本 斎藤一人どうでもいいどっちでもいいどうせうまくいくから 「絶対肯定の波動」で人生が変わる!/斎藤一人/柴村恵美子

2026年始動⭐︎ 1年かけて取り戻した「自分」と、斎藤一人さんの言葉

〜本『どうでもいい どっちでもいい どうせうまくいくから』を読んで〜


2026年が始まり、もう間も無く1ヶ月が過ぎようとしているところ、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
私にとっては、この新年はこれまでとは全く違う、特別な感覚があります。
なぜなら、ようやく今、本当の意味で自分の人生のスタートラインに立てた気がしているから。

2026年に踏み出した新しい一歩。
今年から私は、組織に属するのではなく、個人事業主として自分を生き、それを仕事にしていく決意を固めました。
ブログでもずっと言ってきた『自分を生きる』を、文字通り人生の真ん中に置くことにしたのです。

そう、これまで『自分らしく生きよう』と『自分軸』を唱えてきた当の本人が、実を言うとこの数年、特に2024年は全く自分を生きていなかったのです。
仕事のストレスから適応障害になり、本来の自分とは程遠い、重苦しい日々を過ごしていました。

誰かのために、会社のためにと、本来自分が負わなくていい責任まで背負い込んで、文句も言わずに走り続けてしまった。
そしていよいよ病院を受診し、適応障害と診断されたことを機に、2024年12月末日付で退職しました。
しかし厳密には年明けの1月も手伝いの名目で元職場に通っていたので、昨年の今頃もまだ完全にその仕事から解かれていたわけではありませんでした。
黙っていたらいつまでも手伝い続けることになってしまいそうだったので、2月以降はもう来ませんとはっきりお断りさせていただき、ようやく離れることはできましたが、しばらくはいろいろ思いだしては苦しくなり…

このおよそ1年、本当にゆっくり、ゆっくりと、剥がれ落ちた自分自身を拾い集めてきたような感覚です。
そして、今となっては、あの苦しみは、「もう今度こそ本当に、その生き方は終わりだよ」という魂からのサインだったのだろうと思えます。

そんな私が、2026年最初の一冊として選んだのが、斎藤一人さんの『どうでもいい どっちでもいい どうせうまくいくから』でした。

本 斎藤一人どうでもいいどっちでもいいどうせうまくいくから 「絶対肯定の波動」で人生が変わる!/斎藤一人/柴村恵美子


この本の後半には、こんな言葉がありました。

生き方って、探すもんじゃないんだよ。
自分をやってるうちに、勝手に出てくる

(略)

「どうでもいい、どっちでもいい、どうせうまくいくから」
って、言ってごらん。そうしたら、楽になるから。

(略)

自分が好きなことをして、嫌なことは一つ減らすの。

(略)

自分を生き切ろうとすると、人生って勝手に、うまい具合に回り出すんだよ。

斎藤一人 (著), 柴村恵美子 (著)『斎藤一人 どうでもいいどっちでもいいどうせうまくいくから 「絶対肯定の波動」で人生が変わる! 』 198ページより抜粋)


あぁ、そうだった。
と、私は思いました。

無理に何者かになろうとしたり、正しい生き方を探したりする必要なんてなかった。
ただ、人に合わせたりだとか真面目すぎるのをやめて、楽になって、楽しい方へ向かっていけば、自ずと自分の道はできていく。

1年かけて自分を取り戻してきた今の私だからこそ、この言葉がストンと腑に落ちたんです。
私は改めて、この言葉を証明する生き方をしていこうと心に決めました。



もし今、かつての私のように、自分をどこかに置き忘れてしまった人がいたら。
一緒にこの言葉を唱えてほしいなって思います。
どうでもいい、どっちでもいい、どうせうまくいく
私たちはもっと自由になっても大丈夫。
どうせうまくいく』のですから。

2026年午年(うま年)、皆さんも、私も。
好きなことをして、嫌なことを一つずつ減らして。
最高に \ うまい具合に回る / 一年に ✧*

今年もどうぞよろしくお願いいたします。


あなたは
新たに迎えた2026年を
どんな一年にしたいですか?


大切な故人を想う2022年夏

今年初めての我が故郷 閖上にて


曇り続きの毎日でしたが、2022年も8月に入ってからのこの数日はようやく青空を見ることができるようになり、各地での花火大会やお祭りも盛んに行われ、夏も本番という感じですね。

そんな中、弱音は吐きたくないのですが、、、
私自身は、しばらく仕事が忙しい状態が続いて、これまで走り続けるしかなかったのですが、その忙しさがようやく落ち着いてきたら、たまった疲れが取れきれないからか、それとも燃え尽き症候群みたいなものなのか、どこか心が満たされないような感じ、それが実は、ここ数日前までの正直な感覚で。

急に周りの喧騒が気になりだして、なんだか安らいだ気分になれない。
やりたいこと、興味あることはたくさんある。
けど、私、本当は何がしたかったんだっけ??
私って、どんな人間だったっけ??

そんな気にさえなってしまうほどでしたが、こんな時、自分を引き戻してくれるのが、故人の存在だったりします。

ちょうど先日、8月5日は、癌でこの世を去った父の誕生日。
そして、8月8日は大好きだった祖母の命日。
8日の月曜日に休暇を取って、大切な故人のお墓参りに行くことにしました。


先祖のお墓は、以前は名取市閖上(ゆりあげ)の地にありましたが、東日本大震災後、同じ市内ではありますが、閖上から車で15分ほどの増田地区へと移すことになりました。
なので、お彼岸やお盆などで定期的にお墓参りには行っても、もう実家のない閖上には行くことはあまりないのです。
ですが、今回はせっかく取れた平日の休暇。
騒々しさのない中で、静かな気持ちになりたかったので、閖上まで足を延ばして来ました。

インスタグラムにポストした動画は閖上の名取川沿いの土手から井戸浜の方を見た景色ですが、次の動画はその逆方向で、閖上から荒浜の方を見た風景です。

閖上に昔からあったサイクルスポーツセンターが、2020年に温泉を備えた宿として復興オープンして、今は施設の屋上からこんな景色を眺めることが出来ます。
新しく出来た土手は亘理ぐらいまで続いているのでしょうか。一度歩いてみたいです。


昔の風景も知っている私としては、海に沿って続いていた松林が、現在ではなくなってしまっているのが、なんだか殺風景で寂しくは感じるものの、やはり、この地で育った私には、海の奏でる音が胸に響き、落ち着く感覚を得ることができます。

この荘厳で美しい海がずっと日本の端まで、そして世界へと続いていて、たくさんの恩恵を私たちは受けているんだなと想うと、自然への畏敬の念が湧くとともに、自分の命あることに感謝の気持ちでいっぱいになります。



そうだ、私、ワクワクして過ごしながらも、刺激的なことは時々でいいから、あたたかくて優しい人たちと、愛で繋がる安らいだ世界を作りたいんだった。
今、私が住んでいるところはこんな田舎の静けさのない賑やかな街の中で、私はそこで必要とされていて、時に忙しく仕事に根を詰めなければならないこともあるけれど、決して忘れてはならないものを私は知っている。
特別な才能も何も持たない私だけど、大切にすべきものを知っている。
喧騒の中にいても、それを忘れないでいること。
多分、それが、私の強みだ。

そんなことを想いました。
明後日、13日からはお盆。この期間は大切な叔母とともにお墓参りに行きます。
先日はお墓参りをしてから閖上へ行って心が洗われたので、今度は、そのお礼を告げようと思います。
心からの感謝をこめて。


あなたが
ご先祖に伝えたいのは
どんなことですか?