。

この映画では、ジェームズとオーディンがとても自然に触れ合います。
じゃれ合ったり、身体を寄せたり、顔を舐められたり。

私は観ながら、ジェームズ役のブラッド・ピットがオーディンと戯れて見せる笑顔が、時々「これは演技じゃなくて、本当に出てしまってるのでは?」と感じるほど自然なのが印象に残っていました。

もちろん、特定の表情について「これは素の笑顔だった」と断定することはできません。
けれど撮影前、ピットはウーバーとの信頼関係を作ることにかなりの時間を使っていました。

ピット本人は、この映画で最も重要だったのはウーバーから信頼を得ることだったと語っています。
ウーバーに「この人と一緒なら安全だ」と思ってもらうため、できるだけ多くの時間を一緒に過ごしたそうです。

動物コーディネーターのシンプソンによれば、二人は撮影前に約3週間かけて関係を築き上げたとのこと。
さらに撮影中、ピットのポケットには犬用ビスケット…ではなく、”茹でたチキン”が入っていたそうな。

監督によれば、ピットはウーバーの一日のリズムや注意を引く方法まで理解するようになり、必要なときには自分でウーバーの注意を引けるほどになっていたそうです。

ですから画面の中にあるのは、「ジェームズとオーディン」という架空の関係だけではありません。
その下には、「ブラッド・ピットとウーバー」という実際に築かれた信頼関係があります。

それが、あれほど自然な二人の関係につながっているのではないかと思います。

映画『ハート・オブ・ビースト』特別映像<犬との絆が生まれるまで>

それでも、オーディンはすべて実写ではない

ここからが、VFX(Visual Effects:視覚効果)好きな私にとって非常に面白かったところです。

私は映画を観ながら、狼や熊などにはCGが使われているだろうと思ったものの、オーディンについては、かなりの部分を実際の犬で撮影しているように見えました。

実際その通りなのですが、調べてみると想像以上に複雑でした。
オーディンには、

  • 実際の4頭の犬
  • 実物の装具
  • 部分的なデジタル加工
  • 完全なCGによるオーディン

が組み合わされています。

映画のオーディンは戦争で脚を失い、義足を装着しています。
撮影では実際の犬に装具を取り付ける方法が使われる一方、必要なショットではVFXによる処理も行われました。
さらにオーディンには戦争で失った歯の代わりにチタン製の歯がありますが、こちらもデジタルで表現されています。

そして興味深いのが、オーディンが攻撃的な表情をする場面です。

ウーバーはもともと穏やかな犬だったため、必要なほど激しい威嚇表情を自然に出させることが難しかったそうです。
そこで一部のショットでは、実際のウーバーの身体、目、耳などを残しながら、顎から鼻にかけてのマズル部分をデジタルで置き換えるという方法まで使われました。
これはVFXスーパーバイザーのフランソワ・デュムラン(François Dumoulin)自身が具体的に説明している手法です。

犬に無理に怒らせるのではなく、本物の犬が見せてくれた演技をできるだけ残し、犬にできない部分をVFXが補う。
私はこの考え方が好きです。

「どちらが本物?」—完全CGのオーディンまでいた

VFXを担当したフレームストア(Framestore:イギリス・ロンドンに所在するVFX制作会社)は、ウーバーを詳細にスキャンし、デジタル・ダブル*を制作しました。
さらにウーバーをブルースクリーンの前で複数のカメラを使って撮影し、歩く、走る、方向を変える、さまざまな表情をするといった大量のリファレンス映像も収録しています。
*デジタル・ダブル:映画やVFXの分野で使われる、実在する人間をコンピュータ上で精密に再現した3DのCGモデルで、いわゆるそっくりさんのこと

そして制作側は、本物のウーバーとCGのウーバーを比較するテストまで行いました。
もともとデヴィッド・エアー監督は、CGの犬で感情的なクローズアップを作ることには懐疑的だったそうです。

ところが完成したデジタルウーバーの出来を見て、考えが変わりました。
結果として映画には、アクションだけでなく、感情を見せる重要な場面にも完全CGのオーディンが含まれています。

VFXスーパーバイザーのデュムランは、具体的にどのショットがCGなのかを明かしていません。
しかし、映画を観ている間、それをほとんど意識させなかったのですから、VFXとしては大成功なのではないでしょうか。

狼も熊も、「何もないところ」に演技していたわけではない

狼との戦いも興味深いものでした。

ニュージーランドでは本物の狼を使えなかったため、撮影では狼のパペットや、狼の動きを演じるスタントパフォーマーが使われたのだそうです。
最終的な激しい戦闘部分では、狼だけでなくオーディンもCGになっている部分があります。

熊も最終的にはCGですが、撮影現場には熊の大きさを表現する実物大の軽量パペットが用意されました。
デュムランは、単に「棒の先のテニスボール」のようなものを相手に演技させる方法ではなく、実際の大きさを持つものを現場に置くことの重要性を説明しています。
そこに熊の大きさを示すものがあれば、俳優だけでなく、カメラ、フォーカス、照明などのスタッフも「そこに熊がいる」ことを前提に仕事ができます。

つまりこの映画のVFXは、撮影後に何でもCGで作ればいいという発想ではなく、現場でできるだけ実在感のあるものを作り、その先をデジタルで完成させるという方法だったことが分かります。

この映画がVFXを多用しているにもかかわらず、どこか身体感覚のある映像に見える理由の一つなのかもしれません。

そして私は、VFXとは別のことが気になり始めた

ここまで調べた時点では、私は完全に「映画の作り方」に興味を持っていました。
ところが、調べているうちに別の疑問が出てきました。

オーディンは退役軍用犬です。
戦争で脚を失い、身体に傷があり、そして映画の中では悪夢にも苦しんでいます。

実際の軍用犬にも、こんなことがあるのだろうか?
そこから、私はそれまでほとんど知らなかった世界を知ることになりました。

映画『ハート・オブ・ビースト』のチラシ表面
映画『ハート・オブ・ビースト』チラシ(表面)

犬にも、戦争による「心の傷」がある

現在、米軍のJTS:ジョイント・トラウマ・システム(Joint Trauma System:統合外傷システム)には正式に、

  • Canine Posttraumatic Stress(C-PTS)
  • Canine Posttraumatic Stress Disorder(C-PTSD)

という軍用犬のための臨床ガイドラインがあります。
2025年8月14日付で更新された正式な診療ガイドラインです。

つまり、強いトラウマ体験の後に軍用犬が示す心理・行動上の問題は、現在の軍獣医学で正式に扱われているものなのです。

もちろん、「犬が戦争の悪夢を見ている」と本人に確認することはできません。
ですから、映画のオーディンが戦争の記憶を夢として見る描写と、現実のC-PTSD(犬の心的外傷後ストレス障害)をそのまま同一視することはできません。

それでも、戦争によって犬にも長期的な心理・行動上の影響が生じ得ること自体は、現実の軍用犬医療で認識されています。
オーディンの心の傷は、単なる人間的な感情の投影だけで作られた設定ではないことが分かります。

軍用犬は、実際に人間より先を歩く

軍用犬の仕事にも、爆発物探知、麻薬探知、哨戒、特殊任務など、さまざまな種類があります。
特に爆発物を探知する犬は、人間が危険な場所へ近づく前に、その優れた嗅覚によって危険を発見する重要な役割を担ってきました。

ある米軍のハンドラー*は、イラクで軍用犬と任務にあたることについて、「外へ出るたびに、自分の命を彼の足に預けています」という趣旨の言葉を残しています。
*ドッグハンドラー:犬の能力や魅力を最大限に引き出し、ドッグショーや警察・災害現場などの特定の目的で犬を誘導・管理する専門家

軍の書類上では高価な「資産」として扱われる犬であっても、そのハンドラーは同じ記事の中で、それは単なる仕事上の関係ではないと語っています。
私はこの言葉がとても印象に残りました。

人間が犬を守る。犬も人間を守る

映画ではジェームズ自身も負傷しながら、オーディンを助けようとします。
回想シーンでは、戦火の中で二人とも負傷し、それぞれ担架で運ばれながら、ジェームズはオーディンを心配しています。
そして本編では、自分の命を危険にさらしてまでオーディンを救おうとします。

映画だからドラマチックに描かれているのだろう、そう思っていました。
でも現実にも、それに近い出来事がありました。

軍用犬ブロンコ(Bronco)はアフガニスタンで銃撃を受け、7.62mm弾によって顔面に重傷を負いました。
二等軍曹(当時)でハンドラーのジョン・マリアナ(John Mariana)は血痕を追ってブロンコを探し出し、出血を止める応急処置を行いました。
二人は医療搬送され、ブロンコは救命手術を受けました。

さらにその後、マリアナは2週間、ブロンコの犬舎で一緒に寝ました。
負傷したブロンコが夜間も呼吸できるよう、口を開けてやるためでした。

ブロンコの状態が安定すると、二人は一緒に米国へ戻り、ブロンコはさらに4回の手術を受けました。
しかし負傷によって嗅覚に大きな障害が残り、軍用犬として働き続けることはできなくなりました。

これを知ったとき、私は映画のジェームズの行動が、それまでとは少し違って見えました。

脚を失って帰ってきた軍用犬も、本当に存在する

米海兵隊の軍用犬ルッカ(Lucca)は、イラクとアフガニスタンへの3度の派遣で、400回を超えるパトロールに参加しました。
米陸軍の記録によると、ルッカが同行した400回以上のパトロールでは、彼女が守った米軍兵士は全員無事に帰還したとされています。

しかし2012年、アフガニスタンで爆発物を発見した際、別のIED(即席爆発装置)が爆発しました。
ルッカは重傷を負い、左前脚を失いました。
それでも生還しました。

私はここで、三本脚のオーディンを思い出さずにはいられませんでした。
ルッカがオーディンのモデルだったという制作側の証言は、私が確認した範囲では見つかっていません。
ですから、そこを直接結びつけることはできません。

けれど、戦場で人間を守るために働き、爆発によって脚を失い、生還して退役する犬は、フィクションの世界だけに存在するわけではなかったのです。

かつては退役犬が家に帰れない時代もあった

そして、さらにショックを受けました。

現在では、退役した軍用犬を元ハンドラーが引き取る制度があります。
しかし以前のアメリカでは制度が違いました。

2000年に米議会が成立させた、ロビー法(Robby’s Law)の目的について、米議会調査局の資料には明確な記述があります。
それは、国防総省が軍用犬の「有用な勤務期間」の終了時に安楽死させていた慣行を直ちに終了させ、退役した軍用犬を法執行機関、元ハンドラー、その他適切に世話のできる人々へ譲渡できるようにすることでした。

つまり、現在では自然に思える、「仕事を終えた犬に、新しい生活を用意する」という仕組みは、最初から当たり前に存在していたわけではなかったのです。

この法律が「ロビー法(Robby’s Law)」と呼ばれているのは、ロビー(Robby)という一頭の軍用犬の名前に由来しています。

ロビーは軍務を終えたあと、かつてのハンドラーが引き取りたいと希望していました。
しかし当時の制度ではそれが認められず、ロビーは安楽死させられました。

ロビーの出来事は、長年人間のために働いてきた軍用犬が、任務を終えたあとも「軍の所有物」として扱われ、たとえ一緒に暮らしたいと願う人がいても譲渡できない制度の問題を象徴するものとなりました。

そして2000年、退役した軍用犬を元ハンドラーや法執行機関、適切に飼育できる人々へ譲渡できるようにする法律が成立します。
それが、ロビー(Robby)の名を残したロビー法(Robby’s Law)なのです。

現在では自然に思える、「仕事を終えた軍用犬が、かつてのパートナーと一緒に家へ帰る」という選択肢は、最初から当たり前に認められていたものではありませんでした。

ロビー自身はその新しい制度のもとで暮らすことはできませんでしたが、その名前は、後に続く軍用犬たちが任務を終えたあとに新しい人生を送るための法律に残ることになりました。

現在は国防総省の軍用犬譲渡プログラム(Military Working Dog Adoption Program)があり、勤務を終えた犬だけでなく、軍用犬になるための厳しい訓練・認定基準を満たさなかった犬などについても、条件に合う家庭への譲渡が行われています。

映画の中では、退役したオーディンがジェームズと暮らしています。
私は最初、それを当たり前のこととして見ていました。
でも歴史を知ると、それが当たり前になったのは決して最初からではなかったことが分かります。

「もう、ただの犬でいさせてあげる」

退役軍用犬について調べていて、もう一つ、とても心に残った言葉がありました。

それは3度の派遣を経験した軍用犬アレックス(Alex)を引き取ったハンドラーによる言葉で、映画の中でもジェームズが似たようなことを言っています。

“It’s time to just let him be a dog.”
(もう彼を、ただの普通の犬として過ごさせてあげる時だ。)

アレックスはずっと働き続けてきました。
だから退役後には、大きなチーズバーガーと、柔らかく快適なソファが待っている、とも話しています。

ずっと仕事をしてきた犬。
危険を探し、人間を守り、指示に従い続けてきた犬。
でも仕事を終えれば、もう爆発物を探さなくていい。
ただ散歩して、食べて、遊んで、眠っていい。

その言葉を知ったあとでは、ジェームズと共に暮らしているオーディンを見る目も少し変わりました。

映画『ハート・オブ・ビースト』のチラシ裏面
映画『ハート・オブ・ビースト』チラシ(裏面)

オーディンは「人間を癒す犬」だけではない

犬が登場する映画では、「傷ついた人間が犬によって癒される」という物語は珍しくありません。
でも『ハート・オブ・ビースト』は、それだけではないと思います。

ジェームズには戦争の傷がある。
オーディンにも戦争の傷がある。

ジェームズには恐怖がある。
オーディンにも恐怖がある。

ジェームズがオーディンを守る。
オーディンもジェームズを守る。

どちらか一方が「救う側」で、もう一方が「救われる側」なのではありません。
傷ついた二つの存在が、お互いを支えています。
だからオーディンには、単なる「忠犬」とは違う存在感があるのだと思います。

「オスカー俳優と並んでも遜色ない」4頭

そして、この映画のオーディンを演じた犬たちは、実際に批評家から非常に高く評価されています。

『ロサンゼルス・タイムズ』は、ウーバー、シーカ、ライカー、ホンドーの4頭が一体となって作り上げた演技について、”オスカー俳優と並ぶにふさわしいほどで、スクリーン上の存在感ではブラッド・ピットを上回るかもしれない”とまで評しています。

さすがにこれには少し笑ってしまいました。
ブラッド・ピットを差し置いて、って…笑

でも確かに、この映画を観たあとでは、言いたいことはよく分かります。
そして私は、エンドロールのキャスト欄に(これを見て、あとで調べてみなきゃと思ったわけなのですが)

Odin Uber
    Seeka
    Ryker
    Hondo

と、彼らの名前がオーディン役としてしっかり表示されたことに感銘を受けました。

CGでも、「犬」という一括りでもなく、それぞれ名前を持つ4頭の俳優たち。
本当に、オスカーものです。

「軍用犬」という現実への入口

さて、この映画の物語の最後には、短い文章が表示されます。

Over the last twenty years, nearly three thousand military working dogs have been deployed. They are credited with saving thousands of service members’ lives.

過去20年間に約3,000頭の軍用犬が派遣され、何千人もの軍人の命を救ったとされている。

映画の途中で、軍用犬について長々と説明することはありません。
「軍用犬はこんなに素晴らしい」と訴えかけることもしません。
ただ私たちに、オーディンという一頭の犬を見せます。

オーディンを知る。
オーディンを好きになる。
オーディンが傷つけば心配する。
助かってほしいと思う。

そして映画が終わるとき、「でも、こういう犬たちは現実にもいる」と、ほんの短い文章で現実へ視線を向けます。

私は、深く考えずこの映画を観るために映画館へ足を運びました。
けれど映画を観終わって、撮影方法が気になって調べ始め、ウーバーたちを知り、そこから実際の「軍用犬」について知ることになりました。
ブロンコ、ルッカ、ロビー法を生んだ歴史・・・
映画を観るまで、私はこの世界をほとんど知りませんでした。

一本のフィクションが、知らなかった現実への窓に

私はもともとVFXを使った映画が好きです。
だから『ハート・オブ・ビースト』を観た直後には、「オーディンの義足はどう撮ったのだろう」「狼との戦いは?」「熊は?」「犬の表情はどこまで本物?」そんなことがかなり気になっていて、それらを知ることができたのも、とても面白い体験でした。
実写とCGの境界が分からなくなるほど高度なVFX、親子4頭の犬、動物トレーナー、スタント、パペット、俳優との信頼関係、などなどが一つになって、スクリーンの中に「オーディン」という一頭の犬を存在させていました。

しかしこの映画は、単なるサバイバル・スリラー映画ではないのです。
デヴィッド・エアー監督は、ジェームズとオーディンについて、地獄のような経験をともにくぐり抜け、深い絆を共有する二つの存在として語り、この作品を二人の「love story(愛情の物語)」と表現しています。

私自身も、調べ始めた入口はVFXだったのに、いつの間にかまったく別のところまで来ていました。

戦場で人間より前を歩く犬がいる。
爆発物を見つけて人間の命を守る犬がいる。
負傷する犬がいる。
脚を失う犬がいる。
戦争による心の傷を抱える犬もいる。
そして、その犬に自分の命を預け、今度は自分が犬を助けようとする人間もいる。

私はそれを知りませんでした。
でも今は知っています。
映画というものには、こういう力もあるのだと思います。

それまで自分の世界にはほとんど存在していなかったものが、一本のフィクションをきっかけに、現実の存在として見えるようになる。

『ハート・オブ・ビースト』は、エンターテインメントとして面白い映画でした。
ブラッド・ピットと犬のサバイバル映画として観ても楽しめます。
VFX映画として観ても非常に面白いです。
犬が好きな人なら、きっとまた違うところを見るでしょう。

でも私にとっては、それだけでは終わりませんでした。
映画館を出たあとまで物語が続き、その先で、これまで知らなかった現実の世界を少し知ることになりました。

大々的に宣伝されているようには感じませんでしたし、パンフレットさえありませんでした。
だからこそ、ひっそり上映されて終わってしまうのなら、少しもったいないとも思い、この記事を綴っています。

オーディンを演じたウーバー、シーカ、ライカー、ホンドー。
そして現実の世界で人間とともに働いてきた、私たちが名前を知らない多くの犬たち。

映画の最後に表示された短い文章まで含めて、私はこの作品を観ることができてよかったと思います。
良い映画でした。


あなたは
この現実を
知っていましたか?

軍用犬と兵士の映画を観る女性の後ろ姿

映画 ひつじ探偵団 THE SHEEP DETECTIVES パンフレット

癒し系哲学ミステリー映画『ひつじ探偵団』

〜 見逃すところだった、心に残る一本 〜


実は、私はこの映画、元々は全く観るつもりはありませんでした。
『ひつじ探偵団(原題:THE SHEEP DETECTIVES)』というタイトルから受ける印象は、面白おかしく可愛らしいファミリー向け作品。

映画 ひつじ探偵団 THE SHEEP DETECTIVES チラシ(表)
映画『ひつじ探偵団』チラシ(表面)

しかも私は基本的に、洋画は字幕版でしか観ないのですが、こうした作品は地域や劇場により、吹き替え版のみの上映になることも少なくありません。
そのため、今回も「自分とはあまり縁のない映画だろう」と思い込んでいました。

ところが、上映スケジュールを確認してみると、行きつけのTOHOシネマズ仙台でも字幕版が上映されていることが分かりました。
ハリウッドを代表するスターの一人であるヒュー・ジャックマン(Hugh Michael Jackman)出演作品でもありますし、海外での評価も高いようです。
「字幕版があるなら観てみようかな」そんな軽い気持ちで映画館へ向かったのでした。

しかし、その選択は思いがけず、私にとって大切な映画との出会いになりました。

最初は距離を感じていた

映画が始まった当初、私はどちらかというと物語そのものよりも映像表現の方が気になっていました。

羊たちはリアルだけれども、どう見てもCGです。
一方で、ヒュー・ジャックマン演じる羊飼いのジョージは、ごく自然に羊たちと接しています。
「これはどうやって撮影しているんだろう?」そんなことを考えながら観ていました。

また、登場人物たちもどこか現実離れしています。
少し間の抜けた警官や、個性の強い村人たち。

最初は「映画だからこういう演出なのかな」と感じていました。

ところが、気づけばそんなことは全く気にならなくなっていました。
いつの間にか私は、あの不思議な世界の中に入り込み、羊たちのことを心配し、彼らの行く末を見守っていたのです。

映画 ひつじ探偵団 THE SHEEP DETECTIVES チラシ(裏)
映画『ひつじ探偵団』チラシ(裏面)
まさか涙するとは

この映画は間違いなくコメディです。
何度も笑わされました。

ところがなんと、この羊たちが主人公のミステリー映画で、私は涙することにもなったのです。
映画館を出た後も心に残り、パンフレットを読み進めると観た時の感動が思い出されてきて、再び涙が込み上げてきました。

なぜだろうと考えてみると、この映画は単なるミステリーではなかったからだと思います。
そこには、

  • 大切な存在を失うこと
  • 仲間を想うこと
  • 誰かを記憶の中で生かし続けること
  • 物語が人を支えること

そんなテーマがそっと流れていました。

羊たちは羊でありながら、驚くほど人間らしい。
いや、もしかすると人間以上に素直に感情を表現していたのかもしれません。

そこに違和感を覚えるどころか、だからこそ、私は彼らに共感し、心を動かされたのだと思います。

映画『ひつじ探偵団』予告編
ヒュー・ジャックマンの言葉

パンフレットの中で、主演のヒュー・ジャックマンはこんなことを語っています。
脚本を読み始めて25ページほどのところで出演を決意し、最後まで読み終えた時には、自分でも驚くほど涙が止まらなくなった、と。

映画を観る前なら、少し大げさに思えたかもしれません。
けれど、観終わった今の私には、その気持ちがよく理解できます。

ヒュー・ジャックマンはまた、脚本に”理屈抜きに惹きつけられる何かがあった”とも語っていましたが、この作品には確かに、人を理屈抜きに惹きつける魅力があると感じます。

そして、ジョージという人物が本当にそこに生きているように感じられたのは、ヒュー・ジャックマンの存在があったからこそだと思います。

羊たちが彼を慕う理由。
彼を失った悲しみ。

そのすべてに説得力がありました。

羊たちが主役なのに、本格ミステリー

また、この作品に驚かされたのは、ミステリーとしての完成度でした。

「羊たちが活躍するコメディ映画だろうけど、VFX(撮影技術・視覚効果)が気になるから、字幕版上映されるなら行ってみよう」くらいの気持ちで観に行った私には、そのコメディーとしての面白さだけではなく、かなり深い推理小説ばりな内容に感服。

物語が進むにつれ、散りばめられた伏線や謎が少しずつ繋がっていきます。
思わず「そういうことだったのか」と唸る場面もあり、予想以上に本格的なミステリーとして楽しむことができました。

羊たちは、本当にそこにいるようだった

それから、「あの羊たちは、一体どうやって撮影されているのだろう?」という疑問を持つのは、きっと私だけではないでしょう。

パンフレットによると、本作では羊の品種ごとの特徴まで細かく描き分けられているそうです。
実は、羊は犬よりも品種が多いとのことで、それぞれ見た目や性格に違いがあるのだとか。

さらに撮影現場では、本物そっくりに作られた羊のパペットを使ってリハーサルを行い、その後、映像の中で高度なCGへと置き換えていったそうです。

だからこそ俳優たちの視線や仕草に違和感がなく、羊たちが本当にその場に存在しているように感じられたのですね。
映画の冒頭では撮影技術の方が気になっていた私も、気づけばそんなことを忘れ、完全に羊たちの世界に入り込んでいました。

映画 ひつじ探偵団 THE SHEEP DETECTIVES パンフレット
映画 『ひつじ探偵団』パンフレット
見逃さなくてよかった

この映画『ひつじ探偵団』は、もし字幕版が上映されていなかったら、私はおそらく、観ていなかったと思います。
もちろん、吹き替え版は吹き替え版なりの面白さがありますし、そちらを好む方もたくさんいらっしゃるでしょう。
それぞれの楽しみ方があると思います。

ただ、今回の私にとっては、字幕版上映があったからこそ、この作品と出会うことができました。
そして、その出会いに心から感謝しています。

映画には時々、最初から観るつもりだった作品以上に、思いがけない形で心に残る作品があります。

私の場合、今年は特に、そんな出会いが続いている気がします。
振り返ってみると、それらは必ずしも公開前から注目していた作品ではありません。
むしろ、「少し気になる」「なんとなく惹かれる」── そんな小さなきっかけから足を運んだ作品…
直感というほど大げさなものではないのかもしれません。
けれど、心のどこかが向いた方向へ少しだけ歩いてみると、思いがけない景色に出会えることがあります。

映画『ひつじ探偵団』は、まさにそんな一本でした。
可愛らしい羊たちのミステリーだと思っていたら、気づけば笑い、そして涙していました。
私は今、「この映画を見逃さなくて、本当によかった」と思っています。

ちなみに、この原作本『ひつじ探偵団〔新版〕』が、今回の映画公開にあわせて販売されています。
本書の原題は『Glennkill(グレンキル)』で、これは、小説中に登場するアイルランドの架空の村の名前です(映画ではイギリスが舞台)。

2005年にドイツで刊行され、20年以上に渡り世界で愛されている、作家レオニー・スヴァン(Leonie Swann)によるベストセラー推理小説で、日本でも2007年に刊行されていますが、今回の映画公開にあわせて”新版”として復刊しました。
映画とはまた趣の異なる面白さを味わうことができます。

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✔️『ひつじ探偵団』が上映されている劇場はこちら:
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