ナラティブ 〜物語〜 について考える

エビデンス(科学的根拠)とナラティブ(物語と対話)


少し固そうなタイトルになりましたが、今回は、臨床美術に興味ある人はもちろん、介護関係のお仕事や、心のケアについて考えているかた、そして、日常において人とコミュニケーションを取る上で、どなたにとっても参考になるであろう、ナラティブ・アプローチについて取り上げます。

昨日の記事に、エビデンスという言葉を使いました。研究者や医療従事者などは知ってて当たり前の言葉で、近年では様々な場面でも使われる言葉となってきましたが、まだまだ一般的な日本人には馴染みがない言葉かと思います。

おそらく、日常的な場面では、例えば、テレビの健康番組でゲストのお医者さんが「これはエビデンスに基づいて・・・」とか、「今はこういうエビデンスの統計が出ていて・・・」といったかんじで言うのを、耳にすることがあるかと思います。
エビデンス(根拠・証拠)」は医学分野に限って使う言葉ではないですが、こう言った場合の「エビデンス」とは「科学的根拠」のことを言います。

例えば、私たちが頭痛薬を買う時、もし「この薬は、なんとなく頭痛に効きそうな気がすると思った成分で作りました」なんて製品だったら、不安で買いたくないですよね?「なんとなく」なんて言われたら。
薬が開発されるにはしっかりとした研究があり、様々な実験や統計といった科学的な根拠があって、安心して使える製品として出されるわけです。

私は、医療研究機関に勤めてましたので、その時には、しょっちゅう、エビデンスという言葉に触れていました。
それと共に「EBM」という言葉も。

EBM」は「Evidence Based Medicine(エビデンス・ベイスト・メディスン)」の略で、訳して「科学的根拠に基づく医療」となります。

「Sackett(サケット氏/カナダのEBMの父と言われた医師)らは、EBM個々の患者のケアに関わる意識を決定するために、最新かつ最良の根拠(エビデンス)を、一貫性を持って、明示的な態度で、思慮深く用いることと定義している。」

これは、内科医 斎藤清二氏による「医療におけるナラティブとエビデンス 対立から調和へ」という本からの抜粋です。

さてここで、本のタイトルに「ナラティブ」という言葉が出てきましたが、「ナラティブ」とは日本語では「物語」や「対話」のことを言います。

そして、EBMという概念がある一方、NBMという考え方があり、それは「Narrative Based Medicine(ナラティブ・ベイスト・メディスン)」の略で、訳して「物語と対話に基づく医療」となります。

ところで、上記の本は、医療従事者向けに書かれた本です。
エビデンスEBMと共に、ナラティブNBMについては、医師や看護師といった医療を学ぶ人は必ず学習することになるのだそうです。

しかし、私が医療研究機関に勤めてた時、エビデンスEBMはあっても、ナラティブNBMに触れることがほとんどありませんでした。(もちろん、この言葉が使われている現場もある、ということを付記しておきます。)
私が初めてナラティブNBMという言葉を知ったのは、臨床美術士4級取得のための講座によってでした。

臨床美術士として患者さんや人と接する時、その人自身の生きた背景をストーリー(ナラティブ)にしてトータルで見ていくことが大切である。科学的な分析ももちろん重要ではあるが、それだけではならないのだ、ということを、授業で学んだのでした。

この時の授業がとても私の胸に刺さるものがあって、その後、さらにナラティブに関しての知識を深めたいと調べたところ、医師 日野原重明氏による素敵な言葉を見つけました。

「医学というのは、知識とバイオテクノロジーを固有の価値観を持った患者一人ひとりに如何に適切に対応するかということである。
ピアノタッチにも似た繊細なタッチが求められる。知と技を如何に患者にタッチするかという適応と技がアートである。
その意味で医師には人間性とか感性が求められる。」

これは、EBMNBMの両立を意味します。


日野原重明先生は、内科医で、著書も数冊出されており、テレビなどでもよく取り上げられ、愛を持って医療にあたった人として有名です。多くの人が惜しむ中、2017年に105歳という年齢でその生涯を閉じた、ヒーローです。

当時、医療研究機関に勤めていた私は、次第にこう思うようになりました。

医学界では、エビデンス・ベイスト・メディスン(EBM)ナラティブ・ベイスト・メディスン(NBM)は、臨床においての「両輪」と言われるのに、なぜ、私の職場ではエビデンスばかりでナラティブは全然耳にしないのだろう?
重要視されるのは科学的根拠ばかりで、患者さんやその周りにある物語がないがしろにされているのではないか?
研究って、なんのためにされてるの? 患者さんのためなの? 名誉の為なの?

※臨床:病床に臨んで診療すること。病人を診察・治療すること。

ナラティブという言葉に出会ったことで、臨床美術において大切にする、物語対話による寄り添い、そして、「今ここ」という概念や「いてくれてありがとう」の精神が、私の心の拠り所となっていったのでした。

そしてこれは、臨床美術士だとか専門的な活動をする人のみならず、誰もが頭の片隅に置いておくと、普段から人の心に寄り添って接するための、手がかりになるものと思いますので、また今後も取り上げたいと思います。

※臨床美術士(クリニカルアーティスト):芸術的手法、コミュニケーション術、多様性を享受するマインドなど、臨床美術に必要な知識と技能を体系的に学び、臨床美術のアートプログラムの実践に取り組む。医療従事者ではありません。


あなたはどんな物語を
お持ちですか?

医療におけるナラティブとエビデンス 改訂版──対立から調和へ

一流の頭脳 !?

運動が脳に及ぼす影響を説いた本


新型コロナも一応の収束に向かってはいますが、外出自粛が続いて、ちゃんと意識しないと、体が運動不足になる一方ですね。

今回も、脳に関わるお話ではあるのですが、ここまで、芸術とか、どちらかというとインドア的なお話を綴ってきましたので、そろそろ、人間にとって大事な活動の一つである、運動についても考えようと思います。

そこでご紹介するのは、スェーデンの精神科医 アンダース・ハンセン氏(御船由美子氏訳)による「一流の頭脳」という本です。
スウェーデンでは発売前から話題だったそうで大ベストセラーとなり、日本では2018年に出版され、ベストセラーとなりました。

この本のタイトルについては、スェーデン語だと全くわからないので、そこは置いておいて、英語では「BRAIN -How To Train Your Brain According To Best And Latest Neuroscience-」とされており、直訳して「脳 -最良かつ最新の神経科学によって脳を訓練する方法-」といった感じです。

タイトルと表紙のイメージでは、頭をよくするための勉強法でも書かれているのかと思ってしまいますが、さにあらず 。

運動が脳にあたえる影響を紹介した本で、脳にとって最も大切なことは運動することだ!ということを延々と述べられています。
なので、私もそうなんですけど、運動が得意ではない人にとっては、ちょっとキツイ内容ではあるかもしれません。

逆に、普段からよく運動をする人には朗報ですし、確かに!と納得することも多いと思います。

運動がストレスを取り払うことに効果的、ということは誰もが知っていることだとは思いますが、この本では、そういったことに始まり、そして、簡単にまとめると、効率よく学習するには、まず運動。楽器を弾いたり、芸術的な創造性を高めるにも、まず運動。普段からよく運動することが、脳の機能を高め、あらゆることに効果的、しかも脳の老化に歯止めをかけるということが書かれています。
言い方を変えると、頭良くなりたいなら運動しよう、ヒラメキを得たいなら運動しようということのようです。

また、この本に書かれていることで、へーっと思ったのは、「『脳トレ』では頭はよくならない」というお話でした。

「コンピューターゲームやアプリが提供する様々な認知トレーニングは、確かにゲームそのものは上達しても、とくに知能が高くなったり、集中力や創造性が改善されたり、あるいは記憶力が向上したりといった効果はないことがわかったのである。単に、そのゲームがうまくなるだけだ。」

これはクロスワードパズルなども同様で、パズルが得意になるだけで、それ以上の効果はない、とのこと。

だそうですが、私は、頭はよくならないにしても、何もしないよりはいいでしょう?と思うので、否定的にならなくて良いと考えています。
何事も、ものは考えようですし、エビデンス、エビデンス言っても、なんでもいろんな説がありますから、自分が納得できることを、自分の生活に良い形で取り込むのが一番かと思いますので。

※エビデンス:evidence/証拠、根拠、裏付け、科学的根拠
(科学者がよく使う言葉ですが、確かに大事なことではあるんですけど、個人的には、エビデンスだけではわからないことも世にはたくさんあるでしょーと言いたい時もあります…)

運動をすることが心身に良いことはわかっていることだし、加えて頭も良くなるのであれば、やっぱり運動しようという気持ちになりますね。

ところで、運動がなぜ脳の機能をアップさせるのに効果的なのか。
その辺の理由など、個人的に興味深いと感じた点については、またの機会に書きたいと思います。


あなたは運動の効果
どう感じますか?

一流の頭脳 [ アンダース・ハンセン ]