慢心は人間の最大の敵

我が心にはマクベスがいないか・・・


ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare)
本をあまり読まなくとも、知らない人はいないであろう、偉大な文豪。
シェイクスピアの四大悲劇の一つ、「ロミオとジュリエット(Romeo and Juliet)」であれば、大抵の人があらすじを知っていますよね。




”現代版”といっても現在(2021年)からすれば少々古くはなりますが、レオナルド・ディカプリオ主演の映画、現代版「ロミオとジュリエット」(1997年作)は、本で読むような取っ付きにくさはなく、親しみやすい上、見応えがあり、多くの方が観ていらっしゃると思います。




さて、それでは、こちらはどうでしょう?
同じくシェイクスピアの四大悲劇の一つ「マクベス(Macbeth)」。

マクベス」も、数多く翻訳、舞台化、映画化されています。
次の動画は、2015年にイギリスで映画化されたものの予告編です。
この映画は、そういう物語なのでしょうがないのだけど、救われない感漂いますが、映像がとても幻想的で美しいので(残酷な場面もあるけど…)、静かな気持ちになれます。


この予告編の「あなたの心のなかにも、マクベスがいる」というキャッチフレーズが、秀逸だなと思いました。

物語は、国のために戦い英雄と称えられた将軍マクベスが、残念にも野心にかられてしまい、その妻であるマクベス夫人と共に、人を欺き、残虐な殺人を働き、自ら破滅へと向かう、とても暗いお話しです・・・

さて、今回タイトルにした

「慢心は人間の最大の敵」

これは、1949年、日本で一番最初に「マクベス」を翻訳出版された(野上豊一郎訳/岩浪文庫出版)中の一文で、名言として語り継がれているものです。


慢心」とは、先日の投稿でも触れました通り、「おごり高ぶること。また、その心。自慢する気持ち。」のこと。

関連記事:
感情をマネジメントできる人でありたい/負の感情とも向き合いつつ、慢心や虚栄心には負けないように

このセリフにあたる部分は、先ほどご紹介した映画では直接的に取り上げられていなかったのですが、褒め称えられたことからうぬぼれ、欲望に囚われ身を滅ぼしていくマクベスを描かれているところで、慢心に蝕まれるとどうなるか、ということを深く考えさせるものでした。

私の心にはマクベスがいないか。
自分を省みて慢心を戒めることを、忘れないようにしたいです。


あなたの心には
マクベス(慢心)が
いませんか?



目標達成の理由はそこに愛があるから

アスイクさんからのクラファン協力御礼のお手紙


個人的に感銘を受けて以来、応援している仙台のNPO法人「アスイク」さんがチャレンジした2021年12月1日〜31日までの1ヶ月間のクラウドファンディング。
アスイクさんの取り組みは素晴らしく、少しでも多くのかたに知っていただきたいので、当サイトでもご紹介させていただきました。

関連記事:
子どもたちの幸せを願って/NPO法人アスイクさんの取り組み
子どもたちを守りたい!アスイクさんのクラウドファンディング/仙台のNPO法人アスイクさんの「食糧支援×見守りプロジェクト」

出だしの頃は苦戦したようですが、中盤を過ぎてからみるみるサポーターが増え、寄付額も増え、12月26日には、目標だった120万円を達成し、最終的には1,385,000円の支援額(支援者108名)となったとのこと。
経過は時々Webサイトで見ていましたし、ご報告のメールもいただいて、目標を達成されたことが確認できた時は、特別なことは何もできていない一支援者ながら、とても嬉しかったです。

そして、昨日ポストに、アスイクさんからのお便りが届いていました。

気持ち程度の支援しかできない立場ではありますが、やはり、応援する団体が掲げた目標を達成し、こうやってお便りなどいただけると、こんな自分でもちょっとは役に立てたかなと嬉しいものです。

ところで、今回、アスイクさんが目標を達成できたのはなぜでしょうね?
クラウドファンディングというと、寄付額毎に返礼品にも差をつけるのが慣習ですが、アスイクさんはあえてそうされていません。
でも、しっかり目標を達成されました。
この理由こそが、現代の多くの人が切望している願いに直結しているからではないかと思うのです。

さてここで、アスイクさんのHPに掲載されている、代表の大橋雄介さんのメッセージを引用させていただきます。


一人ひとりの幸せをさがす。


この先の未来を見通すことは困難ですが、after/withコロナの世界は、AIや通信規格などのイノベーションも相まって、これまでの世界とは大きく形を変えていくことは間違いないでしょう。
平均寿命が長くなる一方で、体が動くうちは働き続けなければならない社会の到来も近づいています。

生活様式や働き方、あるいは価値観が大きく変わっていく中、今日まで出会ってきたような生きづらさを抱えた子どもたちは、どのように生きていけばよいのか。
経済的な困窮、虐待、精神疾患、不登校や中退による孤立。
今を生きることだけでも精いっぱいな子どもたちは、これまでになく変化が大きく、これまでになく長時間労働ならぬ長期間労働が宿命づけられた時代に、どう生きれば幸せな人生を全うできるのか。

社会が大きく変化する今だからこそ、それを機会ととらえ、これからの生き方や幸せのカタチを子どもや若者たちとともに考えていきたい。
きっとそれは、これまでの社会に彼ら彼女らを適応させるのではなく、その人なりの答えを探すようなことだと思います。

「アスイクについて/ミッション・私たちの使命」詳細欄より一部抜粋


アスイクさんが挑んでいるのは、困難を抱えた子ども達とそれを取り巻く人々の幸せを創出すること。
そこに本当の愛がないと実現できない取り組みです。

アスイクさんの活動は、直接支援差し上げてる方々、支援を受けている方々だけでなく、間接的にでも自分以外の誰かを救うために何かしたいと思っている人たちの心をもあたため、それぞれの生きる力の源ともなり、そしてその周辺には、目には見えなくとも、やさしさの糸の絆が紡がれていくのだろうと思います。

今回のクラウドファンディングを支援した人々は、そんな愛ある活動に真摯に取り組むアスイクさんの姿勢に感銘し、また、自分も愛ある幸せな世界を広げるために貢献できるならという想いを持った人達で、そこに、返礼品が何かということは、ほとんど意味がないということでしょう。
「嬉しい」「幸せ」「良かったね」「助かったよ」「ありがとう」ただそんなあたたかい言葉の交わし合いと、笑顔を生み出すことができればいいだけ。

この科学の発達が進む現代にあって、あらゆることが過剰なほどに加速され、格差社会の問題が依然としてある中で、人間の原点を振り返り、本来の幸せについて、本当にこれでいいのだろうか?と考える人々が増えてきているということが背景にあるのではないでしょうか。
現代ならではの問題が徐々に浮き彫りになってきているという一方で、本来の人間の幸せを考えるということは正常な人間として当然のことであり、幸福な世界を創って行く上では、希望となる現実かもしれないとも思うのです。

変わりゆく困難な時にこそ必要なのは、やさしく愛のある心であるということに一人でも多くが気がつき、互いに寄り添い、支え合って生きていかねばならない、そういう段階に私たちはいるのではないかと感じています。


あなたにとっての
愛ある世界とは
どんなですか?

こんなに面白かった鉄腕アトム

純粋な愛 X 鉄腕にかなうものはない


先日、画家パウルクレーの絵に谷川俊太郎の詩が添えられた絵本をご紹介しましたが、谷川俊太郎さんといえば、元祖TVアニメ「鉄腕アトム(昭和版)」主題歌の詩を作られた人であることはご存知でしたか?

前回の記事:
大人のための画家と詩人のコラボ絵本/パウル・クレー X 谷川俊太郎

手塚治虫原作のアニメ「鉄腕アトム」は、1963年からフジテレビ系で日本初の30分テレビアニメシリーズとしてアニメ化、1980年には日本テレビ系でカラー版の『鉄腕アトム (アニメ第2作)』が制作され、言わば、カラーアニメの原点とされる名作。
2003年には平成版のアトム、さらにはCGによるアニメ映画も作られ、少しずつ形を変えつつも、多くの世代に愛される作品です。

先日の投稿の際、谷川俊太郎さんから鉄腕アトムを思い出し、小さな頃にTVに食い入って見た記憶が蘇ったので、思わず動画を探しまして、初めは歌だけ聞ければいいかなと思っていたのですが、第1話、面白くて見きってしまいました。

これを見る前、記憶にあったのは、主題歌の部分と、近未来SFのワクワクする展開の中で子どものロボットが世界を救うという物語に魅力を感じていた点で、具体的な内容は全く覚えていなかったのですが、今回YouTubeで見て、こんなに面白かったのかーと関心。
もしかしたら私の近未来SF系の映画が好きな原点は、ここにあるのかもしれません。

それにしても、アトムの誕生秘話、こんな話だったんだ?!といきなりのシビアなストーリー展開に驚きました。
第2話、3話と続けて見たくなってしまいますね。

このSFストーリーが面白いというのは一つですが、「鉄腕アトム」で手塚治虫が伝えようとしているのも「愛」ですよね。
アンドロイドではあるけれど、子どもの心を持っているからこそ表現できる純粋な愛。掛け値無しのやさしさ。
愛のある鉄腕だからこそ、みんなに必要とされ愛される百万馬力になるのだろうな、いくら怪力とか権力とかお金があっても、そこに愛がなければ何にもならないよねと、またまた深く思い浸りました。


あなたは
子ども心
覚えていますか?

感情をマネジメントできる人でありたい

負の感情とも向き合いつつ、慢心や虚栄心には負けないように


先日投稿したEQ(心の知能指数/感情能力)について、初めて知ったというお声をいただきましたので、もうちょっとだけ述べさせていただきますね。

前回の記事:
「感じる力」EQ とは/How Do You Feel Now ?


この本の中では、以下のように述べらています。

感情の使い方がうまい(EQが高い)人は、気持ちのオン、オフの切り替えが上手です。

気分転換が得意なので、ストレス対処がうまくできます。

また、物事の捉え方、受け止め方も広くなるので、バランスよく考えることができます。

(「EQ「感じる力」の磨き方」p.85 『メンタルヘルスとEQ』より要約して抜粋)


是非ともそういう人でありたいので、自分自身の感情を受け止め、そしてコントロールする能力を高めたいと思うところではありますが、一言で「感情をコントロールする」というと、非常に強制的というか、常に我慢が伴いそうに感じますよね。
でも、そういうことではなくて、我慢することも、我慢しないことも、必要に応じて感情をマネジメント(管理・利用)することが大切ということです。

そして、「気持ちのオン・オフの切り替えが上手」というと、ポジティブな感情を作り出す能力を向上させる必要性を感じますが、ネガティブな感情=負の感情も、生きるエネルギーとなり、自分自身の成長に不可欠な感情であるということも、覚えておきたいことです。

私の場合の例で言うと、このウェブサイトのはじめにでも述べたように、私の周りには震災や病気、事故、中には自ら、命を落とした人が多くいて、それらの悲しみがあってこそ、私は自分自身の命を大事に生きなければならないという気持ちにさせられています。
また、自分自身が辛い思いをしている分、苦しい境遇の人へ寄り添える気持ちも養えていると感じています。

できることなら負の感情に陥るような出来事は起きてほしくないというのが正直なところですが、程度の差はあれ、ネガティブな出来事が全くないという人生はありえないから、負の感情とも向き合って、乗り越えていく力を養うことが大切ですね。


また、例えば「感情は合理性や効率性を邪魔する」と考える人も多いかと思いますが、否、「合理性や効率性と感情は対立するものではなく、協力し合うもの」と捉えるのが、合理性や効率性を実現する人への近道となるということも頭に入れておきたいです。
そもそも人には感情があり、その感情を使って、感情を使われないようにマネジメントする、そういうことでもあると。

最後にもう一つ、これも日頃、心に留めておくべきだなと思った部分を抜粋させていただきます。

感情は大切なものですが、嬉しくて有頂天になり、舞い上がった経験はありませんか?

感情が高まり(高揚)すぎると、足元が見えなくなり、とても危険な状態になります。これを「慢心」と言います。

実は、給料日の直後に物を失くしたり、落としたり、大切なことを壊していることが多いことをご存知でしょうか。

「給料日は、お金がある、何でも買える、どーんとこい!」というこの感情が、気持ちを大きくさせ、舞い上がらせ、油断を招きます。

舞い上がった感情は、目を曇らせて足元を見えなくします。

事故防止には絶対に許されない感情、それが慢心です。

(「EQ「感じる力」の磨き方」p.165-166『「クヨクヨ気分」で慢心を防ぐ』より要約して抜粋)


辞書によると「慢心」とは、おごり高ぶること。また、その心。自慢する気持ち。
そして慢心の対義語は、虚心謙虚などです。

謙虚はよく使われますね。
控え目で、つつましいこと。へりくだって、素直に相手の意見などを受け入れること。

虚心(きょしん)とは、心に何のこだわりも持たずに、素直であること。
虚心を使った四字熟語でよく使われるのが、虚心坦懐で、心になんのわだかまりもなく、静かに落ち着いたおだやかな心で物事に臨むさまのこと。

ちなみに、虚心の間に「栄」が入ると、虚栄心となります。
虚栄心とは、自分を実質以上に見せようと、見えを張りたがる心のこと。


安らげる幸せな環境を創出していくためにも、感情をうまくマネージして、慢心や虚栄心に負けない、謙虚虚心坦懐な人でいられるようにしたいです。



あなたは
負の感情とも
向き合えていますか?




「「感じる力」の磨き方」高山 直 (著) 東洋経済新報社
「EQ「感じる力」の磨き方」高山 直 (著) 東洋経済新報社

「感じる力」EQ とは

How Do You Feel Now ?


EQという言葉をご存知ですか?
そして、
How do you feel now?
あなたは自分の今の気持ちと向き合う時間を取っていますか?


私がEQについて知ったのは、以前研究機関に勤めていた際、皆さん頭のいい人たちばかりだけど、どこか心が荒(すさ)んでいないか、なんだか人としての心が欠けていないだろうか?といったことを感じ、私自身の心も喪失していきそうな危機感を覚え、その時に手に取った本『EQ 「感じる力」の磨き方』(高山直著作、東洋経済新報社出版)を読んだことがきっかけです。


IQ:Intelligence Quotient <知能指数>については一般的ですね。
人の知能の基準を数値化したもので、簡単に言うと、頭の良さのレベルを表す指標とでも言いましょうか。
対して、
EQ:Emotional Intelligence Quotient <心の知能指数=感情能力>
emotionalは、感情のとか情緒のという意味です。頭の良し悪しというよりも、すなわち感情コントロールができるレベルを表すものです。

EQについては比較的新しい概念のため、定義はまだはっきりしていないということですが、EQ理論の開発は、1980年代にアメリカの心理学者ピーター・サロベイ博士とジョン・メイヤー博士の発案に基づくと言われています。

感情に関する理論が、論理や数に関する理論と同じくらいに重要である」というのが、EQ理論の考え方です。

感情は自然に生まれ、職場や家庭の至るところ、人生のあらゆる場面にあふれており、感情は情報の源である。
感情は、人生を豊かにすることができるが、妨げとなることもある。
そして、私たちは感情を無視できるが、感情は存在し続ける。
だから、感情を無視するのではなく、感情を上手に管理し、利用することが大切なのだ。
ということなんですね。


EQ 「感じる力」の磨き方』の著者である高山直氏もピーター・サロベイ博士とジョン・メイヤー博士と研究を共にしたとのことで、EQに関わることとなった時に、彼らEQ理論提唱者たちに会うたびに言われたのが
How do you feel now ?
だったのだそうです。
日常生活で感情を意識し、気持ちを「感じる」ことの大切さを学んでほしくて「今の気持ちは?」と聞かれていたのだろうとのこと。


そういえば、
ご機嫌いかが?とか調子どう?(英語だとHow are you?
とは聞いても、例えば、試合で勝ったとか、賞を受賞した時なんかはよく使いますが、挨拶がわりとして
今の気持ちどう?How do you feel now?
とはそうそう聞きませんよね。

残念なことに、日本人は、流行りや人の気持ちに流されやすいだとか、自分の気持ちにフタをしてしまう人が多いためか、EQレベルも低い(※)と言われています。

※2019年1月に発表された、EQのグローバルネットワーク・シックスセカンズの調査によると、日本のEQスコアは世界最下位、健康水準はメンタルヘルスへのアクセスの低さ、幸福度117か国中54位という背景から、中央値を下回ったとのこと。(参照サイト:日刊工業新聞

日頃から「今の気持ちは?」と自分自身に問いかけ、感情と向き合い、心を鍛える必要があるのかもしれません。


ところで、最近、「エモい」なんて言葉が若者の間で使われますが、これもemotionalから来ていて、感情が高まって強く訴えかける心の動きを表現する言葉とされています。
趣がある、切ない、郷愁を感じるなど、それらも含めた表現で、便利な言葉なので、私も稀に若いフリして使うのですが。

しかし、何でもかんでも「エモ〜い」でまとめてしまい、これだけに頼っていると語彙力が低下するとも言われています。
語彙力が低下するとは、即ち心の豊かさも損なわれていくことに繋がります。
言語を与えられた人間は、言葉で(口に出す出さない関わらず)表現することで心を豊かにすることができる生物だからです。

普段から自分の引き出しに多くの言葉を入れておくようにして、感情表現する時には、なるべく自分で考えて、豊かな表現をするようにしたいですね。


あなたは
感情をマネジメント
できていますか?



「「感じる力」の磨き方」高山 直 (著) 東洋経済新報社
「EQ「感じる力」の磨き方」高山 直 (著) 東洋経済新報社

2021年もあたたかい心をテーマに

ハートフルな物語「ニューヨーク 親切なロシア料理店」を観て


あけましておめでとうございます。
2021年1月1日、新たな年を迎えられたことに感謝します。

元日の今日、皆さんはいかがお過ごしでしょう。
昨年から続くコロナ禍。やはり自分だけで生きているわけではないということを考えると、行きたいところ、特に人が集まるような場所には気軽に行けないのが相変わらずの状況ではありますが・・・

私は、映画を観てきました。
本来、映画館は人が集まる場所ではありますが、現代はネット配信等の影響、また当然コロナによる影響で、映画館の運営はなかなか厳しい状況にありますので、映画好きとしては(ネット配信ももちろんありがたいのだけど)、映画館には頑張ってほしいという気持ちがあります。
人の入り具合の状況を見て、感染対策をしっかりすること、必要以上に長居しないことなどに配慮して、映画を楽しませていただきましょう。
ちなみに、シアター内は窓がなく密閉された空間に思えますが、映画上映中もしっかり換気の対策が取られているとのことですよ。


2021年、私が最初に選んだ映画は「ニューヨーク 親切なロシア料理店」です。
観客は2名しかおらず、雪降る元旦にまで営業してくださる映画館(フォーラムさん)には申し訳ない気もしつつ、感謝するばかりです。
国が支援金を出すとか何の保障もしてくれない限り、営業もせざるを得ないわけですから、大変だとは思いますが、めげないで頑張っていただきたいです。

さて、映画「ニューヨーク 親切なロシア料理店」について。
原題は「The Kindness of Strangers」直訳して「他人の優しさ」。
strangerは見知らぬ人とも訳せるので、「見知らぬ人の優しさ」の方が日本語的にはいい響きにはなりますが、この映画の内容としては、見知らぬ人だけが優しいわけではなく、一応知り合うのだけど、他人であることには変わりなく、それなのに優しく親切な行動を取る人たちが描かれているので、日本語の意味合いとしては「他人の優しさ」かなと感じています。

この物語は、現代の問題の一つであるネグレクト(児童虐待、育児怠慢)や親子愛をもとに、見知らぬ人、他人同士の人々が関わる中での優しさや思いやり、そして赦(ゆる)しの心がテーマとなっています。

物語の中核となるのは、ねじれた正義感を持つ夫から逃れ、片田舎のバッファローから憧れのニューヨークへと向かった、二人の息子を持つ主婦のクララ。
親子が到着した世界の中心地であるニューヨークは、様々な人が集まる場所。
そこでクララは息子たちのために衣類や食べ物など盗みを働くこととなり、入り込んだコンサートホールそばにあるロシア料理店に関わる人々と交わっていく中での物語で、冬のマンハッタンを舞台に、淡々と静かにストーリーは展開していきます。

ニューヨーク カーネギーホール前の通り/2017年2月(物語の舞台はこの辺じゃないかなというイメージ)

登場人物は、ほんの一部を除いて、皆なんらかの苦悩を持ちつつも優しくて愛らしいキャラクターなのですが、個人的には特に、男の子の兄弟が可愛いくて微笑ましかったです。
可愛いのだけど、しっかり意思を持ち、強く、そして優しい。
母親であるクララは二人の息子アンソニーとジュードのために必死になるのだけど、最終的に息子たちがママを救うというくだりは泣けます。

パンフレットも優しい雰囲気

困難を抱えた登場人物たちが少しずつつながっていって、最後にはみんな心地よくまとまり、見終わった後、胸の奥にあたたかなさざ波が広がっていくような感覚を味わいました。

やっぱり、世の中を救うのは、愛だよね、優しさだよね、思いやりの心だよねとしみじみ感じました。
2021年、私も、心のあたたかさをテーマに過ごしていきたいと改めて思っているところです。


2021年の
あなたのテーマは
なんですか?

2020年 去りゆく1年に感謝

豊かな気持ちで生きれたことに、ありがとう


思い起こせば、一昨年(2018年)の今日、私は韓国で年越しを迎えました。

2018年12月31日のソウル広場

それまでは、日本の習わしを大切にする祖母を筆頭にして年末年始を過ごしていましたが、大好きだった祖母がその年に亡くなっていたので、なんとなく、一人で静かに海外で年を越したいと思ったのです。

韓国の世界遺産 昌徳宮(チャンドックン)/2019年1月1日

その時に訪れた「南山コル韓屋村(ナムサンコルハノンマウル)」。

南山コル韓屋村の伝統家屋/2019年1月1日

そこは、各地に散らばっていたソウルの貴族の伝統家屋を移築して集め、再現したもので、ソウル市の現代の街中にあるのでちょっと不思議な空間なのですが、伝統建築・文化を再現した屋外博物館といったところで、ポピュラーな観光スポットとなっています。

そこで、たまたま、誰でも無料で願掛けができるコーナーがありまして。
ソウルの正月伝統行事の火祭りで燃やす事で叶うと言われるもので、用意されている半紙に願い事を書いて、ちょうど日本の神社でおみくじを引いた時と同じように、その場に備えれている縄に結んでおけば、あとで(韓国は陰暦で正月を祝うので2月に)燃やしてくれるから願いが叶うよと。
それで、無料だしせっかくだからと、ペンを手に取り、私が思わず書いた願い事は、

「心のあたたかくて優しい人たちに囲まれて笑って過ごせますように」

でした・・・


その頃は、安定し悪くない収入を得られる仕事についてはいたものの、精神的には全くよろしくない状況で、その収入を手放していいのか、でも、心身がダメになってはどうにもならないという悩みのはざまにあったので、そんな願い事が出てきたのでした。

そして2019年が始まってから間も無く、同じ職場で働く最も信頼していた唯一の心優しい人が退職したことにより、私の迷いは断ち切られ、仕事を辞める事を決意しました。

仕事を辞めてから思ったことは、辞めて良かった。それしかありませんでした。
失業給付や訓練校に通えるというありがたい制度があり、それほどお金の心配をすることもなく、心が穏やかになり心身が回復していくのを感じ、幸せなだけでした。


特に金銭面に関して認識でき、自分にとって大きな収穫だと感じているは、「自身の捉え方によるところが大きい」のだろうということ。
ないと思えばないし、あると思えばある。そういうことなんだなと。

お金にかかわらずモノ・コトなんでも、ないないと嘆き、欲して必死になると、もし得ることができたとしても、それを失わないようにもしくはその上を目指すので、代償として不安も増します。
でも、今あるものでいいじゃん、生きれるじゃん、と思うことができれば、必要以上に求めることもなくなるし、等身大の自分を心地よく感じることができるようになるので、不安もなくなります。

もちろん目標を持って進むことは必要だけれど、見失ってはならないものがあることに気をつけておかなければならないということです。
自分にとって何が本当に大事か
なんのために生きているのか
今あるものに感謝して、そういったことに意識を向けることが大切なのかなと思います。


コロナ禍にあって、仕事を失ってしまった人や、職を探しても見つからない人が大勢いる中で、私は運よく、尊敬するかたから声をかけられ、思いがけない形ではありましたが、今、働くことができています。
そこは、元気でかわいい、未来を担う子どもたちの声が、毎日、響き渡る場所。
そんな子どもたちと親御さんを支えるために、愛に満ちた保育士の先生たちが懸命に働く所。
やさしさ、あたたかさがないと成り立たない環境です。
そこで役に立つことが、今、私に与えられている使命なのだと思えますし、それは本当に幸せなことだと心から感謝しています。

以前の収入に比べたらだいぶ低いのが現状ではありますが、安定はしてるし、自分のために使える時間も増え、お蔭で、やっぱりお金が全てじゃないよねと、これまでなんとなく感じていたそれよりも、本当の意味で認知することができました。
それに、今は副業も認められ、パラレルワークも当たり前となりつつある世の中。
私のようないろいろやりたい人間にはむしろありがたいのがこれからの社会。
今の職場に貢献しつつ、あたたかくて安らげ、笑顔になれる人が増える環境、そんな裾野を広げていきたい、そう思っています。


さて、2020年も本日が最後となりました。
この2020年は、コロナに始まりコロナに終ったとして歴史上刻まれるでしょう。
世界中がこれまで陥った事のない、本当に大変な1年でした。

ちまたでは、このコロナを逆手に取り、「不安な時代を生き抜くために」と言いながら、返って不安な気持ちを助長するかのような報道やビジネスもありますが、こんな時だからこそ、周りに流されずに豊かな心を携えた自分を持つということがとても大切だと感じています。

冬らしさを感じる雪の仙台

2020年も生かしていただいたことに感謝。ありがとうございました。
明日から始まる2021年も心身豊かに過ごすことができますように。。。


2021年に向けて
あなたが願うことは
なんですか?

多様性を大切にする誰もが生きやすい世界へ

子どもから大人まで10人に1人といわれる発達障害への理解


発達障害』について、考えたことがありますか?
「生きづらさ」を感じている人、その多くが実は『発達障害』の可能性があると言われています。

発達障害は、今や子どもから大人まで10人に1人とされ、自分自身がその可能性もあれば、近隣の人がその可能性もあり、発達障害の当事者はもちろんそうでない人も、互いに付き合い方の難しさを感じているなど、問題は意外と近くに潜んでいたりして、つまりは、発達障害への理解は、全ての人が生きやすい社会へつながるといっても言い過ぎではないということです。

日本において発達障害が認識されるようになったのは、「発達障害者支援法」が2005年に施行されてからのことです。
まだわずか15年ほどですね。

この背景には、昔は単に「活発な子」とか「わんぱくな子」と言われていたような子どもたちが、現代社会の許容範囲が狭くなったことで「問題のある子」ととらえられやすくなったから、という見方もありますし、特に日本は、みんなが同じであることが当たり前で多様性を認める環境の構築を不得意としてきたため、昨今になって、独特の言動・行動特性のある人は周りから受け入れられにくい、または本人が周りとなじめないといった問題が表面化し、かつ、この多様性を認めることのできないこれまでの日本の性格そのものを問題視するようになってきたためという見方もあります。

さて、私は先日、仕事で発達障害に関するセミナーを受ける機会に恵まれました。
セミナーは2部制で、第1部が大学教授の先生による講演、第2部ではご自身が発達障害だという当事者の成人男性によるお話がありました。

演者の先生は、信州大学医学部こどものこころの発達障害医学研究室教授の本田秀夫先生。
TV出演や、出版物も多く、著名なかたです。

こちらは本田先生のご著書の一部ですが、産業カウンセラー・保育士資格を持つミュージシャン手島将彦氏との共著書『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』気になるタイトルですね。

「ミュージシャン」いわゆる「アーティスト」には、強い個性を持つ人、時には変わり者呼ばわりされる人もいます。
特異な個性や才能を持つがゆえに、生きづらさを感じる人々。
この本では、一般の常識を越えているという点で、発達障害を抱える人が潜む可能性の高い音楽業界を例にとって述べられていますが、発達障害と健常者の境界線は曖昧であり、多くの人にその傾向があるということを理解する上での参考になります。


ここ数年、政府をはじめ企業においても、“ダイバーシティdiversity多様性を尊重する環境Diversity and Inclusion個々の違いを受け入れ、認め合い、いかしていくことへの転換”を声高に言われるようになりましたが、こんな時代だからこそ、「みんなと同じである必要はない」ということや、それぞれの「自分の人生は自分で生きてく」という「個を尊重する」こと、新たな社会の実現への可能性が広がる「多様性を育む社会」の構築とはどういったことなのか、一人でも多くの人が意識できるようになることが重要ではないかと思います。

それは、誰もが生きやすい世界人として豊かな生きかたができる世界の創造へと、つながってゆくのではないでしょうか。

そんなことを、今回の発達障害への学びを通して、改めて感じているところです。


あなたにとって
そこは
生きやすい世界ですか?

幸せ指数が高い「与える人」Go-Giver

与えれば与えるほど、その人は多くを得る


あたえる人があたえられる』日本語版ではそうタイトルがつけられた本(海と月社 )。
2008年に米国で出版され、各国でベストセラーとなった『THE GO-GIVER』は、「21世紀のデール・カーネギー」の異名を持つ元トップセールスマンのボブ・バーグ&ベテランライターのジョン・デイビッド・マン(山内あゆ子訳)の共著です。

※デール・カーネギー(Dale Breckenridge Carnegie):1888年アメリカのミズーリ州出身の、話し方(スピーチ)に関する研修講師であり作家で、自己啓発業界の偉人と言われる。著作『人を動かす(How to Win Friends and Influence People)』と『道は開ける』(How to Stop Worrying and Start Living)』が今でもベストセラー。


ところで、これとよく比較されるものに『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 』(アダム・グラント/三笠書房)という本もあります。
こちらの方がここ最近も人気で、書店の話題の本のコーナーに並んでいるのを見かけることもあります。
しかしながら結構分厚く、論理的で細かな描写で綴られているので、読書好きさんじゃないとハードルが高いかもしれません。


その点、『あたえる人があたえられる(THE GO-GIVER)』の方は、『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 』のちょうど半分くらいで、内容も物語形式になっていますので、多くのかたが楽しめる作りではないかと思います。

ちなみに私も、購入した時はゆっくりじっくり読むつもりでいたのですが、文章が平易で読みやすく、物語がよく出来ていて、先が気になってしまって、結局一晩で読み終えました。

常に自分のことで頭がいっぱいだった主人公のジョーが、出会った初日から自分に感謝を示してくれたビンダーという紳士から、数名のお手本となる人物を紹介してもらいながら学びを得て、変わってゆく物語で、全部で14章で構成されています。
各章のタイトルは以下の通りです。


主人公のジョーと読者は、全部で5つの法則を学ぶことになります。


誰だって、「与えられたい」。
でも、いつも「ない」ことを嘆いて「ほしい」とばかり思って生きていても豊かな人生など送れない。
「得る・取る・奪う」ことに躍起になるよりも、「与える」ことに心を尽くせば自ずと人生は豊かになる。

与えることで人に喜ばれれば自分も嬉しく幸せな気分になるし、そればかりか、その利他の心が、やがては他力を得る。
そして、そうやって与えられたものを心を開いて受け取ることで好循環が生まれる。
そんなことを教えてくれる一冊です。


あなたは与えられたい人?
それとも
与えたい人ですか?



忠実さと、人間のふれあいを忘れない心を

不安な現代にこそ多くの人に知ってほしいマザー・テレサの言葉


先日、栃木に行って来ました。
過去に勤めていた職場で自ら命を絶ってしまった人がいて、その人のご実家が栃木のため、それから毎年必ず、お焼香をしに訪れるようにしているためです。

私も、兄であり父のような存在だった叔父が、震災で心を病んで命を絶ってしまったこともあって、元職場で亡くなったかたのご両親とは心が通ずるところもあり、悲しいきっかけではあるのですが、同胞のような良い関係を築いています。

このご夫婦の亡くなった息子さんにしろ、私の叔父にしろ、亡くなってから数年の月日は経っていますが、その悲しみは、消えることはありません。

確かに、時間が癒してくれている部分はあります。
「運命ということなのかもしれない、起きてしまったことは仕方がないし、残された私はその死を無駄にしないような生き方をして行こう」と、嘆いてばかりいられないことを、私たちは悟ることができています。

しかしやはり、「なぜ死んでしまったの、あなたが突然いなくなってしまったことはあまりにも悲しすぎる」という気持ちは、ずっと残っています。
この気持ちが消えることはないでしょう。
平常時は考えないようにしていても、ふと考え始めれば、涙は勝手に溢れてきます。

今、コロナの問題によって、世界で自殺者が急増しているといいます。
特に、この日本ではその数が多く、コロナの感染によって招かれる死亡者数以上であることが、海外からも驚かれているほどとのことですね。
そもそもとして日本は、裕福で平和な国と言われながらも、メンタルヘルスの大きな問題を抱えていることが、この悲しい現実に繋がっているという見方もあります。

自分の心に抱える苦悩を人に言えない重圧な環境、そして、そんな本来であれば違和感のある環境を、当たり前と感じてしまっている人々・・・

このような時代だからこそ、自分たちの感覚がおかしくないか、人としての感情とはどういったものであるかを、思い直す必要があるのではないかと感じています。

そんな中で、一人でも多くのかたに今一度触れてほしいと思うのが、マザー・テレサの言葉です。

マザー・テレサを知らない人の方が少ないでしょうけれども、改まって触れたことがあるという人はあまりいないのではと思いますので、ここで少しご紹介したいと思います。

人間のほほえみ、人間のふれあいを

忘れた人がいます。


これはとても大きな貧困です。


先に述べた日本の抱える「メンタルヘルスの問題」というのは、マザー・テレサの言葉を借りて言えば、「心の貧しさ」ではないでしょうか。

心からの楽しさや嬉しい気持ち、幸せな気持ち、感謝の気持ちで笑顔になれているか、うわべだけでない本当の心の触れ合いを持てているか。

一人ひとりが心から笑える日々を送り、損得なしで人間関係を育くんでいくことで、本当の豊かな社会に繋がっていくのではないかと思います。

神が私に望んでいらっしゃるのは、
事業を成功させることではなく、
忠実に生きることなのです。

神と相対して生きているとき、
大切なのは結果ではなく、
忠実さなのです


小さな事に忠実でありなさい。

小さな事の中に

あなたの強さが宿るのですから


ここでマザーの言う『忠実でいる』ってどういうことでしょう?
私は、正直に生きるとか、自分の信念をブレさせないこと、等身大の自分を大切にする、心を込めて物事に取り組むとか、そういうことかなと思っています。

小さなことにも忠実に、そして人としてのあたたかい感情を失わないように生きていきたいです。

なお、マザー・テレサに関しては、報道写真家の沖守弘氏の著作「マザー・テレサ あふれる愛(講談社青い鳥文庫)」について述べた記事もありますので、よろしければ、こちらも併せてご覧いただけましたら幸いです。

愛の人 マザー・テレサ その1/マザー・テレサを取材し続けた沖守弘氏
愛の人 マザー・テレサ その2/マザー・テレサを取り巻く人々

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感じていませんか?