〜 だけど分断の中にも希望を見出したい 〜
正直なところ、この作品のチラシが映画館に出されたばかりの当初は「私の観たい映画リスト」には入っていませんでした。
しかし、いつものように映画館に足を運び、予告編を何度か目にするうちに、なんとなく気になってきたんです。
まぁ、そんなことはよくあること。
そんな軽めの流れで観に行った、『ホールディング・リアット(原題:Holding Liat)』というドキュメンタリー映画でした。
…けど、これはとても軽い気持ちで観られるような映画ではありませんでした。
もちろん予告編を観た時点で気づきつつはありましたけれども…
ところで、この映画のタイトル『ホールディング・リアット(原題:Holding Liat)』ですが、私は初め、英語「holding」には「保持」とか「占有」という意味があるので、「人質として拘束されているリアット」という意味合いなのかなと思っていました。
でも「holding」には「抱きしめる」や「支え続ける」「つなぎとめる」といった意味もあるんですよね。
映画を観てからは、そのタイトルには、「リアットという存在を手放さずに受け止め続けようとする家族の思い」が重なっていると感じられました。
理解できない現実と、湧き出る怒り
この映画が描いているのは、イスラエルとパレスチナという長く続く対立の中で起きた出来事です。
日本という島国に住む私には遠い国の話。
ニュースで断片的に目にすることはあっても、どこか現実感を持てずにいた世界。
でも、この映画は違いました。
それは「大きな問題」ではなく、一つの家族の出来事として描かれているからだと思います。
だからこそ私は、その現実を「自分の感情」のように受け取ってしまったのかもしれません。
涙を流さずにはいられない苦しさや悲しさと同時に、怒りの気持ちが湧きました。
なぜこんなことが起きるのか。
なぜ人の命が奪われるのか。
どうしてそれが、どこかで「仕方のないこと」として扱われてしまうのか。
知れば知るほど単純ではない
改めて私はこの問題について少し調べてみました。
イスラエル・パレスチナ問題は、単なる争いではなく、歴史・宗教・土地・安全保障といった様々な要素が絡み合った、非常に複雑な問題です。

どちらの側にも「理由」があり、どちらの側にも「失われたもの」がある。
だからこそ、単純に「どちらが正しい」と言い切ることはできない。
頭では理解できるようでいて、感情は追いつかないという感覚になります。
それでも、彼女が選んだもの
2023年10月7日にニールオズからガザ地区へと拉致され、パレスチナ人のもとで54日間人質となって過ごしたイスラエル系アメリカ人であるリアット・ベイニン・アツィリ(Liat Beinin Atzili)。
映画『ホールディング・リアット』のパンフレットの裏表紙には、彼女による言葉がそっと記載されています。
3人の子どもたち、そしてガザの子どもたちのために、
より良い未来を築くことに焦点を当てたい。

彼女は、怒りや悲しみを抱えていてもおかしくない状況にいたはずです。
それでも彼女は、「復讐」ではなく「未来」を選んでいる。
しかも、自分の子どもだけではなく、ガザの子どもたち、つまり「フェンス<対立>の向こう側にいる存在」まで含めて。
これは簡単にできることではないと思います。
むしろ、人間として自然な感情に従えば、違う選択をしてもおかしくない。
それでも彼女は、別の道を選んだ。
私はそれを、「感情を否定した」のではなく、感情を抱えたまま、その先を選んだ行為なのではないかと感じました。
「生かされた命」という問い
彼女の気持ちを本当の意味で理解することは、私にはできません。
それでも私は、彼女の選択の背景に、「生かされた命をどう使うのか」という問いがあったのではないかと感じました。
なぜ自分は生きているのか。
この命を、これからどう使っていくのか。
それは、極限の状況を経験した人だけが抱く問いなのかもしれません。
そして彼女は、その答えとして「未来を選ぶ」という道を選択したのではないか。
そう思わずにはいられませんでした。
もう一つの「赦し」の物語
実はこの映画を観た同日、偶然にも私は「分断」や「許し<赦し>」に関わる別の話を知りました。
映画『ホールディング・リアット』を観た直後にその話を知ったので、映画のこともこの話も残すべきではないか、そう感じたこともあり、このブログを綴っています。
それは、第二次世界大戦後、日本に対して寛容な姿勢を示したスリランカの話です。
当時の日本は敗戦国として厳しい立場に置かれ、分割統治、つまり「分断」される可能性もあったと言われています。
そんな中でスリランカは、日本を裁くのではなく、再び国際社会の一員として受け入れるべきだと訴えました。
結果として日本は分断を免れ、一つの国として再出発する道を歩むことになります。

日本がもし分断されるようなことになっていたら、今頃一体どうなっていたのか…
もちろん、これはイスラエル・パレスチナ問題とは状況も規模もまったく異なります。
単純に重ね合わせることはできません。
それでも私は、この二つの出来事のあいだに、ある共通点を感じました。
それは、「分断」へと向かう流れの中で、それでもなお、別の選択をしようとした意思があったということ。
過去の出来事に対して、憎しみや対立を深める方向ではなく、「赦し」、対話を深めることで未来をどう築いていくかという視点に立った選択。
日本はそのおかげで苦境を免れましたが、イスラエル・パレスチナだけでなく、世界各地で今も紛争が起きている地域ではそれが叶っていないということです。
分断の中で、人は何を選べるのか
映画『ホールディング・リアット』は、答えを提示する作品ではありません。
むしろ、簡単に答えが出ない問いを、静かに差し出してきているように思いました。
- なぜ人は対立するのか
- なぜ暴力が連鎖するのか
- その中で、人は何を選べるのか
そしてもう一つ、「自分ならどうするのか」。
日本にいる私たちは、この問題を「自分ごと」として感じる機会は多くありません。
だからこそ、この映画を観なければ、知ることもなかった現実があります。
そして同時に、知ってしまった以上、完全に無関係ではいられないという感覚も残ります。
しかし私はまだ、この問いに対する答えを持っていません・・・
最後に:監督ブランドン・クレーマーのメッセージと共に
この映画を観ていて強く感じたのは、ここまで個人的で、感情の深い部分にまで触れている作品は、そう多くはないのではないかということでした。
ただ出来事を記録するのではなく、そこにいる人たちの揺れや葛藤までもが繊細に映し出されている ──
なぜここまで踏み込むことができたのだろうと思っていたのですが、パンフレットを読んで、その理由が少しわかった気がしました。
この作品の監督ブランドン・クレーマー(Brandon Kramer)と、プロデューサーの一人で兄のランス・クレーマー(Lance Kramer)は、リアットたちと親族関係にあり、カメラの外でも彼女とその家族を支える立場にあったといいます。
だからこそ、この映画は「外から見た記録」ではなく、関係性の中で紡がれた記録になっていると言えるかもしれません。
とはいえ、同時にそれは、簡単なことではなかったはずです。
近しい関係だからこそ、どこまで踏み込むのか、何を映すのか、そして、それを世に出すことの重さ、恐怖。
そのすべてに葛藤があったのではないかと思います。
それでもなお、この物語を記録し、伝えることを選んだ。
だからこそこの作品は、単なるドキュメンタリーではなく、観る側の感情にまで深く入り込んでくるのだと感じました。

ちなみに、この映画のチラシにはおそらくマーケティングの観点でダーレン・アロノフスキーがプロデューサーであることがアピールされていて、もちろんそれもそうなのでしょうが、私には、「鬼才」という看板文句よりも、兄弟が紡いだ「家族の対話」に心が打たれました。
監督とプロデューサー/ブランドン&ランスクレーマー兄弟の強い連携こそが、この過酷な物語を映画として成立させた真の力ではないかと思うのです。
ここで、パンフレットに記載されていたブランドンによる”監督メッセージ”の後半部分を引用させていただきます。
人質は拘束されたまま、数万人のパレスチナ人が命を落とし、双方で人々が苦しんでおり、こうした諸問題をめぐる議論は、コミュニティや家族内ですらますます分極化しています。
直接的な影響を受けたある家族の物語と、彼らがお互いの違いをどう乗り越えたかを描いた本作が、この戦争を理解するための新たな可能性を開くこと、そして暴力の連鎖の終結に寄与することを願っています。
この映画が数え切れないほどの物語の中のたった一つの家族の物語に過ぎず、多くの重要な物語が悲劇的に語れることなく終わるかもしれないことを、私たちは痛感しています。
この家族のレジリエンスと率直さ、そして理解を広げようとする本作のみならず、イスラエルとパレスチナを扱った他の映画を通して、観客がより深い問いを投げかけ、癒しと和解への道筋を見つけるきっかけになることを願っています。
映画『ホールディング・リアット』公式ホームページ:https://unitedpeople.jp/liat/
この映画が世界で初めて上映されたのは、2025年2月の第75回ベルリン国際映画祭でのワールドプレミア上映の時で、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しました。
ドキュメンタリー映画、特にこの作品のようなデリケートで複雑な政治・歴史的背景を扱う作品は、日本への導入に慎重な調整が必要なのが多いこともあり、その世界初上映から1年以上を経ての日本公開となります。
この公開に向けて届けられた、監督からの日本へのメッセージ動画もありましたので、こちらも埋め込ませていただきます。
私も、このメッセージが少しでも多くの人の心に届くことを願っています。
なお、この映画は全国一斉公開ではなく、「順次ロードショー型」で、各地1週間前後の限定上映をリレーしていく形で上映されています。
私が観てきた仙台フォーラムでの上映は5月7日(木)で終わってしまう予定ですが、その後も上映される地域はありますので、気になる方はぜひご確認くださいませ。
✔️『ホールディング・リアット』上映情報:https://unitedpeople.jp/liat/scr

