日々の流れのなかで大切にすべきこと

行為の意味〜黎明の季節 より


本日、2020年8月4日。
今年の日本は、冷たい雨の日が続き、このまま夏は来ないのではないかと思うほどでしたが、ようやく梅雨が明け、涼しかった昨日までと一転、今日は東北も30℃超え。
青空も広がり、なんとなく、人々の顔も明るく見えました。
気温の急激な変化は体にこたえますが、やはり四季がある日本では、夏らしい「夏」を過ごせる方が、嬉しいですね。


当たり前の毎日で忘れがちな、ほんとはとってもありがたい、当たり前の幸せ。

そういったことを、慌ただしい日常の中にも、時々思える時間を持つことができたら、世界はもっと平和になる気がします。

そこで今回は、宮澤章二さん著作「行為の意味」、最終章に当たる「黎明の季節」より、日常の中で大切にすべきことを思い出させてもらえる詩を抜粋してご紹介させていただきます。


ことばの風景

子供がどんなに大きくなっても
青年になり 独立しても
その子が家に帰って来たとき
「おかえり」と 親は言ってやりたい

いつまでも 言ってやりたいのだ
ひとこと ただ「おかえり……」と
けれど 通例 父も母も
この世から消え去ってしまうのは
子供たちより ずっと早い
それが この世の決まりだから
「おかえり」と 親が言える時刻の
そして「ただいま」と 子が答えられる時期の
ことば に込められた宇宙の重さ……

秋風に熱した柿の実のように
なにげない重さで光ることばたちが
人間の世界にはあふれていて
取り交わされることをよろこんでいて

親から子へ伝えられる 家という場所は
−−−おかえり のひと言で明るくなる
−−−ただいま のひと言で暖かくなる


宮澤章二さんが少年たちへと作られた詩ではありますが、これは、むしろ大人の胸に深く染み入るのではないでしょうか。
「おかえり」を言ってくれた人がいなくなってしまったから、または、「おかえり」を言う立場になり、そしてそれは永遠に続くものではないのだと知ったからこそ・・・
日常的な何気ない言葉が、実はとてもあたたかいものなのだということに気づきます。


流れのなかで

聞けるときに 聞いておかないと
決して聞けないコトバがある
言えるときに 言っておかないと
再びは言えないコトバがある

つかめるときに つかんでおかないと
死ぬまで無縁の宝がある
みがけるときに みがいておかないと
光らぬまま朽ちて行く宝がある

得たものを失う その数よりも
得られずに失われたものたちの数の多さ
わずかな知恵と わずかな努力が
それらに触れ得たかも知れないのに……

新春の光がなでる新しい日記は
最初の頁から最後の頁まで 純白
しるせるときに しるしておかないと
二度とは記せない記録がある


年を重ねるごとに、「あのとき、こうしておけば・・・」と思うこと、多くなりますよね。
日々、流れて行くなかで、大切なものを逃さない感度は、大人になるほどに、鈍ります。
でもそれも、気持ち次第。
アンテナを研ぎ澄まして、何かを感じたら、自分の気持ちに正直に生きて、悔いのない人生が送れたらと思います。

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強くあたたかく生きる心/行為の意味〜結実の季節 より


あなたが日々の中で
大切にしていることは
なんですか?

行為の意味―青春前期のきみたちに

強くあたたかく生きる心

行為の意味〜結実の季節 より


これまで、宮澤章二さんの本「行為の意味(ごま書房新社出版)」より、心に響く詩を、各章より一部ご紹介させていただいております。

「行為の意味―青春前期のきみたちに」宮澤 章二(著) ごま書房新社


「風と光の詩人」とも呼ばれる詩人、宮澤章二さん。
2010年に出版された本「行為の意味 ―青春前期のきみたちに」は、タイトルにある通り、青春前期の若者=中学生を対象に書かれた詩集ですが、どんよりした現代に生きる大人が美しい心を取り戻すのにも適した一冊ではないかと思います。
老若男女、多くの方々に読んでいただけたら、あたたかい世界が広がる気がします。

今回は、一番初めにご紹介した、「〈こころ〉はだれにも見えないけれど、〈こころづかい〉は見える」の一節で知られる代表作『行為の意味』も収録されている三番目の章「結実の季節」より、抜粋させていただきます。


強く そして あたたかく


強く そして あたたかく生きるために
地球上の人間たちは 生まれて来た
冷たい心 荒れる心 で生まれる人間など
初めから この世には 一人もいない

さまざまな風景を見せる この地球には
貧しさに耐えつつ生きる民族も いる
飢えに苦しみながら暮らす民族も いる

一度でもそれを考えたことはないか
実りの大地に 飢える不安もなく生きる
その幸せを 一度でも思ったことがあるか

光る風のなか 鮮やかな緑にいだかれる夏
一つしかない命 の自分の胸に手を当て
<強くあたたかかく生きる心>を確かめよう
燃えて脈打つ何かが 指に触れはしないか


2020年7月30日現在、ジメジメした毎日が続いてはいますが、梅雨が明けたら、夏の緑を感じられる場所にでも訪れて、こういった一編の詩に思いを馳せてみるのはいかがでしょうか・・・

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あなたの胸にも
脈打つ何かを
感じませんか?


「行為の意味―青春前期のきみたちに」宮澤 章二(著) ごま書房新社
「行為の意味―青春前期のきみたちに」宮澤 章二(著) ごま書房新社

自分を信じて進む

行為の意味〜前進の季節 より


本日は2020年7月25日(土)、4連休も残り1日となりました。
休暇の終わりを嘆く人もいれば、連休といっても、今年はウィルスの蔓延で外出も気軽にできないし、梅雨もまだあけないしで鬱々とした気分が続いている人も多いかと思いますが、少しでも前向きに週明けを迎えられるように、宮澤章二さん著作「行為の意味」より、今回は二章目の「前進の季節」より、老若男女にオススメの2編を抜粋してご紹介させていただきます。


贈り物

ぼくらの 目には見えない知能の組織に
どこからか ひとすじの光がさして
すこしずつ見えて来るものがある
すこしずつ わかって来るものがある

知能組織は 機械の確実さを持ち
とまっていれば さびついてしまうが
動いていれば 必ず なにかを生む

それは 音もなく動いて 動いて
ある日 そしらぬ顔で まったく突然
今まで見えなかったものを見せてくれる
−−−努力する者への贈り物のように

だれの身にも備わる この誠実な機械を
いかなる時にも 忠実に磨き続けよう
それが人間であることの喜びなのだから


少年少女のために書かれた詩ですが、「贈り物」は、大人になれば失われるものではないと思います。
歳のせいとか、生まれつきの能力のせいとかにして、動かさなければさびついてしまうだけのこと。
いつまでも謙虚に努力し、忠実に磨き続ければ、一つに限らず、いくつでも、生み出されるものがあるのではないかと思います。


自分の一歩

いま わたしの踏みしめる一歩は
だれか他の人の一歩ではない
わたしの足が地上に刻む一歩は
いつでも わたし自身の一歩なのだ

他の人より一歩先を歩くからといって
他の人より優れているとは限らない
他の人より一歩後を歩くからといって
他の人より劣っているとは限らない

自分の目標を定めて歩き出したのだから
自分の一歩をしっかりと信じて進もう
−−−その決意が 最後まで歩く力を生む

出発点には<人生>など まだない
到着点にこそ わが<人生>はあるのだ
歩きつづけ生きぬいた尊い証として


インターネットが普及して、便利になったし、人と繋がることも容易になりましたが、その分、様々な情報に影響されやすく、何かにつけて人と比較したり、周囲に流されたり、自分と人との境目がわからなくなっている人が増えているように感じます。

生きているのは、人のものではなく、自分の人生。
一歩ずつでも、自分を信じて歩むこと、それが、尊い人生に繋がると思います。

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あなたは
自分の道を
歩けていますか?


「行為の意味―青春前期のきみたちに」宮澤 章二(著) ごま書房新社
「行為の意味―青春前期のきみたちに」宮澤 章二(著) ごま書房新社

人間の原点とは、生き、歩くこと

行為の意味〜出発の季節 より


ここ最近、憂いなニュースが続きますね。
災害やウィルスなどで望まない死を遂げる人がいる一方、自ら命を絶つことを選ぶ人も絶えなくて、人間の世界って儚いな、と感じます。

生きているのが辛い、という思いを抱えて、必死で生きている人は想像以上にいると思いますし、特別な辛いことがなくとも、生きている意味がわからない・・・そういう思いを抱えている人も、この現代では、たくさんいらっしゃるのではないかと思います。

命ってなんなんだろうか・・・
自分はなんでこの世に生を受けたんだろうか・・・

生きる意義を見出せずにもんもんとしてしまうような、そんな時。
心に静寂がもたらされそうな詩を、先日ご紹介しました宮澤章二さん著作「行為の意味」より、今回は一番初めの章「出発の季節」から、抜粋して紹介させていただきます。


原点について

鳥が鳥である 原点
それは つばさを持ったこと
魚が魚である 原点
それは 水中に生まれたこと

ぼくらは ぼくら人間の原点について
一度でも考えてみたことがあるか……

鳥たちは つばさを持ったから 飛ぶ
魚たちは 水中に生まれたから 泳ぐ

ぼくら人間は 直立する人類として
生き 歩く その意識を初めから持った

−−−歩いていこう 生きていこう
それが 意思する人間の原点であるなら
ぼくらは 常に その原点に立とう


自分の生きる使命を見いだすことができたら幸運でしょうけども、何も、それが全て、というわけではないのかもしれません。
人間は、生き、歩くもの。ただ、それだけ。
そう肩の力を抜いて生きるのも一つなのではないかと考えられれば、だいぶラクになりそうな気がします。

でも、そんな怠慢ダメな気がする、と思ってしまう真面目なかたには、こちらの一編はいかがでしょう。


人間として生きたい

ふと怠けたくなる日があるんだよ
なんにもしたくない日があるんだよ
ぼくらは 生きている人間なのだから
調子の悪いときだって ずいぶんあるんだ

人生を歩き続けるためには 意志が必要で
意志は 鍛えることで強くなるのだから
ぼくらは その努力をしなければならない

努力するのが 人間のつとめで
最初から放棄するわけにはいかない
そんな みっともないことは出来ないよ
ぼくらは人間として生きたいのだから

怠けたい日には ちょっと怠けていい
後ろめたい思いなんか捨てていいんだよ
怠けながら力を蓄えることだってあるんだ


あくせくしすぎて、十分な充電も出来ずに走り続けるよりも、生きるためゆえの休息。
何が本当に大切なのかを考えるための時間を持つこと。
せっかくいただいた命だからこそ・・・

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あなたは
エネルギーチャージ
できていますか?



「行為の意味―青春前期のきみたちに」宮澤 章二(著) ごま書房新社
「行為の意味―青春前期のきみたちに」宮澤 章二(著) ごま書房新社

生きる礎(いしずえ)を感じられる本「行為の意味」

宮澤章二氏著作の詩集「行為の意味 ―青春前期のきみたちに」

2010年7月に発刊された本です(ごま書房新社)。
翌年、東日本大震災が起こった頃、この本のタイトルでもある詩を引用して作られたACジャパンのCMが放映され、心に響くと話題になりました。

今現在、私はありがたく平穏無事に過ごしていますが、ウィルスに罹患する人が再び増加したり、豪雨による被災地拡大といった、続く憂いな状況に、ふとこの本を再び手に取りました。

宮澤章二さんは、高校教諭を経て詩人となったかたで、誰もが知る「ジングル・ベル」の日本語の作詞を手がけた人でもあります。

♪♪♪
走れそりよ 風のように
雪の中を かるくはやく
わらい声を 雪にまけば
明るい光の 花になるよ
 ジングルベル ジングルベル
 すずがなる・・・
♪♪♪

この本のまえがきで、ご子息、宮澤鏡一さんによって、章二さんの紹介がされていますので、一部抜粋させていただきます。

2005年3月。一人の詩人が亡くなりました。その詩人は、全国の小中高約300校の校歌を作詞するとともに、過去30年間、埼玉県の中学生のために、ある教育関係の出版社が毎日発行している冊子に、一遍の詩を送り続けてきました。

最初はたった一遍の詩を載せただけのその行為が、いつしか、その詩人のライフワークになりました。毎月、毎月、その詩人は、自分が生み出す一遍の詩に、自身の中学生への想いを託しました。

人間の日々の営みの中で生まれる行為の意味とは?
宮澤章二は、詩という形で、その意味を表現し、子供たちに伝えたいと思ったのです。

この詩集に収録された詩のほとんどは中学生のために書かれたものではありますが、老若男女、誰の心にも響くものと思います。
鼓舞されつつも、穏やかであたたかい気持ちになれますので、おすすめです。

この本の章の編成は、下記の通り4章となっていて、いわば、“中学生の四季”という感じでしょうか?

 出発の季節
 前進の季節
 結実の季節
 黎明の季節

この中から、今回は、「結実の季節」の章に収録された代表作「行為の意味」の全文を記載させていただきます。


行為の意味

あなたの<こころ>はどんな形ですか
と、ひとに聞かれても答えようがない

自分にも他人にも<こころ>は見えない
けれど、ほんとうに見えないのであろうか

確かに<こころ>はだれにも見えないけれど
<こころづかい>は見えるのだ
それは、人に対する積極的な行為だから

同じように胸の中の<思い>は見えないけれど
<思いやり>はだれにでも見える
それも人に対する積極的な行為なのだから

あたたかい心があたたかい行為になり
やさしい思いがやさしい行為になるとき
<心>も<思い>も初めて美しく生きる
それは、人が人として生きることだ


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あなたが出会った
こころづかいは
どんなですか?


「行為の意味―青春前期のきみたちに」宮澤 章二(著) ごま書房新社
「行為の意味―青春前期のきみたちに」宮澤 章二(著) ごま書房新社

楽しい生き方は、喜ばれる生き方

ただしい人から、たのしい人へ 第5章


心が救われる小林正観さんの著作「ただしい人から、たのしい人へ――そして『ありがとうの人』になる 」より、これまで第4章までを、特に心に留めておきたいと思った項目をピックアップしてご紹介して参りました。

今回は、最終となります第5章「楽しい生き方は、喜ばれる生き方」より、一部抜粋して、紹介させていただきます。

落ち込む人も、有頂天になる人も、自分を「大したものだ」と思っている人です。
それは驕(おご)り、高ぶり、うぬぼれ、傲慢(ごうまん)にほかなりません。

落ち込むのは、自分が「大したものだ」と思っているのに、
さほどの評価を得られなかったからです。
有頂天になるのは、自分が「大したものだ」と思っているところに

「大したものだ」「素晴らしい」という賞賛を浴びるからです。

自分が

「大したものじゃない」「ろくなものじゃない」「ちゃんとしたものじゃない」
と思いさだめることができたら、とても楽に生きることができます。
ちゃんとした人、いろんなことがきちんと全部できる人を、

多分「正しい人」と言うのだと思いますが、
もともと人間はそんなに正しく生きるようには
できていないように思います。

不完全で不十分で未熟。

やることなすこと完全にはできず、ミスばかり。
そういうものが積み重なって、人間があるのだと思います。


この正観さんのお言葉、ドキッとしませんでしたか?
でも、「不完全で不十分で未熟」それが人間なんだとも教えてくださり、ホッとしますよね。

非難され否定的なことを言われてしまうことや、逆におだてられその気にさせられるということも、生きていればよくありますが、自分は未熟なんだと謙虚な気持ちでいつもいられれば、落ち込むことも、有頂天になることもなく、いつもニュートラルで、心おだやかに過ごせるということかなと思います

競わない、比べない、争わない。
そこから「幸せ」を感じることができます。

「幸せ」というのは、その人が「幸せだ」と思ったら、その人にのみ存在する。

「幸せ」は「感じるもの」であるならば、

なぜみんなはそれを感じることができないのでしょうか。

「幸せ」の構造は大変簡単であるにもかかわらず、

多くの人が「幸せ」を手に入れているとは思えません。
それはなぜか。

私たちは「競うこと」「比べること」「争うこと」を

前提として生きることを教え込まれてしまったからです。

自分自身の生活の中で

「他人と比べない」「世間と比べない」ということが身についたら、
生きることがどれほど楽になるかわかりません。


人より抜きんでることが偉くて、立派。そういう教育の中で生きてきてしまった私たち。
この現代、心を病む人が多いのも、当たり前なような気がします。

そろそろ、「競争」するのではなく、共に手を取り「共創」する世界を目指す人、幸せの「共有」を考える人に、本当の意味での豊かな人生がもたらされる時が来ているのではないかと感じます。

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奇跡を起こす「ありがとう」/ただしい人から、たのしい人へ 第3章
流れに任せて生きる/ただしい人から、たのしい人へ 第4章


あなたは
喜ばれる生き方
していますか?

 

ただしい人から、たのしい人へ――そして「ありがとうの人」になる

流れに任せて生きる

ただしい人から、たのしい人へ 第4章


小林正観さんの著作「ただしい人から、たのしい人へ――そして『ありがとうの人』になる 」より、これまで、第3章までを、私が特に心に留めておきたいと思った項目をピックアップして紹介させていただきました。

「ただしい人から、たのしい人へ」小林正観(著)廣済堂出版


今回は、第4章「流れに任せて生きる」より、一部抜粋して、ご紹介いたします。

人に迷惑をかけずに生きるより、
自分は無力な存在だと思い、
周りに感謝しながら生きるほうが、楽に生きられます。


「私って迷惑な存在なんじゃないか・・・」気持ちが滅入ってる時、そう思いがちですが、そもそも、誰にも世話にならない、絶対に人に迷惑をかけずに生きられる人なんて、いないですよね。

むしろ「私は誰にも迷惑などかけていない」と思うことの方が、傲慢なのかもしれません。

人のお世話にならないで生きることなんてできないのだから、心からの「ありがとう」という気持ちを、決して忘れないように、いつも感謝の心を持っていたいと思います。

 

喜ばれることは、人間の根源的な幸せです。
喜ばれることとは、頼まれごとをしていくことです。

話しやすい人、頼みごとをしやすい人、それは、好かれる人でいるためにいい人でいようとかいうことではなく、掛け値無しで、相手に喜んでもらいたいという思いでいつも人と接している人だろうと思います。

正観さんのおっしゃる「喜ばれること=人間の最も根源的な幸せ」にあてはめて考えると、
多くの人に喜んでもらえることができる人というのは、その人自身にもたくさんの幸せがもたらされるということですね。

幸せの方程式って、意外と難しくないのかもしれません。

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あなたは
流れるように
生きていますか?

 

「ただしい人から、たのしい人へ」小林正観(著)廣済堂出版
「ただしい人から、たのしい人へ」小林正観(著)廣済堂出版

奇跡を起こす「ありがとう」

ただしい人から、たのしい人へ 第3章


数回に渡りお伝えさせていただいてる、小林正観さんの著作「ただしい人から、たのしい人へ――そして『ありがとうの人』になる 」より、今回は第3章「奇跡を起こす「ありがとう」」からピックアップした項目をご紹介いたします。

「ただしい人から、たのしい人へ」小林正観(著)廣済堂出版


今回ご紹介する項目は、実は、前回の内容とも重複する部分があるのですが、正観さんも繰り返し伝えたいほどの大切な事柄なのだろうと捉えています。
私もしっかり心に留めておきたいと思います。

「嬉しい」「楽しい」「幸せ」「大好き」「愛してる」「ありがとう」
と言っていると、
「そんなに楽しくて幸せなら、もっと長生きをしましょう」

と体が反応するようです。

たとえば「生きているのがつらい、悲しい、つまらない」と言い続けている人は、「生きているのがそんなに大変なのだったら、早く死んでしまいましょう」と、体が反応して病気を呼び込むということです。
不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句、「つらい」「悲しい」「つまらない」「嫌い」「イヤだ」「疲れた」というような恨み言葉、呪い言葉を、自分や他人、あるいは天井や壁に向かって発している人たちは、人間関係を悪くしているだけでなく、自分の体も悪くしているのかもしれません。
体の中に病気を抱えている人は、自らの言葉や想念による部分もあるのかもしれません。
それを修復する魔法の言葉が「嬉しい」「楽しい」「幸せ」「大好き」「愛してる」「ありがとう」という言葉であるらしいのです。


正観さんは、たくさんの方々から人生相談を受けてきて「体の不調には性格上の共通項目があるようだ」と思うようになったのだそうです。
要するに、それはその人自身の「こころ」の問題であることが多いと。

「こうじゃなきゃいけない」とか「それはダメだ」とかいうこだわりや執着がある時ほど、自分も人も責めてしまう気持ちだったり、マイナスな思考に陥りがちです。
そういった思いは手放して、いつもあたたかい言葉や喜びの言葉を掛け合うこと、生きていることを肯定し、楽しむこと。
そうやって、体を喜ばせて、日々を過ごしていきたいと思います。


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あなたは
生きること
肯定できていますか?

 

「ただしい人から、たのしい人へ」小林正観(著)廣済堂出版
「ただしい人から、たのしい人へ」小林正観(著)廣済堂出版

楽しい人は、周りを幸せに変えていく

ただしい人から、たのしい人へ 第2章


先日も投稿しました、小林正観さんの著作「ただしい人から、たのしい人へ――そして『ありがとうの人』になる」より、今回は第2章「楽しい人は、周りを幸せに変えていく」からピックアップした項目をご紹介させていただきたいと思います。

「ただしい人から、たのしい人へ」小林正観(著)廣済堂出版


投げかかけたものが返ってくる。投げかけないものは返らない。
愛すれば愛される。
愛さなければ愛されない。

自分自身が、「光」になる。
それは、簡単なことではないように思いますが、なるべく暗い言葉は発さないということであれば、努力次第でできることだと思います。
「嬉しい」「楽しい」「幸せ」「愛してる」「大好き」「ありがとう」
そういったプラスの言葉を発することに意識を置いて、日々を過ごしたいと思います。

目の前のことを問題だと思うから問題になります
「で、何が問題なんですか?」そう思えたら、問題はなくなるのです。


何かあったとき、「気にしない」でいればいいことは、なんとなくわかっていても、それがなかなか難しいというのが実際かと思いますが、そもそも、問題を問題として認識しないという生き方をするというのは、「気にしない」と意識さえしないということですよね。
「なんとかしなければ」とも、「気にしない」とも、考えないこと。
そんな穏やかさの境地で過ごす、楽しい人で、ありたいものです。

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あなたのそばには
楽しい人がいますか?


「ただしい人から、たのしい人へ」小林正観(著)廣済堂出版
「ただしい人から、たのしい人へ」小林正観(著)廣済堂出版

受け入れることがすべて

ただしい人から、たのしい人へ 第1章


先日、私が最も感銘を受けた本の一冊、小林正観さんの著作「ただしい人から、たのしい人へ――そして『ありがとうの人』になる 」について概要をご紹介しました。

今回は、この本の各章のタイトルと、その第1章より、私が特に印象を受けた部分をご紹介させていただきます。

「ただしい人から、たのしい人へ」小林正観(著)廣済堂出版


まず、この本の各章タイトルについて。

第1章 受け入れることがすべて
第2章 楽しい人は、周りを幸せに変えていく
第3章 奇跡を起こす「ありがとう」
第4章 流れに任せて生きる
第5章 楽しい生き方は、喜ばれる生き方

これだけでも、心が救われる気がしませんか?
ご興味の湧いた方は、是非ご自身で読まれることをお勧めいたします。

さて、今回は、この第1章「受け入れることがすべて」より、私が特に感銘を受けたセクション(節)について、一部抜粋にて、ご紹介いたします。

罪を憎むのではなく、自分の心にある憎しみを取り去る。
それが神様の喜ぶことです。

すべての人がこれを「幸せだ」と言える現象・出来事が存在するのではなく、自分が「幸せだ」と思った瞬間に、その人に「幸せ」が生じるのだ。
「幸せ」は存在するものではなく、「感じるもの」である。

自分の中にある敵意や憎しみ、怒り、イライラというものの延長線上に、いろいろな社会上の犯罪や、一般的に悲惨で不幸だと言われる事件があるということを考えれば、まず「私自身」の怒りや憎しみをなくしてしまうこと、ということになるように思います。

罪を憎むのであれば、同じところに自分がいることを考え、自分の中で人や社会に対して敵意や憎しみを持つことをやめよう、ということです。


先日、タレントの自死について、だいぶ話題になりましたが、それもこの例ではないかと思います。

そして、実は、今日、私もちょっとイライラっとすることがありまして、こういう気持ちを引きずっていると、自分自身も嫌ですし、幸せが自分から離れていってしまいそうに感じます。

「自分の心にある憎しみを取り去る」というのは悟りの境地かもしれませんが、時々自分を省みて、心を穏やかにする訓練も必要かなと思います。

正しい経営は、仕事の本質が見えません。
楽しい経営は、喜びにあふれています。

「正しい経営」を志しているうちは、コストや売り上げ、伸び率、人件費率や償却比率、あるいは借金返済の計画などについてどうするかを考え、そして「正しい計画」を立てる、ということが大切だと思うかもしれません。
しかし、「正しい経営」を考えているうちは、本質的なものが見えてこない気がします。
本質的なものとは、「いかにお客さんに喜んでもらえるか」ということです。
そして、経営者はそのことを考えているときが、もっとも楽しい時間ではないでしょうか。

このいちばん楽しい部分を放棄するのは、もったいないの一語に尽きます。

「正しい経営」を考えているうちは、閉ざされた状況から抜け出すことはなかなかできないと思います。
どうしたら楽しい日々を送ることができるか。そこから物事が解決できるのではないでしょうか。


私は経営者ではありませんが、この正観さんのおっしゃることは、誰にでも言えることなのではないかと思いました。
(追記:2023年4月時点においては経営者的立場にあり、こういった考えの大切さを強く感じています)

「いかに相手に喜んでもらえるか」を考えて、自然にそういった行動が取れる人の周りには人が集まり、みんなが楽しい時間を共有することができるようになりますよね。

ものごとの「本質」。
現代の一見したところの当たり前の状況に流されずに、常にその「本質」が何かを、見失わない人でありたいものです。


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あなたは
幸せを
「感じて」いますか?


「ただしい人から、たのしい人へ」小林正観(著)廣済堂出版
「ただしい人から、たのしい人へ」小林正観(著)廣済堂出版